20 拐われた黒領主
ずっと目を背けていた祖父とのわだかまりが、ゆっくりと解けていった。
母の容姿は亡くなった祖母に似ていたが、性格は祖父似で、よくぶつかり合ったと教えてくれた。
ずっと母が結婚しないことに腹を立てていたが、こうして私を残したことは『でかした!』と天を仰ぎ見ながら言ってくれた。
どうして私と母が使う闇魔法は、闇の手や異形の者で恐ろしいのかをやんわり聞くと、『ウィンドラ公国の公の一族で、闇属性を持つに者に受け継がれる大切な力だから怖がらないでほしい』と言われた。
「わしの闇魔法も、同じように禍々しいものじゃよ」
照れながらも、嬉しそうに祖父は答えてくれた。
母と父が眠る墓にお参りし、明日、祖父とグレースさんはウィンドラ公国に帰る。
今度は私がウィンドラに行って、また祖父から話を聞こう。あの子飛竜が成長するのが待ち遠しい。
私がウィンドラに気軽に行けるようになるのを見越して、ココとムムは祖父に子飛竜の件を交渉してくれたのかもしれない。
「クリフトン様とグレースさんがハイド領に来ることをココとムムから聞いて、もてなす準備をしていたが、子飛竜の話は俺も知らなかった」
「ココとムムがお膳立てをしてくれたのね。ユージーンもありがとう」
私の手のひらで無防備に眠る2匹。ウィンドラ公国と私の関係性を、ずっともどかしく感じていたのかな?
子飛竜までもらって、ハイド領としてはありがたいことだけれど、現ウィンドラ公国の公コンラッド様は大丈夫だったのかしら? 無理矢理2匹がゴリ押した気もして、あのしかつめらしい顔を懐かしく思い出した。
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ウィンドラ公国やおじいさまのことだけでなく、学校の方も順調に変化していった。
男子生徒たちも前期の中間テストをきっかけに垣根がなくなりつつあり、フィンは相変わらず無口であったが、周りの生徒たちもそれがフィンらしいと受け入れ始めた。
1番の要因は、ロザンヌがテストの洞窟で起きたことを女子生徒に話し、あっという間に全生徒に広まったことだ。
それでも貴族の子息であるジェイクは馬鹿にされることもなく、フィンを蔑ろにすることをやめ、今までどおり楽しそうに学校生活を送っている。
結果、フィンの株が上がっただけで、誰も傷つくことはなかった。
いつものように私は闇魔法を、ユージーンは光魔法をそれぞれ指導している時だった。
私が操る闇の手を、フィンの剣とアメリのヘルハウンドが撃ち破っていく。
前期も折り返しを過ぎたが、ここまで成長してくれたことが指導者として誇らしい。
そう思っていた時、急に私の身体から魔力が失われ、グラリと視界が回った。
フィンとアメリの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、私の意識はそこで途切れていた――
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「いいかげん目を覚ませ」
知らない男の声がし、まだぼやける視界を彷徨わせた。調度品は高価そうな物ばかり置いてある。それなりのお屋敷にいるようだ。
しかし、私の手足は鎖に繋がれ、魔力が失われていた。私は捕まっていることに気がついた。
相手はよほどの魔力を持つ者か……?
「貴方だれ?」
「やっと目が覚めたか」
やはり、見知らぬ黒髪黒目の男が立っていた。ギラリと獲物を見定めるような三白眼に痩躯。当然、人柄がよさそうな感じはまったくない。
「707年前に滅亡したギリム帝国の末裔、モーガン・ギリムだ」
「帝国? ウィンドラ公国が建国される前、ウィンドラ地方を統治下に置いていたギリム帝国?」
他国の歴史だ。ザックリと、帝国の滅亡と同時にウィンドラ地方を治めていた公爵が公国を建国した程度の知識しかない。
「クリフトンは棺桶に片足を突っ込んでいる。レイラは死に、コンラッドとその息子チャールズは闇属性を得られなかった。残りはお前しかいない。探すのに苦労したぞ」
「なんのことを言っているの?」
この男、ウィンドラ公国のなにを知っているのだろう? 私を探していた? そりゃあ私だって、母のことを知ったのは数年前だったし……。
「前公レイラ亡き今、お前が最後のチャンスだ。ウィンドラの闇魔法に我が先祖は滅ぼされたが、その力を手にすれば帝国の復活は叶えられる。クローディア、お前は私の妻になれ」
「はあ? 私はもう結婚して、子どももいるの! 家族のところへ帰しなさい!」
「私は中古で構わんぞ。慣れない女に騒がれるよりも楽でいい」
全身がカアッと熱くなる。なんて下品な男なの!
「お前の先祖に裏切られ、一族郎党殺されたんだ。帝国の生き残りの子孫である私と、ウィンドラの闇属性を継ぐお前が手を取れば、ギリム帝国の再興に花を添えると思わないか?」
分からないことが多過ぎる。ギリム帝国をウィンドラ公爵が滅ぼした? 公爵の系譜に現れる特異な闇魔法……。……でも、分かっていることはある。
「私はハイド伯爵。帝国は関係ない。貴方の妻? 寝言は寝てから言いなさいよ。私はハイド伯爵領に帰ります!」
「まぁ、少しくらい覚悟を決めるための時間をやろう。新生ギリム帝国の初代王妃となるのだ、帝国史を置いてやるから目を通しておけ。ここはお前専用の鳥かごで、魔力がないお前では出られまい。ゆっくりするといい」
ご丁寧に、ドアの下の方に小さな窓があり、そこから帝国史や食事が出された。毒を盛られているわけではなさそうだ。
しっかり食べてやるわ! なんとしてでも逃げ出してやるんだから! 必ずユージーンが迎えに来てくれる! 逃げる時に体力が落ちていないよう、寝て食べて動いてやる!
ああ、でも、子どもたちは大丈夫かしら? 生徒たちも心配させてしまうわね。
色んな方向に思考が飛び散る。動揺してはいけない。敵を知るためにも、モーガンが置いた帝国史に目を通し、食事を摂った。
ギリム帝国は闇属性の者が多く生まれ、およそ1500年前に、武力を以ってイスティリア王国以外のほぼ全ての地方を統一し、この大陸で栄華を極めた。
イスティリア王国で、特に闇属性の人間が忌み嫌われる理由はここから始まったのかもしれない。
しかし、帝国の強権的な支配は長く続かなかった。ウィンドラ公爵が旗頭となり、皇帝に反旗を翻した。
ギリム帝国滅亡の理由は内部崩壊だったのだ。
帝国はイスティリア王国に吸収されたり、ウィンドラ公国のように新たな小国になったりして、今ではイスティリア王国内のギリム地方に、その名残がある程度となった。
半日かけて読んだ帝国史の内容を要約すると、こんな感じだった。
夜になり、再びあのモーガンという男がやって来た。
「どうだ? 少しは帝国のことを理解したか? イスティリアの民は、我々が黒髪黒目だからという理由だけで迫害する。お前も悔しい思いをしてきただろう?」
「私は大丈夫よ。もう克服済みだわ」
「ほう? だが、今も我らの同胞が苦しんでいるぞ? 私の元に多くの者が集まって来ている。帝国の再興に協力する気はないか?」
「あるわけないでしょ! ますます闇属性の人たちが、悪者になるだけじゃない!」
「仕方ない。計画が無事終わるまで、我慢だな」
「!!」
モーガンがなにかの闇魔法を放ってきた。私が使えるモノにも酷似しているが、微妙に違っていた。――魅了魔法?――
「お前らウィンドラ家が攻撃魔法に特化しているように、ギリム家は魅了魔法に特化しているんだ。表舞台には一切出ていない、帝国の機密事項だ。こうして大陸一の大帝国にのし上がったんだ。ギリム皇家の一員になるお前には、特別先に教えておこう」
思考はまだハッキリしているのに、私の身体が自由に動かない――
「ほら、私を旦那様と呼んでみろ」
「だ……ん……な……クッ」
嫌だ! 私の旦那様はユージーンだけ!
「チッ。なかなか強情でいい精神力だ。まぁ、時間はある。私に屈するその日を楽しみにするか」
ごめんみんな、これが精一杯。自分の力で逃げ出せそうにないわ――




