6 些細なことから
私は、街の集会所の修繕現場の確認に来ていた。こうして細やかに、領民の生活に携われることを幸せに感じる。修繕箇所の確認を終え、リオ君を筆頭に、集まっていた子どもたちと遊んでいた。
「クローディア様。そろそろお時間です。屋敷に戻りましょう」
「もうそんな時間? あと少しだけなら良いでしょう? お願い、ユージーン」
「いけません。今日の内に、ここの修繕完了の書類を整えないとなりません。業者だって、支払いを待っているのですよ?」
「……。そんなこと、私だって知っているわ!」
こんな風に、我が儘を言ったのは子どもの時以来。ユージーンを信頼しているし、安心しているから出た言葉だった。それをすぐに否定されたことに腹を立て、大きい声をあげてしまった。
私はユージーンに甘えたの。それを頭ごなしに否定されて、無性に悲しくなっただけだったの。
「もういいわ。みんな、ごめんね。また今度ゆっくり遊ぼうね。気をつけて帰るのよ」
「「「「はーい!!」」」」
大人2人の不穏な空気にも気づいていないのか、子どもたちは元気よく広場の方へ駆け競べをしながら去って行った。
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伯爵邸までの帰り道。私たちは一言も喋らなかった。本当に些細なことだったのに。でも、引くに引けなくなって。兄弟ゲンカをしたこともないし、友達もいなかったから、人と関わる経験が少なくて……。こんな時どうしていいのか分からない。無言の時間が続く……。エリカが一緒だったら良かったのに……。
クローディアを怒らせてしまった。最近、あのリオってガキをはじめ、街の奴等がずいぶんとクローディアに馴れ馴れしい。ちょっと距離が近いと思っただけだった。小さな嫉妬心。俺の器は東洋のお猪口ってやつか?
クローディアなら俺の言うことを聞いて、すぐ屋敷に戻ってくれると思っていた。どうしてこんなに険悪な雰囲気になってしまった。適当な相手なら簡単にいなせるのに、クローディア相手だとどうして良いのか分からない……。無言の時間が続く……。必要な時にいないなんて、エリカの奴……。
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「お帰りなさいませ、クローディア様。お疲れのご様子ですね? お部屋で少し休みましょうか」
無言で帰った私たちを見て、エリカがおかしいと思ったのか、私を私室に連れて行ってくれた。
「気分が優れないから、夕食はここでいただくわ。それまで少し休むわね」
「かしこまりました。ゆっくりお休み下さい」
クローディア様の様子がおかしい! ユージーン様のせいに違いない! お父様の、オリバー・ロシスター侯爵様もお兄様方も、男らしく騎士らしく、公明正大で小賢しいところなんて一切ない実直なお方たちだ。
なのに、なんでこの三男は、裏から物事を動かしたり、他者を思いのまま操ろうとしたり、小細工が得意になったんだろう? 騎士と一緒に、毎日鍛錬をしていたくせに!!
このハイド領に私を送り込んだり、身分を隠して家令の真似事なんかしたり、私にはまったく理解できない! 昔、クローディア様の亡くなったお父様と、何か約束をしたからって言い訳していたが、多分こういうことではないと思う!!
私は、苛立ちながらユージーン様を探し、執務室でぼんやり考え事に耽っていたユージーン様に声をかけた。
「ユージーン様! 一体何があったのです!?」
「エリカ……。実はな――――」
神々しい外見と、表ヅラが天使なだけで、コイツは腹黒粘着男だ。ケネスって奴も同じタイプで、よくもまあ、似た者同士で友達になるもんだと感心していたが、子どもにまで嫉妬するなんて! ここは一発かましておこう!
「はあ? 勝手に落ち込めば? ユージーン様から謝る! の、1択しかないのに何言ってんだか? 付き合いきれませんね。事情は分かったので失礼します」
「待て! エリカ! 素が出ているぞ! お前は今、メイドなんだから、少しは淑やかにしろ!」
「余計なお世話ですよ。最近、株を上げたかと思っていたら、くだらないことでクローディア様を悲しませやがって!」
「やがって!? お、お前……」
剣を持てぃ! 剣を! 今すぐ腹黒粘着野郎を切り刻んでやる!!
「エリカ……。クローディアには謝りに行くから、殺気を出すな……。他の使用人に怪しまれる」
そうですね。おっしゃる通りでございます。私はメイドの仮面を被り、クローディア様をずっとお守りしたいのです。
「ふうーっ。さっさとクローディア様に謝りに行ってください」
「分かった……」
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――コンコンコン――
「ユージーンです。クローディア様、失礼いたします」
ユージーンの声……。エリカが夕食を持って来ると思っていたから、鍵を掛けていなかったわ。でも、入っては来ないよね……。ドキドキする。私はベッドの中で身体を強ばらせた。
――ガチャ――
嘘!? 入ったらダメじゃないの? いくら家令だって、ユージーンはれっきとした男性なのに……。取りあえず、寝た振りをしておきましょう。……。――ベッドの脇に、ユージーンの気配がする。
「クローディア様。先程は、お気持ちを酌むことが出来ず、大変申し訳ございませんでした。幼い子どもとはいえ、あまりにもリオたちと親しげで、嫉妬心からあのようなことを言ってしまいました」
思わずガバリと起き上がってしまった。寝たふりがバレたじゃないの。羞恥からユージーンを見られない……。
「私は、一番にクローディア様のお側にいたいのです。私以外の男に笑顔を向けられ、見ていて苦しくなってしまいました」
……それじゃあまるで、ユージーンが私のことを……。鼓動が早くなる。変にユージーンを意識してしまう。
苦しい時に突然現れて、ヘイデンの刃から守ってくれて、サディアスからも助けてくれて、ずっと優しくされてきて、天使の様な容姿の人にこんなことを言われてしまったら……。もう……。
かろうじて私も『我が儘を言ってごめんなさい』と、小さな声で謝ると『本当は、我が儘を言ってもらえて嬉しかったんですよ』と、返された。
ふと、ユージーンと踊った豊穣祭を思い出す。あぁ、あの時……。髪に飾られた花を1つ1つ外されて髪をほどかれた。目元と唇を指先で拭われ、ユージーンの腕にいだかれた。それを甘美に感じた自分がいけないことを覚えてしまったようにも思えるし、魅惑的に艶めいた時間をもっと欲しているようにも思う。
黒い私にはない、誰しもが憧れる太陽の輝きを具現化したような、煌びやかな容姿。いつも人の心を照らす光のようなユージーンの姿を探し、見つける度に安心した。
私がその姿を眩しく見つめていると、天使が極上の笑みを向けてくれる。鬱々として、狭い世界に閉じ籠っていた私を、明るい世界にすくい上げてくれる気がしていた。
家令として信頼している。これからも支えて欲しいし、ユージーンを必要としている。でも、それだけじゃない……。
どうしよう……。ユージーンを好きになってしまった……。でも私、彼のことを何1つ知らない……。大きな商家の息子さんみたいで、お兄様方が後を継いでいるってくらいしか知らない……。
言わないってことは言いたくないのかもしれない……。それでもユージーンのことを、もっともっと知りたいと思う……。こんな私の我が儘も、嬉しいと思ってもらえるかな……?




