北部防衛拠点
「検査キットを使った結果はどうだった?」
道中で【インビジリアン】と数度の交戦はあったものの、無事に《ベヒィモス》へと辿り着いたショウたち。
ショウはすぐにアイナを牽引ユニットへと押し込み、後輩たちには感染の危険性があるので牽引ユニットに近づかないように伝えた後、アイナは自分に対して検査キットを用い、【インビジブル】に感染しているかどうかを確かめた。
「検査キットを使った結果は陰性……感染してはいないみたいだよ」
アイナは自ら使用したキットの検査結果を見つめながらそう判断した。
牽引ユニットの内部は、空気浄化フィルターを用いているので感染の恐れは極めて低い。それでも今のショウは防弾防疫ヘルメットを着用したままだ。
理由はもちろん、アイナが感染しているかもしれないからである。
「アイナ、専門家としてどう思う? あの時のアイナの状況で、本当に感染していないと思うか?」
そのヘルメットのバイザーの奥で真剣な表情を浮かべるショウ。その彼に対し、アイナはちょっと悲しそうな顔をした。
「専門家として言わせてもらうなら…………あの場所の【インビジブル】濃度で少しでも防疫マスクなしで呼吸したら、ほぼ感染は間違いないと思う」
そう言いながら、アイナは手にした検査キットへと目を向ける。キットが示す結果は陰性。まだまだ感染症状が出ていないだけかもしれないが、アイナは自分が感染しているのは間違いないだろうと考えていた。
「今のところは一安心……かな? でも、もう少し時間が経ったら、もう一度検査してみるよ」
「そうしてくれ。イチカ、それまでアイナに付いていてやってくれ」
「承知いたしました。我々《ジョカ》は【インビジブル】には絶対感染しませんからね」
後をイチカに任せたショウは、《ベヒィモス》へと戻る。
車内へ入った途端、彼の許へユウジとジェボクが駆け寄ってきた。
「ショウ先輩! アイナ先生、どうでしたか?」
「イチカさんも大丈夫っすか? イチカさん、あんな危険な汚染エリアで自分のヘルメットをアイナ先生に被せていたっすけど……」
「どうやら、あの時はさすがのイチカも相当動転していたっぽいな。今のところ、二人とも検査の結果は陰性だ。まだ、完全に感染していないとは言い切れないが……」
実際は感染する恐れがないイチカは、ためらうことなく自分の防弾防疫ヘルメットをアイナへと被せたのだが、そのことをユウジたちに言うわけにもいかない。
──アンドロイドであるイチカはともかく、あの状況でアイナが感染しないとは考えづらいが……単に運が良かったのか?
どれだけ【インビジブル】の濃度が濃くても、必ずしも感染するわけではなく、感染しない可能性はある。
たとえ、その可能性が極めて低くても、だ。
今回のアイナは、その極めて低い可能性を運よく引き寄せたのかもしれない。
そう考えたショウは、車長席へと腰を下ろす。
「しかし、あの状況でアイナ先生もイチカさんも感染しなくて良かったよな!」
「ああ、二人とも運が良かったな!」
安心した様子の後輩たちを見ながら、ショウはミサキに《ベヒィモス》を発車させるように指示を出した。
なお、カワサキへと戻る途中で再度検査をしたアイナだったが、その結果はやはり陰性でショウたちは全員安堵の息を吐き出したのだった。
◇◇◇
「こちらに正体不明の襲撃者たちが近づいているかもしれない?」
KSST本部より連絡を受けたササキ・トウマは、同時に送られてきた一連の映像へと目を向けた。
そこには同じ顔をした人物が三人、人間とは思えない動きでKSSTの車両を襲うシーンが展開されていた。
「この動き……どう見ても人間じゃねえだろ?」
「いや、隊長? 人間じゃなけりゃ、何だって言うんです?」
「そりゃあ…………」
部下の問いに「アンドロイド」と答える寸前でトウマは口を閉ざした。
トウマはイチカたち《ジョカ》シリーズという存在を知っている。だが、他の隊員たちは当然そのことを知らないので、ここで彼女たちの存在をほのめかすことはできない。
──こいつら、もしかしたらイチカたちの同類か? だとしたら、オヤジや団長にも知らせておかないと……いや、あの二人のことだからもう気づいているだろうな。
トウマの養父であり、カワサキ・シェルターの代表であるウイリアムも、KSSTの指揮官であるカツトも、共に洞察力に優れた人物である。当然、トウマが気づいたことに彼らが気づかないはずがない。
それでも報告する必要はあるだろうと判断したトウマは、まずはカツトへと連絡を入れる。
「──というわけで、この襲撃者たちはアレの同類かも知れません」
「おう、それについちゃあ、俺もリアムも同意見だ。だが、問題の襲撃者がアレの同類にしちゃあ、ちょいとばかり……いや、かなり動きが機械的過ぎねえか?」
「ええ……その点に関しては俺も同感ですね」
通信機の向こうから聞こえてくるカツトの指摘に、トウマも同意を示す。
改めて襲撃者たちの動画を確認すれば、カツトが言うように彼らの動きはまさに機械のようだった。
トウマが知る「彼女」たちは、見た目も動きも表情も、全く人間と変わりない。それに比べると、この襲撃者たちの挙動はかなり機械的に過ぎる。
──まるで、イチカたちの劣化コピーみたいだな。
「こいつらの正体と目的が何なのか、今の状況では全く不明だ。だが、連中が強敵なのは間違いなく、このまま放っちゃおけねえのもまた事実。トウマ、注意しろよ?」
「了解です。対応はどうします?」
「可能なら捕獲して背後関係を問いただしたいところだが……無理なようなら処理しろ」
「了解」
カツトとの通信をオフにしたトウマは、彼の指示をこの北部拠点の指揮官に伝えた。
もちろん、《ジョカ》に関することは除いてだ。
「──団長はこの映像に映っている奴らが、ロボットやらアンドロイドやらの類だと判断したってのか?」
「そうみたいですよ、タクマさん」
この北部拠点の指揮官は、キタガワ・タクマという三十代半ばの男性だ。
線が細くて小柄だが、精鋭揃いのKSSTの中で防衛拠点の責任者を任されるだけあって、その能力は高い。
特にスナイパーライフルを用いた狙撃に関しては、KSSTの中でもトップクラスの腕前を誇る。
「人間以上の動きを見せるロボットやらアンドロイドやら、ねぇ……。そんなアニメや漫画みたいな連中が実在するなんて、俺ぁ今まで聞いた事もないんだが?」
「そこは俺も一緒ですよ。ですが、連中の動きはどう見ても人間じゃありません」
トウマは実際に稼働しているアンドロイドを知ってはいるが、それをここで口にするわけにはいかない。
「ってことは、【パンデミック】以前や【パンデミック】真っただ中に、どこぞの国や機関でそういう研究がされていたってか?」
「多分、そんなところでしょうね。実際、【パンデミック】の最中には【インビジブル】に感染する危険性のない機械兵士の構想だけはあったってオヤジから聞いたことがありますし」
「まあ、誰だってそれは考えるようなぁ。で、その考えを実行した連中がいたってわけか」
【インビジブル】に感染する恐れのない機械兵士。その発想や構想は、【パンデミック】以降は誰もが考えることだろう。
【パンデミック】発生から今日まで、あまりにも多くの人類がその命を落とした。そして、その原因が【インビジブル】の感染によるものだったことはかなりの割合を占める。
となれば、誰もが【インビジブル】に感染することのない「人造人間」や「機械兵士」の実現を計画するに違いない。
だが、その計画が成功したという話は聞いたことがない。トウマの知る《ジョカ》シリーズは、例外中の例外と言ってもいいだろう。
だが、《ジョカ》シリーズという例外が実在する以上、《ジョカ》シリーズ以外にも例外が実在したとしても不思議ではあるまい。
「まあ、ロボットかアンドロイドかは知らないが、奴さんたちの目的は何だと思う?」
「それが全く不明なんですよねぇ」
《ジョカ》シリーズ以外のアンドロイドが実在するとしても、その存在は極めて希少だろう。その希少なアンドロイドを投入した以上、何らかの明確な理由があるはずだ。
「ま、連中の目的が何かは不明でも、俺らがやることは変わらねえけどな」
「この拠点を防衛しつつ、襲撃者たちの捕縛、もしくは撃破ですね」
「そういうこった。おい、大至急拠点の周辺に偵察ドローンを飛ばせ! 各地に設置したカメラからも目を離すなよ!」
タクマは部下たちに次々と指示を出し、拠点周辺の警戒を厳重にしていく。
そして、拠点周辺へと飛ばした偵察ドローンが、怪しい三人の人物を発見するまで大した時間は必要としなかったのである。




