18 鬼教官エリカ
「なにをしている?」
「やばっ。黒領主とその旦那だ!」
私とユージーンが、3人の所にたどり着いた。
「お前たちは、自分が入学する学校の創立者と、その配偶者の名前も知らないのか?」
「いえ、ハイド伯爵のクローディア様と、その夫であるユージーン様です……」
「知っているなら最初からそう呼べ。次はない」
ユージーンが男子生徒の相手をしているうちに、私は怯える女子生徒の元へ行き、できる限り穏やかに声をかけた。
「貴女、大丈夫? 名前はなんていうのかしら?」
「はい……大丈夫です、領主様。私はアメリと申します」
「これからよろしくね、アメリ」
こちらに来て早々、アメリに辛い思いをさせてしまった。今までだって、闇属性だと差別されてきただろうに……。
男子生徒へのお小言はそのままユージーンに任せ、私はアメリを女子寮へ案内した。
まずは、寮母マーサのところへ向かう。
「マーサ。早速、男子生徒がいざこざを起こしたのよ……」
「あらまぁ。この年頃の男の子は、カッコイイをはき違えていて、とってもバカですからねぇ」
「「……」」
私もアメリも、肝っ玉感満載で男子生徒を『バカ』呼ばわりするマーサに、完全に圧倒されてしまった。
彼女のお子さんたちは王都で所帯を持ち、旦那さんも他界しており、マーサはハイド領で一人暮らしをしていた。
5人の男の子を育て上げた、本当の肝っ玉母さんだ。
母親としても尊敬できる人が『一人より、賑やかな暮らしがいいですから』と、住み込みの寮母を快く引き受けてくれた。
向かって左側が男子寮で右手が女子寮。女子寮の1階には食堂とマーサの部屋がある。
1期生として、男子生徒18名、女子生徒4名。うち、闇属性の生徒男女各一名が入学し、この領で生活する。
取りあえず今日は治めたが、しばらくは闇属性の生徒たちのことを気にかけておかないと……。
**********
それから2日が経ち、開校式と入学式の日――
私を含めた闇属性の3人に、子どもたちの視線が集まっていた。
黒髪黒目は色鮮やかな他属性の中で、余計目立ってしまう。
滞りなく式を終わらせ、一昨日のことを受け、私とユージーンが急きょ計画したことを実行に移した。
夫婦による光と闇の戦いを、デモンストレーションするのだ。
お互いを信頼しているからこそ、全力で打ち合える。生徒たちを訓練場に移動させ、私とユージーンが睨み合った。
「みんな、よく見ておいて。あなた方が学んでいくのは、とても素晴らしい力なのよ」
「これから身につけてゆく力に誇りを持て! そして、それを得る機会を与えてくれたハイド伯爵に感謝しろ!」
ユージーンったら……。
この学校に学費はない。指導者や職員の人件費は、マーサの分しかかからないから、領の負担で遣り繰りできる。
生活費として食事代程度は徴収するが、家で暮らしていた時とさほど変わりはないはず。
優秀な者への、負担金免除制度もすでに制定済みだ。
だからって『感謝しろ』は、言い過ぎね……。困った旦那様……。
口上を述べ、最初にユージーンが、私に光の剣で連撃を加えてきた。
私が彼の光の剣を無詠唱で出した闇の空間に吸収させ、続けて私が放った闇の手をユージーンが身軽に躱して行く。
できる限り禍々しくない闇魔法を選んでいるが、あまり怖がられないと嬉しい……。
「うおおおおっ」
「すげえ!!」
「カッコイイわぁ!」
初めて見る光と闇魔法に生徒たちも驚きを隠せないようで、みんな嬉々とした表情をしている。
ユージーンと魔法を打ち合いながら、生徒の様子を確認していたが、明らかに様子の違う子どもが3名いた。
光属性の男子生徒で、最初に闇属性のアメリを馬鹿にしたジェイクという子と、あとの2人は闇属性の女子生徒アメリと男子生徒フィンだ。
光属性のジェイクは、単純に私の闇魔法を忌むように見ていると感じたし、アメリは本気の打ち合いに怯えているだけ。
だが、闇属性の男子生徒フィンだけは、なにを考えているのか読めなかった。
他の子どもたちは純粋に、自分たちがこれから得ていく力を目の当たりにし、期待で胸が膨らんだらしい。
デモンストレーションの効果もあってか、しばらくは何事もなく授業を進めることができた。
表立って大きな騒ぎになっていなかったが、光属性と闇属性が合同で行う体力増強の授業と、寮生活の中で、生徒たちの関係性が心配になる報告が入ってきた。
男子寮は、伯爵家の次男ジェイクが仕切り、フィンをからかったり、除け者にしたりしている。フィンはジェイクを相手にしていないようだが……。
女子寮は、侯爵家のご令嬢ロザンヌが、他の女子を従えはじめた。大袈裟な嫌がらせはないようだが、いつも一人で過ごしているアメリをマーサが気にしていた。
エリカが受け持つ体力増強の授業中も、同じような雰囲気らしい。
私には学生経験がないので分からないが、ユージーンが留学していた時も、大なり小なり派閥ができたりしたらしい。
一人で過ごすことを好む者もいるから、大事にならない限り、生徒の人間関係に大人が介入するのは止めた方がいいと言われた。
日増しに沈んでいくアメリの表情……。私とフィンと、3人で闇魔法の訓練をする時は、時折笑顔を見せてくれるけど……。
飄々と躱せるフィンより、アメリの方が心配だった……。
**********
エリカの大きな声が、書類作業をしていた私のいる教室まで聞こえてきた。今は、エリカが担当している体力増強の授業中だ。
教室の窓から訓練場を眺めると、騎士の訓練服を着て、仁王立ちで生徒たち熱血指導するエリカがいた。
「男子は街外れの風車まで、女子は街中の噴水広場まで走り込みをする。領民が目を光らせているぞ! サボろうとは思うな!」
「「ええー」」
生徒たちから不満の声が漏れる。
「誰だ? 今、文句を言ったやつは? 特別に訓練内容を追加してやるぞ?」
「……」
エリカが担当する、体力増強を目的とする授業は、鬼教官が厳しいと、生徒たちから恐れられるようになっていた。
「そら! よーい、スタートぉぉぉ!」
今日、生徒たちは街の方へ走り込みをさせられていた。
小一時間ほどして、生徒の声が聞こえ始める。どうやら、足の早い者から続々と訓練場に戻って来たらしい。
私は片付けていた書類作業の手を止め、再び窓の外に目をやった。
ヘロヘロになりながらも、みんな無事に戻ってきた。領民も学校の生徒たちを温かく? 見守ってくれている。サボれた者はいないはず。
大分遅れて、最後に足を引きずりながら、アメリが戻ってきた。
「よし、いい時間だな。それぞれゆっくり昼飯にしろ!」
「「はい」」
青白い顔をした者から、グッタリとした者まで、昼休みと聞いて息を吹き替えした。
「あーあ、これじゃあ、昼飯が胃に入りそうも無いや」
「俺はいつもどおり食えそうだな」
次々と生徒が食堂に向かう中、エリカがアメリを呼び止めた。
「待て、お前は終礼の鐘がなるまで居残りだ。」
「えっ?」
「私は走ってこいと言ったんだ。歩いた分、居残りで体力を増やさねばならないな」
残っていた生徒の視線が、エリカとアメリに向かう。
「……」
「お前のような女がいるから、女は貧弱だと思われるんだ。特に、ここにいる女どもは貧弱過ぎて話にならん」
大人しいアメリは、なにも言えない。周りの女子生徒の空気が凍りついている。
「エリカ先生! アメリは足を怪我しています!」
「なんだ、ロザンヌ。私の指導方法に文句でもあるのか? 魔物と戦う時、怪我をしているからって、相手が攻撃を止めてくれるとでも思っているのか?」
「くっ」
女子生徒を従えるロザンヌとエリカの間に、見えない火花が散っている。
「私に指図するなど100年早い! もっと出る所が出てから物申せ!」
「ぐぬぬ」
――キンコンカンコン――
「チッ、終礼か。今日は特別に勘弁してやるが、次はないからな。さっさと飯を食いに行け!」
スタスタとエリカはメイドに戻るため、伯爵邸の方に向かった。
「ねえ……。あんた大丈夫?」
「うん……。ありがとう……」
「ふん。余りにもエリカ先生が理不尽で、見ていられなかっただけよ」
ツンツンしながらも、ロザンヌはアメリの足をチラチラ見ている。
「足、大丈夫?」
「マメがつぶれちゃったみたい……」
「仕方ないわね。あんたたち! アメリをマーサさんの所に抱えて連れていくわよ!」
ロザンヌは、取り巻きの女子生徒たちにそう言って指示を出した。
「ほら、みんなで抱えて運んであげるから」
「うっ……。ありがとう……」
「鬱陶しいから、泣かないでちょうだい」
「うん」
――時は少しだけさかのぼる――
「エリカはそれでいいの?」
「はい。誰になんと思われようが構いません。クローディア様のお役に立てられるならば、それでいいのです。念のため、アメリには最初に話をしておきます」
エリカはアメリにこう言ったらしい。
「これからお前に厳しく当たる。私を信じて我慢してついてきてほしい。それに、お前は本当に体力をつけなくてはならないからな。次第に慣れてくるはずだ。少しの間、歯を食い縛ってやってみろ」
アメリは黙って頷き了承した。
女子生徒たちと馴染めないアメリを心配したエリカは、わざと自分が悪役になり女子全員の敵となって、彼女たちを団結させようとしたのだ。
仕切り屋のロザンヌが、必ず行動に出るだろうと――
共通の敵をつくるため、敢えて自分が泥をかぶったエリカ……。忠義のメイド騎士だわ。
「最近、本来の自分を出せるので、毎日が楽しいんですよ」
エリカが庭師のトーマスにそう言っていたと聞いたのは、しばらく経ってからだった。
大変お待たせいたしました。
「巻き込まれ雑貨屋~」からこちらに戻って来ました。
おかげさまで、日間の異世界転生恋愛ランキングに入ることができました。
どうぞ、そちらもよろしくお願いいたします。




