第10話 レアルカルナシフォン その2
「ああ。それとな――」
しばらくして。イージャン達三人を眺めていたガドリクが、他にも思い出した事があったと、口を開く。
「名前も違っててな。女王の御髪と呼ばれてなかった。確か――。えーっと、最初は……」
腕を組んだまま首を捻る。皺の寄った眉間に、親指を当て何度か押し均した。
「あ……。レアル、ですか……?」
イージャンが気付き、顔を上げた。そして、覚えていた最初の部分だけ答える。ガドリクは、これで思い出せた。
「ああ。それだ、それ。レアル――。レアル――、カルナ、シフォン――、だったな。レアルカルナシフォン。これで合ってるはずだ。確か陛下がそう仰っていた。何だ、お前。知ってたのか?」
「はい」
「そうか。しかし、その割には、相当驚いてたみてえだが……」
知っているなら、ここまでぐったりしないのではないかと、不思議に思った。
「ああいえ。その、俺も今日初めて陛下から聞いたんです。それに、知っていると言っても、光るのと名ぐらいであまり……。その名も、最初のレアルの部分しか、覚えてませんでしたので」
「ああ……」
だからあんなに驚いたのかと、これで得心が行った。そして、二人の会話を聞いていたレイセインが姿勢を戻す。
「…………」
(王家の秘宝。自ら光り輝き、色が六種類に変化する女王の御髪。それが、レアルカルナシフォンって言うのね。けれど――)
イージャンが覚えていた無かった事もあり、彼女もここでようやくその名を知った。だからか、疑問に思う。
(レアルカルナシフォン……。どういう意味かしら? 聞いた事もない言葉……。それに――)
もう一つ疑問に思った。
(シビアナは、本当にこんな宝石を買おうとしてたのかしら? いくら陛下の娘でも、流石にこれは――。いえ、そうじゃないわね。彼女が買うという、それ自体がまずおかしいわ。結婚指輪は新郎が用意する物。つまり、買わそうとしていたって事よ。夫になるイージャンにね)
確かに、近衛騎士隊の副隊長だから給料は良い。だけど、それでも絶対に手は出せない。なにせ、
(三種類でさえ、鷲金貨一万枚なのよ? そして、彼女が求めたらしいこの光る女王の御髪は、さらに上を行く。桁が違うどころじゃない。本当に値段がつけれられない代物なんだから。
なら、借金だって出来るわけがない。イージャンには、いえ殆どの者が到底無理――。ああ、でもそうか。陛下に頼めば、可能性はありそうだわね。これなら、鷲金貨一万枚を越えても、いけるかもしれないわ。なるほど、そういう事……)
「…………」
(うーん。だけど――)
どうにも腑に落ちなかった。握った手を口に当て、首を捻る。
(本当に、借金をさせる気だったのかしら? あのシビアナが? 確かに、欲しい物を手に入れるためなら手段を選ばない。彼女にはそういう所があるわ。
だから、強請るのはまだ分かる――、うーんでもやっぱり金額がね。まあ、取り敢えずまだ分かるとしましょう。だけど、それにも限度があるし、彼女の趣向と言うか方向性があるのよ。
何より、やり方がらしくない。そう。ここに違和感があるの。いつもの冴えが欠けている気がするわ。あそこまで莫大な借金になると、きっとそれは彼女とって悪手も悪手。だから、もっとこう色々操って、別の手段を考えてそうなんだけど……。うーん)
「ふう……」
(止めた。これは聞かないと分からないわね)
レイセインは、考えるの中断する。そして、この疑問を明日直接尋ねてみることに決めた。
「はあ……。名前も違うんだ。ホントすっごい宝石……」
最後にソティシャが、卓に付けた頭をむくりと持ち上げ、両手で頬杖を突く。
「でも、そんなすっごい宝石を嵌めれるようなすっごい指輪を、うちのお爺ちゃんが作ったんだよねえー。おかげで、そっちの方も、更にびっくりだよ」
「そうね……」
「ああ……」
レイセインとイージャンが、苦笑いをしながら頷く。それから、ソティシャはふと思い付いた。
「ふふっ。お爺ちゃんも宣伝すれば良かったのにね。王妃様の指輪は、自分が作ったんだって。そしたら、この店だって有名になってたじゃん。何でしなかったのかな?」
力なく笑ってから尋ねると、ガドリクが首を振った。
「それが嫌だったんだよ、親父の奴はな」
「え? そうなの?」
「ああ。それと、別に陛下から口止めされたわけじゃないんだぜ? むしろ、大いに宣伝しろって言われてたくらいだからな。けど、それでも何も言わなかったんだよ。それを理由にして、店の宣伝をするのは自分の信義に反するってな。親父らしいぜ」
「へえー……」
(そうでしょうね)
これにはレイセインも同意見だ。
(ビレイクお爺ちゃんってそんな事を言う感じだったわ。自分から自慢になるような事は言いたがらない。ふふっ、照れ屋さんだったわね)
その様子を思い出して懐かしくなった。
「ま、単に面倒くさいってのも、あったんだろうがよ」
ガドリクが肩を竦める。
(そうね。それも、あったでしょうね)
レイセインは、この意見にも納得だった。
(まあ……。仕事の依頼が増えすぎて、良い物を作れなくなるってのもあっただろうし。好奇な目で見られたり、嫉妬とかもあって、上手く立ち回らないと私生活がぐしゃぐしゃになっていた可能性もあったでしょう。それを避けるために、わざわざ立ち回わらなくちゃいけないなら、初めから黙っておけばいいって事ね)
「陛下も、その意を汲んでくれてたんだろうぜ。今日まで指輪の事を聞いてくる奴はいなかったからな」
「へー」
そうなんだと、ソティシャが答えた。
「で、俺もこのまま黙っているつもりだったんだが――。イージャンがシビアナ様と結婚するだろ? なら、無関係じゃねえって事で、話す気になったってわけよ」
それを聞いて、はっとするとイージャンは頭を下げる。
「そうでしたか……。ありがとうございます、親父さん」
「ふっ。気にすんなって。運良く思い出したから、話したってだけだからよ」
軽く手を振った。
「ふーん。お爺ちゃんって、そんなとこがあったのね。だから、父さんもずっと黙ってたんだ……」
「まあな。俺も、別に口止めされちゃあいなかったが、黙っておいた」
「そっかあ……」
そう呟いて、ソティシャは頬杖を突いたまま、笑みを浮かべる。
「ふふっ」
「ん? どうした?」
ガドリクが尋ねる。
「ふふっ。変な事考えちゃった」
「変な事?」
「うん」
にんまり。頷くと、悪戯っぽく頬がさらに緩む。
「お爺ちゃんって、実は自慢したかったんじゃない? でも、自分の口からは言いたくない。だから、そんな事を言ったの。でね? 代わりに陛下や父さんが、言ってくれるのを待ってたのよ。二人が広めてくれるのをね。だから、口止めをしなかったのよー」
『…………』
(あ……)
ソティシャより、ビレイクの事をよく知るガドリク達三人は、その記憶から何かに思い当たった。
「けど、二人ともそれを真に受けちゃって、いつまで経ってもなーんにも言わない。お爺ちゃんも、最初にそう格好つけちゃったから、もう何も言えくなっちゃったんじゃないって思ったの。だから、ホントは悔しがってたかもよ? どうして陛下も父さんも、指輪の事ばらしてくれないんだーって。ふふふっ! なーんてね」
言い終えると、静かな沈黙が部屋を包んでいた。それを訝しんだソティシャが首を傾げる。
「――ん? 皆?」
呼ばれてガドリク達は、はっと我に返った。
「は、はは、ははは……。ば、馬鹿、お前。流石にそんな訳ねえよ。なあ、イージャン。レイ」
今更ながら、気付いてはいけない可能性に気付いてしまった。そう思ってか、声が弱々しい。
「そ、そうですね」
自信はない。イージャンも、躊躇いがちに頷く。
「お、おうよ、そんな訳ねえ! 何たって、陛下の前で言ったんだからな! なら、嘘じゃねえよ!」
「ああ! それなら――!」
ちょっと自信が持てた。今度は納得気に頷く。
「おお、そうともよ! はっはっはっはっ!」
「はい! はははは……」
抱いた不安を追い払うように、二人で笑い始めた。しかし、
「ふふっ。なーんだ。だったら、違う――」
ソティシャの言葉を遮り、レイセインが指をぱちんと鳴らす。そして、両手の人差し指を揃えて、びしいっと差し向けた。
「いえ! それだわ、ソティー!」
「え!?」
「ビレイクお爺ちゃん、そんな感じよ! きっと言って欲しかったんだわ!」
「えええええ!?」
「だって、照れ屋さんだったもの! 面倒くさい方向で!」
ビレイクは確かにそんな感じであった。
「おい! 馬鹿、レイ! 折角の美談が――!」
ガドリクが、慌てて声を上げる。だが、その声に構わず捲し立てた。
「陛下の前とか関係ないわ! いえ、むしろ陛下の前だからこそよ! この国の王だからこそ、そう言って恰好を付けたかったんだわ!」
「そうなの!? 私、冗談のつもりで――!」
「いいえ! 残念だけど、間違いないわ! 自分を良い風に見せるために、言っちゃったのよ!」
「ええええええ!?」
「もういい! やめろ!」
ガドリクが、卓を叩き付ける。
(何、台無しにしてんだ、この馬鹿娘が! 持ち上げすぎない様に、敢えて面倒くさかったっていう理由も付け足したってのによ! 本当に面倒くさい所を、ばらしてどうする!?
おかげで、ソティシャの親父に対する評価が、だだ下がりに成っちまったろうが! いや、今はそんな事よりも――!)
「レイ! ちょっと待て! それ以上何も言うな!」
ガドリクは、内心焦っていた。この調子だと言ってしまうと。そして、案の定、彼が隠したかった事実が晒される。レイセインは、人差し指をすっと立てて、核心を突いた。
「つまり、親父さんも陛下も、余計な気を回しただけっていう――!」
「おおおい!」
やっぱり、言いやがった! と、声を上げた。
「あちゃー」
驚いていたのに、何気に器用。すぐさま、それに乗っかるソティシャ。やっちゃったねと、自分の額をピシャリと叩いた。
「こ、この――!」
ガドリクは、それを見てカチンときたが、より腹が立つ方に向かって怒鳴った。
「良い加減な事を言うんじゃねえ、レイ! そんなわけねえだろ! あんな無駄に格好良い捨て台詞だったんだぞ!? それを陛下の前で言い放ったんだ! なら、絶対にそのままの意味だろうが! それで間違いねえ! ああ、間違いねえよ!」
そう言い切って、鼻息荒くしながら腕を組んだ。
『…………』
レイセインとソティシャは、そんなガドリクの顔をじっと見つめる。そして、一旦お互いの顔を見合ってから、
『あちゃー』
と、自分の額をピシャリと同時に叩いた。
「お、お前ら――!」
(全然信じてねえ!)
ガドリクのこめかみに血管が浮かぶ。そして、その様子を、二人とも悪ぶれることもなく、バツの悪そうなイージャンを挟んで、にまにまと笑っていた。これで、もう何を言っても無駄だと悟る。
「――とにかくだ!」
ガドリクは、一際大きな声を上げた。
「親父は、別に良い恰好したかったんじゃねえ! これで間違いねえからな! いいな、お前ら!」
そう決めつけて、強引に話を締めようとしたが、レイセインとソティシャはにまにま顔は変わらない。だから、
「いいな!?」
もう一度、強く念を押した。すると、ソティシャとレイセインが、からかう様な声色で返事をする。
「はあーい」
「ふふっ。分かったわ……」
「は、はい……」
そして、イージャンが気まずそうに答えた。ガドリクは、三人を順に見てその様子を確認し、
「よし」
と、無理矢理納得して、腕を組んだまま頷いた。それから、卓に手を伸ばし土瓶を手に持つと、空になっていた自分の湯呑に傾けていく。部屋には、その注ぐ音だけが聞こえた。そして、注ぎ終ると静かになる。
しかし、そうなったのは別にいいが、ソティシャとレイセインは依然面白そうに自分を見ている。つまり、分かったと返事はしたが、全く同意はしていないのだ。ビレイクは、格好を付けたんだと思っている。
これは、もちろん自分自身も。そうとしか思えなくなっていた。そして、遂にその視線が耐え切れなくなったのか、一言付け加える。
「後よ――」
決まりが悪そうに、声を小さくして続けた。
「今の話も、内緒だからな? 絶対に、誰にも言うんじゃねえぞ? いいな、お前ら?」
ガドリクは、レイセインの言った事の方が正しいと認めた。これで、ようやく悪乗りを止める気になったようだ。ソティシャとレイセインは、満足そうに返事をした。
「ふふふ! はあーい!」
「ん……」
「は、はい……」
最後に居た堪れない様子で、イージャンが答える。
「はあー……」
三人の様子を見て、ガドリクはやれやれと大きな溜息を吐いた。
(ったく、ようやく納得したか。しかし、今になってこんな事が分かるなんてなあ。確かに、親父はそういうとこがあった。けど、まさか陛下の前でもとは……。当時は思いもよらなかったぜ。あまりにも自然でよ)
「イージャン、お前は特に気を付けてくれ。お前くらいだからな、陛下に直接会えるのは」
「わ、分かりました……」
「頼むぜ。今更そんな事を知った所で、陛下もホント良い迷惑だからな……」
「で、ですね……」
イージャンとガドリクは、互いに顔を伏せた。そんな二人を可笑しそうに眺めていたソティシャが言う。
「ま、それはいいとして――」
その言葉が耳に入って、他の三人の視線が彼女に向かった。
「なーんか、陛下って、ちょっとずるいなあ……」
「ん? どうしてだ?」
ガドリクが、顔を上げ眉をひそめた。
「え? だって――、王家のひほーなんでしょ? そのひほーって王宮にある宝物の事だよね?」
「ああ。そうだぜ?」
ソティシャは、王家の秘宝とは何か、その一部だけだが知っていた。以前ガドリクから聞いた事がある。その中に、鍛冶職人の中で有名な剣や刀、槍などの武器があったからだ。
「じゃあ、それって元々王宮にあるのを、ただ持って来たってだけじゃない? なら、お金も指輪本体だけしか掛からないし。まあ、すっごい指輪だったろうから、その分お金は掛かっただろうけど……。でも、陛下ならそんなのへっちゃらでしょ? だから、他の人に比べて、うーん、苦労みたいなもの? それが、全然ないじゃんって思ったの」
これを聞いて、レイセインが悪戯っぽく微笑む。
(ふふ……。陛下がいないとはいえ、肝の座った事を言うわね。でも、ソティーの言う通りだわ。イージャンみたいな苦労は、一切ないものね)
その彼は、冷や汗を掻いていた。中々に危険な発言だ。近衛騎士という立場もある。何も言及しない方が良いと黙っていた。
「なるほどな……」
ガドリクが、興味気に言う。
「そう考えちまうのか。何も知らねえとよ」
「え? 違うの?」
ガドリクは何度か頷くと、尋ねたソティシャではなく、イージャンに顔を向ける。
「イージャン。レアルカルナシフォンは、王家に三つだけしかねえってのは知ってるか?」
「え? は、はい、それは。確か――、三つだと聞きましたが……」
いきなり質問されて何だろうかとは思ったが、商館の主ドアンキの言葉を思い出しながら答えた。
「へえー。そうなんだ。って、そんなのが三つもある方が驚きだよ……」
「ふふ……」
ソティシャのぶつくさと文句でも言っているような様子に、レイセインが笑う。イージャンは苦笑いだ。そして、そんな三人を見渡した後、ガドリクがもう一度聞いた。
「じゃあ、イージャン」
「え? はい、何でしょう?」
呼ばれると、苦笑いが戻り顔が向く。
「それが、いつ、三つになったのかは知っているか?」
思ってもみない質問だった。おかげで、彼の思考と動きが数瞬止まる。それから、顔を俯けて考えを巡らし始めた。
「…………」
(いつ? いつだって? そんなの分からないぞ……。古くから伝わるものじゃないのか?)
「いえ、それは――」
顔を上げ、知らないと首を振る。するとガドリクは、
「レイはどうだ? 知っているか?」
彼女にも尋ねた。
(え? 私? うーん。私だって、ここと商館で聞いた話が全てと言ってもいいわ。それ以上に詳しい事なんて分からない)
「んーん……」
イージャン同様、首を振った。
「そうか」
(やっぱり知らねえのか。ソティシャに何の反論もしねえから、そうだろうとは思ったけどよ)
ガドリクは、然もありなんと、胸の前で腕を組む。
(まあ、二人ともそんな話、興味ねえようなガキだったからな。イージャンは、結婚指輪の事も知らなかった。レイもレイで、こんなだったしよ。当然っちゃあ当然か)
「ねえ。さっきから何なの、父さん? いきなりそんな質問をし始めて……」
それより私の質問はと、意図が分からないソティシャの眉間に皺が寄る。ガドリクは、それを見ながら答えた。
「三つ目はな、十五年くらい前なんだよ」
「十五年くらい前?」
ソティシャがきょとんとして聞き返す。そして、レイセインは、その言葉を心内で呟いた。
(十五年くらい前――)
「っ!?」
(十五年くらい前ですって!?)
彼女はその意味がすぐに分かった。
「十五年前かあ。へええ! 何か最近って感じだね。私は、百年とかもっとずっと古いって思ってたから。でも、それがどうしたのって、えええええ!?」
「お、親父さん!? もしかして――!?」
ソティシャとそしてイージャンも、同じくその意味が分かる。ガドリクは、レイセインの表情も見て、三人とも答えが分かったと察しが付いた。
「そうだ。陛下は、王宮にあるのを持って来られたんじゃねえ。その三つ目を新しく見つけて、それを持って来られたんだよ。エラクツォーネ様の結婚指輪にするためにな」




