12 お母様と初めて呼んだ日
遠くを見つめ長嘆し、レイラ様は俺に語り続けた。
「オリバーがきっかけを作ってくれたのよね。大きくなったユージーン君とも会えて嬉しかったわ。貴方がクローディアの婚約者だと知って、とても安心していたのよ」
「父からは何も聞いておりませんでした……。母はその後、流行り病に罹り亡くなったのです……。レイラ様はクローディアに名乗るお気持ちはないのですか?」
「今さら名乗ったところで、あの子を悲しませるだけじゃないかしら……。何一つ母親らしいことも出来なかった私には、そもそも名乗る資格などないわ……」
「……分かりました」
俺がこれ以上立ち入ってはならない。もどかしいが、レイラ様とクローディアが一緒に暮らせるわけではないのだ……。父も分かっていてクローディアをレイラ様に会わせたのだろう。
悶々とした気持ちに苛まれながら、俺はクローディアにとって何が一番望ましい事なのか、思慮を重ねた……。
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レイラ様からご指導いただき、毎日復習をしながら私の闇魔法は上達した。コンラッドさんがいつも時間を気にしているから、想像していた以上にお忙しいのだろう。
けれどレイラ様は指導に熱が入るといつも時間が押してしまい、今日もレイラ様とコンラッドさんの言い合いが始まった。
「コンラッド! 少しくらい待ちなさいよ! ちょっとは空気を読んだらどうなの!」
「なんと言われようがお時間です!」
「もうっ! 分かりました! 走って帰るからいいでしょ! またね、クローディアちゃん! ユージーン君!」
おおわらわで本を片付け部屋を出るレイラ様。膝に置いていたのかロケットペンダントが足元に落ち、弾みで蓋が空いている。
レイラ様は落としたことに気づかず、コテージを飛び出して行った。明日にでもお渡ししないと――
私は拾い上げたペンダントを見て固まった。ハイド家の家紋が入っており、私も同じ物を首から下げている……。
ペンダントチャームの中には、若い頃の父とレイラ様の古い姿絵。レイラ様の胸には黒髪の赤子が抱かれている――
「なぜ、レイラ様とお父様が……」
「クローディア?」
ユージーンが心配し、私の顔を覗き込んできた。その時、ペンダントを落とした事に気がついたのか、レイラ様が部屋に戻ってきた。
「クローディア……。見てしまったのね?」
私の手元にある開かれたペンダントを見て、レイラ様が悲愴な面持ちで問いかけて来た。私はどう答えたら良いのか分からず、室内に沈黙が流れた。
母はいないものだと認識していても、生みの親がいる事くらい分かっていた。父がいれば良かったし、父が死んだ後はただただ堪え忍んで生きてきた。やっとユージーンと出会い、幸せを感じられるようになって……。
「……。どうして……今頃になって現れたの?」
やっと口から出たのは憎まれ口だった。そんな言葉を言いたかったのではない。
違う……。違うの。恨んでなんかいない。ただ寂しかっただけなの……。父がずっと独り身で可哀想だっただけ……。私はちっとも憎いなんて感じてこなかったのに!!
「あ……。ちが……」
誤解を解こうとする言葉は声にならなかった。レイラ様の顔を見る事が出来ず、耐えきれなくなった私はコテージを飛び出した。
知らない土地を一心不乱に走った。いつも私は大切な人から逃げている。自分自身を卑下した時だった――
「きゃあぁっ」
暗闇で、その先が切り立った崖であることに気づいていなかった。崖から足を踏み外し、身体のいたるところを打ちつけ、擦る。私は転がりながら、崖の真下まで落ちて行った。
意識が遠退いていく。ヌルっとした生温かい液体が肌に絡みついてくる。私の血だ……。
「「クローディア!!」」
遠くでユージーンとレイラ様の声が聞こえた気がする……。やっとお母様に会えたのに……。
私はそのまま意識を手放した。
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目覚めると、慣れたコテージの寝台の上にいた。痛みはない。恐る恐る身体を動かせば、すぐに思い通りに動いた。
「目が覚めたか?」
「ユージーン。私どうして……生きているの?」
「レイラ様が助けてくれたんだ」
「レイラ様が……」
「ああ。ただ……。クローディアの怪我は致命傷だった。それを治すため、レイラ様の魔力が尽きた。それでもまだクローディアの傷は完璧に塞がらなかったんだ……」
ユージーンが何を言わんとしているのか分かった。レイラ様は、命を削って私を助けてくれたんだ。
「レイラ様のご様子は?」
「意識はあった。でも、大分生命力を削ったみたいだ……。コンラッドに抱えられ戻られたが、その後の状態は分からない」
自分の幼稚さがレイラ様の……、たった1人の母の命を搾取した……。
「なあ、クローディア。レイラ様には一緒に暮らせない事情があったんじゃないか? まずはちゃんと話を聞いてみると良い」
「……。そうね……。それに助けていただいたお礼もお伝えしないと……」
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翌日、レイラ様のお陰で身体に一切傷を残さなかった私は、ユージーンに連れられ公城に来た。ユージーンはあくまでもレイラ様がウィンドラ公国の現公であることだけは説明してくれた。
きっと、また私の事を考え、それ以上の話しはレイラ様とした方が良いと思っているのだろう。たった2歳しか違わないのに、ユージーンはいつも私にとっての最善を考えてくれている。
彼の腕に添えた手に力をこめる。この天使はどこまでも私の行く末を、より善く、より幸福に導こうとしてくれる――
通された謁見の間の王座に座っていたのは、銀糸の刺繍が施された黒いローブに身を纏い、生気がなく青白いお顔をしたレイラ様だった。ひどく無理をさせてしまった事に、胸が押し潰されそうになる。
「昨晩は命を救っていただきありがとうございました……。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
「命を救っていただきだと!? レイラ様の命を削っておきながら、よくもいけしゃあしゃあと!!」
「お止めなさい! クローディアの命は私の命と同義です! これ以上の口出しは許しません!」
苦虫を噛み潰したように唇を噛み、コンラッドさんは後ろへ下がった。
「黙っていてごめんなさい、クローディア。貴女が見た姿絵のとおり、クライヴと私は愛し合っていた。私達の間に生まれたのが貴女よ。クライヴが亡くなった事も、先日オリバーからもらった手紙で知ったわ……。1人にしてごめんなさい……。母親らしい事もしなくてごめんなさい……。私がこの国と民を選んだと思われても仕方ないわ」
「……」
レイラ様には立場があった。父もレイラ様を愛していたから私がいるのだろう……。それでも私はまだ素直に答えられずにいた。
「でもね……。クライヴの死を一緒に悲しむ事は許して欲しいの……。私のただ1人愛した人、クライヴの忘れ形見の貴女と……」
私も父の死を悲しむ間もなく叔父達がやって来て、哀傷に浸る事も出来なかったように、レイラ様もオリバー小父様からの手紙を見てから、ずっと心を塞いで我慢してきたのかもしれない。
私がレイラ様に会いに来てしまったから、尚更気丈に振舞っていたのね……。
愛する人と出会った今の私なら、レイラ様の気持ちが少しだけ理解出来た。父の死はどれほどレイラ様の胸中に痛苦を与えているのだろうか……。
私は首から下げていた私のロケットペンダントを取り出し、そっとレイラ様にお渡しした。4年前に描かれた父の姿絵が入っている。
「ああ……。クライヴ……。年をとってもやっぱり良い男ね……」
レイラ様の漆黒の瞳から別涙がこぼれる。その姿を見ていた私の目からも涙が流れ出していた。
「お父様……」
震える肩を引き寄せられ優しくレイラ様に抱きしめられた。甘いミュゲの香りがする。
あの姿絵の赤子の私も、今の自分のように母の腕に包まれていたのかと思うと、自然にレイラ様の背中に腕を回していた。
「レイラ様……。おかあ……さま……」
「クローディア……。私1人ではクライヴの死を受け入れられなかった……。いつか歳をとって国を次の世代に託したら、ハイドに行ってクライヴと貴女と生きるのだけが夢だった……」
「お母様!」
物心がついてから、ずっとやせ我慢をし虚勢を張ってきた私が崩れ落ち、私は赤子の様に母の胸で泣いた。




