不吉な影 (―竜王―Ⅱ)
難しいです。
「竜王の間」に私は降り立った。
「なっ!?」
決戦の間に降り立った私を見て、リーダーらしき男――彼が勇者なのでしょう――が絶句しています。 やはり私の姿は人を恐怖させるのでしょうか?
【人化】した時でさえ、男は腰を折り、女は胸を押さえて俯いてしまうのです。
――?
何故でしょう? 勇者が動きません。
「おまえが『竜王』なのか?」
――!
驚きました。 この私の姿を見て話し掛けてきたのは2人目です。 ――もっとも、会話だけなら3人目なんですけども。
私は頷きます。
「やはり、話が通じるのか…… 俺はおまえが『暗黒竜』だと――」
不意に、勇者の傍にいた弓使いが私に向かって矢を放ちました。 同時に盾持ちがこちらへ走り出します。
矢は私の鱗に弾かれますが、同時に私の鱗にも傷が走りました。
「お、おい? 俺は何も指示なんか……くそっ!」
勇者は戸惑っているようですが、私も無抵抗で傷つけられる訳にはいきません。
足元へ走り込んでくる盾持ちとを打ち払おうと、尾を振り当てたのですが、目に見えない障壁に阻まれて届きません。
「おい! 『盾』戻れ! 『弓』も止めろ!」
勇者が盾持ちに駆け寄った時、
――チィン!
勇者の鎧に矢が当たりました。 そして、それが合図であったかのように勇者の剣や鎧が黒い焔を吹き上げました。
「があっ!!」
勇者が剣を振るい、私に斬りかかってきました。 私は腕でそれを受けたのですが――、
――つっ!
剣は私の鱗を砕き、半ばまで食い込んできました。 とんでもない威力です。 ――が、それを放った勇者も腕をだらんと下げています。
その時、勇者の身体を淡い光が包み、腕に力が戻りました。 聖女が回復させたようです。
――なかなかやっかいな状況です。 話の分かりそうな相手だからと手加減ばかりもしていられなくなりました。
 ̄l ̄
 ̄l ̄
――この戦いはなんなのでしょう?
何度目になるか、自身を光魔法で回復させながら思います。
「ぐぅああっ!」
自らの身体を砕きながら私に攻撃してくる勇者。 彼以外声を発する者はありません。 皆が皆、虚ろな目を私に向けるばかりです。
そして、ようやく状況に変化が起きました。 勇者の装備から噴き出していた黒い焔が消えたのです。
勇者は糸の切れた人形のように、その場で崩れ落ちました。
――?
気が付くと弓使いも盾持ちも動きを止めて立ち尽くしています。
『紛い物の勇者では、ここまでのようですね』
どこからか声が響きました。
――ドサッ
弓使いと盾持ちが不意に倒れました……が……首が!
2人とも首を落とされています。
「がはっ!」
『竜王に話しかけてどうするつもりだったんです? 勇者様』
いつの間にか、「勇者」の傍らに黒い影のような人が現れていました。 勇者の胸を貫いた短剣が妖しい光を放つ。
――なぜ「勇者」の着ている鎧があんなに容易く貫けるのか……!!
障壁の合間を縫って何度か爪牙で直撃しましたが、傷一つ付かなかった鎧でしたのに。
驚いた事に、「影」が短剣を引き抜いた「勇者」の鎧には何の痕跡も残っていなかった。 ただ膝を突く「勇者」の鎧の下から夥しい量の血が滴り落ち、床に血溜まりを作っていく。
『聖女さん! こちらへ来て脱出の準備が整うまで、結界と障壁を張ってなさい!』
「……はい」
『安心なさい。 貴方の首だけは一緒に連れ帰ってあげますよ』
――どうやら、「聖女」をはじめ、討伐隊の女達に実際に指示を出していたのはこの男のようですね。
「聖女」がその命を削り、結界と障壁を張ろうとしたまさにその時――再び世界が止まりました!
――いえ、正確には世界規模のスキル遅延ですが、先のよりも長い!?
「さ……せるかああ!!!」
「グッ!」
その僅かなタイムラグを突き、「勇者」が最期の力を振り絞って投げた「聖剣」が「影」の肩口を捉えた。「影」は短剣を取り落とし――直後、「聖女」が結界と障壁を張る。
「首は……仕方ありませんね。 どうせ助からないのですから、楽に死なせてあげるつもりだったのですがね……」
深手を負いながらも「影」は懐から一つの玉を取り出すと床に投げつける。
――瞬間、眩い光が砕けた玉から溢れたかと思うと、「影」の姿は消えており――同時に力尽きたのか、「聖女」がその場で崩れ落ちてその口から鮮血が迸る。
「リン……コ……」
私は迷ったあげく、「勇者」と「聖女」に対して【癒しの光】を使用したのですが、どちらも全く効果がありません。
「勇者」の方は先の短剣の効果なのでしょう。 光が「勇者」に届くことなく、霧散してしまいます。
一方の「聖女」も自身が光属性の為、光魔法に対する耐性も強力であり、それが回復魔法であろうと、頑なに抵抗するようでした。
本来、自らの光でもって治癒される筈の身体がここまでボロボロになっているのは、彼女自身がそれを拒んでいるからでしょう。
彼女は全ての生き物を等しく愛せる、正に聖女たる心を持っているようです。 それが意思を奪われ、その心に反して命を奪う為の道具にされてしまった。
――彼女の心は光を失っている。
「俺のせめてもの意地だった。 彼女を……リンコを死なせずに連れて帰るんだ……って……!」
勇者は最期にそう告げて息を引き取りました。
その「聖女」も、このままでは数時間で死んでしまうでしょう。 龍眼で視る彼女の身体は魔力が内部で暴走し、ズタズタの状態でした。
――彼なら……
わが娘を送り出した洞窟の主、あの人と同じ“何か”を感じる彼なら、ひょっとして……
私は封印していた氷竜としての力を呼び起こします。 あの人と出会い光竜へと変わった時に、もう使うまいと封印した力を――。
――〈氷棺〉!
一縷の望みを、ほんの少しの未来に託して――。
「影」の脱出場面を少し改稿しました。




