16 黒領主の旦那様
イスティリア王国のロシスター領に戻ったユージーンと私を待っていたのは、ロシスター家のみなさんと、メイドのエリカとカーラだった。
その日はロシスター侯爵家のカントリーハウスで、ゆっくりとウィンドラ公国のお土産話をした。
ココとムムにみんなが釘付けになったけど、特に次兄のブルーノお兄様が屈強な身体にココを乗せご機嫌だった。
翌日、なぜか馬車に押し込められた私は、ロシスター領にある大きな神殿に連れてこられた。
「さあ、さあ。クローディア様。お式の準備をしましょう!」
「男どもが入って来られないよう、しっかり見張っておきます!」
「えっ!? 式ってなに?」
「俺たちの結婚式だな。おっと、やめろ! エリカ!」
「待って! ユージーン!」
ずるずるとカーラに引きずられ、控え室に押し込められた。エリカがユージーンを追い払い、私はあれよあれよと2人にひんむかれていた。
「サイズがぴったりだわ……」
「私たちがクローディア様のサイズを知らぬわけがありません」
「ウエディングドレスがとてもお似合いです。お綺麗ですよ」
淡い色合いの化粧を施され、純白のウエディングドレスを着せられた。頭に花冠を飾られると、目の前の鏡には、まだ心の準備ができていない花嫁姿の私が写っていた。
婚約してまだ2月。こんなに早く夫婦になるとは思っていなかった。
でも冷静になって考えると、今じゃダメという理由がない。ダイエットしたかったとか、婚前にやりたいことがあったとか、ドレスや神殿を自分で決めたかったとか……。
まったくない……。細かくプランを立てたいと思う女性は多いのかもしれない。でも、私にそんな希望は思いつかなかった。
試練の洞窟に入る前に感じた『まだユージーンのお嫁さんになっていないから必ず彼の元へ帰るんだ』という気持ちが全てかも……。
ユージーンが旦那様になってくれるのなら、それでいいんだ。
「失礼するよ?」
「小父様」
私の姿をみたオリバー小父様が、顔をくしゃくしゃにして目頭を押さえた。
「クライヴも……。見たかっただろうな……」
私も思わず目頭が熱くなり涙ぐむ。
「オリバー様、支度のできた花嫁を泣かせるとは! この不届き者めっ! クローディア様の騎士、エリカが成敗します!」
「やっ、やめろ! お前は本気で言っているから質が悪い!」
2人のやりとりに、何とか化粧をダメにしなくて済んだ。
「今日からは正真正銘、クローディアの父だからね」
そう言ったオリバー小父様にエスコートされ、ヴァージンロードを歩く。
厳かな空気の中、いつにもまして光彩を放つユージーンに迎えられた。ロシスター騎士団の正装だろうか? 宮廷舞踏会で会った時のホワイトタイ姿も素敵だったが、黒いダブルブレストの騎士服に身を包んだ彼は格別だった。
私を見て、いつも悠然とかまえているようなユージーンが、めずらしく固くなり、言葉に詰まっている。
「想像していた以上に美しい……。長年の夢が叶うかと思うと……言葉にならない……」
「まごまごしてないで、ちゃんと月の女神をかっさらいなよー」
ケネス様がユージーンをからかい、厳格だった雰囲気が一気に和やかになった。参列者のみなさまが見届ける中、神前に誓いの花冠を捧げ、婚姻届にサインをし、私たちは晴れて夫婦となった。
それからはヤンヤヤンヤとおお盛り上がりで宴に突入し、祝宴は夜半まで続いた。
さすがロシスター侯爵家。騎士たちのノリがすごく熱い。母もこんなノリの中で過ごしていたのかな?
**********
「お母様にも見せたかったわ」
怒涛の展開から解放され、私たちはやっと人心地ついていた。
ユージーンと2人きりになった私は、初めての夜の緊張もあって、とにかく何か話そうと、気になっていたことを口に出した。
少しの間躊躇し、その後ユージーンが私をしっかりと見据え、重い口調で話し始めた。
「ここに来る前、ウィンドラ公国から急報を告げる飛竜が飛んで来た……。レイラ様が亡くなった……」
「……? うそよね? だって、あんなに元気で、2日前に別れたばかりじゃない?」
「本当なんだ……」
まさか……。私を救った時に……?
「長くはもたないことを知ったレイラ様は、最後の力で自身に魔法をかけ、最後まで母として振る舞うことを選らんだんだ……」
「……」
私に心配をかけないために、さらに命を削ったというの……?
「レイラ様が父に手紙を送っていた。自分が死ぬ前に、クローディアに家族を作ってあげたいと。それで戻ったらすぐに式を挙げる準備をしていたんだ」
「……」
「本当のことを言えなくてごめん。レイラ様の命をかけての願いだったんだ……。ウィンドラ公国から帰る間際に、この手紙を預かって来た」
ユージーンが大事そうに懐から手紙を出した。これが母の字なんだ。繊細だけれど、美しくしっかりとした筆跡。まるで母の人間性そのものだった……。
“クローディア。母親らしいことをできなくてごめんなさい。貴女と過ごした時間は、久しぶりに感じた至福の時でした。
最後に貴女に知識を託せて良かった。大きくなったユージーン君に会えて安心した。これでやっとクライヴのところに行けるわ。
悲しまないでね。私はずっとクライヴの元に行きたかったの。勝手なことばかり言ってごめんなさい。
私の骨はクライヴと一緒にしてほしい。2人でずっと貴女を見守っているわ。
生まれてきてくれてありがとう。クライヴに愛され、貴女の母になれて、私は幸せでした。愛しているわ。 レイラ・ハイド”
「今伝えるべきじゃなかったかもしれない。でも、何も知らないクローディアを抱くようなマネはできないし、俺が拒んでいると勘違いをさせて不安にさせるのも嫌だった……」
ユージーンも私がどう感じるか悩んで、話すことを決断してくれたんだ。伝える方も苦しかったよね……。
お義父様も母からの手紙を受け取って、大急ぎで式の手配をしてくれたんだ……。
参列してくれたみなさんも、忙しい中都合をつけて駆けつけてくれたんだ……。
「話してくれてありがとう。母から繋いでもらった命を、これからはハイドとロシスターの民のために使って生きていくわ。貴方の傍で……。家族になってくれてありがとう……」
それを伝えるのが精一杯だった。後悔する気持ちにうちひしがれ、嗚咽をもらす。
ユージーンは何も言わず、私の頭を抱き寄せゆっくり背中をさすってくれた。
いつまでもいつまでも、彼は慟哭する私に付き添ってくれていた……。
**********
ユージーンとクローディアが結婚して1年が経った。やっとレイラがイスティリア王国に来る日が訪れた。
ハイド伯爵領を一望できる小高い丘の上、恵風にそよぐ若草の中にクライヴ・ハイドの墓がある。
そして、今日からは、レイラの墓でもある。
「やっとお2人を会わせることができました……」
哀悼し涙ぐむクローディアの肩に、彼女の夫が手を添えそっと支える。
「笑って報告することがあっただろ?」
涙を拭い両親の墓に向き直ったクローディアが、頬をゆるめて報告した。
「お父様、お母様。お2人はおじいちゃんとおばあちゃんになってしまいますよ? オリバーのお義父様は勝手に男の子だと思って、もう剣を準備してしまいました。女の子だったら大変ですよね?」
「ははっ。きっとレイラ様みたいになるな!」
その時、どこからか優しくて甘いミュゲの香りがクローディアの鼻先をくすぐった。
「お母様……」
「さあ、いくら暖かくなってきたとはいえ、体を冷やしては大変だ。また何度でも会いに来よう」
「はい。また来ますね。お父様、お母様」
クローディアは旦那様に手をひかれ、ゆっくりと丘を後にする。
ハイド伯爵領を眺める彼女の頬に、柔らかな旦那様の唇と、優しい香りのする春風が優しく触れた――
ここまでお付きあいくださいましたみなさま、ありがとうございます。
数話前から悩みましたが、この形でタイトル回収をしました。苦しかった……。
ブクマ、評価、誤字報告をくださった方々、本当に嬉しかったです。
続きのイメージはありますが、一度ここで区切りをつけます。
みなさま、本当にありがとうございました。
めもぐあい




