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4 ユージーン・ロシスター

 ユージーン・ロシスター ロシスター侯爵家の三男として俺は生まれた。めずらしく『天使の様』とよく例えられる黄金の髪と瞳に、万人受けする甘めの顔が幼い頃からの自慢だ。最近になってハイドの領民たちが「腹黒天使」などと呼んでくる。失敬な奴等だ。



 俺とクローディアが出会ったのは、俺が12歳、クローディアが10歳の時。子どもの頃のたった3日間の記憶……。俺は当時を鮮やかに覚えているが、彼女はもうとっくに俺のことを忘れているだろう。切ない……。

 クローディアの父、クライヴ・ハイド伯爵と、俺の父、オリバー・ロシスター侯爵が学生時代からの親友で、1度だけ伯爵領まで遊びに行った時に初めて会った。


 クローディアには母親がいなかった。疑問に思った俺に、父は悲痛な面持ちで説明した。


「クライヴの奥さんは遠い異国のお姫様で、今は国に帰っているんだよ。クローディアはユージーンよりも年下だし、まだそのことを知らないんだ。だから、クローディアの前で、お母さんの話をしてはいけないよ」


 本人も知らない秘密を知り、否が応なしにクローディアを意識していた。俺とはまた別の、めずらしいといわれる黒の髪と黒の瞳を持つ少女。一般的に良いイメージを持たれないとは知っていたが、実際目の当たりにすると、それは些末なことだった。ほんのわずかな時間しか経たぬうちに、クローディアから目が離せなくなっていた。


 ――俺が太陽なら彼女は月――


 イスティリア王国の者なら、幼いころ必ず眠る前に聞かされる、お伽噺の「月と太陽」みたいだと思った。ませたガキだったと自分でも思うが、太陽のように、クローディアを自分のものにしたい衝動に駆られた。

 後々に、あれは運命だったと思うこともあるが、その真只中に気づく場合も生きていれば稀にある。クローディアとの出会いは俺にとって後者だった。


 その日の夜、ハイド伯爵と父に、クローディアと婚約させてほしいと願ったが、伯爵にこう言われた。


「あの娘はとても内気でね。人一倍自分の気持ちを伝えるのが苦手な娘だ。私はクローディアには好きになった人と結婚してほしいと思っている。だから、クローディアが成人を迎え、自分の意志で決められるまで、婚約者は決めないよ? きちんとクローディアが、ユージーン君を好きだと言えるようになるまで、待っていてくれないかな?」


 伯爵の言葉に従い、俺はクローディアが成人するまで待つことにした。父からは、ハイド伯爵領に婿に入りたいなら、来年から留学して4年間他国で学んでくると良いと提案された。


 王都にあるイスティリア王国国立学園は、13歳から15歳の貴族の男子と、領主になる予定の貴族の女子が、騎士科・魔法科・文官科・領地科の4つの科にわかれ、それぞれの科で3年間学ぶ。

 俺も翌年から通う予定だったが、ロシスター侯爵家は騎士家系で、必ず騎士科に入らせられる。1年間クローディアと学園生活を送れるが、俺が領地科の生徒と関わることはほとんどない。

 それなら留学して、クローディアの役に立つ知識を学びたかった。そもそも鍛錬は日課で、ロシスターの騎士達と本格的に行っている。生意気だが大人にも負けない自信が当時からあった。


 クローディアが成人する1年前にはイスティリア王国に戻れる。それから1年かけて俺のことを知ってもらおう。俺は意気揚々として留学した。



 **********



 17歳になり、イスティリア王国に帰った俺は父に恨み言を言っていた。


 どうしても伯爵が亡くなったことを知らせてくれなかったのか!?

 どうしてクローディアが婚約しているのか!?

 どうして叔父夫妻はクローディアを学園に通わせていないのか!?

 どうして! どうして? どうして……。


「他家に介入出来るくらいの力がお前にあったのか? 国に残っていたとして、お前はクライドの想いに背くようなマネはしなかったのか?」


 そう言われ、俺は黙るしかなかった。成人前のガキがなんと言おうが、何も変わらなかったのだということを頭では理解出来る。ハイド伯爵の想いを無視してでも、俺はクローディアを強引に手に入れようとしただろう……。でも……。心がついていかないんだよ……。……クローディアに会いたい……。


 せめて、クローディアの様子だけでも知りたいと父に頼み込み、ロシスター侯爵家騎士団のエリカをメイドとしてハイド伯爵領に送り込んだ。



 **********



 エリカから報告がある度、おかしくなりそうだった。長くエリカをクローディアの側に置いておくためにも、目立つ過剰な庇いだてはできない。許せないことは多かったが、命に関わる食事だけはどうにかしてあげたかった。

 だが、陰険な奴がいて、いちいち在庫を細かく管理し、厨房から食材を持ち出せないらしい。側にいるエリカも苦しんでいた。ただの陰険野郎だったら必ず落とし前はつけさせる。


 不幸中の幸いは、婚約者とクローディアの仲が一切進展しなかったことくらいか。



 **********



 エリカが潜入して半年経ったころ、後見人の叔父がきな臭い動きをしていると知らせが届いた。クローディアが成人したら直後に亡き者とし、ハイド伯爵領を自分の物にするつもりらしい。


 許さない。今までクローディアを悲しませた分まで、きっちりツケは払ってもらう。


 身内を殺そうとすれば罪は重い。本人と妻は囚人の仲間入りをするだろう。従姉妹のドナって女が未成年で、罪に問われる可能性はなく腹立たしいが、いつか機会はあるはずだ。まず、叔父夫妻を潰しておこう。

 エリカの報告から、叔父夫妻が領地から出て王都に行った際、毒を買う計画を立てているらしい。店の名前を報告で知った俺は、まずは憲兵にタレこんで購入現場を目撃させ、証拠の1つとすることにした。


 イスティリア王国騎士団にいるすぐ上の兄を頼ろうかとも考えたが、まだ使いどころではないはずだ。




 ハイド伯爵領相続の届出文書を、叔父がクローディアの名前を使い、偽造したと連絡が入ってきた。クローディアが成人した後、次は誰に領地を相続させるかの意思表示を、公にするための届出だ。

 クローディアの誕生日以降、犯行におよぶ可能性が高いが、悪人の考えることだ。死亡日など何とでもできると考え、突発的な犯行におよぶ恐れもある。


 クローディアを害そうとする動きをしたら、いつでもエリカが押さえるように指示を出しておいたが、もういい……。毒物と偽造された相続人届出があれば充分だ。

 俺と兄に派遣してもらった騎士で伯爵領に赴き、体良く叔父一家をクローディアから遠ざけることに成功した。


 主犯の叔父が捕まり、叔母も毒物を入手する際に同行し犯行を共謀していたとされ、一緒に連行された。従姉妹のドナは、遠方の母方の親戚の家に引き取られることになったらしいから、2度とクローディアに関わることはないだろう。もしノコノコ現れたらその時は……。


 しかし、あのヘイデンという家令が曲者かもしれない。騎士を見る目が犯罪者の目だったな。引き続きエリカに見張らせておこう。


 それにしても、こんなに近くにクローディアがいるのに、声すらかけられないなんて……。なんて苦行だ!



 **********



 やっと後見人一家がいなくなり、成人したクローディアにどうやって近づき婚約を承諾してもらおうか。阿呆と社交界で有名な邪魔者サディアスをどうやって排そうか。そんなことを考えていた矢先、クローディアがヘイデンの横領を暴き、近いうちに証拠を集めきって動きそうだとエリカから連絡が来た。 何て無茶をするんだ! いてもたってもいられず、俺は半年も経たずに再び伯爵領に向かうことにした。


 ここまでくると父や兄たちも俺の執念深さに心底引いていたが、親兄弟にどう思われようが痛くも痒くもない。クローディアさえ守ることができればそれで良い。


「三男は自由で良いな」

 ロシスター侯爵領を継ぐ長兄ウォルトに言われた。先に生まれただけで跡継ぎの座を得られた奴には言われたくない。


「お前は騎士よりも諜報がお似合いだな」

 次兄ブルーノにはこう言われたが、褒め言葉でしかない。クローディアを影ながら支える力を、認めてくれてありがとう。


「クライヴの意思に背くようなマネをすれば、俺がお前を叩き切るからな」

 父よ。俺だって無理強いする気はサラサラない。クローディアに、俺のことを必ず好いてもらうだけだ。



 **********



 エリカにクローディアのいる執務室まで案内させ、間一髪のところで間に合った。

 クローディアを目の前に、溢れる恋情が押さえきれなくなりそうだ。クローディアの声をもっと聴いていたい。もっと側にいたいし、もっと理解したい。ずっと守ってやりたいし、触れてもみたい。早く2人きりになりたい……。


 ヘイデンは縛り上げる際に気絶させておいたから、小うるさいエリカを下がらせよう……。なんだ、その目は! 何もしないからとっとと下がれ! エリカめ、大分クローディアに絆されたな! しかし、気持ちはよく分かる。




 俺は咄嗟に伯爵家においてくれとクローディアに頼んでいた。けして嘘はついていない。ロシスター侯爵家のことと、エリカのことを話していないだけだ。侯爵家の三男が使用人として使ってくれと正直に話しても、クローディアは首を縦に振ってはくれないだろうからな。――ヤバい。承諾してくれて舞い上がりそうだ。

 ここまでくるのに、6年かかった。これからはいつでも側にいられる……。


 ――こうして、俺のハイド伯爵領での家令生活が始まった。それからのクローディアもとても愛らしか――


 おっと。もう王都に着くか。まだまだクローディアのことを考えていたいが、今はサディアスを何とかしないといけないからな。また、続きは後でゆっくり思い返そう。

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