21 囚われの黒領主
私が囚われてからどれくらい経ったのだろう。
モーガンの魅了で身体の自由を奪われてから、鎖で繋がれはしなくなった。
だが、私の魔力は戻らず、逃げ出せないことに変わりはなかった。
なにが原因で魔力を失ったのだろう?
毎日考えても答えは見つからない。拐われた日、学校で突然魔力がなくなったように感じたが……。
もし、ここがギリム地方なら、ずいぶんと遠くに連れて来られてしまった……。
流石のユージーンでも、私を見つけられないかも……。
ダメだわ……。大分参って、マイナス思考になっているわね……。
「どうだ、そろそろ観念したか?」
モーガンは私の様子を見に来る際、よく手土産を持って来た。花一輪であったり、菓子であったり、本であったり。
一応、気遣ってはくれているのだろうか。
けして、私の身体を傷つけないところからも、本来の人間性は悪いわけではないのかもしれない。
さらに、少しずつ魅了の効果を弱め、私の意思で身体を動かせるようにしていった。
今では逃げようとさえしなければ、話すことも、部屋の中を動き回ることも、私の意思で自由にできるようになっていた。
悪い人間ではない? 無理矢理拐っておいて? 少しずつ与えられる自由に、絆されてきてしまった? これも、モーガンの作戦の内だろうか……。
「そろそろクローディアに、私の仲間を紹介しよう。この屋敷では、闇属性の人間が多く働いているし、ギリムの街にも少しずつだが、迫害された人々が集まって来ている」
そして今日、初めて部屋の外に出された。どうやら案内してくれるらしい。
「なにか言いたそうだな? 話はいつでもできるようにしているんだ、言いたいことを言ってみろ」
「街の人たちは闇魔法を使えないのでしょう? 貴方の危険な計画に巻き込んでしまうの?」
私の発言を鼻で笑い、モーガンは厩舎で馬を見ていた男を呼んだ。
「バート! こっちへ来い。――彼は元々ギリム帝国に仕えていた家の子孫でな、闇の空間を操れる」
「闇の空間……」
「心当たりがあるだろう? お前をハイド領からここまで連れて来たのはこいつだ」
たった一人、一瞬で私を連れて来たということ? でも、疑問はまだある。
「なぜ、私の魔力はなくなったの? この人の能力ではないということでしょう?」
「それはまだ、教えるわけにはいかないな。いいから早く私に屈しろ」
そう言って、モーガンは不敵に笑った。
「どうだ? 私の人を操る魅了魔法、バートの闇空間を利用しての転移、お前の異形の力、そしてあいつの能力があれば……。一騎当千、充分勝てるな……」
まだ他にも闇魔法を使える人間がいるということか。その人物が私の魔力をゼロにしているの?
ただ、どうやらギリムの街の人々を巻き込むつもりはないらしい。少しだけ安心した。
「モーガン様! 今日は自ら卸しですか? いいのがあったら、優先的にこっちにお願いしますよー!」
「ああ。その前に店を潰すなよ!」
行く先々で、街の人に声をかけられ、モーガンは親しげに返している。意外と慕われているらしい。
「貴方は商人なの?」
「表むきな。帝国を再興するまでの仮初めの姿だ。商人は情報も仕入れやすいし、金は儲かるし、丁度いい隠れ蓑だな。ま、ここまでの商会にするのに、ご先祖様がお膳立てをしてくれたんだが」
滅亡した帝国の末裔は、ここでずっと商人として暮らし、虎視眈々とギリム帝国再興の機会をうかがっていたのだろうか。
私もハイド領を失ったら、彼等の執念を理解できるのだろうか? 違う。領地というより、住んでいる領民や、ハイドに来てくれた生徒たちをどうにかしないとって思うだろう。
「主に、闇属性の人が店主をしているところに商品を卸しているの?」
「そうだ。そうやって噂を広め、ギリムに闇属性の人間を集めてきた」
確かに、比較的闇属性の人間を受け入れてくれる、ロシスター領やハイド領に比べても、黒髪黒目の人々を見かける割合が多い。
帝国再興など考えなければ、闇属性の人々の地位を向上させようとする、いい同志となれただろうに。
目指している世界は、私とモーガンとでかけ離れてはいなかった。
ギリムの街を少し歩いた後、また屋敷へと戻ってきた。
「どうだ? いい気分転換になったか?」
「まあね」
「まあね、じゃない。早く素直になれ。私に屈しろ」
そう言って、私の頭をクシャリと撫でながら、八重歯を見せてモーガンは笑った。
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翌日、私は現状を整理し、一通り分かったことを紙にまとめていた。
『ユージーン』や『逃げられない』、『ギリム領』など、助けを求めたり、手がかりとなるような単語は、言葉にもできないし、紙に書くこともできなかったので、記号にして書いていた。
闇の空間をぐるぐると渦で表現した。そこに捕らわれる直前に、魔力を失ったのだ――
失った???
母は命を削って私を助けた……。魔力が尽きても生命力を使って……。その理屈なら、例え今、私の魔力がなくなっていても、闇魔法は命を削って使えるはず!
モーガンの魅了にかかる前に、私は『もう魔力が無いから魔法は使えない』と思い込まされていた? 誰に? どうやって? あのバートという男以外の、何者かが空間に一緒にいたのか?
試しに、命を削ってでも魔法を発動しようとしてみたが、やはりできなかった。
なら、私の身体に、今も何かをされているような形跡はないか、調べることにした。
鏡に自分の姿を隅々映す。背中もクルッと振り向いて見てみる。
「きゃっ! お化け?」
私の影が揺らめいた気がした!
「なに今の!? このっ!」
自分の影に手を伸ばしてみると、やはりなにかが私の影に取りついている!
ジタバタと自分の影と戦っていると、唐突に声をかけられた。
「とうとう気づいたか……。やはり、先に魅了をかけていて正解だったな。先に他人がかけた魔法に、魅了魔法の重ねがけはできなかったが……」
「モーガン……」
「そいつはファントムだよ。もう消えそうだが……。クローディアの魔力の強さと、ファントムを見破られないように魅了をかけられなかったことが、穴となり想定外だったな……」
「あっ!」
もう一度影が揺らめいて、薄暗いモノが立ち昇ってどこかに行ったかと思ったら、私の身体に魔力を感じるようになっていた。
――なら、このまま魅了も解けるかもしれない!
「無理だ。長く私の魅了にかかっていたからな。私と同じくらいの力のお前に、かかり切った魅了魔法を解くことはできない」
「ハァハァハァハァ――」
久しぶりに一気に魔力を使って、私は膝から崩れていた。モーガンが私の腕を取り、ソファに座らせる。
「触らないで……」
「釣れないな」
私の隣に腰掛けたモーガンが話し続けた。
「実体もなく弱い者だが、相手に気づかれず乗りうつってしまえば、その者の精神に干渉できる。魅了程、効果は広範囲におよばなくとも、相手の認識を根底から変えてしまうなんて、恐ろしいと思わないか?」
「だから、闇属性の人間が嫌われるのよ」
同じ属性の自分が言うのも悲しいが、現実に受けてみると本当に気持ち悪いものだった。
魔力を失ったとばかり思っていたし、身体で感じていた。
「これがもう1人の、仲間の能力だ。言っただろう? 私たちは勝てるって。いい加減に仲間にならないか? 魔力を感じるようになったとしても、魅了がかかった今のお前の身体では、何一つ魔法を使えない。早く楽になれ」
せっかく魔力を感じとれるようになったのに……。まだ逃げることができないなんて。
何度も何度も打ちのめされ、我慢していたはずの涙が、私の頬を伝っていた。
「泣くな……。お前を苦しめたいわけじゃない」
モーガンの手が、私の顔に伸びてきた。
その時、一陣の風が屋敷全体を打ち付けた。ガタガタと激しく窓が揺れている――
「クローディアーーー!!」
愛しい旦那様の声が聞こえる……。
『ユージーン!!』言葉に出すことはできなかったが、愛する夫の名前を、私は心で叫んでいた――




