23 黒領主の生徒たち
肌を突き刺す冷たい風も、飛竜の加護を受け、クローディアを迎えに行くと思えば些末なことだ。
「みんな、行ってくる。必ずクローディアを連れて帰る」
可愛い子どもたちはまだ夢の中にいる。次に会う時はクローディアも一緒だ。
生徒たちには、今日救出に行くことは話していない。学校にしばらく顔を出していなかったな……。
ギリム地方に乗り込むのは、俺とココとムムだ。
メレディスはじめ、エリカ、カーラ、トーマス、マーサが早朝にも関わらず、俺たちを送り出すために集まった。
「ムー」
「ユージーンのことは任せて」
「「行ってらっしゃいませ」」
俺が飛竜に乗って飛び立つと、2頭の子飛竜に乗ったココとムムが、俺を挟んで左右に並んだ。
日暮れ前にはギリム領に着く予定だ。直行で、ムムがつき止めた屋敷に突入する。
子飛竜も、ハイド領に来たころに比べると、ふた回りは成長しただろうか。
ルーカスやエレノア、生徒たちもだが、子どもの成長は早い。
クローディアには、母として、校長として、領主として、まだまだやるべきことがあるんだ。
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ムムが突き止めた屋敷に降り立とうとした時、目の前の空間に闇が広がり、飲み込まれそうになった。
「クローディアーーー!」
飛竜の急旋回でかわしたが、敵が先制攻撃をしてきやがった。クローディアが間違いなく、ここにいる証拠だ。
「チッ。大歓迎だな。どこにいる?」
「ムー」
「ユージーン! 厩舎にいる男が、闇の空間を使う男だって!」
クローディアを攫った奴か。早く首謀者を捕まえたいところだが、奴から抑えておいた方が、後々楽になるな……。
「仕方ない、あいつの相手からだな。飛竜、巻き込まれないよう、どこかに隠れていろ」
ココとムムも、子飛竜を戦闘に巻き込まないよう地表に降り立つ。
「今回の件はね、僕たちも腹に据えかねていたんだよ。クローディアを攫ったバカ者たちにはね、特別、僕たちの本当の姿を見せてあげるよ」
「ムー」
2匹がまばゆい光を発し、踏ん張らないと、飛ばされそうになるほどの突風が辺りを包む。
神々しい黄金色と、漆黒の艶やかな毛並みの聖獣が2匹現れていた。
自分の体よりもはるかに大きい獣の姿に恐れをなしたのか、厩舎の馬たちが悲鳴を上げるように嘶いている。
「僕たちが、闇の空間を塞いであげるよ」
「僕の餌」
えぐっ! あいつら、闇の空間を食ってる! って、今、ムムもしゃべらなかったか!?
「ふうん。攻撃魔法は、うちの生徒たちよりも弱々だね」
「能力偏り過ぎ」
出す片っ端から空間を食われた敵は、2匹を倒そうと闇の炎で攻撃しているが、あの程度なら大丈夫だろう。威力がなさ過ぎだ。
ココとムムに闇空間使いの男を任せ、屋敷の中に入ろうとした――
「おい、クローディアの偽旦那。なにをいきり立っているのか知らんが、クローディアは自分の意思でここにいるんだ。その迷惑行為をとっととやめろ」
屋敷のバルコニーから、目つきの悪い痩せぎすな男が声をかけてきた。
偽旦那? いくらクローディアを魅了しているからって、俺の妻の腰に回している手はなんだ!!
クローディア……。彼女の口の形が、俺の名前を必死に紡いでいる……。
「クソっ。お前の薄汚い手で、俺の妻を汚すなよ! 魅了しなきゃ女にも近づけない腰抜けが!」
闇空間を操る男以外の使用人は、隠れているだけで、一切攻撃をしてこない。
俺が相手にするのは、クローディアと一緒にいた魅了男だけか……。
――その時――
「ムム!」
「ムー」
ココの叫びが聞こえてきた。ムムの姿がネズミに戻っている……。
何者かが隠れて攻撃してきているのか? まだ、存在を確認できていない3人目の能力か?
クローディアが何かを伝えたそうにしているが、声を出せないようだ。
「敵はどいつだ? どこにいる!」
「ははははっ。無力になったら、お前たちをたっぷりなぶってやるよ」
今度はココが、元の姿に戻ってしまった。次は俺か……。早く敵を見つけて倒さないと……。
「ユージーン様ー」
「クローディア様ー」
「ココ先生ー、ムム先生ー」
「は? お前たち! どうしてここまで来たんだ」
上空を見上げると、残してきた飛竜が篭を持ち、その中に生徒たちがぎゅうぎゅう詰めになっていた――
「俺たちだって、クローディア様を助けたいです!」
「微力ながらお手伝いさせてください!」
ガキのくせに無茶してきやがって。飛竜を操っているということは、誰か協力者がいるな?
来てしまったものは仕方がない。全員無事で帰るだけだ。
「敵は3人! まだ隠れている奴が1人いる。そいつを探せ!」
「「「はーい!」」」
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ユージーンに、ココとムム、生徒たちまで助けにきてくれた……。
「光属性の奴等がこんなに来たのか……」
モーガンは、目の前の光景が信じられないようだ。
闇属性の私を、光属性の生徒たちが助けに来たことに、驚きを隠せていない。
でも、ムムに続いてココが元の姿に戻ってしまった。
ファントムは一体だけじゃないみたいだ。何体も出てきて、生徒たちを襲いはじめている。
「みんな気をつけて! いつの間にか魔力を奪われてしまうよ!」
「このー! 姿をみせろー!」
生徒が1人、また1人と、魔力を封じられて行く。
「落ち着いて周りを見ろ! 必ず痕跡はある!」
そうよ、ユージーン! みんなお願い、影を見て! ああ、影のことをどうやって伝えたらいい……。
教えようとすると言葉が出なくなる。適当で関係ない言葉ならいくらでも出せるのに。
「早く全員の力を押さえてくれよ、スーミ」
もう1人の敵はスーミと言うのか。どこにいるんだろう?
残っているのは、ユージーンと生徒が数名のみ……。このままでは、全員魔力を封じられてしまう。
私が話せる言葉で、影に取りついたファントムを知らせる方法は……。
対義語なら、影と言わずに、みんなが当ててくれるかもしれない……。
あとは、私が味方に情報を伝えるためではなく、単純に単語を発していると、自分の頭と精神に叩き込めば……。
集中しよう。これから私が発する言葉は、ただの単語の羅列だ。
――対義語、光と影―― ――対義語、光と影――
――対義語、光と影―― ――対義語、光と影――
「対義語! 光と――グゥッ――」
「このっ! 余計な真似を!」
「きゃあっ!」
やはり影という単語はしゃべれず、モーガンに殴られ壁に激突した。頬に鈍い痛みを感じたが、これくらいどうってことはない。
私からのヒントで、生徒たちが考えはじめた。
「対義語だよね。クローディア様が伝えたかったのはなんだ……?」
「光と……、光と闇?」
「闇は僕たちが食べ尽くしたよ」
「なら、ええと……光と影?」
「影か。そう、影だ! みんな影をみろ!」
気づいてくれた。ファントム程度なら、あの子たちの敵にならないはず。これなら行ける。
「いた!」
「影が動いてる!」
「捕まえろ!」
魔力を封じられていた生徒も、次々とファントムを倒し、魔力の存在を認識できるようになっていく。
「あの木の影に本体がいるよ!」
ココとムムが走り出した。
「ココ先生とムム先生に加勢しよう」
「お前たち、そっちは任せたぞ! あの三白眼……、クローディアを殴りやがって……。許さん!」
ユージーン、私は大丈夫だから……。
『偉大なる太陽神――我が背に自由、手には誇りを授け、敵を撃ち取る力を与えよ――』
ユージーンが詠唱している姿を初めて見た。
ユージーンの背中に光り輝く翼が生え、手には彼の背丈をゆうに越す光の槍が握られていた。
2枚の翼で羽ばたき宙に浮いたユージーンが、沈む太陽の光を背にして銀朱色に輝いている。
神々しい……。本物の天使みたいだ……。
「迎えに来たよ、クローディア」
そう言ってユージーンは、私に手を伸ばした――




