出会い Ⅰ
追い返した魔導師からどう報告を受けたのか、王宮からしばらく音沙汰がなかった。
三ヶ月後、十四歳になる直前に王宮から一団がやって来た。
その間、何度か暴徒の侵入や小競り合いがあったが全てイヴが満身創痍になりながら追い払った。
いくら甚大な魔力を持つとはいえ、イヴは戦闘に関しては素人もいいところだ。狩りをしていて体力や武器の扱いには自身があっても、対人戦では意味を成さない。
上手く加減出来ずに人を殺めるにいたったが、それに動揺してじっくり考え込んでいる余裕はなかった。半ば停滞していた戦況が動き始め、各地での戦闘が徐々に酷くなっていっているからだ。
無理やりに納得し、折り合いをつけて戦いに慣れた頃、イヴはあったこともない兄からの増援に困惑した。
「私の、護衛…?」
「はい。カイン殿下が派遣してくださりました」
(…カインって誰)
「あにうえが、どうしてですか?」
内心で疑問を浮かべたイヴの陰に隠れて話を聞いていたアゼルが、口を挟む。
それでカインが自分の兄にあたる人物だと気付いた。
(そういえば、親族でまともに会ったのって母親もどきとアゼルだけだわ)
双子である姉も他国の王太子である兄も、他国の王である父もそれ以外の親族もあったことはない。会いたいとも思わないが。
そのせいか、イヴは家族という存在が自分にあるということをすっかり忘れていた。捨てられたのだから家族として認識するのは非常に難しいが。
「兄君が妹君を助けたいと思うことが、何かおかしいですか? アゼル殿下」
((しらじらしい…))
この時、異父姉弟の心は一つになった。
素直なアゼルでさえ、眉をハの字にして何とも言い難い表情を浮かべていた。
相対する引率者が見下したような厭味ったらしい話し方であったのも要因だろう。
ザガディアは魔導師至上主義の国だ。魔力がない上に身分が低い者は家畜も同然の扱いを受ける。そんな国の使者だから、当然引率者は魔導師だ。魔力を持たないアゼルを見下すのは彼にとっては当然なのだろう。
…そういうお国柄、魔導師同士でしか結婚できないため、血が濃くなり過ぎているらしいが。
隣国の内情はともかく、イヴは増援として連れてこられた者達を見る。
人数は男女合わせて四百人ほど。屈強な戦士であると分かる。ただ、身分が低いのだろうというのが一目でわかる。
着ている衣服に加え、肌に残る鞭などの折檻と思しき傷跡が見える。それ以上に、彼らのイヴを見る視線が憎悪と侮蔑、わずかな恐怖に彩られているからだ。
虐げられてきた者が突如与えられた権力に狂い、同士だった者達を虐げるなど良くある話だ。それもあるのかもしれないが、イヴにはその経験がないので分からなかった。
彼らも、イヴが良い環境に置かれているわけではないと分かっているのだ。
「わかりました」
一人で防衛するのは難しいとイヴ自身が思っていた。自分から言い出したことで、困難さも理解していた上だが、やはり厳しい。
増援部隊がおそらくは厄介払いだろうが、戦力が増えるのは素直にありがたい。
「カイン殿下に、お気遣いいただきありがとうございます、とお伝えください」
殊勝に頭を下げるイヴに満足したのか、引率者はさっさと帰って行った。
フォローする気は全くないらしい。田舎が嫌いだと言わんばかりだったから予想はしていたが。
気配が遠のくのを確認して、イヴは増援部隊を見渡す。
内百人ほどは軍人であるらしく、隊長であるらしい他より装飾が多い軍服を着た男が出てくる。
「お初にお目にかかります、王女殿下。この部隊の指揮をしている者です」
厄介払い目的の増援であると分かっているのか男は嫌そうなのを隠そうともせず、イヴを見下ろした。対して、イヴは男の言葉に適当に頷いて視線を男の後ろに向ける。増援部隊の大半が憎悪に似た嫌悪の眼差しを男に向けているのに気付いた。
何となくその理由を察して、イヴは男に問いかける。
「…では、貴方が最も強いということ?」
「強いだけで指揮官は務まりませんが、そういうことですな」
「じゃぁ、いつも先頭に立って戦っているのね?」
「まさか」
「…どういうこと?」
男はイヴをバカにしたような視線を向ける。
「罠の可能性や万が一があるのです。そう簡単に指揮官は前に出ません」
「…なるほど」
それにはひとまず納得がいく。大抵は様子見に斥候を出すし、指揮官が真っ先に倒れては混乱をまねていた戦いどころではなくなる。
一応、兵法書の類が老婆の蔵書にあったので、基本的なことはイヴも理解していた。
「それに、最も危険な場所に行くのはアレらの仕事」
「アレ…?」
「戦闘奴隷は我々の盾となるのが役目ですからな」
その言葉に瞳を見開いたイヴは、大多数が奴隷の証である鉄の首輪をつけていることに今さらながらに気付いた。そして、憎悪に似た嫌悪の眼差しの理由を知る。
男の軍服は汚れいてる。ただ、汚れているだけだ。
血の跡も、ほつれも、何もない。
戦った痕跡が何一つとしてなかった。
それに気づいて、イヴの空気と眼差しが凍てつくように冷え切った。
「…では、そちらのまとめ役は?」
「は?」
「彼らにも仲間内でのまとめ役がいるのではないの?」
イヴがそれを聞くことの意味が分からないながらに、男は一人の男を呼ぶ。
二メートル近い巨体の大男。
印象的な白銀の瞳と鮮やかな蘇芳の髪をしている。
それらは珍しいから、『他と違うから』と迫害されてきた色だった。だが、イヴはそれを知らない。
生活的な能力と知恵はともかく、世間一般の常識や暗黙の了解には疎かった。本人が自覚していないのが難点である。
だから、イヴは男を見上げて素直な感想を述べる。
「…綺麗な髪と瞳ね。闇にも似た深い紅と月の色だわ」
呟くように落ちた言葉だからこそ、それが本心であると分かったのだろう。
言われた男は瞳を丸くし、戦闘奴隷たちは唖然とした。
軍人達と指揮官の男は嘲笑を浮かべた。
何も知らない世間知らずな王女様、と。
その反応を意に介さず、イヴは問いを口にする。
「貴方がまとめ役、ということは前線の指揮は貴方がしているの?」
指揮官の様子では、まともに指示を出していないように思えた。
それは当たっていたらしく、男は頷く。
「…まぁ、な」
「じゃぁ、貴方を私の補佐にするわ。よろしくね?」
誰もイヴの言葉を理解できなかった。
数秒後、固まっていた指揮官が顔を真っ赤にしてイヴに詰め寄った。
「補佐とはどういうことですかな?! この部隊の指揮官はっ」
「たった今、私になったわ。そうでしょう?」
「いったい、いつそんな話をしたと…」
「カイン殿下は、私にこの部隊を与えたのでしょう?」
「それがっ……」
反論しようとして、指揮官は気付いた。
与えた、とことは贈与したということ。
つまり、この時からこの増援部隊は言い方は悪いがイヴの所有物なのだ。それをどうするかはイヴ自身の勝手だ。
指揮権がイヴにあるのは当然で、それを指揮官にイヴが与えない限りは指揮官として権限をふるえない。
それに気づいた指揮官(正確には元指揮官)は、感情のままに怒鳴り散らした。
「用兵の基礎も知らん小娘がふざけるなっ! 権力に酔うのは勝手だがな、こんな奴隷風情を補佐に据えるなど…」
「でも、彼は前線を知りつくし、貴方達を守って来たのでしょう」
「誰がこんなゴミどもに守られたりするものか! ゴミどもを有効活用してやっているだけだっ!!」
「さっき、自分達の盾だと言ったのは貴方自身でしょう。つまり、貴方達の盾になって守っていたということでしょう? 何が間違っているの」
正論に指揮官は絶句した。
「奴隷として傭兵の基礎も教えられていなかっただろう彼が、最前線で同胞を指揮して生き抜いてきたというのなら、彼は指揮能力が卓越しているということでしょう? 何より、常に最前線にあり続けたのなら、彼は貴方達の中で随一の玄人でしょう。その人を補佐において、何がおかしいの?」
淡々と述べられる正論に軍人達が何か言いたげにしながら、結局何も言えずにいる。
「私は戦いを経験したわ。でも、それは一人で魔法を乱発するもので、連携とかは知らないの。だから、慣れている人に指揮を任せるのが良いと思ったのよ。でも、貴方に任せたら彼らを前線に蹴りだすだけして何もしないでいそうだから、ちゃんと連携して生き抜くために戦える人が指揮すべきだと思ったのよ」
何か間違っている? と首を傾げるイヴの瞳は相変わらず凍てついている。
穏やかな口調とは裏腹に怒っていることが如実に理解できた。
「ど、奴隷が補佐など…」
「じゃぁ、奴隷でなければ納得するのね?」
よし、と頷いたイヴは男に近づいて背伸びをすると引率者から渡されていた鍵で首輪をはずす。
「これで奴隷じゃなくなったわ」
納得するのよね? と言外の問いかけに指揮官はやけくそ気味に叫んだ。
「好きにすればいい! だが、我らは世間知らずと奴隷の言いなりにはならん!!」
「なら帰って下さい。働かざる者食うべからず、職務を放棄する者を養うなんてばかばかしい。そんな余裕はないんですよ」
何もせず帰って来た軍人を温かく迎え入れてくれる国だとは思えませんが。
どうでも良さそうにつけ足して見つめれば、軍人達は一様に顔色を青くする。それで国がどういう対応に出るのかが分かり、イヴはため息をついた。
「…従いたくないのなら、ご自由に。その場合、寝床と食料は自分で調達してくださいね? 家の材料も畑を耕す道具も自分で用意でください。村に負担をかけないでください」
軍人達がどうなろうが知ったこっちゃないが、わずかな慈悲で提案する。
慈悲とは言えない、あまりにも厳しい提案。見捨てたのに近い。
この状態で、軍人達に選択肢などなかった。
帰れば激怒した王と王太子によって前線に叩きだされる。それが容易に想像できるだけに返ることなどできない。
軍人達は元庶民だ。中には農民、裕福な豪農出身もいる。作り育てることができないわけではない。
ただ、最初から全てというのは無理だ。
肩を落としてぐったりしている様子に、イヴは息をついて男に向き直った。
「はい。これで他の人達の首輪も外してあげて」
当然と言わんばかりのイヴの言葉に、数秒、男は呆然として瞳を丸くした後爆笑した。
常にはない『支配者』のありように、男は面白いと思った。
笑い始めた男に驚きながら、笑いが収まった頃にイヴは恐る恐ると問いかける。
本来なら先にすべきだったが、軍人達がやかましかっただろうし面倒だった。
「…名前は?」
「ギル。本名はもうちょいなげぇが、みんなそう呼ぶ」
「分かったわ。ギル、よろしくね」
二度目の言葉に、ギルはニヤリと笑って頷いた。




