15 お元気で
「ムー」
「ムムは、クローディアについて行くって言ってるよ。ムムが心配だから、僕も一緒に行くね」
「えっ? あなたたちのお役目って、試練の番人みたいなものでしょう?」
「公の血族しか来ないから、5年前に生まれたクローディアの再従兄弟にあたるチャールズが大きくなるまで、お役御免だもん」
「コンラッドさんのご子息ね」
「コンラッドもレイラのことが好きで、だいぶ拗らせてたからね。やっと世継ぎが生まれたんだよ。あいつって、主体性がないからさ。だからクローディアのお父さんに負けたんだよ」
私たちへのあたりが強かった理由が分かった気がするけれど、暴露して良かったのかな?
「それは言ってはならない話じゃないか? いや、待てよ……。前公クリフトン様のことで何か知っていることはあるか?」
「うーん。今は愛人のグレースに入れこんでいるらしいよー」
とりとめもなく、そんな話をしながら来た道を戻っていると、母とニナさんが迎えに来てくれていた。
「お母様! もうお身体はよろしいのですか?」
「大丈夫よ、クローディア。ニナから聞かなかった? 私はロシスターの騎士に混じって訓練していたのよ? 体力はあるんだから」
細腕に力瘤を作るマネをした母に安堵する。私は無事試練を終えたことを報告し、連いてきたココとムムを紹介した。
「まあ、聖獣の子どもたちね。試練の谷の伝承で知ってはいたけれど、まさか会うことになるなんて」
「レイラの闇魔法もなかなかだったけど、クローディアのはエゲツなかったよ。2週間そこそこで、よく叩き込んだね」
「あら、そうかしら? ほほほほほ」
母……、満更でもなさそう。でも、どうやら2匹を連れて帰ったのは、軽い話ではないのかも……。伝承ですってよ……。
「さて、これでクソジジイと堅物朴念仁をこらしめてやりましょうか!」
「ココとムムは、しばらくクローディアと行動を共にするそうです。チャールズ殿が成長するまで、数年はついてくると言っています」
「すごいわ! これで完璧に飛竜はこちら側についたじゃない!」
信じられないけれど、飛竜たちはこの2匹の命令を聞くらしい。なんでも、生き物としての格が、このチビちゃんたちの方が上だからとか。
私が明らかに不信感を抱いていたからか、ムムが飛竜に命じたらしい。
1頭の飛竜が私たちの目の前に降り立ち、ココとムムにかしずいた。
「なるほど……。レイラ様。私によい考えがあります――」
そしてまた、堕天使ユージーンの悪巧みが始まった。
**********
「なんだ? この小汚ないネズミは?」
「摘まみ出しましょう」
「くっ! こやつめ、わしを挑発しているのか?」
ココはわざと、前公クリフトンの周りをチョロチョロと動き、コンラッドの攻撃をかわしては尻尾を振る。今まで誰も、試練の谷の番人の姿を見たことがないから、まさかオフサネズミだとは思っていない。
衛兵も手出しできないくらい、ココはあえて2人の近くで小馬鹿にチョロチョロしている。
「コンラッド、何をしておる! 早くせい!」
「ちっ。城の外に行って、魔法で打ちとってやるか」
「よいな。それならわしの実力を出せる」
得意げに杖をカツカツと打ち鳴らすクリフトンに、頭に血がのぼり切った鼻息荒いコンラッド。2人が、公城の外に出て魔法を放とうとしたその時――
――バサッバサッ――
「なぜこんなところに飛竜が?」
「ムー」
背中にちょこんとムムを乗せた飛竜が公城に降り立ち、ココがムムの操る飛竜の上に飛び乗った。
「こら! 飛竜! そのネズミを降ろせ!」
しかし、飛竜がクリフトンの命を聞くわけがない。なにせ背中に乗せているのは、ここにいる生き物で一番格上なのだ。
どこからか別の飛竜が2頭、公城の上空を旋回した後、クリフトンとコンラッドの前に降り立った。
「楽しかったですわ。レイラ様、クローディア様」
「チャールズも楽しかったわね。貴方も早く一人前になって、飛竜を操れるようになるのよ?」
「グレース!」
「ビヴァリーにチャールズ!」
**********
グレースさんは祖父の愛人だ。祖母が亡くなってからずっと、祖父を支えてきたらしい。
ビヴァリーさんはコンラッドさんの奥様で、次の公になるチャールズ君のお母様。
「どうされましたか? そんなに驚いた顔をして?」
「なぜ飛竜がここに? なぜグレースが乗っている? その娘は公国から追い出したはず?」
祖父は動転しているのか口をハクハクとさせ、グレースさんに何から話してもらうべきか分からなくなっている。
「クリフトン様、いい加減に公務から手を引いてくださらない? 私と余生をゆっくり過ごしたいと言ったのは嘘でしたの?」
「嘘じゃないよ、グレース。だがレイラが心配で……」
「いつまで親馬鹿しているのです? レイラ様はもう十何年も、立派に公務をこなされていますよ?」
「しかしな……」
子離れできず母のことにばかりかまけていた祖父に対し、放っておかれたグレースさんの不満が爆発中だ。
「それに実の孫を受け入れられない狭量な方は嫌いです。一緒に過ごす時間もないうえ人でなしなお方とは、これ以上お付きあいする必要性はないかしらね。願い下げしたいですわ」
「グレース……。頼むから、そんなことを言わんでくれ……」
祖父はそっぽを向いてしまったグレースさんのご機嫌をとろうと必死だ。
「チャールズが公になっても、クリフトン様は口出ししてきそうですね……。貴方も一緒になってよ? そんな口うるさいジジイ共に囲まれた未来なんて、この子が可哀想だわ」
「父上! 僕ねイスティリア王国のロシスター騎士団に勉強しに行くよ! 父上も昔行ったんでしょう? 僕も父上のように立派な男になりたい!」
「ビヴァリー、チャールズ……」
ビヴァリーさんがコンラッド君に聞こえないよう、そっと耳打ちする。
「いつまでレイラ様のお尻を追いかけているの? ずるずる過去の失恋を引きずる未練がましい男とは離縁して、さっさとイスティリア王国にチャールズと行こうかしら?」
「けして引きずっているわけではないんだ……」
「歯切れが悪いわね。それとも何? まだレイラ様に懸想しているのかしら?」
「い、いや。そういうわけでは……」
「ならばなぜ、飛竜定期便を止める必要がございます? ああ。私とチャールズは片道切符になるのかしらね」
「すまん。止める必要などなかった。飛竜は運行させる」
「運行させる? その権限はクリフトン様にもコンラッド殿にもありませんよ? なあ試練の番人たち?」
「そうだよー。悪いね、僕たちクローディア側だから。飛竜も2人の命はもう聞かないよー」
飛竜が母とユージーンと私、さらに私たちの味方についたココとムムの命で動くことを知り、愕然とする祖父とコンラッドさん。
グレースさんとビヴァリーさんに積年の恨みを吐露され、別れをほのめかされていた2人にとっては、弱り目に祟り目。女々しい男たちは、完膚なきまでに打ちのめされた。
祖父は完全に隠居し、グレースさんと2人でゆっくりと老後を過ごすことに決めた。チャールズ君はみんなに説得され、13歳になったらロシスター騎士団に留学する予定だ。
**********
そして、とうとう私とユージーンがイスティリア王国に帰る時がやってきた。
「手紙を書くわ。これからは公直属の飛竜でやり取りしましょうね」
「これからはお母様も、イスティリアに来てくださいますか?」
母は逡巡した後、こう答えた。
「そうね。必ず行くわ。クライヴのお墓に会いに行かないと……」
「その時はご案内しますね。ご公務で無理をなさいませんように。お体を大切にしてください。お元気で!」
ニナさんが眼鏡の奥で瞳を光らせている。母も私も涙は見せないようにこらえた。だってまた会えるから。今度からはいつでもたった1日で、ウィンドラ公国の母に会いに来られるから。
公直属の飛竜の背に乗った私とユージーンに、母はいつまでも手を振ってくれていた。
飛竜の加護で風圧は感じないのだが、ユージーンが後ろから強く私を抱きしめてくれた。母に会えた喜びと、愛する人にしっかりと守られる安らぎで、いつの間にか私は多幸感に包まれながら眠りについていた。
またこの時も、私は周囲の人たちの想いに気づいていなかったのだ……。
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