―竜王―
これまで幾度、「勇者」を退けてきたことか――。
「GRRRRAAーー!!」
「KRRr……」
『おねーちゃ、ばいばい』
――飛び立っていくあの子を見送ったのが3日前、とうとう勇者率いる討伐隊が、このダンジョン「魔の山の迷宮」にやってきました。
途中、幾つもの迷宮を「討伐」し、周辺の獣人や亜人の集落を「解放」の名の下に従属させながら……
『りゅーママ、おしっこ……』
『あらあら』
――先代「聖女」の封印が解け、この子が目覚めた。
「この子と共に生きられる世界にしたい!」
そう告げて去って行ったあの人は戻ってこなかった。
その後、やって来るのは名ばかりの「勇者」だけ。 あの人以来、王国では「勇者」が召喚出来なくなったという――聖教国が「聖女」の召喚を果たした今に至っても――。
討伐隊への貢献、それを盾に近年聖教国の権勢は増し、かつて「勇者」の輩出をもって、存在感を知らしめた王国をはじめ、その他の諸国を圧倒しているとか――。
そうして、討伐隊の組織が「聖教国の名の下」に行われるようになった頃から、伝わってくる「勇者」の戦いぶりが、回を重ねる毎に酷くなり、味方である筈の討伐隊のメンバーをも、己の身を守る盾として使い捨てるまでになっていると聞きます。
――確固たる目的と、それを実現する強い意思を持った――そんな「勇者」はもういないのでしょう。
『りゅーママ』
『まお、ちゃんと“しー”できた?』
『うん』
『えらいわねー、うふふ。 よっ――ぃしょー』
『えへー』
腕の中で「キャッキャ」と喜び、そのかわいい手足をバタバタ動かす小さな命。
――出来るならこの子も一緒に逃したかったのだけれど……
あの子はまだ自分が飛ぶので精一杯だったから、この子を風から守りながら飛ぶのは無理だものね――。
――あの子は無事に辿り着けたのかしら――遥か東の地――龍眼が捉えた「あの人」によく似た波動――その眠る場所まで……
そんな風に想いを馳せていたからでしょうか――、
(――様、――の娘に勝手に名前を付ける――お許し願います――)
どことなくあの人に似た、懐かしささえ覚える“声”が聴こえました。 どうやらあの子に「名前」を付けようとされているようですね。 変に律儀なところもあの人を思い出させます。
――あらあら、そんなの気にしなくてもいいんですよ。 うふふ。 わざわざお伺いを立ててくれるなんて、とても律儀なお方なのですね。
(成り行きとはいえ、大事な娘さんを預かることになりました。 イスルギ・イクルと申します)
独特な名前の響き、あの人と同じ世界の“匂い”がします。
――せっかく名乗って頂いたのに申し訳ないのですけど、私どもは名乗る名前を持ち合わせておりません。 人間達からは “魔の山に棲む竜” などと呼ばれているようですわ。 同じ山に棲むモノ達からは “光の竜” だの “竜王” だのと慕われておりますのに、不思議なものですね、うふふ。
(しかし、名前を持ち合わせないというのに、娘さんに名付けてしまってもよろしいので?)
――かまいませんわ。 生活していくのに都合がいいのでしょう? 貴方の話し方からすると人間のようですけど、他の人間達のように魔物に対する敵意が感じられませんわ。
(まだこの世界の事を何も知らないからかも知れません。 でもこうして意思の疎通が出来る相手と、訳もなく敵対できるものではありませんよ?)
――うふふ、同じような心を持つ人がもうお一方、今も目の前にいるんですけど……
(え?)
いつの間にか眠ってしまった――私の可愛いもう一人の娘。 身体を冷やすといけないからベッドに連れて行かないと……
――ごめんなさい。 今ちょっと取り込み中なんですの。 娘のことよろしく頼みますね)
(あ、ちょっと……)
うふふ。 あの子の事は安心出来そうです。
 ̄l ̄
 ̄l ̄
「竜王様、中層まで突破されました。 やはり「聖女」の力が大きく――」
「わかりました。 『蟲』達を使って時間を稼ぎます。 その間に態勢の立て直しと、負傷者の手当てを!」
「はっ!」
此度は討伐隊に18年ぶりとなる「聖女」がいる。 その圧倒的な「癒し」の力と「結界」の護りは、こちらの攻撃をほとんど無効化してしまう。
――それにしてもペースが早すぎます。 通常なら魔力回復の為、キャンプを張る筈――今までは、こちら側もそれを利用して新たな対策を立てたりも出来たのですが…… 今回の「聖女」はかなりの力の持ち主なのでしょう。
――――!!
今のは……世界が止まった? 一瞬、世界と自分が切り離されたような錯覚――。
「マップ画面」に映る赤い光点が2つ消えました。
「報告! 下層にて討伐隊の“槍使い”と“火魔法使い”を倒したと! どうやら一時的に「聖女」の結界が消えたようです」
「わかりました。 何れにせよ相手の戦力を減らせたのは行幸です」
「聖女」だけではない。 此度の「勇者」、今この瞬間まで討伐隊の誰一人欠くことなく、この「魔の山の迷宮」を攻略して来ていた。
――「彼」なら間違いなく私の前に立つ――そんな予感がします。
――まお……小さな「魔王様」、ママに力をちょうだいね――。
私は【人化】を解いた!
“しゅーくりーむ”恐るべし……
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――。」となっていた箇所を ――」に修正。




