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日常

 カン――カン――カン――!


 鳴り響く鐘の音に、クエルは食べかけの朝食の上にスプーンを置いた。


「またか……」


 鳴り響く鐘は、小規模な敵の侵入を知らせている。ここ数日の間、昼夜に渡って似たような攻撃が続いていた。最初に聞いた時には、体が震えた敵襲を知らせる鐘も、今では朝礼を告げる鐘と同じに思えてくる。


「今度は西側からの侵入――」


 クエルは鐘の音に耳を傾けながら、皮のつなぎに袖を通した。


 バン!


 部屋の扉が勢いよく開く。クエルと同じく、皮のつなぎを身に着けたマーヤが顔を出した。


「行くわよ!」


 後ろ手で黒髪をまとめながら、もう着替えを終えているクエルに驚いた顔をする。


「だいぶ慣れたみたいね」


 マーヤのセリフに、クエルは思わず苦笑した。最初はどこにボタンがあるのかも分からず、マーヤに手伝ってもらったのを思い出す。だがすべてに慣れた訳ではなかった。


 戦うことには、足元に血が集まるような恐怖を覚えるし、血を噴き上げながら倒れる指揮官の姿が、頭にこびりついて離れない。それでも体が震えて、動けなくなるようなことはなくなっている。


「いつもと同じ?」


 クエルは中庭を抜けながら、前を進むマーヤに問いかけた。マーヤが呆れた顔をして、背後を振り返る。


「そう思わせたいだけに、決まっているでしょう!」 


「そ、そうだね……」


 素直に頷いたクエルに、マーヤがさらに呆れた顔をする。その表情は、フリーダがクエルにしていたものと同じだ。クエルがマーヤと一緒にいて、分かったことがある。二人が似ているのは姿だけではなかった。その表情や仕草もよく似ている。


 カン――カン――カン――。


 再び鐘の音が響く。クエルはフリーダの面影を振り払って目を瞑ると、サラスバティとのつながりに集中した。


『ラートリー、敵の動きは?』


『猟犬型の人形が五、六体ほど、西の林をこちらに接近中です』


『分かった。すぐに人形を西の林に沿って展開する。ラートリーは反対側の偵察を頼んだ』


『私がお側にいなくても、大丈夫でしょうか?』


 ラートリーの心配そうな声が響く。


『こっちにはマーヤもいるし、大丈夫だよ。それよりもマーヤの言う通りだ。何か仕掛けてくるころだと思う。十分に注意を払ってくれ』


『はい、マスター。お気をつけて――』


 サラスバティが演習場に向けて、動き出したのを感じる。サラスバティとの間では、かつてセレンとしていたような、五感の共有はできていない。それでもかなり遠距離まで、意識をつなぐことは出来るようになっていた。それについては、物言わぬ人形たちも同じだ。


『囲め――』


 クエルは自分の意識の中の、巨大な人形にそれを命じた。人形がクエルの頭の中で、演習場から西の森に腕を広げるように動いていく。


「僕らも移動しよう」


 クエルはマーヤと共に、宿舎の外に出た。東側から大きな土煙がこちらへと向かってくる。クエルの命令に従い、演習場から移動してきた人形群だ。


「すげえな……」


 東領の男たちの口から、感嘆の声が漏れる。同時にクエルのことを、見てはいけない者にでも会ったような顔で眺めた。遠巻きにする男たちの間を割って、エーリクがクエルたちの元へと駆け寄ってくる。


「エーリク、今日も護衛をお願い」


「何人たりとも、マーヤ様には指一本触れさせません」


 跪くエーリクに、マーヤは首を横に振った。


「あなたが優先すべきは、私じゃなくて彼よ」


「ですが……」


 戸惑うエーリクに、マーヤがクエルの方へ視線を向ける。


「このいやがらせは、彼の消耗を狙ってのものよ。それでもこちらの戦力を考えると、彼に人形を繰ってもらうしかないの」


「僕は大丈夫だよ」


 クエルの言葉に、マーヤは思いっきり顔をしかめた。


「舐めたことを言わないで。いざというときにあなたが動けないと、私たちは詰みよ。敵もそれが分かっている」


「マーヤ様の仰せの通りに致します」


 エーリクがマーヤに頭を下げる。自分より年下の少年の言葉に、クエルは後ろめたいものを感じた。彼が命がけで守りたいのは自分ではない。


「元を絶たないとだめか……」


 思わず口から本音が漏れる。しかしフリーダと共に暮らしていた街を、アルツたちの工房のある街を、自分から攻めるなど想像もできない。それをするぐらいなら、相手が攻めてきてくれた方がはるかにましだ。


「何度攻めて来ようが、僕が全部返り討ちにするよ」


 それを聞いたマーヤが、今度は心配そうな顔をする。その瞳から逃れるように、クエルは西の森に向けて、物言わぬ人形たちと共に走り出した。


 * * *


 ヘラルドは小部屋に入ると、テーブルに置かれたランタンに火を灯した。そのわずかな灯りが、椅子に座る男の姿を、自分の主人であるエンリケの姿を映し出す。ヘラルドはエンリケに一礼すると、反対側の椅子に腰を下ろした。


「クエルの様子は?」


「ここの暮らしにも、人形兵団の相手をするのにも、慣れてきたようです」


 ヘラルドの答えに、エンリケは考え込む表情をした。


「一番危ない時だな。クエルは自分が戦えると思っているようだが、そう思い込んでいるだけだ」


 エンリケの言葉にヘラルドも頷く。


「そうですね。ですが貴方の息子です。いずれは覚悟を決めて、あなたと同じ戦士になります」


「あれは私ではなく母親似だよ。常に他の誰かを優先するところがある。それよりも、そろそろクエルを狙って仕掛けてくるぞ」


「おっしゃる通りです。既存の戦力を中心に、可能な限り濃密に哨戒網を張ってあります」


「ブスカたちに任せて大丈夫か?」


「こちらにも勝ち目があると思ったのでしょう。人が変わったみたいにまじめにやっています。それと、マーヤとエーリクには、彼から絶対に目を離さないよう言ってあります」


「それでもクエルの手にあまるような敵が来たら……」


 そこで言葉を切ると、エンリケはヘラルドを冷ややかな目で眺めた。


「味方が巻き込まれようが構わない。キマイラの雷撃を使って制圧だ」


「マスター、了解です」


 ヘラルドの答えに、エンリケが席から立ち上がった時だ。


 ドガーン!


 すぐ近くで轟音が響いた。窓ガラスが震え、天井からほこりが落ちてくる。


「一体どこから……」


 そうつぶやいたヘラルドに対し、エンリケはおもむろに天井を指さした。

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