帰還
『竜王、確認したいことがあるんですが』
『「氷の棺」の維持でしょうか?』
――話が早いな。
『そこの空間から出した後も維持されるんでしょうか?』
『私が近くに居れば、魔力の供給で維持出来ると思いますわ』
『彼女を連れて帰る前にやらなければならない事があるんです!』
俺はリンコちゃんの首に嵌められた黒い首輪を視ながら伝える。
『俺が力を使える岬まで、「氷の棺」を維持して貰えませんか?』
『うふふ、娘の大切な人ですもの。 お見送りぐらいさせていただくわ』
『あ、ありがとうございます』
カタッ
――ん?
「りゅーママ……」
(あ、まおーちゃん!)
『あらあら、おっきしたのね~』
――この子が……魔王?
俺の眼――といっても実際はクルの眼だが――に映ったのは、部屋の入口から身を乗り出して、おそるおそるこっちを覗いている小さな――5,6歳ぐらいだろうか――女児だった。
女児は、ややくたびれているが、園児が着るスモックの様な服を着ている。 胸にはチューリップを象った名札が付いていて――。
「まお」
名札にはそう書かれていた。
 ̄l ̄
 ̄l ̄
〈クル、本当によかったのか?〉
(もー! おとーさんまだいってるー)
〈いや、だけどさ、やっぱりおかーさんと一緒の方がいいんじゃないかって……〉
(おとーさんはあたしといっしょはいやなの?)
〈そ、そんな事ない! ずっとクルと一緒にいたいさ――〉
(えへへー。 あたしもだよ。 おかーさんとはなれてもなかないけど、おとーさんといっしょにいれなくなったら、あたしずっとないちゃうよ?)
〈そいつは困るな。 クルを泣かせるなんて、たとえ俺でも許せない〉
(おかーさんは、まおーちゃんがおおきくなるまで、まおーちゃんのおかーさんなの)
〈クルも立派なお姉さんだな〉
(えへへー)
岬へと飛びながら、クルとそんな話をした。
「聖女」を収めた「氷の棺」はクルがその両腕で抱えて運んでいる。 竜王は【人化】したまま、魔族のお姉さんといっしょに飛龍に乗って付いてきてもらっている。
――『この世界に「魔王」など居ないのです』――
竜王の言葉が、いつまでも頭から離れなかった。
 ̄l ̄
 ̄l ̄
岬に着いた。 俺はクルとの知覚共有を解除し、【魔身】を展開して待機する。
『うふふ、それがあなたの本当の姿なのね』
【龍眼】で俺の姿が視えているのだろう。
〈竜王、お願いします〉
『では、いきますよ』
掛け声と共に、聖女を閉じ込めていた「氷の棺」が光の粒子となって消えていく。
俺は素早く【魔身】の腕を伸ばし、黒い首輪に繋がっている黒い糸を掴む。
――これか……
俺の頭に、黒い糸からの意思が流れ込んでくる。 異空間収納内の物資の維持、「勇者」を生かして「竜王」の前まで連れていく事、指示の無い時は「勇者」の指示に従う事、ただし、「純潔」は守る事、常に魔力を絶やさず「薬」を飲み続ける事、そして――。
――「竜王」との戦闘の結果に係らず、戦闘後は命を絶つ事。
俺は、黒い糸を引き千切り、そのまま怒りに任せて俺の頭の中で渦巻く全てを糸に喰らわせてやった。 糸は端からボロボロと崩れるように消えていった。
「う……」
聖女――リンコちゃん――が気付いたようだ。 自分の意思で動かす身体に戸惑っているようにも見える。
「ガッ……ハッ!」
口から血が飛び散る。 【魔眼】で視ると、仮死の解けた体内を魔力が渦巻き、外へ出ようと暴れ出しているのが見える。 血流中の魔力が暴走して体中の血管を破っているのだ。
と、彼女の身体がほんの僅かだが白く光り、魔力の勢いが少し弱まった。
――リンコちゃんも頑張っている。
俺は、周辺の土を錬成して粘土にし、人形を作ってそちらへ意識を移す。 「DP交換」で出した毛布でリンコちゃんの身体を包み、そのまま抱えて、一緒にクルに乗せてもらう。
俺は竜王を振り返り――目が合った。
〈聖女は、リンコちゃんは必ず救けます! お世話になりました。 クル! 飛んでくれ〉
『おかーさん、あたし、おとーさんといっしょになるから』
『うふふ。 今度こそ、娘をよろしくお願いしますね』
〈…………はい!〉
「KRRRrr――」
クルが飛び立つ――俺たちの「石動の迷宮」へと帰還する為に。




