19 粋なネズミのココとムム
女子寮の1階にある食堂から、女子生徒たちの軽やかなおしゃべりが聞こえてくる。
「テリーは爽やかでカッコイイから、私はテリー押しなの!」
「「分かるー」」
「フィンって顔はいいんだけど、なにを考えているのかよく分からないのが玉に瑕よね……」
この年頃の女子が集まれば、恋の話に花が咲く。ちょっぴり羨ましいと思いながら、私は寮の前を通っていた。
「ねぇ、アメリ? フィンって、どういう感じの人?」
「フィンは無口だけれど、とても優しいよ」
鬼教官エリカの計らいで、アメリはすっかり女子生徒たちと馴染めたみたい。思わず顔がほころぶ。エリカも鬼の方が活き活きとしているし、これでいいのかな?
「さあさあ、貴女たち。今日はココ先生とムム先生の授業があるんでしょう? 早く訓練場に行きなさい」
「「はーい」」
ココとムムの授業は女子生徒たちから人気がある。理由は単純、2匹がかわいいから……。
気持ちは分からなくもないが、女子生徒に囲まれチヤホヤされ、腑抜けた2匹の姿には目も当てられない。
「今日は、中間テストをするよー」
「ムー」
「「えぇー」」
『課外授業兼中間テスト』と称し、ココとムムが生徒たち22名をひき連れ、校舎の裏に広がる森へと入って行った。
私とユージーンも心配になったので、こっそり後を追いかけた。
「こんな所に洞窟があったなんて知らなかったわ」
「あいつら……よく見つけたな」
試練の番人・聖獣の子たちは、ハイド伯爵領の森にある洞窟を見つけ、ここでテストをすることにしたらしい。いつの間に……。抜け目のないネズミだわ。
「洞窟の中に入ったら、お互いに協力してテストを終わらせること。無事に洞窟から出られたら合格ね。じゃあ、くじを引いて班を作るよー」
「ムー」
「「はーい」」
公正に、くじ引きで班を決めている。4人の班を3つ、5人の班を2つ……。とっても嫌な予感がする……。
予感は的中し、ジェイク・フィン・ロザンヌ・アメリが同じ班になった。
生徒たちは5分ずつ間隔を空け、5つの班すべてが洞窟の中に入って行った。
ユージーンと視線を合わせる。彼も同じ気持ちみたい。私たちもテストの洞窟へと入った――
**********
ウィンドラ公国で行った試練と似ている。魔物が次々と現れ生徒たちが連携し、ココとムムが操る幻影の魔物を倒していく。
光属性の生徒だけで編成された4つの班は、順調に奥へ奥へと歩みを進めて行った。
「ったく、なんで俺らがこんな奴等と同じ班なんだ。ねぇ、ロザンヌ様?」
「ジェイク、そのうるさい口を塞いでちょうだい。耳障りだわ」
仕切り屋で面倒見がいいロザンヌは、侯爵家の自分にだけ媚びを売るジェイクを嫌悪している。
アメリが2人の空気感にびくつき、フィンは3人にお構いなし。どこ吹く風の様相だ。
「来たわね」
「うん」
「ああ」
3人が戦闘態勢に入る。少し遅れてジェイクが魔物に気づいた。
ロザンヌが光の薔薇を出して棘つきの蔦を鞭の様に操って魔物に攻撃し、アメリはヘルハウンドを召喚し戦わせ、フィンは闇の剣を手に取り敵に向かって行く。
多くの生徒と接し、判明してきたことがある。それぞれに合った形で攻撃魔法が発動していた。
アメリには素敵な黒犬の相棒がいて、フィンはユージーンのようにカッコよく剣を持つ……。
私と母が発動する闇の手や異形の者って……。と、悲しくはなったが、ウィンドラ公国の血だと思えば大事にしたいと思えるし、こうして光と闇の魔法が解明されていくのは大変喜ばしいことだ。
ジェイクは光の弓矢を具現化したが、ハーピーに接近されてしまっていた。矢を翼で叩き落され、懐に入られる!
「うわぁっ!」
近距離の戦闘では分が悪い。ココとムムのことだから大丈夫だと私たちは知っているけれど、生徒たちにとっては本当に死を感じるだろう。
ロザンヌもアメリも、自分が向き合う相手に精一杯でフォローに向かえない。
「たっ、助けてくれー!」
フィンがジェイクの様子をうかがっている。相変わらず、なにを考えているのか分からないポーカーフェイス。
手や口を出したいが、ここで出しゃばってはいけない。これが次の世代を育てるということなのよね……。ココとムムの計画に大人しく従おう。
魔物の相手をしながら、今だ、ジェイクを観察しているフィン。
フィンはどうしても人を寄せ付けないとろがあった。一緒にいる時間が長いからか、アメリの面倒は見ることもある。
私の授業では表情を柔らかくすることもあり、大分、学校生活にも慣れてきたと思っていたが……。
「あいつは手助けしないか……」
「フィン……」
私とユージーンが諦めかけた時――
「ぎゃあぁぁ!」
「……」
とうとうハーピーの鉤爪に切り裂かれそうになるジェイク。
溜息を吐き出したフィンの剣が鉤爪受け止め、左手にもう1本闇の短剣を出し、ハーピーの喉をひと突きした。
「二刀流か。面白いな」
「どう? フィンはすごく成長したのよ」
ユージーンも目を見張るほど、フィンの剣さばきは素晴らしい。瞬く間にハーピーに止めを刺していた。
「あ、あ、あ……」
「なにをアワアワしてるのよ!」
魔物を片付けたロザンヌが、腰を抜かしているジェイクに声をかける。
アメリもおずおずとジェイクに近寄り、心配そうに見つめている。
「あんたさぁ、フィンに助けてもらって、礼の1つも言えないの?」
「……。ぁ――ぅ」
「はい? なに言ってんのか聞こえない!」
正義感の強いロザンヌがジェイク追い詰めてゆく。絶対にお礼を言わせる気だ。
格上である侯爵家の令嬢に詰め寄られ、ジェイクは観念した。
「……ありがとう……」
「ああ」
明後日を向きながらもお礼を言ったジェイクに、目をパチパチとさせ返事をしたフィン。思わず私もユージーンも吹き出してしまった。
「フィンって、腹黒いことを考えている時の貴方によく似ているわね」
「そうか? 似ていないと思うが……」
**********
「みんな、お疲れさまー」
「ムー」
学校の訓練場に戻り、最後にココとムムからありがたいお言葉があるようだ。
「テストに合格したみんなに、僕たちからの合格祝いだよー」
「ムームームー」
パタパタと小さい羽ばたきの音と、少しの風を感じた。上空を見上げると、そこには2頭、子どもの飛竜がこちらに降下して来るところだった。
「これからは授業で、子飛竜の世話と操り方を教えてあげるからねー」
「「すごい!」」
「うそ……」
「あいつら……。これは聞いていないぞ……」
2本足で立ち上がり、ふんぞり返って得意気なココとムム。あまりの光景に、内緒で見ていたのに、飛び出して行きそうになった。
1日かけての『課外授業兼中間テスト』を終えた2匹を肩に乗せ、私たちは伯爵邸へと戻ってきた。
「!? おじいさま! グレースさん!」
「クローディア様、ご無沙汰しておりました」
「……」
子飛竜がイスティリア王国に来たということは、ウィンドラ公国にも話は通していたのだろう……。まさか祖父とハイド領で会うことになるとは……。
母の望みだったお墓をハイド領に決めるため、祖父とは何度か手紙でやり取りしたが……。祖父にはとても寂しい思いをさせてしまったに違いない……。
「ほら、クリフトン様。ブスッとしてないで、クローディア様とちゃんと話をしてください」
「……。クローディア……」
祖父が初めて、私の名前を呼んでくれた!
「はい。おじいさま」
「おじ……いさ……ま……」
祖父がカッと目を見開いたかと思ったら、その零れ落ちそうな眼から盛大に涙を流し始めた。
私は祖父の側に行き、杖をつく祖父を支えながら感謝の気持ちを伝えた。
「おじいさま……。大切な飛竜を学校に寄贈していただき、ありがとうございました。ウィンドラ公国の飛竜を操る伝統を、このハイド領で必ず立派に引き継いで参ります」
「クローディア……」
グレースさんが側にいてくれるとはいえ、祖父はどんなに寂しかっただろう。
どんなに拒まれても、私は祖父ともっと話をするべきだった。これからは祖父と沢山話をして行こう。そして、ウィンドラ公国や母のことを教えてもらおう。
おずおずと遠慮がちに互いに身を寄せ、そっと祖父と抱き合う。骨ばった祖父の身体を手のひらい感じ、私の頬に悔悟の涙がつたっていた。




