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14 試練の谷

 轟々と音をたて吹きつける風を身体に受けながら、ニナさんの案内で私とユージーンが谷間を進む。


「私がご案内できるのはここまでです。この先に進むと洞窟の入り口が見えてまいります。その洞窟に入ると試練が始まりますので、心してお入りください。ご武運をお祈りいたしております」

「ニナさん。ありがとうございました。行ってきます! 母のところで吉報を待っていてください」


 母はどんな思いで飛竜定期便を設けたのだろうか。心はきっといつもイスティリア王国――父を想っていたのだろう。その気持ちを親とはいえ、おじい様が踏みにじって良いものではない。

 今までのコンラッドさんの雰囲気から、彼もおじい様側の人間だろう。私とユージーン2人で試練を終えないと、母がこれまで築いてきたことが無駄になってしまう。


 私には守りたいものができた。ハイド伯爵領やロシスター家のみんなも、母も、そしてユージーンも……。

 いつの間にか私は、ずいぶん欲張りになっていたんだね。



「クローディア。何をしてでもいい。必ず帰ってきてくれ」

「大丈夫よ。必ずユージーンのところに帰るわ。だってまだ貴方と結婚していないもの」

「ははっ。最高だ。必ず俺の嫁にするからな」


 軽く額に口づけられ、私とユージーンは洞窟の入り口へと向かった。

 洞窟に入った瞬間、私たちはお互いの存在を見失っていた――



 **********



 母から教わってきた魔法を、いつでも発動できるように集中する。何が試練なのかさえ分からない。いきなり魔物が襲ってくるかもしれない。

 そう思い神経を張り巡らせていたら、案の定『ジャリジャリ』っと、私以外のモノたちの動く音がした。音の源を、目をこらし注意深く探る。

 おびただしい数の魔物がこちらに迫って来ていた。闇魔法の中でも、数少ない直接攻撃系の魔法を使う。


「混沌の闇黒に住まう者たち――忌まわしきものを我の前から殲滅せよ」


 冷気が辺りを包み、見るもおぞましい姿をした異形の者たちが、魔物の命を刈り取っていく。闇属性の者が忌避される理由を痛感する。

 けれど私に迷いはなかった。ここにいる魔物たちからは命を感じないから。あくまでも私の力を試しているのだろう。遠慮はしなくていいはず。

 私は次々に魔物たちを葬っていった。




「ユージーン?」


 どれくらい魔物を倒したのか、魔力がつきかけようとしている私の前に、愛しい婚約者が現れた。

 いや違う! あれはユージーンではない!

 偽者のユージーンが無詠唱で光の剣を具現化し、私に切りかかってきた。


 まずい……。偽者といえ、能力はユージーンと同じかもしれない。それなら私に勝ち目はないだろう。

 とにかく逃げることを優先し、偽ユージーンの視界を奪うための魔法を放つ。



 一時しのぎにしかならず、どこまでも、どこまでも、偽ユージーンが私を追いかけてくる。これでは埒が明かない。体力も魔力もどんどん削られていく。偽者に精神系の魔法は効くのかしら?

 かなり高度な魔法のため、いよいよ私の魔力はつきるだろう……。けれどやるしかない。私は自分の手に闇の魔力を集中させ、再び詠唱を始めた。


「深淵から這い出し幽暗の手――我が手となり彼の者を封じよ」


 偽ユージーンに向けて動きを封じる魔法を放つ。地中より這い出て来た闇の手が、偽ユージーンの両足首を掴み取り押さえた。これもなかなかグロテスクな手だわ。

 さあ、これが最後の力よ? 効いてちょうだい! 私は一か八かで魅了魔法を放つ。


「常闇に囚われし愚かな者――そなたの心を我に捧げよ」


 不気味な闇の手から逃げようと、地べたをもがいていた偽ユージーンの動きがピタリと止まった。効いたのかな?

 偽ユージーンの周囲から、白煙がモクモクとあがり『ボフン』っと、音がしたかと思ったら、小さな金色のオフサネズミがうろちょろしていた。


 空気を含んでフワフワと膨らむ手のひらサイズの体に、フサフサした長い尻尾。つぶらな瞳に丸い耳。小さな手で懸命に、汚れ、乱れてしまった毛並みをグシグシと整えている。


「かっ、かわいい!」 

「ひどいよー。あんな強力な魅了は反則だよー。ガチでかかりそうになったよー」


「あなたがユージーンの偽者?」

「そうだよー。僕はココ。ずっと昔、他の大陸で聖獣をしていたお父さんの子どもなんだ。だから僕も聖獣なんだよー。えへん!」


 2本足で立って尻尾を左右に振っている。無駄に可愛いく、触ってみたいけれど、まずは色々聞いてみよう――


「で? あなたが試練なの? ココの正体が分かってしまったから、試練は終わり?」

「うん。僕側の理由で続行不可能とみなして、クリアにしてあげるよー」

「上から目線なのね? 今度は完全に魅了するわよ?」

「ひっ! なかなか言うねー。君はレイラの子どもなんだろ? 苛烈なところがそっくりだ」


 言い返したいことは山ほどあるけど、かかずらわっている時間はない。


「まあいいわ。もう1人、一緒に試練を受けている人がいるの。早く合流したいわ」

「うーん。ちょっと大変なことになっているよ?」

「はい? なら尚更早く案内してちょうだい!」

「ムムは僕と違って人見知りで、すごく面倒な子なんだ。大丈夫かなぁ……」


 ココに案内され、私は急いでユージーンの元へ向かった。



 **********



 悪趣味だな。俺にクローディアを攻撃させるなんて……。考えた奴はどこにいる?

 数多の魔物を倒してきたが、あまりの手ごたえのなさに拍子抜けしていた。だが、次に現れたのは偽者のクローディアだった。

 いくら偽者とはいえ、愛しい人の身体を切り刻むなんてできないだろ。万が一本物のクローディアが操られていたら……?

 俺はそう思うと攻撃を加えることができず、防戦一方になっていた。


 仕方ない、目眩ましをして距離をとるか。しかし、しつこ過ぎる。逃げる先々で、何度偽クローディアに遭遇しただろう?

 その度に体力と魔力を失っていく。一思いに剣を振れたら楽なのに……。

 だが、どうしてもクローディアと同じ姿のモノを傷つける決断ができない。俺にとっては最悪の試練だ。


 奥へ奥へと進んで行くと、今度はクローディアが倒れていた。また偽者かと脳裏をよぎるが、本物だったらどうする?

 咄嗟に俺は駆け寄って、クローディアを抱き起こしていた。


「クローディア? しっかりしろ」


 クローディアが歪な笑みを浮かべた……。やられた!!


「グハッ」


 俺の胸を偽クローディアの腕が貫いた。

 クソッタレ。クローディアの姿を使うのは質が悪過ぎだ……



「ユージーン!!」


 新手が来たのか? なけなしの力で剣の柄を握り、声が聞こえた方に向き直った。



 **********



 私の偽者がユージーンに襲いかかり、彼の胸に偽の私が腕を突き刺す。けれど、ユージーンは反撃しない。まさか私の姿形をしているから? 私の中で何かが弾けた――


「ムムとやら? いたずらが過ぎるわよ? 覚悟なさい!!」


 偽の私がびくりと肩をすくめる。問答無用! 手出ししない人をいたぶるなんて! まして私の大切な婚約者を!! 魔力は底をついていたはずなのに、不思議と力が沸き起こる。

 私はもう一度闇の手を出し、ムムの足を掴んで渾身の魅了をかけた。


 また白煙がモクモクとあがって『ボフン』と音がし、今度は黒い毛並のオフサネズミが現れた。


「ユージーン!」

「大丈夫だよ。よく見て。あの傷は幻覚だよ。痛みは感じただろうけど……」


 ユージーンの元にたどり着いて傷を確認するが、確かに腕が刺さっていたはずなのに傷はない。


「大丈夫だ、クローディア……。今は痛みも感じない……」

「僕たち本当に聖獣の子孫だからね。相応しい試練を与えただけだよ?」

「ムー」


 私の側で2匹が2本足で立ち、得意げに尻尾を左右に振っている。


「なんかやっぱり上から目線でムカつくし、ムムって子も聞いていたより懐いてきてない?」

「魅了がガッチリ効いちゃったんだよ。試しにユージーンがムムに触ってみなよ」


 まだ状況を把握していないユージーンは、不可解な顔で私の側に寄ってきていたムムを捕まえようとする。

 タタタっと素早くユージーンの手を逃れ、ムムは岩場に隠れてしまった。ジトっとした目でこちらを見ている。本当に面倒臭い感じの子かも。


「前代未聞だよ。聖獣が魅了されるなんてさ。とにかく試練はおしまい。2人ともお互いの偽者に一切傷をつけず、僕たちの正体を暴いたんだ。クローディアの才能とユージーンの婚約者への想いに免じて、試練はクリアにしてあげるよ」


 やっぱり上から目線でカチンとくるけど、何はともあれ早く母に報告しないとね――




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