14 試練の谷
轟々と音をたて吹きつける風を身体に受けながら、ニナさんの案内で私とユージーンが谷間を進む。
「私がご案内できるのはここまでです。この先に進むと洞窟の入り口が見えてまいります。その洞窟に入ると試練が始まりますので、心してお入りください。ご武運をお祈りいたしております」
「ニナさん。ありがとうございました。行ってきます! 母のところで吉報を待っていてください」
母はどんな思いで飛竜定期便を設けたのだろうか。心はきっといつもイスティリア王国――父を想っていたのだろう。その気持ちを親とはいえ、おじい様が踏みにじって良いものではない。
今までのコンラッドさんの雰囲気から、彼もおじい様側の人間だろう。私とユージーン2人で試練を終えないと、母がこれまで築いてきたことが無駄になってしまう。
私には守りたいものができた。ハイド伯爵領やロシスター家のみんなも、母も、そしてユージーンも……。
いつの間にか私は、ずいぶん欲張りになっていたんだね。
「クローディア。何をしてでもいい。必ず帰ってきてくれ」
「大丈夫よ。必ずユージーンのところに帰るわ。だってまだ貴方と結婚していないもの」
「ははっ。最高だ。必ず俺の嫁にするからな」
軽く額に口づけられ、私とユージーンは洞窟の入り口へと向かった。
洞窟に入った瞬間、私たちはお互いの存在を見失っていた――
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母から教わってきた魔法を、いつでも発動できるように集中する。何が試練なのかさえ分からない。いきなり魔物が襲ってくるかもしれない。
そう思い神経を張り巡らせていたら、案の定『ジャリジャリ』っと、私以外のモノたちの動く音がした。音の源を、目をこらし注意深く探る。
おびただしい数の魔物がこちらに迫って来ていた。闇魔法の中でも、数少ない直接攻撃系の魔法を使う。
「混沌の闇黒に住まう者たち――忌まわしきものを我の前から殲滅せよ」
冷気が辺りを包み、見るもおぞましい姿をした異形の者たちが、魔物の命を刈り取っていく。闇属性の者が忌避される理由を痛感する。
けれど私に迷いはなかった。ここにいる魔物たちからは命を感じないから。あくまでも私の力を試しているのだろう。遠慮はしなくていいはず。
私は次々に魔物たちを葬っていった。
「ユージーン?」
どれくらい魔物を倒したのか、魔力がつきかけようとしている私の前に、愛しい婚約者が現れた。
いや違う! あれはユージーンではない!
偽者のユージーンが無詠唱で光の剣を具現化し、私に切りかかってきた。
まずい……。偽者といえ、能力はユージーンと同じかもしれない。それなら私に勝ち目はないだろう。
とにかく逃げることを優先し、偽ユージーンの視界を奪うための魔法を放つ。
一時しのぎにしかならず、どこまでも、どこまでも、偽ユージーンが私を追いかけてくる。これでは埒が明かない。体力も魔力もどんどん削られていく。偽者に精神系の魔法は効くのかしら?
かなり高度な魔法のため、いよいよ私の魔力はつきるだろう……。けれどやるしかない。私は自分の手に闇の魔力を集中させ、再び詠唱を始めた。
「深淵から這い出し幽暗の手――我が手となり彼の者を封じよ」
偽ユージーンに向けて動きを封じる魔法を放つ。地中より這い出て来た闇の手が、偽ユージーンの両足首を掴み取り押さえた。これもなかなかグロテスクな手だわ。
さあ、これが最後の力よ? 効いてちょうだい! 私は一か八かで魅了魔法を放つ。
「常闇に囚われし愚かな者――そなたの心を我に捧げよ」
不気味な闇の手から逃げようと、地べたをもがいていた偽ユージーンの動きがピタリと止まった。効いたのかな?
偽ユージーンの周囲から、白煙がモクモクとあがり『ボフン』っと、音がしたかと思ったら、小さな金色のオフサネズミがうろちょろしていた。
空気を含んでフワフワと膨らむ手のひらサイズの体に、フサフサした長い尻尾。つぶらな瞳に丸い耳。小さな手で懸命に、汚れ、乱れてしまった毛並みをグシグシと整えている。
「かっ、かわいい!」
「ひどいよー。あんな強力な魅了は反則だよー。ガチでかかりそうになったよー」
「あなたがユージーンの偽者?」
「そうだよー。僕はココ。ずっと昔、他の大陸で聖獣をしていたお父さんの子どもなんだ。だから僕も聖獣なんだよー。えへん!」
2本足で立って尻尾を左右に振っている。無駄に可愛いく、触ってみたいけれど、まずは色々聞いてみよう――
「で? あなたが試練なの? ココの正体が分かってしまったから、試練は終わり?」
「うん。僕側の理由で続行不可能とみなして、クリアにしてあげるよー」
「上から目線なのね? 今度は完全に魅了するわよ?」
「ひっ! なかなか言うねー。君はレイラの子どもなんだろ? 苛烈なところがそっくりだ」
言い返したいことは山ほどあるけど、かかずらわっている時間はない。
「まあいいわ。もう1人、一緒に試練を受けている人がいるの。早く合流したいわ」
「うーん。ちょっと大変なことになっているよ?」
「はい? なら尚更早く案内してちょうだい!」
「ムムは僕と違って人見知りで、すごく面倒な子なんだ。大丈夫かなぁ……」
ココに案内され、私は急いでユージーンの元へ向かった。
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悪趣味だな。俺にクローディアを攻撃させるなんて……。考えた奴はどこにいる?
数多の魔物を倒してきたが、あまりの手ごたえのなさに拍子抜けしていた。だが、次に現れたのは偽者のクローディアだった。
いくら偽者とはいえ、愛しい人の身体を切り刻むなんてできないだろ。万が一本物のクローディアが操られていたら……?
俺はそう思うと攻撃を加えることができず、防戦一方になっていた。
仕方ない、目眩ましをして距離をとるか。しかし、しつこ過ぎる。逃げる先々で、何度偽クローディアに遭遇しただろう?
その度に体力と魔力を失っていく。一思いに剣を振れたら楽なのに……。
だが、どうしてもクローディアと同じ姿のモノを傷つける決断ができない。俺にとっては最悪の試練だ。
奥へ奥へと進んで行くと、今度はクローディアが倒れていた。また偽者かと脳裏をよぎるが、本物だったらどうする?
咄嗟に俺は駆け寄って、クローディアを抱き起こしていた。
「クローディア? しっかりしろ」
クローディアが歪な笑みを浮かべた……。やられた!!
「グハッ」
俺の胸を偽クローディアの腕が貫いた。
クソッタレ。クローディアの姿を使うのは質が悪過ぎだ……
「ユージーン!!」
新手が来たのか? なけなしの力で剣の柄を握り、声が聞こえた方に向き直った。
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私の偽者がユージーンに襲いかかり、彼の胸に偽の私が腕を突き刺す。けれど、ユージーンは反撃しない。まさか私の姿形をしているから? 私の中で何かが弾けた――
「ムムとやら? いたずらが過ぎるわよ? 覚悟なさい!!」
偽の私がびくりと肩をすくめる。問答無用! 手出ししない人をいたぶるなんて! まして私の大切な婚約者を!! 魔力は底をついていたはずなのに、不思議と力が沸き起こる。
私はもう一度闇の手を出し、ムムの足を掴んで渾身の魅了をかけた。
また白煙がモクモクとあがって『ボフン』と音がし、今度は黒い毛並のオフサネズミが現れた。
「ユージーン!」
「大丈夫だよ。よく見て。あの傷は幻覚だよ。痛みは感じただろうけど……」
ユージーンの元にたどり着いて傷を確認するが、確かに腕が刺さっていたはずなのに傷はない。
「大丈夫だ、クローディア……。今は痛みも感じない……」
「僕たち本当に聖獣の子孫だからね。相応しい試練を与えただけだよ?」
「ムー」
私の側で2匹が2本足で立ち、得意げに尻尾を左右に振っている。
「なんかやっぱり上から目線でムカつくし、ムムって子も聞いていたより懐いてきてない?」
「魅了がガッチリ効いちゃったんだよ。試しにユージーンがムムに触ってみなよ」
まだ状況を把握していないユージーンは、不可解な顔で私の側に寄ってきていたムムを捕まえようとする。
タタタっと素早くユージーンの手を逃れ、ムムは岩場に隠れてしまった。ジトっとした目でこちらを見ている。本当に面倒臭い感じの子かも。
「前代未聞だよ。聖獣が魅了されるなんてさ。とにかく試練はおしまい。2人ともお互いの偽者に一切傷をつけず、僕たちの正体を暴いたんだ。クローディアの才能とユージーンの婚約者への想いに免じて、試練はクリアにしてあげるよ」
やっぱり上から目線でカチンとくるけど、何はともあれ早く母に報告しないとね――




