11 クライヴとレイラ
私はレイラ・ウィンドラ。ウィンドラ公の1人娘。父からは毎日のように『そろそろ婿をとれ。早く後を任せたい』とつつかれるようになっていた。確かに私も20歳。いい加減、身を固めなくてはならないけれど……。
当時、公国騎士団の副団長をしていたコンラッドと侍女のニナを伴い、騎士団で有名なイスティリア王国に1年間視察に行くことが決まった。公になる前、最後の視察だろう。羽を伸ばす大切な時間にしたいと思った。
王国から紹介されたのは、ロシスター騎士団だった。王国騎士団の元となった歴史ある騎士団で、騎士学校が併設されており、今も多くの騎士がロシスター騎士団から王都に派遣されている。
私達3人は、イスティリア王国ロシスター侯爵領に向かった。
**********
次期ロシスター侯爵のオリバーとその奥方ソフィアに迎えられ、その際1人の男を紹介された。
「クライヴ・ハイドと申します。オリバーの悪友です」
落ち着いた雰囲気の中に、人好きのする少年のような男だった。
イスティリア王国では闇属性の者への迫害意識が特に強いと聞いていたのに、歳が近いこともあってか、私達4人はすぐ意気投合した。
4人で過ごす時間が多くなり、オリバーとソフィアが2人の世界に浸り始めると、おのずとクライヴと話している事が増えた。
熱情に身を焦がすような恋ではなかった。じわりじわりとクライヴに引き寄せられていて、一緒に過ごす事が当たり前になっていた。
まるで緩やかな2つの支流が1つの川となり、いつしか混ざり合って穏やかに流れているかのよう。
私とクライヴは恋人の関係になっていた。
クライヴを愛しても、添い遂げる事は出来ないと分かっている。私は公国の公になるし、クライヴは伯爵領を継ぐから。
公国も民も捨てることはしない。でも……。公女でいる間に。自由が利くうちに……。最後に1度だけで良い……。クライヴだけのものになりたい……。
若気の至りとは思わないし、今後クライヴ以外に身をゆだねられる男など現れはしない。その時、私がした覚悟については、一切後悔していない。
**********
「うっ――」
「レイラ様!? まさか……、ご懐妊されているのでは?」
月のモノが途絶えていた。あと2月でウィンドラ公国に帰るのに。
「お願い、ニナ。まだ誰にも言わないで。この子をどうしても生みたいの」
愛するクライヴの子を産める機会に恵まれたのだ。誰にも邪魔立てさせない。
「私はレイラ様の侍女で、いついかなる時にも貴女様の味方です。コンラッドに知られるのを限りなく延ばしましょう」
「ニナがいてくれて心強いわ……」
その日、私はクライヴに妊娠したことを告げた。驚く事も嫌がる事も困る事さえもなく、クライヴはただ私とお腹の中の子を受け入れてくれた。
「俺の子を身籠ってくれてありがとう。身体を大事にしていかないとならないな? 騎士に交じって訓練するのもほどほどにしなさい」
そう言ってお腹に手を触れ、少年のような笑みを見せた後、私を優しく抱きしめてくれた。
しかし、もともと痩せぎみだった私の体型の変化に、あのコンラッドが気づかないはずがなかった。
「公より書状が届いております」
とうとう父にばれたのだ。コンラッドは悪い奴ではない。職務に忠実な男なのだ。彼は事実を父に報告しただけ。私は恐る恐る父からの手紙を開いた。
“子を生む事は仕方がない。だが、生んで三月経ったらお前だけで戻ってこい。即位の準備を進めておく。子を連れ帰る事は許さん。次の公となる者がどこの馬の骨とも分からん未婚の子を生むなど言語道断。国民に悟られるわけにはいかん。お前の身体を考えて苦渋の決断をした事をゆめゆめ忘れるな”
父の精一杯の落としどころだったと思う。生ませてくれるだけでもありがたかった。私は2月後、ロシスター騎士団の視察を終え、目立ち始めたお腹でクライヴの待つハイド領に向かった。
クライヴが先にハイド領に行き、出産の準備を整えていてくれていた。
「元気な赤ちゃんを産んでね。心配な事があれば手紙をちょうだい! ハイドならすぐに行けるから!」
「生まれたら必ず行くからな。クライヴにも伝えてくれ」
「男の子ならロシスターで鍛えてもらいたいわ。女の子なら……。三騎士の誰かのお嫁さんかしら?」
「家の息子達は将来優良物件になるわよー」
私達が別れを惜しんでいると、オリバーとソフィアの三男でまだ歩き始めたばかりのユージーン君が、覚束ない足どりで私の所にやって来た。
「ふへへっ」
フワフワとした柔らかい金の髪に金のつぶらな瞳。宗教画から飛び出した天使が、小さな手で私のお腹に振れた。
「ユージーン君。生まれたらこの子をよろしくお願いね」
仕掛人形のようにカクカクと、大きな頭を振って頷いている。私の気持ちが伝わっているのだろう。赤子とは不思議なものだ。
「ありがとう……。オリバーもソフィアも元気で。またいつか会いましょう!」
これがオリバーとソフィアと会った最後だった。ソフィアとは2度と会うことが叶わないなんて……。考えもしなかった……。
**********
常日頃から鍛えていた私のお産は軽く済んだらしい。これで軽いなんて信じられないが。ハイド伯爵家のベテラン使用人のお姉様方が、口々に言うのだから本当なのだろう。
クローディアと名付けられたわが娘を、出来る限り自分の手で育てた。乳母もつけず、どうしてもクローディアの側を離れる時はニナに頼んで、私は娘のぬくもりを独り占めにしていた。
私と同じ黒髪黒目。まだハッキリとしないから断言できないけれど、目元は私に似て大きいかも。鼻筋と口もとはクライヴに似て形が良い。
「親バカだけれど、将来きっと美人になるわね」
「違いないよ。おれたちの可愛い娘だ」
満たされた3ヶ月だった。愛する人と愛する人との子と過ごした、私の人生で一番輝いていた時間。幸福の絶頂。私がいなくなっても、クライヴがクローディアを、クローディアがクライヴを支え、助け合い仲睦まじく生きて行ける事を願っていた。
そして……、無情にも時は流れ、別れの時が訪れた……。
「レイラ様。公国より、公直属の飛竜が到着いたしました」
「そんなにせっつかなくても、逃げたりしないわよ」
おくるみにくるまれた愛しい我が子を、愛した男に託した。
「クライヴ……。クローディアをお願いします」
「大丈夫だよ。レイラの使命を果たしておいで。私をクローディアの父にしてくれてありがとう」
ごめんなさい。こんな母でごめんなさい、クローディア。私は貴女の事を周りにお願いする事しか出来ないわね。大きくなった貴女に謝る事さえも出来ないわね。
これ以上考えると泣いてしまう。クライヴとクローディアの別れを泣き顔で終わらせたくない……。
心を塞いだ。私には泣く資格さえないのだから。
最後の時を思い出そうとしても思い出せなかった……。クライヴの表情も、クローディアが笑っていたのか泣いていたのか眠っていたのかさえも……。
ニナとコンラッドに支えられ飛竜に乗ってウィンドラまで帰ったらしいが、別れてからの私はもぬけの殻。記憶が曖昧だった。
公になってからは、ただ国のため我武者羅に身を捧げた。長かったのか短かったのかさえ、感覚が麻痺して感じる事がない。
同じ年頃の子を見れば、これくらい成長しているのかなと思う。でも、いつも夢で見るクローディアは幼いままだった。私の時間は流れながらも停まってしまった。
そのクローディアがウィンドラに来るなんて……。会ってはならないと躊躇う気持ちもあった。けれど、名乗らずに会えばクローディアを悲しませる事はないと言い訳し、私はただ1人の我が子に会う決意を固めた。
名乗る事が出来ないのは、私の負った罪の償いの一部。それくらい母親がいなかった我が子の苦しみに比べたらどうって事はない。
私は加害者なんだから……。




