7 宮廷舞踏会
ハイド伯爵領は一時的に叔父やヘイデンに掻き回されたが、もともと豊かな領地だし堅実な父が築いた基盤は容易く揺らがない。私はみんなに支えられ、順調に健全な領地経営を行っていた。
サディアスとの婚約も解消し私自身も穏やかな日々を送っているけれど、ユージーンに対しての気持ちに気づいてからこの3ヶ月、頭の中はユージーンでいっぱい。
彼が私の心を占領していた。
今日も目の前にいるが、ユージーンのことを頭から無理やり追い出し、帳簿付けを行っている。そもそもこういう地道な作業が好きなので、集中しやすい。
私がいつもどおり執務室で数字と戦っていた時、ユージーンが話を切り出してきた。
「クローディア様。大変申し訳ないのですが、2週間程どうしても家業の手伝いをしなければならず、1度王都に戻りたいのです。どうかお許しいただけませんか?」
前回、ユージーンが王都に行って情報を集めてきてくれた時もだけど、今回は間違いなく寂し過ぎて辛くなるわね。でもずっと隣で支えてきてくれたユージーンのお願いは、なんとしてでも聞き届けたい。
「分かったわ。いつもありがとう、ユージーン。こちらのことは任せて、王都でご実家のお手伝いを心置きなくしてきてね」
「ありがとうございます。クローディア様」
これをきっかけに、ユージーンが戻ったら色々ご実家のことを聞いてみようかな? いつまで手伝ってくれるのか、一緒にいられるのか……。領地に関わる大切なことだから聞いてもいいよね……。
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ユージーンが王都に行ってから間もなくして、1通の手紙が届いた。従姉妹のドナからだった……。
“クローディア。今まで酷いことばかりしてごめんなさい。私は今、大伯母の男爵家でお世話になっています。思い出すのは貴女のことばかり。貴女に会って直接謝罪したいの。
今度の宮廷舞踏会だけは、参加しても良いとお許しがでたわ。私が社交の場に出るなんてことは、もう2度とないかもしれない。
だって両親があんなことになったでしょう? 最後に1度だけいい、クローディアに会いたい。貴女にとっても、私は只1人の残された身内でしょう? 社交が苦手なことは分かっているわ。でも、私の最後のお願いだと思って、どうか参加してほしい。当日会場で待っているわ”
たった1人の身内か。もう伯爵領に家族はいない。叔父夫婦も捕まってしまった。ドナと会うことくらいしかない。社交の場なんて、苦手で嫌いな物の塊だし、参加したくはない。ドナとだって、会いたいと思うわけでもない。でも、最後のお願いと言われると……。
エリカに夜会の準備について相談し、私はドナに『今回だけは貴女に会うために参加します』と返事を書いた。
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華やかな女性達のドレスに、香りがキツ過ぎる香水。シャンデリアの灯りがぼやけて見えてくる。視覚も嗅覚も刺激を受け過ぎて麻痺してきた。一番は精神的にかしら……。偏頭痛がしてドナを探すどころではないか……。……少しだけ休ませてもらおう。
壁際に寄ろうとする私の進む先にいる人々が、さぁっと海が割れるかの様に脇に避けていく。
「どちらのご令嬢かしら? 私、久しぶりに見ましてよ」
「本当にいますのね。私は初めてですわ。まさか貴族の中にもいるなんて」
わざと聞こえるように話しているのよね。何のこと? なんて聞かなくても分かる。私の黒い髪と瞳を見て、闇属性だからと侮蔑しているのだ。
ますます頭を抱えたくなる私に、声をかけてくる人物がいた――
「あら、クローディア。お久し振りね。まあっ! 嫌だわ、私ったら。失礼いたしました。ハイド伯爵様」
扇で口元を隠しているけど、目が嘲るようにニヤリと弧を描き笑っている。
「ハイド伯爵? 先代が急死して、代理の弟君も捕まったって噂の?」
「じゃあ、あれが疫病神か。よく表に出てこられたな」
ドナの顔を見て気づいた。ドナがあんな殊勝ことを思うわけがない。ここで私を貶め、晒し者にするため、わざわざ手紙まで書いて呼び出したんだ。気づいた時にはもう遅かった……。
会場が一気にざわめき、私たちに視線が集中してくる。周囲の私を見る目は実に冷ややかだ。ノコノコ出て来た自分が悪い。血の気が引いて白くなる私に、『死神の様だな』と囁く声が聞こえ、さらに私を追いつめる。足に力が入らない。小刻みに震えだす。もう立っていることさえやっとだ……。
「クローディア!!」
聞き覚えのある声に、俯いていて下げていた視線を上げる。ここにいるはずのない人――早く会いたいと切望していた人がそこにいた。
「ユージーン……。どうして貴方がここに……」
いつも助けてくれるユージーン。また助けに来てくれたの? 普段から身なりはキッチリしているけれど、どうして貴方がホワイトタイで正装しているの?
「ユージーン様。急にいなくなるなんて酷いですわ」
「「……」」
翠の髪と瞳の綺麗な女性が、ユージーンの腕に絡みつく。珍しく狼狽したユージーンが、女性を振りほどいている。
無理……。見ていられない……。私の手を取ろうとしていたユージーンを、今度は私が振りほどき、私はホールから飛び出した。
なんでユージーンがここにいるの!?
なんであの女性とあんなに親しげなの!?
なんで嫌われ者の私に声をかけてきたの!?
なんで! なんで? なんで……。
「ハァハァハァ――ハァハァ――――ハァ――――――ハァー」
呼吸の乱れが治まると、目から涙が溢れてきた。せっかくエリカが綺麗にお化粧をしてくれたのに……。早くタウンハウスに帰りたい……。
「クローディア……」
振り向かなくても誰か分かる……。どうして来たの? あの女の人はいいの?
聞きたいことはあるのに、言葉よりも涙が出る。
「まずは座ろう? クローディアにちゃんと説明するから。だから、そんなに泣かないでくれ……」
涙に濡れる私を庇いながら、ユージーンが私を人気のない庭園まで連れ出す。
「今までクローディアに言えずにいたことがある。聞いてくれないか?」
どうしてユージーンまで泣きそうな顔をしているの……? こんな醜い顔を、そんなに綺麗な顔で見つめないで……。
「俺とクローディアは、6年前に会っている。俺の家名はロシスター。ロシスター侯爵家の三男で、父のオリバーがクライヴ・ハイド伯爵、クローディアのお父上と親友だった」
「オリバー小父様がユージーンのお父様……?」
「ああ。初めて会った6年前、クローディアに一目惚れした俺は、クローディアと婚約させてほしいとクライヴ様に申し出たんだ」
そんなことがあったなんて知らなかった……。一目惚れって、まだ子どもだったのに……。
「だが、クライヴ様は、クローディアが成人するまで待ってほしいと言ったんだ。だから俺は、その後4年間外国に留学した。クローディアに相応しい男になって、イスティリア王国に戻ってきたら、改めて婚約を申し込もうと思っていた」
ユージーンは、ずっと前から私の婚約者になりたかったってこと……?
「帰国してハイド伯爵家の話を聞いた時は、怒りで我を忘れた。すぐにでも駆けつけたかったが、実権を叔父が握っていては分が悪かった。だからせめてもと、ロシスター騎士団のエリカをメイドとしてハイド伯爵領に送り込んだんだ」
エリカはロシスター侯爵家騎士団の騎士だったんだ。だから豊穣祭の時、あんなに動きが本格的だったのね。もう、泣くのと喜びと驚きで表情がおかしなことになっているはず。
「叔父夫妻が成人前にクローディアを害そうとしていることを知って、証拠を掴んで捕まえるため伯爵領に行った。遠くから成長したクローディアを見て、想いは募るばかりだった。その後は、どうやってクローディアに婚約を申し込むかばかりを考えていた。その間にヘイデンが動いていたんだ……」
「だから、叔父夫婦が突然捕まったのね……。全く気づかなかったわ……」
「叔父夫妻のことを、クローディアに話すつもりはなかった。嫌な思いをさせてごめん……」
「謝る必要はないわ。ユージーンのお陰で助かったんだもの」
ユージーンは私を傷つけないように、黙っていてくれたんだ。確かに知って気分の良い話ではないもの。
「……ヘイデンが横領した時、クローディアが直接話し合おうとしていることをエリカから聞いて、居ても立っても居られずハイド領に向かった。1度会って声を聴いてしまうと、もう、クローディアの側から離れたくはないと思った。ロシスター家に説明もせず、そのままハイド伯爵領に居ついてしまったんだ」
「……ユージーン……。私、本当に何も知らなかったのね……。ずっと想っていてくれたことも、私が貴方の存在を知る前から守っていてくれたことも……。貴方が助けてくれていなかったら私……ここに存在しなかったかもしれないのね……」
ユージーンの想いの深さを感じ、心が幸福感で満たされていく。たった3ヶ月で苦しくなっていた自分が恥ずかしい。彼は6年も、私を想い続けてくれたのに。
「クローディア。俺を婚約者にしてくれないか? いや、順番が違うな。クライヴ様の意志を尊重して改めて聞きたい。クローディアは俺のことが好きか?」
「……ユージーン。私は貴方のことが好きで苦しかったのよ? 気づかなかった?」
「と、いうことは……」
「私はユージーンが好き。貴方の婚約者になりたい……」
「! ありがとうクローディア! 王都に滞在しているうちに、ロシスター家のタウンハウスに来てくれ! 父も兄たちも喜ぶ! 長年待った俺の婚約者だ!!」
両脇に手を入れられたと思ったら、そのまま持ち上げられユージーンが軸となり、クルクルクルクルと回される!!
「ハハハハ!! さぁ、そうと決まれば、最後にしておくべきことをさっさと片付けるか!」
あれ? 目が回っているからか、ユージーンが悪意ある表情をしている気がする。気のせい? じゃなさそうね……。こんな時はきっとまた、腹黒堕天使が登場するんだ……。




