交戦
「正体不明の襲撃者だぁ? マジかよ、それ?」
「おう、マジらしいぜ。さっき、タクマさんから直接連絡が来た。警戒を厳しくしろとさ」
北部防衛拠点。そこに建てられた見張り塔の上で、二人のKSST隊員が別々の方角へと視線を向けながら言葉を交わしていた。
「今、西から襲撃されているだろ? あれって実は陽動で、こっちに来るだろう襲撃者たちが本命らしいんだわ」
「その襲撃って何が目的なんだ? 食い物? それとも他の物資?」
「普通の盗賊ならそこら辺が目的だろうが、今回はちょっと違うらしいぞ」
そんな雑談じみた会話を重ねながらも、彼らは決して注意を怠ってはいない。
精鋭揃いのKSSTの隊員たちは、任務には常に真剣に当たる。たとえ、それが単なる見張りであっても。
「へえ? どこが違…………」
だからこそ、彼は相棒の言葉が途中で途切れた時、視線を送るよりも早く手にしていたライフルの銃口を相棒がいる方へと向けた。
そして、彼は見る。
相棒の喉にナイフの刃を突き刺した、フードを被った不審者の姿を。
「て、敵しゅ──」
彼は素早く胸のサスペンダーに装着していた非常警報装置のスイッチを押そうとするが、それは未達に終わる。
なぜなら、彼の喉にもまた、ナイフの刃が付き立てられてのだから。
◇◇◇
「ほむほむ。圧倒的ではないか、我が軍は!」
三体の《フギ》から送られてくる各種データを見つめながら、彼女は独りで言葉を積み上げる。
こっそりと避難エリアから抜け出し、カワサキ・シェルター医療施設の地下倉庫のひとつに潜り込んだ彼女──ダミニは、マルチデバイスに表示される数値を見ながらにんまりと微笑む。
「こりはカタログスペック以上の戦闘力だねぇ。嬉しい誤算ってやつ? うひひー」
設計図より想定されていた各種データと、実際に戦闘をしたことで得られたデータを比較しながら、ダミニは笑みを絶やさない。
教団──正しくは「超越者教団」。
【インビジブル】に感染し、その感染を克服したことによって得られる様々な異能を宿した者を超越者と呼び、超越者こそが旧き人類を越えた新人類であり、人々を導く存在であると説く宗教団体である。いや、思想団体と呼ぶべきか。
その「超越者教団」によって開発された《フギ》は、人間を遥かに超えた戦闘力を示して見せた。
《フギ》の原型となったのは、もちろん《ジョカ》である。
《ジョカ》の設計図を基に、教団に属する知能系超越者たちが、改良を加えた上で驚くべき短時間で三体の試作品を作り上げた。
その試作品が叩き出した各種データは、想定を遥かに超えるものであり、《フギ》の開発者たちを喜ばせるに違いない。
ダミニもまた知能系超越者の一人であり、感染前より才能を発揮していたIT系の知識と技術を、感染後に極めて大幅に飛躍させた人物である。
その彼女が浮かべる笑みが、ふと曇った。
「確かに得られたデータは想定以上だけど……いちいち具体的な指示を送らないといけないのが面倒だね。一応、ある程度の指示を与えておけばそれに沿って行動するけど……『臨機応変』ってほどじゃないんだよねー」
確かに、《フギ》の試作品が示す各種のデータは、人間を遥かに超えたものでる。だが、現状の《フギ》は与えられた命令を忠実に示すだけであり、自立した思考を有するにまでは至っていない。
もちろん、ある程度の自己判断は可能であるが、それでもダミニが言うように様々な状況に臨機応変に対応することは、現状はではまだ不可能だった。
「人間サイズの頭部に収納可能なサイズのAIじゃ、その演算能力にどうしても限界がねー。外部に超大型サーバーを設置して、それとリンクさせれば問題は一気に解決するかもだけど、今の大気状況じゃ衛星回線を使ってもリンクがどうしても不安定だしぃ」
人間を超える力を秘めたボディは制作できても、それを操る頭脳までは制作できない。それが《フギ》を開発する者たちの大きな壁であった。
「ティナが手に入れた《ジョカ》の設計図って、ボディ関連の物だけだったんよねぇ。別に彼女に文句を言うつもりはないけど、どーせならAI関連の設計図も欲しかったよなー」
誰に聞かせるでもなく、小声でぶつぶつと独り言を繰り返すダミニ。
「まあ、そっちの問題まで私は関係していないしー。今は私の仕事をちゃちゃっと終わらせちゃおっかなー」
再びにんまりとした笑みを浮かべたダミニは、次の指令を《フギ》の試作品たちへと送信した。
◇◇◇
「──前方より、生命反応接近。数、四。移動中の敵兵と思われる。迅速に排除せよ」
「了解」
「了解」
どこか機械じみた音声で、フードを被った襲撃者たちの一人が告げれば、残る二人が短く応じた。
そして、三体の不審者たちは音を立てることもなく、滑るように移動を開始する。
ここはカワサキ・シェルターの北部に存在する、防衛組織「KSST」の活動拠点のひとつ。
とはいえ、その規模は決して大きなものではない。
巡回するKSST隊員たちの詰め所程度の拠点であり、カワサキの東西南北に存在する拠点は全てこの程度の規模である。
収容可能な人員は最大でも50人程度。普段はこの半分にも満たない数のKSST隊員たちが交代で勤務する。
隊員たちの休憩室や仮眠室、食堂や厨房、大浴室などの生活する上での設備と、戦闘用車両の修理と整備を行うガレージ。
他には隊員たちが使用する各種武器の整備や修理を行う工房と、弾薬類を収める格納庫がひとつという、最低限の設備しかない。
普段はここに20名弱の隊員と、その隊員を支える各種後方支援担当の人員が勤務しているが、戦闘員たちは一週間ほどの期間で交代しながらここに詰めるのに対し、後方支援要員たちは基本的に常勤である。
そんな拠点の中を、忙しそうに移動する四人のKSST隊員たち。謎の襲撃者が拠点近くまで迫っているからだが、既に侵入されていることには気づいていない。
「見張り塔のケンとジョーからの連絡が途絶えているだと?」
「ああ。タクマさんが何度呼び掛けても応答しないらしい」
「ってことは……既に襲撃者が拠点内に?」
「分からん。だが、警戒は────かひゅっ」
隊員の一人が途中で言葉を途絶えさせた。そのことに不審に思った三人が、反射的に目を向けた時。
フードを被った二人の人影が、無言で襲撃をかけた。
人影の手には黒く仕上げた刃のナイフ。光を無駄に反射しないそのナイフが、三人のKSST隊員に襲いかかる。
「て、敵襲っ!!」
KSST隊員三人は、ただちに緊急通報装置を起動させた。
それに対応し、拠点内に緊急を知らせる警報が鳴り響く。
背後から喉を搔っ切られた最初の一人は既に息絶えている。残る三人は、警報装置を起動させると素早く腰から拳銃を引き抜いた。
拠点内の通路は決して広くはない。こんな場所では長物は取り回しが悪く不利なだけ。
ホルスターから引き抜かれた拳銃が、数度の咆哮を上げる。
咆哮と共に吐き出された数発の9mm口径弾が、謎の襲撃者に襲いかかる。
拳銃に装填されているのは、屋内用のフランジブル弾だ。
フランジブル弾は、金属の粉末を固めた弾頭を使用しているため、硬い物に命中するとその衝撃で弾頭が粉々に粉砕され、跳弾などの危険が極めて少ない。そのため、このような建物内で使用されることが多い弾丸である。
KSST隊員たちの拳銃から撃ち出される弾丸。だが、弾丸は襲撃者の体に命中することはなく、壁に当たって砕けながら小さな火花を散らせた。
襲撃者が機械のような人間離れした動きを見せ、銃弾をことごとく回避したのである。
「外れたっ!? この距離でっ!?」
KSST隊員たちは陣形を調え、慎重に銃口を襲撃者たち──《フギ》へと向ける。
その際、僅かな時間的な隙が生じるが、《フギ》はそれをあえて突かない。
KSST隊員と真正面から戦闘し、そのデータを取得するようダミニから指示を受けているからだ。
《フギ》たちは銃ではなくナイフを構え、KSST隊員と相対する。
「俺が二人の襲撃者を抑える。その隙に、おまえたち二人で一人を無力化しろ」
「了解」
「了解」
手短に行動指針を決め、KSST隊員たちは動き出す。
隊員の一人が拳銃を構えたままゆっくりと、襲撃者たちの行く手を阻むように前進する。
前に出たKSST隊員を迎撃するかのように、襲撃者の一人が前進して手にしたナイフを鋭く振るう。
その瞬間、先行した隊員はゆっくりとした歩みから一転して鋭く踏み込み、威嚇射撃を行いながら攻撃者の横を掠めるようにして通り過ぎた。
直後、残る二人の隊員が突出した襲撃者に襲いかかる。
丁度、二対一の状況が二つ生じた形だ。
先行して襲撃者二人を抑えようとする隊員──この場のKSST隊員のリーダー格──は、勝ちを確信していた。
状況的には五分。油断できるようなものではないが、それでも自分たちが負けることはない、と。
自分の目の前には二人の襲撃者。不利な状況ではあるが、敵を倒すのではなく引き付けることだけに徹すれば、仲間の二人が敵の一人を撃破して状況は一気に自分たちが有利になるだろうと考えていたのだ。
「おまえたちの目的は何か……とっ捕まえて吐かせてやるぜ」
すぅ、と目を細め、改めて二人の敵を視界に収める。どちらかだけを注視せず、全体的に二人を視界に捉えるようにして。
どちらか片方だけに注意を向ければ、どうしても残る一方への警戒が疎かになる。そうならないように、二人同時に注意を向ける。
これは、KSSTの隊員であれば誰もが受ける訓練であり、団長のカツトはこの訓練を入団初期から徹底していた。
彼もまた、カツトから相当厳しく指導されている。その指導の結果が、このような状況でも彼に自信と冷静さを与えている。
だが。
それでも。
時として、世界は期待を裏切る。裏切ってしまう。
二人の襲撃者たちを冷静に見据えていると、突然襲撃者たちが目の前から消失した。
「────は?」
思わず零れる気の抜けた声。
慌てたKSST隊員が周囲を見回した時。その喉と心臓に黒い刃が音もなく刺し込まれていた。
◇◇◇
「お? お? おおおお、こりはなかなかいい状況じゃない?」
三体の《フギ》から送られてくる戦闘データを眺めながら、ダミニはにまにまとした笑みを浮かべた。
送られてくるデータを整理しつつ、適宜送信する。送信されたデータは、まだカワサキ・シェルターの近くにいるであろうヴァレンティーナたちが中継してくれるはずだ。
「ほむほむ。四人の敵を鎧袖一触ときたかー。いやー、近接戦闘でもかるーく人間を超えちゃってんね! さすがは我が教団が誇る最新兵器!」
誰もいない倉庫の中で、ダミニは独り言を重ねていく。
「人間離れしたステータスを活かすには、やっぱ近接戦の方が有効かねぇ? いやま、射撃戦でも期待以上の数値は得られているんだけどね!」
射撃の正確性、攻撃を受けた際の反応速度、急所を一撃で貫くナイフ捌き。その全てにおいて《フギ》は人間を凌駕していた。
「ホント、後は思考系の問題をクリアできれば、完全無欠と言ってもいいんだけど…………ありゃ?」
戦闘データの数値を確認していたダミニの視線が、空間投影された仮想モニターの一点で停止する。
なぜなら、三体の《フギ》から送られてくるデータの一つが、突然沈黙したからだ。
「こ、攻撃を受けて一体撃破されたっ!? い、いつどこから攻撃されたんっ!?」




