9 黒の領主は学びたい
第2章の開始です。きっかけ説明回となります。
よろしくお願い致します。
ロシスター侯爵家から派遣されたメレディスがハイド伯爵家の新しい家令となり、私とユージーンの執務に費やす時間が大幅に軽減された。
最近はまっている事は、雨模様の日には、ドナ付きだったメイドのカーラに刺繍を教えてもらう事と、日射しがある暖かい日なら、庭師のトーマスと一緒に球根を植える事だったりする。
子どもの頃に少しかじっただけの刺繍は、予想していた通り難しかったけれど、上達していく過程が作品毎にあらわれるのでやりがいがある。球根の植え付けも、球根どうしの距離や植える深さ、花が咲く季節など、細かくトーマスに教わり、興味は尽きない。
騎士が本職のエリカは、女性らしいもの事が苦手らしい。私とカーラが刺繍しているところを、いつも悔しそうに見ているので、「エリカも一緒にやってみない?」と誘ったら、「針ではクローディア様をお守りできませんから結構です」と全力で断られた。
今日もトーマスと2人で庭園に春咲きの球根を植えていると、ユージーンがお茶の準備をしてくれていた。
放っておかれた事にいじけているのか、トーマスとばかり一緒にいたからか、純粋に気遣ってくれたのは分からないけれど、ユージーンはなんだかご機嫌斜め……。
最近になって、彼の隠してきた性質も見えるようになってきたかもしれない……。私は急いで手を洗い、サロンに向かった。
「ずいぶんと精が出るね」
「冬のうちに植えないといけないからよ? でも、あと少しで終わるわ」
「そう? じゃあ作業が終わったら、ロシスターのカントリーハウスに行ってみないか?」
「ぜひ行ってみたいわ! 私はロシスター領に行った事がないのよね? 楽しみだわ!」
オリバー小父様やユージーンが、ハイド領に来た事はあったみたいだけれど、私がロシスター領に行った記憶はない。ユージーンとの“初めての旅行”も、そのフレーズだけで心が弾む。
「なんで父の事は覚えていて、俺の事は忘れているんだろうな……」
あ……、また面倒な雰囲気になってきた。フォローしないと……。
「小父様は、何度もハイド領に来ていたもの。ユージーンは3日間しかここにいなかったんでしょう? 私はまだ10歳だったのよ? でもきっと、何度もユージーンと会っていたら、成人前に貴方を好きだって父に伝えていたはずだわ」
太陽も逃げ出さんばかりの眩い笑顔になったから、これで大丈夫! さて、ロシスター領に向かう準備もしていかないと!
最近、はまってしまった事がもう1つある。お洒落をすることだ。王都をたつ前に、ユージーンと2人で街へ買い物に出掛けた。その時、ユージーンがたくさんの贈り物をくれたのだ。
曰く、今までプレゼントが出来なかった分、これからは呆れられるくらい贈り物をしたいと。
季節的にすぐに着られるからと買ってもらった、白魔兎の毛皮のコートが最近のお気に入りだ。毛足が柔らかく密度も濃いので、見た目も肌触りも防寒性も最高の一品! とても高価だったに違いない……。
真珠と銀糸のタッセルがついた銀の蝶を模した髪飾りも買ってくれた。顔の横で髪を纏め、この飾りをつけてタッセルと一緒に流すのが定着している。
この髪型は、髪飾りを買ってくれたあとすぐ、ユージーンが私の黒い髪を手串で器用にまとめ、飾りをつけてくれた時から気に入ってしまった。
エリカとカーラに手伝ってもらい、ユージーンからの贈り物の服を目一杯トランクに詰め、白魔兎のコートと蝶の髪飾りというお気に入りのいでたちで、私達はロシスター領に向かった。
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ロシスターの領地は、多くの騎士が街に溶け込み、領民の生活を守っている。とても治安が良いところだ。街のいたるところで騎士の姿を見かけ、領民達からも騎士様は愛される存在だ。
馬車から街の景観を眺めていて、ふと疑問に思ったことをユージーンに聞いてみる。
「ユージーンは、オリバー小父様から剣を習ったの?」
「父というよりも、騎士団と一緒に鍛練していたかな。あの人から直接教わるより、鍛錬に混ざる方が数倍楽だったし」
「魔法も使えるの?」
「ああ、剣の方が好きだけれど、魔法も留学先で習ってきた。国内だと光属性の人間が少ないから、他国で習えるうちに習っておいたって感じかな」
私も、本来なら13歳から国立学園に通って学ぶはずだった。学園に通える女の子は、相続して領主になる予定の子だけだから、叔父に学園に通わせてもらえなくても、今まではたいして悲しくもならなかった。
それでも、こうして成人すると、学園で勉強出来なかった事を悔しく思う。もっと学べる時に学びたかったな……。
黙りこんで過去を思い出していた私を心配したのか、ユージーンが不安げにたずねてきた。
「クローディアは、魔法を使えるようになりたい?」
「うん。色々勉強したかったなって思っていたの。でも、私は闇属性だし……。教わるのも難しいから別にいいかな……」
「いや、闇属性にも身につけておくべき魔法があるはずだ。俺達、光や闇属性の人間が希少だから、良い師匠も少ないだけなんだ。ロシスターに着いたら父に相談してみよう」
私の気持ちを察してくれたユージーンが、また行動に移してくれそう。こうしていつも先回りをして、私の事を考えてくれていたんだね。隣に座るユージーンの手に、そっと自分の手を重ね感謝の気持ちを伝えた。
「いつもありがとう。ユージーン」
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ロシスター侯爵家のカントリーハウスに到着すると、オリバー小父様とウォルトお兄様、使用人と騎士団のみんなが勢揃いで迎えてくれた。
「「おかえりなさいませ。ユージーン様、クローディア様」」
おかえりなさいと迎えられ、改めて家族として受け入れてくれるロシスター家のみなさんに、胸が熱くなる。
「近いとはいえ、馬車の移動は疲れただろう? さあさあ、中に入って」
完全に私を甘やかすつもりのオリバー小父様は、私のトランクを自ら運び、慌てふためく使用人を意に介さず私を屋敷の中に連れて行く。
サロンに通され一息つくと、ユージーンが切りだした。
「父上にクローディアの事でご相談があります」
「クローディアの事ならなんだって力になるぞ?」
ユージーンは、私が学園に通えず、魔法の師匠もおらず、学ぶ機会がなかった事を悔やんでいると、まるで私の心を覗いたかのように、気持ちを代弁してくれた。小父様はしばし考えた後、1つの案を出した。
「それなら、私の知り合いの女性に手紙を書いてみよう。忙しい方だから、あまり期待はしないで欲しいが、かなりの闇魔法の使い手だ。何かしら力になってくれるはず。この屋敷に滞在しているうちに返事が来るだろうから、少し待っていておくれ」
「ありがとうございます。小父様」
オリバー小父様の伝手で、闇魔法の師匠が見つかるかもしれない。浮かれる私は、小父様が複雑そうに顔を歪めている事に気がついていなかった。
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滞在中は、ウォルトお兄様から領地経営について教わっていた。長兄だったウォルト様は騎士科と領地科を2重専攻した強者だ。せっかくの旅先で執務室に籠るのはもったいないけれど、他領の経営を優秀な先生に教えてもらえる機会など滅多にない。ユージーンはまた拗ねそうになったけれど、気持ちを伝えると理解してくれた。
やはりハイド領は恵まれた領地だ。王都への交通の要になっているから、商人や旅人の往来で物流も良く、平地が多い土地は農・畜産業が盛んで、安定した税収の柱になっている。
だが、ロシスター領のように何かに特化しているわけではなかった。ロシスター領はやはり騎士団の貢献が大きい。優秀な騎士を多く輩出してきたロシスター騎士学校は、王国騎士団にも毎年人員を派遣している。その1人が次兄のブルーノお兄様だ。
他領の話を聞き、ハイド領にも長期的に国に貢献出来るものを作ろうと、私は心の中で決意した。
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「この前話をした魔法の師匠についてだけれどね、先方が直々に指導したいと、快くお引き受けくださったよ」
「良かったな、クローディア!」
「ありがとうございます、小父様」
けれど、オリバー小父様が顔を曇らせながら続けた。
「ただしな……。その方がいらっしゃるのは、ウィンドラ公国なのだ」
「風の渓谷ウィンドラか……。遠いな……」
「我がイスティリア王国とは、週に1度の飛竜定期便で往き来出来ます」
「でも……。ただでさえ今もこちらに来ているのに、立て続けに公国に行くのは領地が心配です……」
「メレディスが家令になった事だし、クローディアの話を聞くかぎり、ハイド領の経営状態なら公国に行っても問題ないよ」
ウォルトお兄様が、ウィンドラ公国に行くのを後押ししてくれた。
「……私、ウィンドラ公国に行って、勉強したいです!」
「そうか……。ハイド領の事は心配しなくていいから、悔いなく学んでくるんだよ? ユージーン、クローディアを頼んだぞ」
「父上に言われずとも、クローディアは私の婚約者です。命を掛けて守りますよ」
国外に出て闇魔法を学べるなんて、人生は思いもよらない事ばかり! ユージーンが来てくれてから、急激に状況が変わっていったけれど、まだまだ流れは止まらないみたい!
この先に待つ人が、どんな想いでいるのかも知らず、私はただ夢見心地でいた……。




