表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/159

強襲

 クエルは幾度も寝返りを打った後に、眠るのを諦めて目を開けた。身も心も疲れ果てているのに眠れない。いや、眠りにつくことを恐れていた。眠れば必ずフリーダとセシルのことを夢に見る。


「絶対に寝ろと言われても、無理なものは無理だよな……」


 クエルは上半身を起こすと、窓越しに高く昇った月を眺めた。満月に近い月の表面を、黒い影が横切っていく。


『渡り鳥……?』


 綺麗に三角形を作る姿に、クエルは最初はそう思った。しかしまだ夏で、渡り鳥が飛んでくるには早すぎる。クエルの視線の先で、影が瞬く間に大きくなっていく。その背に人影が見えたところで、クエルはベッドから飛び出した。


「飛行型!」


 鳥なんかではない。人形師が操る人形だ。それが群れを成してこちらへ飛んでくる。よく見れば、飛行型の人形たちからは細い紐が伸びていて、二体一組で、黒い塊をぶら下げていた。それがきれいな三角形の正体だ。


 何をぶら下げているのか確認しようと、クエルが窓際へ駆け寄った時だった。紐が切り離され、黒い塊がこちらに飛んで来る。


 ドゥガ――ン!


 衝撃音と共に、クエルの体が宙に浮いた。そのまま床の上を転がる。


 ミシ……ミシ……ミシ……。


 仰向けになったクエルの頭上で、天井が不気味な音を立てた。次の瞬間、先ほどの音とは比較にならない大音響と共に、建物全体が震える。窓のガラスが砕け、大量の埃が部屋の中に舞い込んできた。クエルは慌てて腕で頭と顔を覆う。


 バラ、バラ、バラ……。


 落ちてきたガラスの破片で、切り傷を負ったらしく、腕に痛みを感じるが、そんなものを気にしている場合ではない。クエルは破片を払いのけると、立ち上がって窓の外へ顔を出した。


「敵襲!」


 あちらこちらから声が上がり、マントを羽織った男たちが、中庭へ飛び出してくる。


「崩れるぞ、建物から離れろ!」


 誰かがそう声を上げた時だ。


 ガラン――ガラン――。


 宿舎の一番上、尖塔に備え付けられていたはずの鐘が、大量のがれきと共に、噴水の中へ転がり落ちていく。


 ブン――!


 不意に鈍く低い音が響き、レンガの破片が辺りに飛び散った。不気味な影が、がれきの下から這い出そうとしている。


「何かいるぞ!」「先に負傷者の救護を――」


 バサ――!


 混乱する中庭に、今度は火の玉が落ちてきた。夜間の演習に使う照明弾だ。照明弾は火の粉をまき散らしながら、中庭を黄色い光で満たした。その光が、はい出してきた者の姿をあらわにする。


「何なんだ、こいつは――」


 中庭に集う男たちから声が上がった。人の背丈の二倍を超える人形が、大木の幹のような棍棒を手に、男たちを見下ろしている。


 ビシャ!


 バケツの中身をぶちまけたような音が聞こえた。棍棒が振り下ろされる度に、赤黒い染みが中庭の壁に描かれていく。


 ガチ……ガチ……ガチ……。


 それを眺めるクエルの体が震え、歯と歯が激しくぶつかる音がした。


「ひるむな、撃て!」


 それでも東領風のマントを着た男たちは、手にした弩を構えると、巨大な狂戦士の人形に向けて、矢を放ち始める。


「何をしているの!」


 怒声と共に、クエルの体が窓際から引きずり出された。振り返ると、短弩を背負ったマーヤが、張り詰めた顔でクエルを見つめている。


「すぐにここから逃げるわよ!」


「逃げる?」


 マーヤの言葉に、クエルは戸惑った。中庭では東領の男たちの反撃する音が続いている。


「僕たちも戦わないと……」


「今のあなたに、出来ることは何もない」


「僕だって――」


 そう口にしたところで、クエルはそれが事実であることに気づいた。クエルは人形たちを、全体で一つの人形として繰っている。こんな乱戦では、何を指示すればいいのか分からない。


「それに、敵の狙いはあなたよ」


「ぼ、僕……?」


「空からこの宿舎を狙ってきた。あなたが生き残れば私たちの勝ち。それが分かっているから、みんな命がけで時間を稼いでいる」


 そう告げるや否や、マーヤはクエルの手を取って立ち上がらせると、引きずるように廊下へ飛び出した。奥にあるはずのらせん階段は完全に消え失せ、月明りが直接廊下を照らしている。


「こっちよ!」


 クエルはマーヤに続いて、廊下の反対側の階段を降りると、裏口から外へ出た。食堂へ向かう渡り廊下の先は、照明弾によって炎に包まれ、進むことが出来ない。


「アプサラスの元にたどり着ければ霧が使える。がれきに隠れて宿舎の外を回るから、ついて来て!」


 マーヤの言葉にクエルは頷いた。同時にサラスバティへ意識をつなぐ。


『マスター、ご無事ですか――!』


 すぐにラートリーの声が頭に響いた。


『僕は大丈夫だ。中庭はがれきと敵で抜けられない。食堂側も照明弾の炎で通るのは難しい。僕とマーヤは宿舎の外を回って人形だまりへ向かう。敵との交戦を避けて、僕らに合流してくれ』


『マスター、了解です!』


「ぐずぐずしないで!」


 マーヤはクエルを怒鳴りつけると、崩れ落ちた壁の陰に身を潜めて動き出した。クエルも慌ててその後を追う。しかし足元が悪く、うまく前に進めない。不意に先を行くマーヤの足が止まった。


「た、助けてくれ……」


 男が一人、クエルたちの方へにじり寄ってくる。男は恐怖に歪む顔で、背後にある壁を指さした。顔を上げると、壁全体に巨大な猛獣の影が映っている。だが何かがおかしい。頭のあるべきところで、影がいくつも重なっている。


 クエルは恐る恐る影の先へ視線を向けた。照明弾の炎を背景に、血だらけの男たちを咥える猛獣の姿がある。その数は3つ。


地獄の番犬(ケルベロス)!」


 古代の神話を模した姿に、クエルは思わず声を上げた。ケルベロスが、咥えていた者たちを宙に放り投げる。


 ドン!


 東領の男たちの体は、照明弾の中に落ちると、瞬く間に炎に包まれた。


「ヒィ――!」


 それを見た男が、さらに顔を歪ませながら、クエルたちが隠れる壁に向けて駆けてくる。


 ガラ、ガラ、ガラ――。


 男の足元で、派手な音を立ててがれきが崩れ落ちた。その音に反応したのか、ケルベロスの頭の一つが、ゆっくりとクエルたちの方を向く。それを見たマーヤが、短弩を手に立ち上がった。


「私が囮になるから、その隙に広場の向こうまで走って!」


「待て!」


 クエルが止めるより早く、マーヤは壁の陰から飛び出した。それを見たケルベロスが、天高く跳躍する。マーヤはがれきの上を転がって、その一撃を避けると、ケルベロスの口に向けて矢を放った。ケルベロスはそれを気にすることなく、再びマーヤに向かって跳躍しようとする。


「おい、こっちだ!」


 クエルは迷うことなく声を上げた。そのままマーヤと反対側の広場に向かって駆け出す。 


「馬鹿!」


 マーヤの怒声を無視して、クエルは広場を走り続けた。反転したケルベロスが、クエルの後を追う。その牙がクエルの背後に迫った時だ。何かがケルベロスの下に潜り込むように飛び込んできた。


 キーン!


 金属同士の激しくぶつかる音が響く。


『マスター、お待たせしました!』


 サラスバティは一組の腕でケルベロスの左右の頭を押さえると、もう一組の腕に持つ剣を一閃した。


 ドサ!


 ケルベロスの真ん中の頭が地面に転がる。ケルベロスは着地すると、残った左右の頭と前肢の爪で、サラスバティを切り裂こうとする。


『速い!』


 その動きにクエルは驚いた。これまでの相手とは格が違う。サラスバティは四本の腕で剣を振るい続けるが、弾き返すのが精一杯で、反撃の糸口すら掴めない。


 バサ――!


 焦るクエルの頭上で、翼のはためく音がした。巨大な黒鳥の姿をした人形が、上空を旋回していく。その背には二人の男が乗っていた。後ろに乗る男がケルベロスを操り、前に乗る男が黒鳥を繰っている。これでは人形師を狙うことも出来ない。


 焦るクエルの視線の先で、黒鳥の背に黄色い光が灯った。手にした照明弾を、クエルたちめがけて投げつけようとしている。


「ここまでか……」


 クエルは覚悟を決めて目を瞑った。


「射界を開けて」


 冷静な声に目を開けると、膝をついて短弩を構えたマーヤが、じっと空を見つめている。


 ビュン!


 クエルが地面に伏せるや否や、弓弦の音が響いた。照明弾を投げつけようと、黒鳥の上から身を乗り出していた敵が、胸を抑えて倒れ込んだ。次の瞬間、羽ばたくのをやめた黒鳥が、真っ逆さまに地面に落ちてくる。


 ズオオオォ――ン!


 黒鳥は敵の人形師をのせたまま、激しく地面に激突した。照明弾の黄色い炎と共に、乗っていた男たちの体が、がれきの上に放り出される。サラスバティを追い詰めていたケルベロスも、動きを止めて沈黙した。


 クエルは地面に転がる人形師たちの元に歩み寄った。耳につけた水晶が、月の光を浴びて、深い青色に輝いている。その色が彼らの人形師としての地位を現していた。


「宮廷人形師……」


 王家直属の最高位の人形師たちが、貴重な飛行型の人形と出撃してきたという事は……。


「本気で僕を殺しに来たという事か……」


 クエルは男の胸に突き刺さる弓を眺めた。マーヤがこれを撃ってくれなければ、今頃は炎に包まれていたことだろう。そう言えば、矢を放ったマーヤの姿がどこにも見えない。


「マーヤ!」


 呼びかけても、マーヤから答えはなかった。慌てて辺りを見回すと、黒鳥が巻き上げたがれきの下に、皮のつなぎが見える。クエルはがれきを払いのけると、マーヤの体を抱き上げた。破片で切ったらしく、こめかみの上から血が流れている。


「しっかりしろ!」


 クエルの呼びかけに、マーヤは何の反応も返さない。首元に手をそえると、指先に脈を感じた。


「マーヤ!」


 再度の呼びかけに、マーヤの瞼がゆっくりと開く。ぼんやりとした目でクエルを見るが、焦点が定まらない。


「脳震盪を起こしているみたいですぜ。動かさない方がいい」


 いつの間にか横に来た男の言葉に、クエルは頷いた。男がマントの端を切り裂いて、マーヤの頭の傷を縛り付ける。


「マーヤを頼みます。エーリク君を見つけて、彼に彼女を預けてください」


「あんたは?」


「僕にしか出来ないことがあります」


 男が呆気に取られた顔でクエルを眺める。


「あんたにしか出来ないことって?」


「囮です」


 クエルは絶句する男にマーヤを託して立ち上がった。敵の目標は間違いなく自分だ。それなら誰かが自分の為に命を張る必要はない。自分が囮になって、敵をマーヤたちから引き離す。


「サラスバティ!」


 クエルはマーヤを一瞥すると、サラスバティを引き連れて、宿舎横の林に向かって走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ