朱 (おふろーⅡ)
裸ん坊祭り増量中?
ガラッ
『わー! しろいもわもわがいっぱいだー! あったかーい――』
脱衣場を素通り――ここでする事が何も無くなってしまったので――し、浴室とを隔てる間仕切りに設けた大きな扉を開けたクル。
少し湯気が晴れ、風呂場が見渡せるようになったクルの視線が止まった。
『わー、きれーい……』
洞窟っぽい迷宮の景観に合わせた岩風呂だ。 入口から右手手前の壁際に洗い場と鏡を配置、その奥から左側へ弧を描くように少し広めの湯舟があり、右手奥の壁、少し高いところから少し熱めのお湯が湯舟へと流れ落ちて水音と湯気を――その仕事ぶりに全俺の期待を集めて――立てている。
【メニュー】さんには残念ながら「謎の光線」が置いてなかったので、実装は見送られた。
そして――、
正面と左側の壁、天井には山奥の秘湯をイメージした幻影(トラップ流用)が投影される仕組みになっている。
〈どうだ? 気に入ってくれたかい?〉
『うん……あ!』
たーっと今度は右側の壁に設けた鏡に向かうクル。
『かべのなかにあたしがいる?』
〈鏡ってんだ。 自分が映ってるのが分かってるのか? 賢いなー〉
『みずあびしてるときもしたにうつってるもん! でもこんなにきれいじゃなかったなー』
鏡に向かって百面相したりポーズを取ったりするクル――楽しそうなんだけど目のやり場に困るんですよ? 身体を隠してくれそうな腰まで届く長い髪は、苦労の末に捩じり巻きしてアップに纏めちゃってますからね。
〈さ、裸ん坊でつっ立っててもお風呂は楽しめないぞ。 教えたとおりにやってみよう!〉
『うん、おとーさんもちゃんとみててよ~?』
クルが“こっち”を向いて訊いてくる。 俺はクルの龍眼にどんな風に映っているのだろう?
〈あ、ああ、ちゃんと見てるよ〉
――日に日に精度が増していく脳内3D映像がとてもいい仕事をしてるんです。 鏡の反射まで再現するなんて反則ですよ……
『さいしょは“かけゆ”からだよね?
〈そうだ、そこに桶があるだろう? それでお湯を汲んで――熱そうだったら、左側の壁から水が出てるだろう? それで調節するんだ――大丈夫か?〉
『うん』
〈じゃあ、それを肩から掛ける――あー、立ったままよりもしゃがんだ方がいいぞ〉
――クルちゃん、出来れば膝立ちか跪座でお願いします。 膝を少しだけ上下にずらした跪座なんてのが、殿方のハートを鷲掴みでお勧めですからね? 間違ってもナチュラルにしゃがまないで下さいね。 おとーさんからのお願いだぞ。
『んしょ』
ばしゃー
『ひゃー!』
ばしゃー
〈おしりの方までちゃんと流すんだぞ〉
『はーい』
ばしゃー
『おみずもきもちいーけど、おゆのほーがきもちいーかもー』
〈だろう? よーし! もういいかな〉
――お風呂の醍醐味はこれからだよな。
〈さあ! クル、湯舟に浸かろうか?〉
『はーい♪』
ちゃぷ
『うわー、“かけゆ”よりずっとぬくいー』
〈いきなり入らずに、ゆっくりな。 ちゃんと肩まで浸かるんだぞ〉
『んん~~~~、せなかがぞわぞわする~!』
プルプル身体を震わせながらゆっくりと身体を沈めていくクル。 そして――。
『んっ…………、あ”~~っ!』
予想通り、肩まで浸かった後、盛大に声を上げた。
〈ははははっ〉
『む~』
〈いやいや、ごめんごめん。 やっぱり声が出るんだなーって思ってさ〉
『だってぇ~、きもちいいんだもん』
〈だろ? これがお風呂だ!〉
『おふろかー』
湯舟にはベンチ状に段差が設けてあり、そこに腰かけて露天の景色――幻影なので俺には見えないが――を眺めるクル。
『とってもきれーなけしきだねー』
〈喜んでもらえて嬉しいよ〉
『ふんふ~ん~♪』
〈あったまったら、いよいよ身体を洗うぞ!〉
『はーい』
――俺の本当の闘いはこれから始まるのだ!
ざばっ
湯舟から上がり、洗い場へ――少し緊張してるように見えるけど、大丈夫かな?
『はじめはあたまからなんだよね?』
そう言って纏め上げた髪を解く――さらさらと流れ落ちる髪がふんわりと広がってその背中を覆う――何度も見ている筈なのに、いつになく神々しい。
『おとーさん?』
〈あ、ああ、そうだ。 さっきの掛け湯と同じ様に、少し温めのお湯で髪を濡らすんだ〉
『わかったー』
ばしゃー
『うひゃー』
〈目は大丈夫かー?、瞑っててもいいんだぞー〉
『だいじょーぶー』
ばしゃー
『うー、あたまがおもーい』
〈あはは、それは我慢しなさい〉
『む~』
〈次は、そこのシャンプーを少し手に取って――ああ! 少しだって、あーあーあー〉
『わー、あわあわだー』
〈じゃあ、下を向いて、目はギュッと瞑るんだぞ、シャンプーは目に入ったら痛いからな〉
『うん、わかったー』
〈そのまま両手のあわあわで頭の毛をわしゃわしゃするんだ〉
わしゃわしゃわしゃ……
『なんかもこもこしてるよー』
〈耳の上も忘れずにわしゃわしゃするんだぞ〉
『んー』
わしゃわしゃわしゃ……
〈首の後ろあたりまでわしゃわしゃしたら、もう一回お湯で流すんだ〉
わしゃわしゃわしゃ……
〈もうちょっとだ、我慢して目を瞑ってるんだぞ〉
『うー、おゆがうまくくめないよー』
湯船の淵でカンコンと桶が鳴る。
――しまった、先に汲んでおいとくんだった。
〈クル、桶を置きなさい。 お湯を入れよう〉
『おねがーい』
――よっと。
ざばー
俺は【メニュー】で桶の中にお湯を召喚した。
〈全部掛けないで、少しお湯を残して掛けて――〉
『んー』
ばしゃー
〈――残ったお湯で、顔を洗うんだ〉
ばしゃばしゃ
〈目、開けられるかー?〉
『んー、らいじょーぶ』
〈あとは自分で汲めるな? よーく流すんだぞー〉
『あーい』
ばしゃー
〈よし、顔をタオルで拭って――どうだ? すっきりしたか?〉
『ふわー』
〈がんばったなー、よくできたぞー〉
『えへへー』
〈だけどまだ半分だからな、残りの髪の毛を洗ってしまうんだ〉
『はーい♪』
肩から前に回した長い髪を泡立てた両手で梳きながら丁寧に洗ってゆく。
しばらくは一人で大丈夫そうだ。
――さてと。
俺は【不可視ノ手】を出し、同時に【魔力感知】を発動させる。
――“手”は――こいつか!
俺の視点の左右両側に赤い霧状の塊が浮かんでいるのが分かった。
―〈熟練度が規定値に到達――スキル【龍眼】から【魔眼】が派生しました〉―
―〈スキル【魔眼】と【領域支配】―【マッピング】【マーキング】の表示情報をリンク…………完了〉―
その瞬間、灰色一色だった俺の視界のあちこちに“朱”が混じる。
一際目を引くのは、髪を洗うクルの姿だ。 その全身――髪一筋に至るまで――を朱い炎が膜のように包み、仄かに光を放っている。 その炎の至るところから、朱く光る粒子が糸を引くように立ち昇り、空中へと拡散していく。
そして、そんなクルの身体から1本の赤い糸――不思議と温かさを感じさせる――が俺に向かって伸びている事に気付いた。
糸の先は俺の胸の奥へと繋がっているようだった。
――え?
そこで俺は初めて気付いたのだ――クルの身体と同様に俺の身体を覆う仄かな朱に――。
ペンチ状に→ベンチ状に に修正。




