10 邂逅
この先に待つ人が、どんな想いでいるのかも知らず、私はただ夢見心地でいた……。
ウィンドラ公国行きへのメンバーは一悶着あったけど、ユージーンと私の2人で落ち着いた。飛竜便の料金は安いものではなく、泣く泣くエリカが公国行きを断念した。
飛び立つときの浮遊感と着陸するときの衝撃を除けば、飛竜の加護で身を切るような風にさらされる事もなく、何度か休憩をはさみ、たった1日で風の渓谷ウィンドラと呼ばれるウィンドラ公国に到着した。
ウィンドラ公国はおよそ700年前に滅亡した帝国の統治下に置かれていたが、帝国の滅亡に際し、ウィンドラ地方を治めていた公爵がそのまま独立し、現在の公国を建国した。
現公はイスティリア王国との飛竜定期便を設置し、王国とは良好な関係を築いている。
山谷風を利用した風車と飛竜が有名で、牧歌的な眺望は風景画の題材としてよく見かける。
夕空の中、初めて見るウィンドラ公国の景色は、どこか郷愁を誘うものだった。
師匠のお住まいからも近く指導しやすいからと、師匠の方でコテージを準備してくれた。木工建築の素朴な作りが、ウィンドラの景観によく似合う。
宵の口、早々と夕食を済ませ荷物を出して整理していると、約束通りの時間に扉がノックされた。
オリバー小父様の古くからの知人で、立場あるお忙しい女性としか聞いていない。どんな方がお見えになるのかと、すごく緊張した。
「はじめまして。貴女がクローディアちゃんね。私はレイラ。オリバーから話は聞いているわ。遠慮しないでなんでも相談してね」
「はじめまして、レイラ様。この度はお引き受けくださりありがとうございます。ご足労をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
レイラ様が差し出した手を握り返す。とても華奢で、闇魔法の使い手とは思えないたおやかなお方。柔和な笑みが私の緊張を解いていく。あれ? 後ろに控える従者の方は、鬼の様な形相をしているけれど……。
「ああ。これはコンラッドよ。仏頂面だけど気にしないでね」
嫌そうに礼をするコンラッドさん……。会って30秒で嫌われたのかな?
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「闇属性の魔法はね。人を眠らせたり昏倒させたり、精神に干渉したり……。世間からは恐れられているけれど、それは一部であって、本来の闇の力とは全く異なるのよ」
早速、講義を開始してくれたレイラ様の話に耳を傾ける。
「生きとし生けるものは必ず眠る。どんなにたくましい騎士だろうが優秀な魔法使いだろうが……。高貴な身分だろうが平民だろうが……。万物に対して時間は等しく流れるし、その貴重な時間を睡眠に使って生き物は体と心を癒し、明日への活力を蓄える。時には夢の世界に心を飛ばして魂も浄化する……」
涼やかな声音でお話し下さるレイラ様……。自然とレイラ様の世界に引きこまれて行く。
「体力や魔力が尽きそうな時、闇の魔法で癒しの時と同じ効果を与える事が出来るの。するとどうなるかしら? 受け取った人間は、いつまでも体力が尽きないしあっという間に魔力も回復している。負った傷さえ癒してしまうのよ。戦う相手にとって、この闇魔法の存在は脅威になるわね。でも、与える側はそうはいかない。自身の魔力が尽きれば命を削って癒す事になる。濁さず言えば、闇属性を持つ者は搾取される側の存在なのよ」
寝ずに仕事をしたいと思う人もいるだろう。傷を癒して欲しいと思う人は多いはず。闇属性の人間は、ただでさえ迫害されているというのに、搾取までされるようになったら……。
「私はこの力を禁忌だと思っているわ。これから指導はするけれど、クローディアちゃんには命を削ってまで他者を癒して欲しくはない。それだけは心に留めておいてね」
初めて出会った同じ黒髪と黒目の人。自分の容姿は酷く醜いと感じていたけれど、レイラ様に会って話を聞いて、認識が変わった。
重みのある言葉と意志の強さを感じる黒い瞳。漆黒の髪と白い肌のコントラストは目が離せなくなるほど美しい。
レイラ様から1つ1つ丁寧に紡がれる言葉が、私の闇属性を受け入れる覚悟を確かなものにしてくれた。
「レイラ様。そろそろお時間です」
「分かっているわ、コンラッド。ごめんなさいね。そろそろ戻らないといけないの」
あまりにもレイラ様が悲しそうな顔をするので、私まで切ない気持ちになってしまう。
「大丈夫、また明日も必ずこの時間にここに来るから。待っていてちょうだいね」
「はい。お待ちしております、レイラ様」
「レイラ様。お早く願います」
「今行きます!!」
帰り際、従者のコンラッドさんが鋭い目で私とユージーンを睨んで行った。完全に嫌われているわね……。
「あの従者……。感じ悪い奴だな」
「まあまあ。腹を立てていないで、今日は移動もしてきたんだしゆっくり休みましょう」
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次の日も、またその次の日も、レイラ様はコテージへ来てくれた。
レイラ様は普段温厚な方だが、魔法を使う場面になると、厳しい師匠に変わった。
「クローディアちゃん! 集中して! そのままだと魔力を無駄に垂れ流す事になるわよ!」
「何度言わせれば分かるの! 呪文を省こうなんて千年早いわ!」
「ちーがーうー!! それは視界を奪う呪文ー!!」
魔力の流れに集中しながら呪文を唱えようとすると、どちらかがおろそかになる。レイラ様に何度も鼓舞され、必死に呪文を唱え続けた。
従者のコンラッドさんは涼しい顔で見ていられるようだけど、私もユージーンも、あまりのレイラ様のギャップに衝撃を隠せない。
鬼気迫るレイラ様を前に、気を抜く事など出来ず、限界まで魔力を使っていたみたい。
足に力が入らなくなり、片膝をついてしまった。
「ごめんなさい。無理をさせ過ぎたわね。少し休憩にしましょうか?」
再び穏やかな笑みを浮かべ、温厚なレイラ様に戻った。甲斐甲斐しく私の手をとり、椅子に座らせてくれる。
「まさに飴と鞭」
ユージーンの呟きに心で賛同する。
休憩時間には、私の私生活の事も心配してくれているみたいで、話題は多岐にのぼった。
「クローディアちゃんは、どうしてユージーン君と婚約する事に決めたの?」
「えっと……。ユージーンは、私がピンチになった時、いつも助けてくれたんです」
「まあ! そんなに何度も危険な目に遭ってきたの?」
「ええと……。父が亡くなって、叔父一家が私の後見人として家にやってきたのですが――」
私はかいつまんで、叔父夫妻に毒殺されかけていた事、家令に横領されていた事、叔父にあてがわれた婚約者が婚約破棄をしてくれなかった事などを話した。詳細をたずねられ、気分の良い話ではないから申し訳なくなりつつも、一通りをレイラ様に話した。
語り終えレイラ様を見ると、レイラ様の瞳から大粒の涙が溢れ出していた。
「すみません。辛気臭い話をしてしまって! 泣かないでください、レイラ様! 私はユージーンのお陰で命拾いをし、今こうしてレイラ様に師事しているのですから……」
「嫌だわ、私ったら……。年を重ねると涙腺が弱くなってしまって……。……もうこんな時間になったのね……。続きは明日にしましょうか?」
「はい。本日もありがとうございました。おやすみなさい。レイラ様、コンラッドさん」
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俺の疑念は確信に変わった。あまりにも2人は似すぎているんだ……。レイラ様はクローディアの母親だ。
昔、父が言っていた。クローディアの母親は『遠い異国のお姫様で、国に帰っている』と。
俺はクローディアに気づかれないように、レイラ様の後を追った。
「お待ちください、レイラ様。泣く時の癖がクローディアと一緒です。涙を流さないようにと無理をするのか、わざと目を見開いてから上を向く。初めてお会いした時から似ているとは思っておりましたが……。貴女がクローディアのお母上ですね?」
突然身構えたコンラッドが俺に剣を向けてきた。分かりやす過ぎて気にも留めなかったが。
「お止めなさい! コンラッド! 彼はロシスターの騎士です。お前でも敵わない実力者だと分かっているのでしょう?」
「しかし、レイラ様……」
「ユージーン君。今夜、私の思い出話を聞いてくれないかしら? あのこが眠ったら、何時になってもかまわないから、公城に来て……」
「かしこまりました。それでは後ほど」
公城ということは……。レイラ様が1人娘の公女か……。いや、代がわりをして、今の公は女性だったはず。ということは、レイラ様は……。




