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感情の境界線  作者: めだまやき
終章 あなたの声音を聞かせて
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君の声を聞かせて

最終対決も終わり自分たちがどこで道を踏み外したのかを改めて認識した主人公、八倉志乃と江藤沙耶。彼らの前に現れた人物はいったい何者か。そして、その人物が口にする言葉とは……


「――――――八倉、江藤……」【……】

 声を掛けられたが今その方向に顔を向けることはできそうにない。ただひたすらに江藤の感情が俺の思考を覆い続ける。それ以上俺は何も考えられない、いや何も考えたくなかった。


「もう、忘れちゃったかな」【私のこと】

 もう一度掛けられる、どこか懐かしい、聞き慣れた声。この感情も覚えがある。

「……内溝」

 そう。この部屋に入ってきたのは内溝なぎさ。中学の時とは全く印象が違ったがその声と感情を忘れはしない。

「な、ぎさ? なんでここに……」

 いま目の前にいる江藤は間違いなく一連の事件の犯人だ。でも、あんな話を聞いてしまったら俺は、俺にはもうどうすることもできない。どうにかしようとする気も起きない。

「久しぶりだね、二人とも。こんな再会になるなんて思いもしなかったけど」【これまでのことは兄から聞いてる】

 兄? 内溝に兄貴なんていたのか? そんな新事実を知り、困惑する。が、次の瞬間俺の頭の中に一筋の道が見えた。


 神霜三船。俺の能力はじめからを知っていた男。

 真柴とカフェテリアで話をしていた時に神霜は初めて俺の前に姿を現した。だが、その時の感情はすでに俺の能力のことを知っているようなものだった。過去解析オブザーバーの能力の特性上、一度過去を見なければ俺が能力者であることは分からないはず。だが神霜は俺のことを最初から能力者として認知していた。つまり、俺に関する事前知識があったということ。それの情報源が内溝だとすれば辻褄は合う。

「内溝に兄貴なんていたのか?」

 探る、というより確かめるに近い感覚だ。内溝の登場によってすべての謎は白日の下に導かれる。これまで俺一人でやろうと決めていたことがこうも簡単に覆され始めている。

「八倉君。私、君とはずいぶん話をしたよね。だから君のことをずっと信用してた。真柴君にあんなことを言われた日でもね」

【私は待ってたの。噂が流れたあの日、放課後には八倉君はすべてを話してくれるって。真柴君から君の能力を聞かされた時は驚いたけどなんとなくそんな気はしてたんだ】

 質問の答えにはなっていない。だが、だがこの感情は俺を過去の呪縛から確かに解放した。

「なぎさのお兄さんってもしかして……」

 硬直状態にあった江藤も内溝の兄の存在に気付いたのだろうか。涙を両腕で拭いながら内溝に言った。

「沙耶。ごめんね、あなたに背負わせちゃって。そのせいでここまでのことを犯してしまった。これは全部私の責任。沙耶は何にも悪くないから」

 そう言いながら内溝は座ったままの江藤を抱きしめる。少しの間だとしても江藤にとっては永遠に感じられたであろうそのハグの後、江藤の目には再び涙が浮かんでいた。

 内溝はもう一度俺に振り返り話し始める。

「ごめん。質問に答えてなかったね。私の兄は神霜三船。西条高校の生徒会長だよ。私と彼は腹違いの兄妹。だから私があの町に居ながら三船は東京にいたの」

【私はあの事件の後に東京に来て三船の存在を知った。当然びっくりしたし自分の父親がそんな人間だと思ってなかったからショックだった。でも受け入れるしかなかった。そんな生活に耐えられなかったから沙耶にあのことを思わず話しちゃったんだと思う】

江藤が内溝にあの話を聞く経緯はそういうことだったのか。本当にもうどうすればいいのかわからない。誰を恨み、誰を赦し、誰を責め、誰を慰めるのか。 ただ一つ、これだけは分かることがある。



感情の境界線。



いま内溝から聞こえてくるこの声音は間違いなく感情であり、そして彼女の本心であるということが。彼女の本心は、感情はそれ以上でもそれ以下でもない。ただそこに確かにある、ということだけ。

「内溝、ごめんな」

 何も考えず、彼女の本心に導かれるがままに口が開いた。言わなければならない、俺自身の感情が聞こえた気がした。

「えっ……」【っと……】

 不意を突かれた表情をする内溝は純粋なひとみを俺にまっすぐに向けたままだ。俺の頭ではこれまで触れてきた内溝の感情が反響し続けている。俺の口はなお続ける。

「俺が真柴の計画に何も考えずに乗ったから。他人の感情を利用することになんの疑問も抱かなかったから。だからごめん、内溝」

 本当はもっと、もっと言いたいことがあった。でもそれ以上はいうべきでない。俺の感情がそう言っている気がした。

「自分だけで背負わないで。こんなの、こんなの一人で背負う問題じゃない。唯一、絶対的に悪いと断定できるのは真柴君だけ」【でも今となっては真柴君も悪いのかどうかわからない】

 だから、君だけで背負わないで――――――

 感情でもない、言葉でもないところで俺は内溝の声を聴いた。それはまるで魔法の言葉。一瞬にして目の前の景色が広がった。


 俺たちはレストランを出た。それぞれ別々の方向に帰り、全ては終わりに近づいていた。その時の空の色は絶望した時の藍とはうって変わって鮮やかな蒼に染まっていた。




 その後、全てが終わった後に真柴は目を覚ました。目を覚ますなり、階段で自分を痛めつけたのは江藤沙耶だと、学校に電話を入れたらしい。ただその前、つまり内溝と、俺と話した日に江藤は内溝、そして神霜三船と共に学校すべてを打ち明けていた。

 学校は江藤の罪は重いものだが、事情が事情ということで無期限の停学処分を下した。しかし、江藤はそれを拒否。自主退学という形で学校から去った。同時に神霜も江藤に協力したとして生徒会長を辞任していた。

さらに江藤は俺を通して陽太と山崎さんへの説明、謝罪を行っていた。始めこそ、二人は信じられずに唖然とし、あるいは憤っていたが江藤の話を聞き続けるうちに二人はそのすべてを水に流すことを決めた。

また真柴が目覚める前日には川岸が覚醒し、幸い後遺症のようなものは確認されなかった。現在はリハビリに励んでいると陽太から聞いている。

 

真柴が目覚めた時には既にすべてが終わっていた。

真柴はその後、学校に退学処分を言い渡され、二度と俺の前に姿を現すことはなかった。



俺はというと――――――

「……志~乃! もうっ。次だよ演説。さっき政希と稔が応援演説終わったところ。なに思い耽てるの? しっかりしてよ、次期生徒会長!」

 神霜の後任の生徒会長が卒業の時に俺は生徒会長に推薦されていた。

 ただ、もう俺は感情を聞く能力を失っていた。あの、内溝の言葉を聞いた時から。


―――次は生徒会長候補、八倉志乃さんの演説です

 体育館にアナウンスが流れ俺が壇上に上がる時間になった。

 ライトが当たるその壇上に進む。聞こえてくるのはあの声。能力がなくなった今でもあの言葉は俺に残り続けている。


 感情とは一時的なものだ。本心とは大きく違う。いいな、志乃?


終わり


あとがきに続きます

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