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決断

 アルマイヤーは旧人形省に用意された、殺風景な部屋を見渡した。円卓を前に、四人の男たちが座っている。チェスター家当主、カルロス侯。ウルバノ家の大番頭であるルイス卿。人形省次官であり、次期ローレンツ家当主のジークフリード卿。それに王家の代理である、エドワード内務卿の四人だ。


「一個兵団も投入して、流民程度を一掃できないとは、一体何の冗談です!?」


 無言で座る参加者を前に、エドワード内務卿が拳を振り上げた。机の上に置かれたランタンの明かりが、エドワードの影を大きく映し出す。


「しかも王都の目と鼻の先に奴らはいる。これは王家の威信に関わる大問題ですぞ!」


 エドワードの発言に、アルマイヤーは思わずため息をついた。


「エドワード内務卿――」


 壁際に座るアルマイヤーの呼びかけに、エドワードが背後を振り向く。自分の演説の邪魔をされたと思ったらしい。エドワードは思いっきり顔をしかめて見せた。


「アルマイヤー卿、なんだね?」

 

「一個兵団も突っ込んじゃいません」


「先ほどの説明では、白竜騎兵団の全力を投入したとあったはずだ。君は軍部が手抜きをしているとでも?」


 エドワードが眉間の皺を増やしつつ、アルマイヤーを睨みつける。


「せいぜいが一個大隊ほどです。それが今の一個兵団の全力なんです」


「軍隊用語なんかどうでもいい。問題は王家の()()だ。それに君は参考人であって、この会議の参加者ではない。聞かれたとき以外は口を閉じていろ!」


「最初からそのつもりならば、こんなところに呼び出したりしないで頂きたい!」


 激高するアルマイヤーに、エドワードは慌てた顔をした。


「こちらは生徒を何人も失っているうえに、直属の部下も一人が重体、一人が行方不明だ。それでも口を閉じていろと言うのなら――」


「アルマイヤー卿……」


 アルマイヤーの耳に、低く落ち着いた声が響いた。


「国学の件については、本当に残念だよ。心からお悔やみ申し上げる。しかし君は状況を語れる数少ない当事者の一人だ。今宵は我々に付き合ってもらう」


 カルロスの言葉に、アルマイヤーは素直に腰を下ろした。


「エドワード内務卿、今の我々は、兵力の三分の一も運用できていない」


 カルロスの隣に座るルイスが、言葉を続ける。


「残りは休暇でも取っているのですか?」


 エドワードのセリフに、ルイスは首を横に振った。


「術で人形を繰る技術が開発され、人形師の寿命を超えて人形を維持できるようになった。そのおかげで、我々の戦力は数世代で倍以上に増加している。それがまるごと敵に回る可能性があるのだ」


 それを聞いたエドワードが、驚いた顔をする。


「反乱ですか!?」


「人ではない。人形の反乱だ。人形が人形師の制御から離れて暴走した。それが国学で起きた事象だ。その原因が分からない間は、兵を動かすことなど出来ない。それに比較すれば、東領の流民たちの襲撃など、取るに足らない問題だ」


「可及的速やかに、術でしばりつけた人形を処分すべきです」


 アルマイヤーの進言に、ルイスが首を傾げる。


「それが暴走の引き金になる可能性もある。原因究明こそが最優先だよ」


「ところで、ジークフリード次官、ローレンツ家は付術師の家系だ。暴走の原因が何か、思い当たることはないかね?」


 ルイスの問いかけに、ジークフリードは小さく首を横に振った。


「正直なところ、何も思いつきません。そもそも結合せずに核を制御する技術は、各家がそれぞれに開発したものです。当家だけでの原因究明は困難かと……」


「それは我々の先祖に対する嫌味かね?」


 ジークフリードの答えに、カルロスが叱られた子供みたいに、肩をすくめて見せる。


「結合せずに核を制御する術は、ローレンツ家が開発したものだ。それを各家が盗み出した。祖先がどう言いつくろったかは別にして、全ては同じものだよ」


「今さら当家に責任を押し付けられても困ります。それに人形の数は数倍になりましたが、人形省の予算も、人員も変わっていません。私から言わせてもらえば、いい迷惑です」


 今度はジークフリードが、カルロスに肩をすくめて見せる。カルロスはジークフリードに軽く手を上げて答えると、エドワードに向き直った。


「エドワード内務卿、術が王家と我々の力を倍増させ、相対的に各領家の力を弱めた。その源泉が失われている。それが問題の本質だ」


「たとえそうだとしても、白竜騎兵団が東領の流民ごときに返り討ちにされるなど、私には全く理解出来ません」


「内務卿、勘違いをしていないかね? 作戦は成功だよ」


 カルロスの言葉にルイスも頷く。


「見栄え重視の、閲兵式ぐらいしか使い道のない兵団にしては、十分な戦果を挙げてくれた」


「全滅のどこが戦果なんです?」


「この作戦は、東領の流民たちが拠点を構えたことの理由と、暴走した人形たちの現状を確認するための威力偵察だ。やつらは暴走した人形たちを支配下に置いている」


 ルイスのセリフに、エドワードの顔色が変わった。


「我々の人形の大半が、敵によって支配されるという事ですか!」


「内務卿、それこそが現状の正しい認識だよ」


 ドン!


 エドワードが、拳を机に叩きつける。


「何を悠長なことをしているのです。人形師と人形を全部投入してでも、すぐにやつらを排除しなければなりません!」


「王都の守りを空にしてかね?」


 カルロスの問いかけに、エドワードは怪訝そうな顔をした。


「奴ら以外、誰も攻めてくるものなどいません!」


「私からすれば、こちらを誘っているとしか思えない」


 そこで言葉を切ると、カルロスは壁際に座るアルマイヤーの方を振り返った。


「暴走時、人形たちに統率がなかったのは確かだね?」


「はい。無差別に人を標的にしていました」


「今回は白竜騎兵団を組織的に迎撃している。内務卿、偵察の結果によれば、暴走した人形たちは、ただ一人の人形師によって率いられていたらしい」


「一人だけ……ですか?」


 信じられないと言う顔をするエドワードに、カルロスは頷いた。


「その人物を排除すれば、この事態を打開するための時間が稼げる。ルイス、それでいいな?」


 ルイスがため息を吐きつつ、首を縦に振る。


「出し惜しみはなしだ。本物の人形師だけの戦力を使う」


 カルロスは窓の外に見える王宮の明かりを指さした。


「ま、まさか……!?」


「エドワード内務卿、宮廷人形師による奇襲作戦で、敵の人形師を排除する」


 * * *


 ツタを纏った古いレンガ造りの建物を、天空高く昇った月が照らしていた。アルマイヤーはタバコを手に、一人その中庭を歩く。だがその胸の内は、この静かな夜とは全くの逆だ。己の権力維持だけに終止する会議に、激しい怒りが燃え上がってくる。


『犠牲を数の問題としか捉えていない――』 


 アルマイヤーも軍人である以上、個ではなく全体を見ることが、政治の本質であることぐらい理解している。しかし理解することと、納得することは別だ。アルマイヤーはタバコの火を軍靴で消すと、出口へと足を向けた。


 扉の前に人影が見える。横を通り過ぎようとしたアルマイヤーの目に、左耳のピアスが紺色の光を放つのが見えた。立ち止まったアルマイヤーに、男が敬礼をする。アルマイヤーも足を止めると、その人物に答礼を返した。


「ギュスターブ卿、宮廷人形師のあなたが、なぜこんなところに?」


「会議の決定事項に関する連絡役を、エドワード内務卿から仰せつかりました」

 

「娘さんの件について、心からお悔やみ申し上げる」


「アルマイヤー卿、お気遣い、ありがとうございます」


「ところで、奥方(リンダ)はどうしておられますか?」


あの男(エンリケ)から毒をもらいました。命に別状はありませんが、しばらくの間、体の自由は効かないと思います」


 アルマイヤーはギュスターブの胸倉を掴むと、とび色の瞳を睨みつけた。


「こんなところで油を売っている場合か!? 今すぐあいつを殺しに行け!」


「あの男は私の親友でもあるのですよ。それにフリーダのことは残念ですが、私はこれでよかったと思っています」


 アルマイヤーはその言葉に戸惑った。


「どういうことだ!?」


「彼女と娘に掛けられた()()が、解けたとも言えるのです」


「呪い……?」


「アルマイヤー卿、あなたが知る彼女を私は知らない。同じように、あなたが知らない私と彼女の人生がある」


「何が人生だ! お前たちがどれだけの罪を犯したのか、分かっているのか!?」


 言葉を絞り出すアルマイヤーに、ギュスターブが頷く。


「だから私はリンダの側にいる。彼女と共に全ての罪を被る為にね」


 アルマイヤーはギュスターブから手を離すと、門を抜けて通りに出た。人気のない官庁街を照らす月を眺める。


『自分の知らないところで、あの方(リンダ)が大きな秘密と苦悩を抱えている――』


 その思いが、アルマイヤーの胸を茨のように締め付けた。

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