5 暗中飛躍
ここは違法ラインギリギリ、かろうじて合法の賭博場――今日も葉巻の煙がたゆたう中、自称紳士の男たちが賭け事に耽っている。
「あっ! キタキタキタ! ロイヤルストレートフラッシュ!! ハハッ。今日はついているなぁ!」
「これで今まで負け込んだ分を、取り返せたんじゃあないか?」
「良かったなぁ。もう預けた分の利息も取り戻せたかい?」
「うるさい奴等だなあ! 私は先行投資していただけだ!」
周囲の男たちに妬まれもせず、からかわれているこの男――負け続けるくせに、ムキになって一向に引かないことで有名になった、サディアス・オルディオだ。彼は今日、人生で最高にツイテいた。ただし、過去形だ。これから彼には悲劇が訪れるから……。
「おい、あれってケネス・マクラウドじゃないか?」
「あの有名なマクラウド侯爵家の跡取りか」
「ああ。いつも女と一緒だから、こんな所に来るなんてめずらしいな」
「連れもいるから、女の方は休みなんだろう?」
男を連れて賭場に来ていたケネス・マクラウドと呼ばれる人物が、警戒心を抱かせない温厚な笑みを浮かべ、サディアスに声をかけた。
「へぇー。君すごいねー。もう帰るならどう? 奢るからそこのパブで、俺たちにコツでも教えてくれよ? ここでは俺もだいぶ投資しちゃっててさー」
「ははは。いいね。私が投資先の見極め方を教えてやるよ」
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ふんぞり返って得意がるサディアスを連れ、ケネスたちが賭場の近くにあるパブに入って1時間ほどが経過した――
ほろ酔いで気持ちが大きくなり、サディアスがペラペラと喋り倒しているが、ケネスとその連れは愛想良く話を聞いている。
「そんなに負けていたのに、よくお金が続いたねー。何? もしかして高貴な未亡人でも引っかけてるの?」
「違う、違う。婚約者の家の家令がお金を送ってくれたのだ。婿に入るとはいえ、当主の夫になって実質権限を握る私に、あらかじめ取り入ろうとしていたのだろう」
「へぇー。それはとっても羨ましい話だねー」
「しかし、その家令が辞めてしまったから軍資金が入らなくなってな。でも、今日の大勝ちで取り戻したから、やはり私は持った男だ」
「そうだな。話が簡単に済みそうで助かる」
ケネスの連れの男が立ち上がり、頭に被っていた茶色いカツラを取る。サラリと金色の髪が流れ落ちた。
「へ? おっ、お前はクローディアの隣にいた使用人!?」
「本当に勝てて良かったな。こっちとしても、お前が全部すったままだったら面倒だった」
「こいつは俺の親友でね、ユージーン・ロシスターっていうんだよ。ちなみに俺の姓はマクラウドね」
「ロシスター侯爵家とマクラウド侯爵家!?」
動転するサディアスの顔色が、見る見るうちに悪くなっていく。
「阿呆でも俺らの家を知っているのか。まあいい。さあ、ハイド伯爵領の金を返してもらおうか?」
「な、なにを言っている! これは私がもらったお金だぞ!?」
「ヘイデンが横領の罪で捕まったことくらい、阿呆でも知っているだろう?」
「し、知らない。私はヘイデンなんて知らない」
「君さー。大人しく、渡した方が良いと思うよ? その家令が横領していたのを知ってて、賭博に使ったんだよね? 返さなかったら君も捕まるよ?」
明らかに動揺するサディアスに、ケネスが寛容に笑みを向けながら追い打ちをかけていく。
「あとさ、周りは全員憲兵だからね。君を捕まえようとしてるんだけど、金を返せそうだから動かないだけ」
「利子なしで楽しんだんだ、温情を与えられているうちにさっさと出せ。とっとと渡さないとキッチリ利子をつけるぞ?」
キョロキョロと周囲を見回し、やっと観念したのか、サディアスは持っていた800万イェンと記載された小切手を、渋々ユージーンに渡した。
「まだ200万イェン足りんな。お前、成人してんだろ? だから賭場にいたんだよな? チャラにしてやるから、ほら、これにサインしろ。クローディアとの婚約解消届だ」
「いっ、嫌だ。サインしたくない!」
「だーかーらー。書いた方が良いんだって。学習能力がないの? 200万イェンをチャラにしてくれるって言ってるんだよ? それとも罪を償いに行く?」
憲兵がスッと立ち上がる。類は友を呼ぶのだろう。ユージーンの親友、優男で色男のケネス・マクラウドは容赦のない男だ。身分や権力は、使えるなら大いに使う。
腹黒い蛇2匹に睨まれ、ガマガエルのようになったサディアスはとうとう観念した。
「か……、書きます……」
解消を申し出たハイド伯爵側から200万イェンが支払われ? 無事、クローディアとサディアスの婚約は解消された。
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「本当にとんだ小者だったねー。ああ面白かった! 久しぶりに天使が悪魔になるところも見られたしね」
「それはお互い様だろ? ……。ま、色々と世話になったな、ケネス」
「いーよ。その代わり、今度クローディアちゃんを紹介してね。って、まだ素性を明かしてないんだっけ? 面倒なことしてるよねー。婚約解消もできたし、早く名乗ればいいんじゃない?」
「……。まだダメだ」
「ふぅーん。俺には理解できないね。また伯爵領に戻るんだろ? 次王都に来たら、今度こそゆっくり飲もうよ」
飄々としたマクラウド侯爵家の跡取りは、足取り軽く夜の街に消えて行った。
「ふっ。女か。さて、俺も今日まではタウンハウスに滞在して、父と兄たちに胡麻でもすっておくか」
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ユージーンが王都に行って、1週間が経ってしまった。まだ、たった1週間なのかな? エリカもいるし、最近は他の使用人のみんなとも少しずつ打ち解けてきた。領地の方も順調だし、やるべきこともあって、毎日が充実している。
それでもユージーンがいなくて、落ち着いた心地がしない。家業の伝手で情報を集めるにしても、変なことに巻き込まれたりしていなければ良いけれど……。
「クローディア様? またぼうっとなされて。ユージーン様がお帰りになりましたよ」
「!!」
――ガタン――バンッ――バタバタバタバタ――
「お待ちください! ……。クローディア様……」
ユージーンが帰ってきた! 私は執務室から玄関まで、はしたなくも走っていた。
「ユージーン! お帰りなさい!!」
「クローディア様!! ただいま戻りました。そんなに慌てて、怪我でもされたら大変ですよ?」
「問題はなかった? 大丈夫だった? 何か分かった?」
「大丈夫ですから落ち着いて下さい。ちゃんと収穫がありましたよ。執務室でご説明いたしますね」
鷹揚に私の出迎えを受けたユージーンだが、最後の方に腹黒い顔をした気がする。気のせいかな?
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「王都で調査をしたところ、サディアス・オルディオが賭博場に出入りしていることを掴みました。あまりにも大金をつぎ込んでおりましたので、その資金の出所を探ったのです。怪しいのはヘイデンでした」
「ヘイデンが!? うーん……。私が相続した後の2ヶ月で彼が横領した金額が2,500万イェン……。1,000万イェンは手つかずのまま回収できているから……」
「ええ。残り1,500万イェン。休日以外ずっとこの屋敷にいたヘイデンが、2ヶ月で全て使い切るには1度に大きな支払いをしたはずです。国の騎士団に取り調べの経過を確認したところ、500万イェンは事業への投資に使っていました。これはそのまま、クローディア様の名義に変わる予定です」
ヘイデンのことだから、きっと見込みのある良い事業に投資したのでしょうね。ちょっと楽しみなくらいかも。
「そして、残りの1,000万イェンですが、それがサディアス・オルディオに渡っていました。そこで夜の界隈に明るい知人に話を通し、その賭博場付近でサディアスを取り押さえようとしたのです」
「ええっ! そんな危ないことをしていたの!?」
「いやー。サディアスは存外持っているタイプの人間でしてね。なんとその日、サディアスが大勝ちしていたのです。そのままサディアスを子爵家に連れて行き取り立てる予定でしたが、これに変わりましたよ」
ユージーンが鞄から800万イェンの小切手を出した。ん? もう1枚書類がある。
「婚約解消届! たったの200万イェンの慰謝料で!? しかもサイン済みじゃないの!」
「勝手な判断をして申し訳ございませんでした。200万イェンは、私の給金から差し引いていってください」
「そんなことできないわ!! ……ユージーン……。……ありがとう……。……貴方のお陰で、変な人を夫に迎えずに済んだわ……」
感極まってお礼を言う私に、ユージーンが柔らかく顔をほころばせた。そのままこの天使と一緒に天に昇ってしまいそうになる……。そんな微笑みだった。




