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出会い Ⅶ

 小競り合いが続く中、イヴは東方からの救援物資を届けに来た女性と知り合った。

 イディスと名乗った女性は、才能ある魔導師で婚約者である騎士と共に運搬中の護衛をしていた。

 高嶺の花のような美貌と硬質な雰囲気を持っていたが、離してみれば気さくで人懐っこい性格であることがわかり、イヴはすぐに打ち解けた。それ以上に、何やらヴィオレットと気が合って盛り上がっていたが。

 イヴはついていけなかったので遠巻きにしていた。

 騎士と言うよりは学者のような穏やかな雰囲気をまとっているイディスの婚約者、ラミスはヴィオレットと仲良くしているイディスを微笑ましげに見ていた。

 その様子は、ここが最前線であることを忘れさせてくれる。

 ただ、ふいの瞬間、イディスとラミスの表情に痛みと苦しみが滲むことにイヴは気付きいぶかしんでいた。












 街から少し離れた場所で、斥候らしき獣人の部隊と散策中のイヴが鉢合わせたのはイディス達が到着して一週間後の事だった。

 イヴは相変わらず一人で行動していた。

 ギルやゼイルが苦言を呈していたものの、実際問題イヴに敵う者が早々いないため彼らの苦言はため息にすり替わって久しい。デュラは無関心で、フォードは無表情、マーリャは呆れたような眼差しを向けて来た。

 身近な部下達の態度に何とも言えない気分になりながら、一人になれる時間を捨てることが出来ないイヴは、この時、若干自分の行動を後悔した。

 場所は芽を出し始めた畑が眼下に広がる山の中腹。

 多勢に無勢で、剣を振り回すには適さない地形。さらには、魔法を使おうにも何を使っても山だけでなく眼下の畑にまで被害が及ぶことは確実だ。少しならばともかく、全滅しかねない。

 この畑が、町の生命線の一つであると知っている為に、イヴは逃げながら慣れないナイフで格闘するしかない。十中八九、被害を気にしてる場合か、と突っ込むであろう状況である。

 イヴの甘さとお人好しが十二分に発揮されていた。


(せめて、デュラを連れてくればよかったわね…)


 平地での戦いでは、デュラは体格的にも腕力的にも大多数に引けを取ってしまうが、山のような不安定な場所では身軽さと臨機応変さが勝って中々に強いのだ。平地でも並の軍人より強いのだが。

 後悔を浮かべて自嘲した瞬間、木の枝を飛んで移動していた獣人が頭上から肉薄する。一瞬気付くのが遅れたイヴは、背後からも速度を上げて近づいてくるのに、腕の一本を覚悟して頭上の獣人に狙いを定める。

 頭上の獣人を切り払ったのとほぼ同時に、周囲は銀世界に変化した。

 飛ぶはずだった血飛沫は、瞬間的に空中で凍り付き地面に落ちて粉々に砕け散った。

 肌を刺すような冷気に吐息が白く染まる。

 あまりにも急激な変化に呆然としていたイヴは、はっとして後ろを振り返るとイヴに突き刺す寸前に迫った剣を持った獣人が、薄い氷におおわれて固まっていた。

 思わず、至近距離で見つめ合うようになった。

 唐突すぎる事態に頭が回っていないイヴだが、次に起こった事態に我に返らざるを得なかった。


 ドガガッ!


 鈍いを音を立てて、文字通り凍り付いていた獣人達に氷の矢が無数に突き刺さる。次の瞬間、獣人達は粉々に砕け散った。

 薄い氷におおわれていただけでなく、体の中心まで凍り付いていたらしい。

 きっと、獣人達は自分達に怒ったことを認識することが出来なかっただろう。


「このご時世に、一人で出歩くとかただのバカだろう」


 心底から呆れた、と言わんばかりの声音に振り返れば、イヴと同年か少し下かと思われる少女がいた。

 肩で切りそろえられた深い藍色の髪と瞳をしており、少々吊り上がっている大きな瞳がイヴの脳裏で誰かとかぶった。

 今いちはっきりとしなかったが、それを追及するよりもすることがあるとイヴはその疑問を脇に寄せる。


「自分でも思ってたところよ。ありがとう、助かったわ」

「なら、何より。案じてくれる奴らがいるのなら、そいつらの精神の為にも一人で出歩くな。それと…」

「? 何?」

「どうして魔法を使わない? 魔導師だろう」


 胸に提げているのが法具だと気付いたのだろう。


「私の知っている物だと、あたり一帯に巻き込んでしまいそうで…」


 イヴは多種多様な属性が使えるが、戦闘に重きを置いている為か防御や治癒を除いてほとんどの魔法が炎や雷属性だ。

 山火事の危険性が高い為、使うに使えなかった。

 それに少女は、なるほどと頷きながら斜面の関係でイヴを見下ろし吐き捨てる。


「バカか。周辺環境を気にして危機的状況に陥って命を捨てるつもりか? 優先すべきものを間違えるな。確かに自然資源は大切なものだが命を失っては意味がない。お前の選択は大きな間違いだ。あとさっき言ったように案じてくれる奴らの事を考えろ」


 息継ぎなしにまくしたてられた上、この上ない正論にイヴは頭を下げるしかなかった。


「…浅慮でした。以後気を付けます」

「あぁ、そうしろ」


 偉そうな少女に、何故かイヴはこれが正しいと思ってしまった。


「改めて、お礼申し上げます。私はイヴと申します」

「…前線部隊の指揮官と同じ名前だな」

「あ、はい。私ですので」

「ほぅ。にしては、余りにも拙すぎる」

「…はい」

「上司でも部下でもない、説教できる立場でもないオレに言われるのは不服だろうけどな」

「いいえ、第三者からの言葉こそ何よりもありがたい者です」

「…思ってたのよりまともそうだな。オレはカルラ=メルディア。流しの傭兵みたいなもんだ。しばらくは戦線を共にすることになるだろうから、よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 自然と敬語を使っていたイヴだが、さっき感じたように一切の違和感を覚えなかった。

 ふっと柔らかく笑うカルラが、外見より十以上も大人びて見えたからなのか、正論に反論できなかったからなのかはわからない。

 ただ、非情に自然にしっくりと来た。


 流れで同道し、陣営近くにいたイディスと遭遇し、ひと騒動が起こることをイヴはまだ知らない。













 どうしてこうなった、と頭を抱えたい思いでいるイヴは、泣きじゃくっていたイディスをヴィオレットに任せて、ラミスに事情を聴くことにした。

 気が合ったのはイヴも同じで、イディスの希望もあってイヴの部隊の客将として二人を迎えていた。

 ルツアは防御系なので除外すると唯一の魔導師だった為、イヴは少し浮かれていたのかもしれない。

 こんな時代だからこそ、複雑な人間関係が存在する。

 初対面の人の心情や関係性を把握するのは無理だが、対面させる際に気を使うべきだった。

 あまりにも予想外すぎるので、まず不可能だが。


「カルラ殿は、イディスの腹違いの姉なんだ」

「…妹ではなく?」

「姉」


 初っ端から放たれた事実に、イヴは数秒固まった。

 どう見ても、イディスの方が年上にしか見えない。


「カルラ殿は、おれやイディスが十をいくつか過ぎた頃に初めて会ったが、その頃から姿が変わっていない。魔法体質であるらしく、その影響で老化の遅延が起こっているらしい」

「じゃぁ、少しは成長してるのね」

「あぁ。おそらく、今は外見的変化がわかりにくい年代なんだろう。成長が緩やかすぎてわからないだけだ」

「…なるほど」


 敬語を使うことに違和感を感じなかった理由がわかった。

 実年齢はラミスにもわからないらしいが、イディスの父(つまりカルラの父でもある)はイディスの母と結婚(政略)をしたのは晩年らしく、下手したら四十代の可能性がある。

 それに気付いて押し黙ったイヴに、ラミスは何とも言えない表情で視線を斜め上に向ける。


「年齢の事は置いといて…」


 何とか持ち直したイヴは、考えても仕方ないとひとまず放置しておく。


「何がどうなってああなっているの?」


 陣営まで来て、山の一部が急に真っ白になったことで魔法と気付いたイディスが表に出てきていた。そして、カルラと鉢合わせた。

 そこからは、何が何だか分からないうちにカルラは姿を消していた。

 内容の端々を聞いて、イディスはカルラを慕っているが、カルラはイディスを心底から嫌悪しているように感じられた。いや、嫌悪を通り越して憎悪すらしているようだった。


「…カルラ殿の母君は路上の娼婦だったらしい。義父上は、真実愛して妻に迎えようとしたが貴族に等しい名士の家柄であった為、親類縁者から拒まれ、カルラ殿の母君は妾としても扱われず追い払われたそうだ」


 言っては何だが、良くある話だ。

 カルラが恨む気持ちもわかるが、殺意すら向けて拒否する理由が無いように思われて、イヴは沈黙する。


「カルラ殿に会ったのは、母君の葬儀の時だ。イディスの母君は、政略結婚で義父上を愛していたわけではないが、正妻である自分よりも大事にされているのが気に食わなかったのだろう。長年の苦労で体を悪くされていたそうだが、陰湿ないじめを繰り返していたのは事実だからそれが原因で亡くなったと、殺したと言われても否定できない」


 話を聞く限り、イヴはカルラに同情するし共感できる。

 全く立場も環境も違うが、それでも近しいものは感じられた。


「義父上は、慎ましい物ではあるがちゃんとした墓を用意した。だから、カルラ殿は義父上にはさほど悪意を抱いておられないようだ。だが、その後が悪かった」

「…流れで行けば、イディスの母が何かしたの?」

「その通りだ。正確には、母君と弟だ」

「弟がいるの?」

「あぁ。だが、義父上から継承権を剥奪されて母君もろとも今は家を追い出されて消息は不明だ」

「…ろくでもない理由っぽいから、聞かないでおくわ」

「それが良い。…で、イディスの母君と弟は、カルラ殿の母君の墓を足蹴にした」


 瞬間、イヴは無表情になって口を引き結んだ。

 墓標は、死者の体と同義だ。それを足蹴にするとは、正気を疑う。

 イヴの表情に、ラミスは頷く。

 幼い頃にイディスと婚約していたため、ラミスも葬儀に参列した。その時、彼らが同じ人間だとは到底思えなかった。


「そこからは、分からない。イディスの乳母に連れられて、その場を離れたから。ただ、カルラ殿はイディスの母君と弟に殺意を抱いていた。当時は分からなかったが、今なら分かる。あの時、カルラ殿の瞳に宿っていたのは嫌悪よりも重い憎悪と憎悪よりも深い殺意だと」


 しばらく体の震えがおさまらなかったのを覚えている、と自嘲するように言ったラミスに、イヴは致し方ないとため息をついて表情を崩した。

 当時、下手をすればカルラはイディスの母親とほぼ同年だった可能性がある。お嬢様育ちの高慢な女性よりも、よっぽど現実という物を知っていただろう。父親の庇護があったとしても。

 そんな人間、しかも魔法体質という特異性も持っている相手の殺意を浴びて、気を失わなかったラミスの胆力を評価するべきだ。


「…おれの言葉でも、意味はないだろう。イディスの言葉ですら、切り捨てられるのだから」

「そう思う理由は?」


 十把一絡げ。母親を憎んでいるのだから、その娘を憎んでいるのは不思議ではない。娘本人にとっては理不尽であっても、致し方ない現実だ。


「イディスは、カルラ殿の母君の墓を今も綺麗に護っている。あの件の後、墓に頭を下げに行った。カルラ殿は、いなかったが…」

「いる時にやったら、逆に駄目だったんじゃない?」

「やはりそうか…」


 ただのパフォーマンスだと思われて、さらに嫌悪されるだけだろう。


「イヴ」


 沈黙したイヴに、ラミスは静かな声をかける。

 懇願するような眼差しを受けて、イヴは先を促すように瞬く。

 内容は察していたが、それはイヴが先に言うべきではない。


「カルラ殿に、イディスの話を聞いてやってほしい、と頼んでみてもらえないだろうか。おれは、カルラ殿の交友関係がわからないから…」


 親しい人に頼むべきだろうが、それがわからない。

 初対面であるイヴに頼むのは、それなりに友好的だったのを見ているからだろう。


「…確約はできない。伝えるだけなら」

「それで構わない」


 感謝する、と頭を下げられて、イヴは息をついて空を仰ぐ。

 自分のお人好しかげんに、若干嫌気がさした瞬間だった。


 この後、イヴにはギル達からの説教が待っていた…。















「何か用か」


 向けられた相手が問答無用で凍り付くような鋭い眼差しを、声をかける間もなく向けられ、絶対零度の声音で問われてイヴは頬をひきつらせた。

 ギル達の説教で疲労困憊になりながら、ようやく見つけたカルラは木陰で腕を組んで目を閉じていたので、眠っているのかと思ったがそうではなかったらしい。

 イディスと仲が良いだけで嫌悪の対象なのか、と思ったのが顔に出たのかカルラは複雑そうにため息をついた。


「…甘すぎる考えはどうかと思うが、お前は嫌いじゃない。胸糞悪いのに会って、機嫌が悪いだけだ」

「なるほど…」


 機嫌が悪ければ、好意的な存在にもぞんざいになってしまう物だ。

 それは納得できるので、イヴは肩から力を抜く。


「話は聞いた」

「そうか」

「せめて、聞いてあげないの?」

「聞く必要性を感じない」

「なぜ?」

「その問いかけこそ何故? あいつが良い奴だから? 外面ならいくらでもつくろえる。母親と弟の所業は関係ない? それをいさめる事さえしなかった奴に言われても説得力はない」


 いささかの理不尽さは伺えたが、被害者的立場のカルラ側の言い分としては正論過ぎてイヴは言葉を失った。

 その様子に苦笑して、カルラは立ち上がる。

 平地に立てばなおのこと、カルラは平均より小柄であることが際立った。

 愛らしく整った容貌と相まって、ドレスを着て大人しく座っていれば人形のように思えるだろう。

 だが、放たれる言葉はそんな可愛らしい物ではない。


「オレに、あいつらを許せってのか?」


 苦笑を浮かべたまま、皮肉るような言葉にイヴは何かを言おうとするがそれより先にカルラが次の言葉を放つ。


「無理だな」


 その理由は、察することが出来た。


「あいつらは、オレの母を足蹴にしたんだ。たとえ、土下座したとしても許しはしねぇ。生涯、オレはあいつらを憎み続ける」


 きっぱりと、根深い憎悪を滲ませて告げられた言葉に、イヴに言えることは少ない。


「…許す、許さないは貴方の勝手だから、私に言えることじゃないわ。でも、見てあげて、聞いてあげて」


 カルラの憎悪をなだめるような穏やかな声音で、イヴは言葉を続ける。


「償おうと、認めてもらおうと、懸命にあり続ける真摯な姿を、ちゃんと覚えてあげて」


 懇願に似た響きすら持つ言葉に、カルラはわずかに瞳を揺らし、ゆっくりと視界を閉ざしながら深い息を吐く。

 そのまま踵を返して、去っていくカルラに追いすがることはイヴにはできなかった。


 友人として尊重し主張は出来ても、押し付ける事だけは出来ないから。


 分かり合う日は遠そうだと、ため息をつくイヴは後々の悲劇をまだ知らない。





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