出会い Ⅵ
戦場は拮抗したまま、時間が流れていく。
およそ一年をかけて、イヴ達が取り戻した土地や街はわずかな物だった。
そこで、イヴは一つの現実に直面する。
獣人は、どの街や村でも、略奪や破壊を行っていなかった。
戦闘による破壊はあるものの、故意にしたものはなかった。奴隷のように扱われた住民もおらず、凌辱された女もいなかった。
一部の獣人がそういった行動に出ることもあったようだが、それに関しては他の獣人が止め厳しく罰していた。
それらを解放された街の住人達から聞いたイヴは、疑問が氷解してすっきりした。
凱旋し、陣営を置くカイン達を迎えた住人達の微妙な表情の理由がわかったからだ。
王侯貴族に統治されているよりも、はるかに自由で快適だったのだろう。監視や移動制限、武装の徴収は行われたが、それ以上の事はされず、必要以上の物資を要求することも無かった為、税金で搾り取られていた今までよりもよほど懐が潤った(金銭ではなく物や心の余裕的に)らしい。
実際、獣人を蔑み忌み嫌っているのはどの身分の人間も同じことだが、ここまではっきりと度量の違いを見せられては、いつまでも見下すことはできない。それこそ、人間が狭量だと証明するようなものだ。
「…まぁ、いいんじゃない? 無事だったんだし。色々」
「だな」
イヴの投げやりな言葉に、声に出して同意したのはギルだけだったが、その場にいた全員が深く頷いていたので同意なのだろう。
ちなみに、ここは野外厨房だ。単純に焚火の周囲に石を積んで簡易かまどを作っただけだが、イヴの部隊が全てここにいる。珍しく、せわしない仕事を外され、半日の休養が与えられたのだ。
「どうせ、口うるさい人間に見られたら困ることをやらかす気なんだろう」
「…ちょっと見てくるわ」
終わりかけていた昼食を素早く片付けて、イヴは身軽に腰を上げる。
その様子に、発言したゼイルに対して非難がましい視線が集まる。ゼイルとしては思ったことを言ったまでだし、間違っていないだろうと確信もしているが、イヴの性格を考慮せず口に出してしまったのは失態だった。
失態を自覚しているゼイルは、残っていた一口分をさっさと飲み込んで腰を上げる。
すでに歩き出していたイヴの背中を追って、同道するらしい。
ゼイルは、口うるさい人=イヴということに突っ込んでほしかったのだが、イヴの関心は起きるであろう事柄に完全に向ってしまった。久々の休養で気が抜けていたのかもしれない、とこめかみを抑えたゼイルに、自業自得だと呟いたのは誰だったか…。
やって来た街で、カインを探すのは容易だった。というか、探すまでもなかった。
一人の青年と問題を起こしているらしい。カイン側にしたら、青年の方が悪いのだろうが。
状況がわからないので、ひとまずイヴは気配を殺してカインの方に近づくと、取り巻きの一人が剣を抜こうとしていたので背後から足払いをかける。
カエルが潰れたような声を上げて倒れた取り巻きに、カイン達が振り返ってイヴを見ると嫌悪をあらわに顔をゆがめた。
「何をなさってるんですか。王太子殿下」
「貴様には関係ない」
「そうですね。ですが、騒動の仲裁には第三者が適任だと思いますので、口を出させていただきます。で、どういう状況ですか?」
言いたいことを言ってカインを無視したイヴは、最期の問いかけを青年に向ける。
背の高い青年は驚いたように瞬いて、しばし沈黙した後おもむろに口を開いた。
「まともな人間がいてくれて助かった…」
「発言力はほぼないので意味はありませんけどね」
「いや、聞く耳を持ってくれているだけ救いだ」
ほっと息をついた青年が次いで告げた言葉に、怒気があふれたのをゼイルは察して二歩ほど身を引いた。
カインは現地の小間使いを調達に来たらしい。王太子本人ではなく、周囲の取り巻きがすべきことだろうが、それ以外の目的があったのならおかしくはない。
目を付けたのは、可愛らしい見た目のイヴと同年代の少女。どういう意図があるのか、この時世でわからない者はいない。
青ざめて拒否する少女とそれを見て見ぬ振りする周囲。強引に連れて行こうとするカイン達。
そこに割って入ったのが青年で、少女は一目散に逃げてしまったがそれはどうでもいいようだ。
イヴが割って入るまではカインの意味不明な主張に青年が呆れかえっていたらしい。
「王太子の側付きだぞ。名誉に想うことはあっても、拒む理由はあるまい」
「そう思う人間ばかりではないんです。ていうか、ちょっと黙っててくれますか」
「というか、東方の国の王太子とか実感が無いだろうし関係ないからありがたみもないだろう」
「ごもっともですね」
「無礼だぞ!」
「顔だけが取り柄で、他には栄養が回らなかったんですね。ご迷惑をお掛けしました」
カインの言葉を一切無視して交わされるイヴと青年の会話に、カインは顔を真っ赤にして背を向ける。
それを一瞥して、イヴは返事を求めない言葉を投げつける。
「色々と自重してください。軍全体の士気と名誉にかかわります」
言い放った言葉に、しばし動きを止めたが荒々しい足取りで去っていくカインを気に留めず、イヴは小さく息を吐く。
「愚かな頭の部下でいるのは、大変だな」
「ご理解ありがとうございます」
同情をこめた青年の声音に返したイヴの声は疲れ切っていた。
ゼイルの指摘を受けて来たのは正解だったと思うが、せっかくの休養が無駄になった。イヴが動かなければよかったのだが、それは無理なので疲労を受け止めるしかない。
「私はイヴ=ラーラ=ヴォルジアと申します。ザガディア王太子軍前線警戒部隊指揮官です。このたびは、本当にご迷惑を…」
「いや、怪我をしたわけでもないからな。こういった騒動はどこでもある。気にすることはない。俺はキリク=ログマ。流れ者だ」
「お一人で?」
「ああ。…一緒に来たがった奴は置いてきた。危ないからな」
「…危ないと分かっていながら、何故? こちらが故郷ですか?」
「いや。東方の端だ。こっちは、友人の故郷でな…」
遠い目をする理由が悼みなのか、それ以外の何かなのか、イヴにはわからなかった。さすがにそこまでは突っ込めない。
「そうですか。…では、いずれ、戦場で会うかもしれませんね」
「………」
「何か?」
キリクが瞳を瞬いて凝視してくるのに、イヴは不思議そうに首を傾げる。
その様子に苦笑して、キリクは小さく首を振る。
「何でもない。そうだな。生きていれば、会うこともあるだろう」
この時代に、戦場で生きる者同士が再び会える確率はかなり低い。だからか、いつからか再会を示唆する言葉を交わさなくなっていた。
イヴとキリクも、それが当たり前とばかりに会話を終えて互いに背を向ける。
キリク=ログマ。
後に『炎獅子』と呼ばれ、都市国家ホルグスの代表となる青年。
彼と出会ったこの時、イヴは十六歳。
この後、異端そのものの少女達と出会うことを、イヴはまだ知らない。
非常に短い…。




