8 宿願の婚約者
偏頭痛も落ち着き、ユージーンにエスコートされホールへと戻った私に、変わらず冷たい視線が突き刺さってくる。光の天使が黒い悪魔を連れているようなものだから仕方がないかと、卑屈な考えに苛まれる。
それでもユージーンの腕の温もりが、私がここに居続ける勇気を与えてくれた。
「ロシスター侯爵家のユージーン様が、どうしてあんな女と……」
「私たちのユージーン様が穢れてしまうわ」
特に女性たちの反応が凄まじい。先程ユージーンに腕を振り払われたご婦人も、戻って来た私たちに気づき、こちらに突進してきた。
「ユージーン様! その卑しい女はなんなんですの?」
「は? 卑しいだと? いい加減にしろ。お前こそなんなんだ! 何度も断ったのにしつこいぞ。お前のせいでクローディアを泣かせてしまった! これ以上近づいてくるなら容赦はしない! 早く立ち去れ!」
忘れていたけど、この人のせいで誤解しちゃったのよね。ユージーンのこんな剣幕、初めて見たわ……。驚きを隠せない私に、いつもの柔らかい天使の微笑みをユージーンが向けてくる。落差が激しいわよ?
ご婦人を追い払い、ユージーンは人を探していた。わずかな時間で見つけたようで、目的の人物に向かって真っ直ぐ歩きだした。あれ? ま、……まさか……。
「ドナ嬢。ご両親が捕まり、さぞ気落ちしているかと思いきや、健やかに過ごされていたようですね? ああ、もしやドナ嬢は、ご両親がなされたことをご存じなかったのかな? 未成年でしたし、まだまだ幼いようですからね」
ユージーンに見とれ、恍惚として眺めていたドナが、小馬鹿にされたことに気づき、怒りで顔を紅潮させギリギリと歯噛みをし始める。その様子を鼻で笑い、ユージーンが再びドナに話しかけた。
「私の婚約者クローディアに、何か言わなければならないことがおありでは? ここに来る一人前の淑女が、まさか、道理もわきまえない子どもではありますまい」
「何の事をおっしゃっているのか、さっぱり意味が分かりませんわ? クローディアに言うことなんて、何一つございません」
「ほう? 自分の両親が罪を犯して、私の婚約者に大迷惑をかけたあげく、ハイド伯爵領で世話になってきた礼も言えないとは、引き取られた家でも、大変良い教育をされているようですね。ええと、どちらの男爵家でしたかな……? 確か……」
「た、大変失礼いたしました。ロシスター様。後ほどしっかりと言い聞かせます。どうかこの場はご容赦ください。ドナ! 早く非礼をハイド伯爵とロシスター様に謝りなさい!」
ドナの大伯母の男爵夫人が、慌ててドナを窘める。なぜ叱られているのか理解できず、面食らって目をパチクリさせるドナ。
「嫌よ! どうして私が、烏とその婚約者に謝らないといけないの?」
ドナの無知で礼儀を知らない態度を見た周囲の人々が、今度はドナに冷ややかな視線を送る。
「ロシスター家にたてをついたのか? 馬鹿なのか?」
「社交に出る前に、家でしっかり教育をしなおすべきですわね」
「ドナ! だから貴女を社交の場に出したくなかったの。2度と貴女を連れて来ないわよ? 一生独り身で過ごしたいのかしら? それとももう、家では面倒を見きれないから修道院に入りますか?」
「くっ……」
分が悪いと判断することはできたのか、ドナが私たちに頭を下げた。
「ハイド伯爵様、両親が大変申し訳ございませんでした。私も、酷いことばかりしてきてすみませんでした。ロシスター様、婚約者様に大変失礼をいたしました」
棒読みな感じは否めないが、我が儘し放題に生きてきたドナにとって、これは屈辱だっただろう。そのまま私たちに礼をした男爵夫人に引っ張られ、ドナはホールから姿を消した。
これからドナが社交の場に現れ、伴侶を見つけることが出来るのか。それとも修道院に入れられるのかは分からない。『ただ一人の身内の最後のお願い』に釣られてここに来たけれど、ドナが去って行く姿を見ていた私の気持ちは、感傷的ではなく清々しいものだった。
「ああ、諸君。これからは、私のこの愛しい婚約者に心ないことを言う者は、ロシスターの騎士としてけして見過ごさないから覚悟しておくように」
そんな恥ずかしい宣言をしたユージーンと私のもとに、近づいてくる人たちがいた。
「へぇー。君がクローディアちゃん? 俺はケネス。こいつの親友だよ。これからよろしくねー。やっと、ユージーンの月の女神様に会えて嬉しいよ」
「はい、ケネス様。どうぞよろしくお願いいたします。ところで月の女神とは?」
「聞いていないの? ユージーンったら6年前に君と初めて会った時『俺の月の女神をいつか攫ってやろう』って、心に決めたらしいよ? マセガキだよねー」
「きゃあぁぁー。月と太陽のお伽噺ね」
「素敵ぃー。そんな風に想われてみたーぃ」
耳をそばだてていたご令嬢方から悲鳴があがる。……いたたまれない……。
「ケネス……。本当のことだが、クローディアが赤面するような話をみんなの前で言うな」
「減るもんじゃないし、ご令嬢方に夢を与える良い話なんだから、別に構わないだろ?」
「クローディア!!」
「オリバー小父様!!」
広げられた腕に子どものころを思い出し、迷わず飛び込んだ。
「ああ、ああ。クローディア。やっと私の娘になるのだね? きっとクライヴも安心しているよ」
騎士としても大変有名な小父様が、そのたくましい腕でギュウギュウと私を締め上げる。結構痛い。
「父上! クローディアが砕けてしまいます! 早く離してください!」
「嫌だ! 私だってずっと我慢していていたんだ! ごめんよ、クローディア……。クライヴから釘を刺されていたんだよ……。『お前のところは男しかいないから、お前は絶対クローディアを甘やかす。お前に嫁ぎたいと言われて、後妻にでも入られたら、俺は一生お前を許さん。クローディアの事はユージーンに任せろ』ってね」
父の声を真似て話す小父様に、父の姿が重なり目頭が熱くなる。そんな話もしていたのね……。
「はあ? 本気でクローディアに惚れられるとでも思ってたのか? とんだ色ボケジジイだな!」
「なんだ! 親に向かってその口の利き方は! クライヴが心配するのも当たり前だろう? お前よりも私の方が断然良い男だ!」
「父上もユージーンも、いい加減に止めてください! 天国の母上が嘆いていますよ!」
「ロシスター家のイメージが崩壊したな」
騎士道を重んじるロシスター家の面々が全員集合し、何やらごちゃごちゃし始めています……。
「なんて微笑ましいのでしょう……」
「クライヴ殿も、オリバー殿も、ユージーン殿も約束をたがえぬ……。漢の中の漢だな……」
「ずっと待ち望まれていた婚約者様ですのねぇ」
ご婦人方も殿方も目に涙を浮かべ、長年の想いを貫いたロシスター家のごちゃごちゃ? を見守る。愛欲と嫉妬が渦巻く宮廷舞踏会が、ほんわか悠揚とした空気になっていた――
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宮廷舞踏会の2日後、私とエリカはロシスター侯爵家のタウンハウスに来ていた。道中の馬車で、ユージーンとエリカが口論を始め、大変だったけれど……。
「何故、クローディアが舞踏会に参加することを教えなかった!」
「いつまで家令をしているつもりだったのですか? それに、私の主はあくまでもオリバー様ですから! ユージーン様の命令で動くわけではありません!」
サロンに通されてからも2人の口論は続いていたが、オリバー小父様やお兄様方がサロンに到着すると、エリカが口を開くのをピタリと止め、背筋を伸ばして待機の姿勢をとった。変わり身が早い。
「シーズンが終わったら私と長男は領地に戻るし、次男はイスティリア王国の騎士団勤めだからずっとここにいるよ。どちらでも良いから、いつでも遊びにおいで。もうクローディアを娘と思っているんだから」
「クローディアに、いつでも気兼ねなく遊びに来てもらえるように、ハイド伯爵領に本物の家令を置かねばなりませんね」
長兄のウォルト様。騎士というよりも文官みたい。線が細く知的な印象を受ける方。
「勝手に話を進めないで下さい。俺がずっとクローディアの隣で家令代わりをします」
「ほう? ならば、2人でゆっくり旅行もできないな? ユージーンは置いて、クローディアだけ遊びに来ればいいよ」
「父上、兄上、メレディスは如何でしょう? 誰かさんと違って、騎士団きっての頭脳派ですし忠義に厚い。クローディアを守り、かつ、領地経営を任せることができるでしょう」
次兄のブルーノ様は、堂々たる体躯の騎士らしい方。小父様似かもしれない。ブルーノ様にチラリと視線を送られたエリカだが、表情を一切崩さない。どうやらエリカは完全武闘派らしい。
「こうして、クローディアが娘になるのが夢だったよ」
「まだ婚約段階です。気が早いですよ、父上」
「だが、早速メレディスをハイド伯爵領に送らねばな」
「俺はそのままハイド領にいますからね!」
「とっとと私を、クローディア様の専属騎士兼メイドにしてください」
「なら私も引退してウォルトに領地を任せ、ハイド伯爵領に行こうかな」
「「父上(オリバー様)! 絶対に来ないでください!!」」
私はこの方達の家族になるのだ……。独りぼっちになったと思っていたのに……。ロシスター侯爵家の皆さんと私の賑やかな顔合わせ。みんなに囲まれていると感慨深く、じわりとこみ上げてくるものがある。
小父様たちに見守られながらユージーンと私が婚約届けにサインをし、私達2人は正式に婚約者となった。
少し震える手でサインを終えた私が顔を上げると、隣に座るユージーンが、いつも優しく向けてくれていた甘い微笑みで私を見つめていた。
穏やかな昼下がり。ロシスター侯爵邸のサロンに燦々と太陽の光が射し込み、天使の様な婚約者の黄金の髪と瞳を煌めかせていた。
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