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13 お母様とおじい様

 私と母が16年振りに再会を果たし、涙にくれながら父を追慕していた時――


「レイラ。なんだ? その娘は?」


 コツリコツリと杖をつきながら、謁見の間へものすごく不機嫌そうに険しい表情をした老齢の男性が入ってきた。母のまとっていた空気も一気にピリついたものに変わる。私を包んでくれていた母の温もりが離れて行く……。


「何のご用でしょうか? 父上」

「その娘は何者だと聞いておる。答えよ、レイラ!」


「わたしの娘で、父上の孫ですが? 耄碌なさいましたか?」

「耄碌などしとらんわ!!」


 私のおじい様にあたる方? と、母がお互いに牽制し合い、謁見の間の温度が急激に下がったように感じる。


「おか……レイラ様。私のせいですよね? 申し訳ございません。ただちにこの場からお暇いたしますので」

「行かないでちょうだいクローディア。まだ話していないことが沢山あるのよ。もう少し私に時間をちょうだい」


「なにを抜かす! そこの娘、今すぐウィンドラ公国から出ていけ!」

「分からず屋ですこと! たった1人の孫娘なのに!」


 あの方はやはり私の祖父で間違いないみたい。確かに黒髪黒目は一緒だけれど、あまりお母様とは似ていないから、なんだか実感がわかない。


「お前が頑なに婿をとらなかったからこうなったのであろう!!」

「コンラッドのところに男児が生まれたからよいではありませんか?」


「結果論を言うな! わしがお前を甘やかし過ぎたのだな……。甥の血筋とはいえ、直系の跡取りを得られなかったわしの気持ちがお前に分かるか!」


 情報量が多すぎて混乱してきたけれど、コンラッドさんが祖父の甥なら、母とコンラッドさんは従兄弟になるのかしら?


「飛竜定期便など作りおって。あんなものは廃止だ、廃止! 飛竜は試練を乗り越えた者の命を聞くことを忘れたか? わしとコンラッドが命を下せば奴等は飛び立つまい!」

「卑怯な……」


「早く出て行け! イスティリア王国との外交問題に発展させる火種をこれ以上作らせるな!」

「クローディア。いったんコテージに戻ろう?」

「おかあ……レイラ様。どうかお願いですから、まずはお身体を休めてください」


 ただでさえ母は本調子ではないのに、私がウィンドラ公国に来たがために祖父と仲違いをさせてしまった。

 ユージーンと私は母の身体のことを考え、後ろ髪を引かれる想いで公城を後にした。


「クローディアが気に病むことはないんだ。年寄りなんてあんなもんさ。みんな頑固になっていく」

「あの方がおじい様なのよね。どうしましょう。仲良くできる気がしないわ……」



 **********



 コテージに着いてしばらくすると、1人の訪問者があった。四十路近くの、眼鏡をかけた生真面目そうな女性だった。


「私はニナと申します。もう20年、レイラ様付きの侍女をしております」

「あの後、おかあ――レイラ様は大丈夫でしたか?」


「クローディア様がお生まれになった時も、私がレイラ様のお側におりました。どうかレイラ様をお母様と呼んで差し上げてください。きっと喜ばれますよ。そして、レイラ様の御体に問題はありません。あの方は見た目だけが華奢で、中身は殿方のような方ですから」

「ありがとうございます。少し安心できました」


 私はニナさんを招き入れ、父と母の話を聞いた。母が直接話辛いこともあっただろう。ニナさんの口から聞く父と母の過去は、心に染み入るように納得できた。

 両親の恋の話など気恥ずかしい感じもしたが、第三者からの話は俯瞰されていて真実味が増す。


 一通り父と母の昔話を聞いた私がユージーンの胸を借りて泣き濡れた後、ニナさんはウィンドラ公国の機密事項を教えてくれた。

 イスティリア王国の私たちに聞かせるということは、よほど母は追い詰められているのだろう。そう想像できる内容だった。


 飛竜は試練を乗り越えた者の命令を聞く。生存者で試練を終えた人物は祖父と母、そしてコンラッドさんの3人。

 今は母の命で王国との定期便に飛竜を利用しているが、他の2人が命じれば、飛竜は数が多い方の命を聞いてしまうらしい。


 祖父とコンラッドさんが命じれば、イスティリア王国とウィンドラ公国の国交は閉ざされる。ウィンドラの山谷風は飛竜の加護があってこそ越えられるのだ。


「レイラ様からご提案がございます。クローディア様とユージーン様お2人に、試練を受けていただきたいのです。」

「試練の内容とはどのようなものでしょうか?」

「残念ながら、試練はその人間に試練となるようなものが課せられるそうです。なにが課せられるかは試練の谷に赴かないと分かりません」


「私は受けたい。このままでは2度とお母様に会えなくなってしまう。やっと会えたのに……」

「俺はクローディアに危険なことはしてほしくはない。でも、クローディアにこれから先、悔いを残して生きてほしくもない。俺が守ればいいだけか……」


「ユージーン様。残念ですが、試練は1人1人に与えられるのです。クローディア様と試練を伴にすることはできないと存じます」

「でも、お母様が提案をしたのなら、私にも無事試練を乗り越えられる力があると、信じてくれたからでしょう?」

「左様でございます。レイラ様はお2人なら必ず試練を乗り越えられると信じておられます」


 私はしっかりとユージーンの目を見て伝えた。


「ユージーン、試練を受けてほしい。私とお母様を助けて」


 綺麗な金の瞳がゆったりと細められ、私の頬に長い指が添えられた。


「ロシスターの騎士はその言葉に弱いんだ。俺が試練を受けることに何一つ迷いはない」

「ユージーン……」

「クローディア……」


「ゴホゴホッ」

「「!!」」


 ニナさんを取り残して2人の世界に入ってしまった……。


「ユージーン様はオリバー様とソフィア様に大変似ていらっしゃいますね。あの方たちもよくお2人の世界に入っていかれたものです」

「そ、そうか?」


「クローディア様もお優しいところはクライヴ様に似ていらっしゃるのに、以外と情熱家なところはレイラ様に似たのでしょうか」

「は、はあ」


 いたたまれない……。20年母の侍女を勤めるだけあって、ニナさんはお小言も愛情に満ち溢れている。それがチクリと良心に刺さってくる。流石ベテラン侍女だわ。


「まだ婚約中なのですから、節度は守って下さいませ。悲恋はクライヴ様とレイラ様でもう沢山です。見ている方だって苦しいのですよ?」

「「はい」」


「よろしい。それでは準備が出来ましたら、私が試練の谷にご案内いたします。ですから今日は盛り上がらずにお休みください」


 思いっ切り釘を刺し、颯爽とニナさんは母の元へと帰って行った。



 2人きりではあるけれど、そんなに釘を刺していかなくても私とユージーンは大丈夫。そう思っていると、ユージーンがなぜだか距離を詰めてきた。


「言われなくてもちゃんと節制しているよな? あんなに言われると逆に火がつかないか?」

「えっ?」


 ユージーンの雰囲気がおかしい……。ニナさんの言葉は逆にユージーンを焚き付けてしまったのでは? ずっと手を繋ぐくらいしかしてこなかった。私を大切に扱ってくれていることは充分伝わっていた……。

 でも、私だって、もっとユージーンに触れてみたい……。


 私の隣に座ったユージーンが私の頬に手を添える。ユージーンの金の瞳に捕らわれ、身動きできなくなる。


「大事に想っている。試練に赴くナイトに月の女神の祝福をくれ」


 ユージーンの吐息が顔にかかる。そのまま私は瞳を閉じた――



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