初戦
連れられてきた弟アゼルを見た時、イヴは呆然とした。
ひどい扱いを受けているように見えたからではない。逆だ。
絹の衣服をまとい、奇麗に梳かされた金の髪、きめ細やかな白い肌、大きな青い瞳。
母である女王に似たのだろうはかなげな美貌と色彩、愛されているだろうと分かる表情の柔らかさ。
(…これが双子であるかないかの差ってことね…)
憐憫を抱いていた弟への感情がスゥと冷えて行くのをイヴは自覚し、弟のそばに立つ中年女性からの険しい視線に気付いてそちらを向く。
すると、とたんに女性は目頭を押さえてアゼルの肩を抱いた。
「お可哀そうな殿下。いくら陛下のお言い付けとはいえ、こんなみすぼらしい下女ごときと…」
イヴは公的ではないとはいえ、れっきとした王女だ。
この言葉は、王族への不敬になるのだが、イヴに対するそれを咎める者はなく、イヴ自身も言っても無駄だと認識していたので無視した。
第二王子アゼル=ローグ=ヴォルジアはこの時、五歳。
乳母である女性と母である女王の言葉を正確に理解できる年ではなく、高慢さや傲慢さは愛されて育った彼には欠片もなかった。
それが、イヴにとって幸いであったかどうかは後々まで分からないが。
※※※
老婆のアゼルへの対応はイヴに対してとは真逆だった。
アゼルに対しては跪いて恭しく世話を焼き、イヴに対しては今まで通りだった。
別に不満はないし、夫婦になれと言われたって十年は確実に先だ。じゃぁ、その間に自分はアゼルにとって女として認識されないようにすればいいのだ、とイヴは若干投げやりに結論を出した。
女王は六・七年と言っていたが、普通に考えて無理だ。イヴはともかくアゼルが。
老婆にしても女王にしても、イヴのことは子供を生む道具としてしか見ていないだろう。アゼルのことも道具だろうが、イヴが思ったように双子ではないというのが重要だったのだろう。
だから、二人が仲良くなることは推奨していなかった。しかし、二人にとってもイヴにとっても早々に誤算が生じた。
アゼルがイヴに懐いたのだ。
「…殿下、何故ついてくるのですか?」
「あねうえは、ぼくがじゃまですか?」
「いえ…姉上というのはおやめください」
「なぜですか? あねうえはあねうえです。うばがいっていました。ぼくのあねうえだけど、いやしいそんざいだ、と」
「そう言われて、どうして私に…」
「あねうえは、すごいです。おりょうりも、おさいほうも、なんでもできます。いやしい、てどういうことなのかぼくにはわかりません。でも、あねうえがすごいということはわかります。あねうえはごりっぱです」
舌足らずな言葉と満面の笑みで告げられて、イヴはどう反応していいのか分からなかった。
料理も裁縫も狩りも畑仕事も、出来なければ死んでいたから出来るようになっただけだ。それを、凄いと言われるとは思わなかった。
アゼルは非常に聡明だった。そして、素直で純粋だった。
自身で見たものを、自身の感性と心で受け止めたままに評価する。
それは誰にでもできるものはない。
まっすぐに向けられる賛辞と心からの好意にイヴはむずがゆいような感覚を覚えた。
それ以降、アゼルはイヴの後ろをついて歩きようになり、アゼルが率先して行動しているだけに老婆は何も言えなかった。
ただ、むずがゆさとともにイヴはわずかな違和感を感じていた。
イヴがアゼルと暮らすようになって一年がたった頃だった。
狩りにもついてこようとしたアゼルを、さすがに六歳児を連れていけないので説得し、山に入ったイヴはいつもと違う光景に気付いた。
かがり火が見えたのだ。
山向こうには砦があり、夜番の兵が寝ずの見張りをしているのは知っていた。だが、空向こうが茜色に染まる時間帯に、大量のかがり火はおかしい。
冬に入りかける頃合いで日が落ちるのが早くても、量が多すぎる。まして、狩りも最終日となり、動物達が冬ごもりを始めたかどうか確認するような時期だ。獣対策ではありえない。
さらに…。
(砦から離れてる…)
砦がある方角ではあるが、砦には遠く村の方が近い。しかも、何やら慌ただしく動いている。
気配と音が村の方向に動き出したのを確認して、イヴは踵を返す。
この状況で、考えられることは一つしかなかった。
山を降り、平地になってから駆けたイヴが見たのは、目を疑う光景だった。
火の放たれた村。荒れた農地。血を流して倒れる男達。略奪される物資。とらえられた女達。
この時代、ありふれた光景だった。
運良く荒らされることがなかっただけで、けして遠くはない別の土地で日常的に見られるもの。
それだけならば、イヴは呆然とすることも現実かと疑うこともなかっただろう。
たとえ、略奪している無法者達がヴォーディス王国の兵士であろうとも。国軍が横暴に略奪を行うのも地方では珍しくはなかったから。
ただ、無法者達を指揮しているらしい男に、老婆が指示をしている姿さえなければ。
実際、老婆が指示していたわけではない。
老婆は女王から預かった『正当な王族である王子』を傷つけられまい、として修道院に手を出さないことを条件に村の略奪を見逃したのである。無法者達にとっては唯一の脅威である魔導師の老婆が、自分達に手を出さなければ物資も女も好きにしろと言ったのだから、無法者達がそれに乗らない理由はない。
その結果、行われている略奪行為をイヴは目にしたのだ。
呆然としていたイヴの目の前で、新たな惨劇が起ころうとしていた。
去年の夏に結婚した若い女性だ。夫は出稼ぎに行っており、大きくなり始めたお腹を必死にかばって抵抗している。それに苛立ったのか、無法者は女性を蹴りとばした剣を振り上げる。
その瞬間、イヴは耳元で何かが切れる音を聞いた気がした。
(…ふざけるな)
湧き上がった怒りとともに、狩りの為に携帯して剣を抜く。
木の枝を斬り落としたりするのに使うもので、どちらかと言えばナイフに近い。
無法者達にとって小柄でやせたイヴは略奪対象ではあっても、警戒対象ではないのだろう。
誰も注意を払っていなかった。目の前に獲物に集中していたのもあるだろう。
おもむろに投げられた剣が、女性を斬りつけようとした無法者の肩に突き刺さった。
「失せろ、外道」
無様な悲鳴をあげて転がった無法者と、地を這うようなイヴの声に気付いて、誰もが動きを止めた。
視線を向けた老婆がまなじりを吊り上げて声を上げる。
「何をしてるんだい! せっかく、人が穏便にことを済ませようとして…」
「それはあんただけでしょうが!」
老婆の機嫌を損ねたらとか考えられなかった。
たとえ、女王に知られたとしてもどうでもよかった。
イヴにとっての養い親は老婆ではない。わずかばかりでも優しさを向けてくれたこの村の人々だ。
「物資も女性達も置いて出て行け。その汚い手で触れていいものじゃない」
「小娘が…」
「うるさい。軍なら十分な物資と菱食を与えられているだろう」
「国を守るために徴収してるんだ! 民ならば協力しろ!」
「…お前達が守ってるのは国じゃなくて女王だろう。だったら、女王におねだりしてろ」
女王に対する不敬ととれる発言に老婆が顔色を変えたが、それより早く指揮官らしい男が視線で部下に指示を出す。次の瞬間、イヴに数十の矢が飛来した。
ゴァ…ッ。
「は…?」
武器になりそうなものは野山で使える短弓だけのイヴに、矢を処理することは出来ない。
だから、矢を射かけるだけで終わりとばかりに視線を外した男は、自分の真横まで迫った熱波に間抜けな声をあげた。次の瞬間、炎に包まれ絶叫する。
老婆が顔色を真っ青にして体を引いた。
何が起こったのか、正確に把握したのは老婆だけだった。そして、この状況の恐ろしさを理解したのも。さらに言えば、この状況を打開する力が自分にはないのを理解して慄いた。
(…バカな…。これほどの魔力、魔法をどうして…。いや、それ以上に法具もなしに行使したということは…)
法具がない上での魔法の行使は、暴走に等しい。基本的に行使者本人が止めるか、行使者以上の魔導師が抑え込むしかない。後者の場合、反属性での相殺が基本だ。
現状なら、炎に対して水だ。だが、老婆の属性は雷だった。
炎に近しく、どの属性にも反属性として行使することができないもの。だから、恐れた。
膨大な魔力により生まれ暴走する炎は、きっと無差別に村中を焼き尽くすと思ったから。
だが、その予想を裏切って秩序をもって炎は動いた。
無法者達だけを狙い定めて炎が動く。
突然の事態に恐慌状態に陥った無法者達は逃げ惑うが、すぐさま炎に包まれる。
物資もとらえられた女達も傷つけることのない炎。
そんな炎を発生させる魔法を、老婆は知っていた。だからこそ、さっきまでとは別の意味で恐れ慄いた。
(古式魔法の中でも上位、しかも数少ない攻撃系の魔法。『審判の浄炎』…。敵と定めた存在だけを焼き払うもの)
そんなものをどうして知ったのか、何故使えるのか、法具もないのに正常なのはどうしてか、と疑問は尽きなかったがそれを口にする機会は、老婆には一切なかった。
なぜなら、恐慌状態に陥った無法者の一人が滅茶苦茶にはなった矢が老婆の額を貫通したから。
呆然としていた老婆はそれに気づくことなく、生涯の幕と閉じた。
イヴを中心に発生し、広がっていた炎が治まるのと同時怒りもおさまったのか、イヴは村の状況を冷静に見る。
乾燥した空気の中、まだ燃えている家屋に瞳を揺らして、水属性が使えたらと思い祈るようにして詠唱を口にする。
『 顕現せよ。我が求めるは契約に従いし其の力。渇きを満たす恵みを願う。気高き生命に喜びを 水花 』
単純な水属生の魔法。
使えないと分かって(思いこんで)いたから、どうという意思もなく紡いだ。
だが、詠唱が完了した直後、村全体に水が降った。というか、叩きつけられた。
水を張った器をひっくり返したかのように。
膨大な炎の魔法を行使したイヴに怯えていた村人達が、キョトンとする。
突然の事態に、何が起こったのか理解できなかったのだろう。そして、それはイヴ自身もだった。
(…まさか、水属性も使える…? いや、でも、反属性同士で使える者は滅多に…)
全くいないわけではない、というのを文献で知っていただけに、納得が早かった。
そして、納得すれば行動は早かった。次にすべきは、怪我人の治療だ。
治癒魔法は高度だが、それ以上に高度な炎の魔法を使ったのだから出来るはず、と思ってイヴは記憶を掘り返す。
治癒魔法は地や水の属性でないと使えない。その為、目を通しはしても熱心に覚えてはいなかった。
『 顕現せよ。我が求めるは慈悲深き母なる光。世界を照らす暁に我は願う。有限なる生命を守り癒したまえ 治癒 』
治癒魔法としては下級。本来なら、対象である一人の傷を治すのがせいぜいだ。
しかし、詠唱の官僚とともに発せられた光はけがを負っている全ての村人を包んだ。怪我の大小にかかわらず、全ての傷が跡形もなく癒された。
それは、ある意味で暴走状態に等しい。
本来の規模を超えて、効果を発するのはあり得ない。つまり、イヴの願った効果範囲をすっぽり覆ってあまりあるほどに、注がれた魔力が甚大である証だった。そして今回、イヴの認識不足が功を奏した。
イヴは魔法その物に関しては膨大な知識量を有するが、基本の基本、行使には法具がいるということを知らなかった。あまりにも当然のことである為、文献にも記されていないからだ。
その為、自力で精密な制御ができるようになっていた。
甚大な魔力は、純然たる願いによって紡がれる詠唱にまで注がれ、魔法を発現させた。
ある意味で、恐ろしい。ふいに紡いだそれが魔法として行使されかねないのだ。言霊の力が尋常ではないということを示していた。
現状、それを示唆できる人間がいないのがなお恐ろしい。出来たはずの老婆は死んでしまっている。
無法者を排除し、けがを癒して、イヴは安堵の息を漏らした。
それと同時に体から力が抜ける。イヴは平衡感覚を失ったように吐き気を感じ、視界がぐらつくのを自覚した。
緊張状態から脱し、法具なしに魔法を行使した負荷が一気に現れたのだ。
暗く沈んでいく意識の中で、硬直していた村人達が慌てだすのを視界に納めて、イヴは意識を失った。
イヴは五歳の頃、森の中でうずくまる少女を見つけた。
自分より五歳は確実に年上だろう少女の大きな金色の瞳に、涙がたまっているのを見て放っておけなかった。
薪拾いに来ていたのだが、少し遅くなったからと言って問題はない。そもそも、五歳の子供一人にさせることではないのだから。
側にいて、ぽつぽつと落とされる言葉に相槌を打つだけだった。少女の言葉が半ば以上イヴには理解できなかったのが最大要因だ。
この頃、イヴは魔法に関する文献を読み始めたばかりで、少女の瞳の意味を知らなかった。
少女は名乗らず、イヴも名乗らない。
時たま訪れる沈黙は心地よかった。
ふいに、少女が空を見上げてゆらりと立ち上がる。つられる様に立ち上がったイヴは、少女が笑みを浮かべているのを見て安堵した。
少女の笑みが、迷子の子供が親を見つけたように安心した物だったから。
空には何もない。薄暗い曇り空が広がっているだけだ。
だが、少女には確かに見えているらしく手を伸ばしている。
それを不思議そうに見ていたイヴを振り返って、少女は何かを考えるそぶりをしてからイヴと視線を合わせるようにしてしゃがむ。
耳元に充てていた手をイヴに向けて差し出す。少女の白い手の上には、綺麗な十字架に整えられた水晶に銀の細工がつけられたもの。紐も鎖も付いていないそれに、少女の左耳に揺れているピアスと同じ物。
右耳に金具だけで飾りがないのを見て、これは右耳のピアスだと理解する。
「…おれい…」
聞き取れる単語だけのそれに、何のお礼か、と首を傾げるイヴの手を取って、少女は水晶を握らせる。
そっと立ち上がった少女はイヴに微笑んで、唇を動かした。それはイヴには理解できない言葉だったけれど、何となく理解して頷いた。
それに笑みを深めた少女は、次の瞬間、空気に溶けるようにして姿を消した。
同時、風が舞い上がる。視線を空に上げれば、そこに銀色の線が東に向かって伸びていくのが見えた気がした。
一時間にも満たないささやかな出会い。まるで非現実的な状況に、夢だったのかな、とぼんやり思ったイヴはふいに自分の手に視線を落とした。
ぎゅっと握りこんだ手の中で、水晶のひやりとした感触が現実だと教えてくれた。
ほとんど忘れていた過去の記憶から眼を覚まし、イヴが最初に見たのは見慣れた修道院にある一室の天井だった。ちなみに、掃除をしていたから見慣れているのであって、この部屋で寝起きしたことはない。
状況が飲み込めないイヴは、頭を動かして自分以外に人がいることに気付いた。
枕元に突っ伏している小さな頭は、金色。この村でこの色彩を持っているのはアゼルだけだ。
それを理解して、自分が倒れる寸前までのことを思い出した。
勢いよく起き上がるが、当然のごとくめまいがしてベッドに逆戻りする。
それで起きたらしいアゼルが何度か瞬いて、表情を明るくすると部屋の外にかけていく。しばらくして入って来たのは、イヴに色々と教えてくれた村の女性だった。
彼女の計らいで食事と着替えを済ませた後、イヴはようやく現在の状況を理解した。
イヴが無法者達を排除してから五日がたっていた。
その間に、村の者が最寄りの都市まで知らせに行った。襲撃に加えて魔導師が死亡したのだ。国府に報告が必要だった。
魔法を駆使して魔導師がやって来たのは昨日の夕方。眠り続けるイヴが無法者達を排除したと聞いて、嘘をつくなと怒鳴り散らしていた中年の魔導師は、アゼルの鋭い眼差しに閉口した。
アゼルには強く出られないらしい。
イヴ本人から話を聞くとして、魔導師は滞在しているらしい。
老婆や犠牲になった村の男達の葬儀は既に済んでいた。
それらを理解して、傲慢そうな魔導師と向かい合ったイヴは無法者達の略奪行為の原因を聞かされていた。
ヴォーディスの西には、ログミア公国があったが獣人との戦いで半月ほど前に滅んだ。大公家は亡命しようとしていたが、国民を捨てて自分達だけ助かろうという行動に国民の鬱憤が爆発。大公家は自国民によって根絶やしにされた。
その後、ログミアの民が難民として流入。それは珍しいことではないが、戦力増強を兼ねてログミアの兵を軍に入れたのはまずかった。
亡国の兵である以上、ある程度の厳しい環境は理解していただろう。だが、まさか常に最前線を移動させられ続け、与えられる糧食は最低限で常にすきっ腹というのは予想していなかったに違いない。
これらの情報を素直に魔導師が話したわけではなく、回りくどい上に女王を擁護してたたえるような話口調の裏を読んでイヴが推察しただけだ。だが、九割以上間違っていなかった。
滅んだ戦いの発端は自国民の反逆であって、獣人はほとんど関わっていない、ということを除いて。
(…腹が立つのは分かるけど、だったら王宮で略奪すればいいのに…)
略奪行為さえなければ同情に値する境遇だった。そう思うイヴだが、舌打ちしそうになるのをこらえて巡らせた思考が無茶苦茶すぎる。イヴとしてはかなり本気だが。
「…今回の件に至った事情は把握しました。で、私に何をしろとおっしゃりたいのですか」
言葉遣いと礼儀は叩き込まれたので、それを駆使してつっけんどんに言えば不愉快気に魔導師の表情が歪む。
「…実に強い力を持っておられることが判明したのです。王宮で魔導師からちゃんとした教育を受けられていただきます。全く、管理者殿は何故報告なさなかったのか…」
管理者、というのは老婆のことだ。魔導師としてもそこそこの地位にいたのがうかがえる。
それはともかく、イヴは魔導師の言葉に苛立ちを覚えた。
「お断りいたします」
「は…?」
「私は王宮にはいきません」
「女王陛下のご命令ですぞ!?」
「その女王陛下が、私はゴミだと言ったのではないのですか?」
「っ」
「私をいらないとおっしゃったのは女王陛下です」
「それはっ…」
「古い風習も何も私には関係ありません。私は女王陛下によって人としての尊厳を否定されたのです。その方のご命令に従おうと思えるわけがありません」
「…女王陛下のご命令に従わないのであれば、どうなるかわかって…」
「ここは国境です。接していたログミアが滅んだ以上、すぐそこが戦場となる。ならば、国土を守るため国境に魔導師がいて何か不都合がありますか? 私は複数の属性が使えます。さらに力も強い。ならば、国境防衛に一人置いておくのに不都合はないでしょう? …女王陛下の身辺から魔導師を減らせない以上、私を置いておくのは良策だと思われますが?」
まともな勉強をしていないはずのイヴから発せられた言葉に、魔導師は絶句した。
驚愕に加え、内容が納得できたからだ。古式魔法さえ使えるイヴが一人いれば、十分な防衛力だ。
「付け加えておきますが、私は管理者殿からは何も教わっておりません。魔法も学問も独学です。文字も本を読みながら自分で覚えました。日々の生活も自分ですべてやってきました。…今更、王だとか母だとか言われても迷惑です。王として国民を、母として娘を守らなかった人の言い分を聞く必要性はないでしょう」
突きつけられる正論、嫌悪と侮蔑を宿した鋭い眼差しに魔導師はこれ以上何を言っても無駄だと悟ってすごすごと去っていった。
魔導師が去ってから、自室として使っている納屋に行き、隅にある木箱を空ける。端切れを縫い合わせた不格好な袋の中に入っていた水晶を取り出して、古びた革ひもを通す。
水晶のことを思い出してから、何故かこれを身につけなくてはならないと思わされた。
魔法にも必要だと何故か思い、不思議に思いながらももうこれを取り上げるような人(=老婆)はいないので良いか、と思ったのだ。
それが法具であると知るのはさらに一年後。
戦争に本格参加してから半年が経った頃のこと。
教えてくれたのは、後にイヴにとって『最愛』となる存在だった。




