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第十七話:見出したモノ

【大陸暦八六年六月二十日:試験休暇】


※・※・※


 四日の試験日程を消化し、一日の休暇が訪れた。

 普段なら、連続する試験に疲弊した体を生徒達は休ませるが、今回、色々とありすぎて心穏やかに休めない。

 特に、ラユムンド、オットー、ジェルジ、マルティンの四人は自治会に利用された被害者でもあるが、下手すれば死者が出かねなかった事態を引き起こした者として、丸一日、指導室に拘束されることになった。

 彼らは、自治会の一員として名を連ねることを餌にして利用されたことが判明している。

 自治会のメンバーは各学年二名ずつ(代表と代表補佐)、成績優秀者が選出される。一年の場合は、魔力の強さと身分だ。

 さすがにジャネットを入れることは避けたようで、代表にはアレン、補佐にはクラウジアが選出されていた。

 だが、二人とも集まりがあるごとに全て無視していたため、新たに選出する話が浮上していた。その第一候補はジャネットだった。

 ジャネットが参加すれば、クラウジアも参加するだろうと安易に考え、教師がそれとなく打診したがジャネットはやんわりと拒否した。

 残ったのは、エルヴィア達とラユムンド達。

 身分の低いエルヴィア達は当然除外され、ラユムンド達は魔力が低いために思案していた。

 そして、出した提案がエルヴィア達をはめて魔法具で痛手を負わせること。

 本当に仕置き程度の感覚でやらせた。成功しても、彼らを代表に選出したかどうかは怪しい。

 ジャネットとアレンは、そして二人を後ろ盾にしたエルヴィア達は、彼らの決定をはねのけられるから。

 餌に釣られたラユムンド達だが、自分達の行動が無意味であると指導室で言われて、がっくりしていた。

 指導室での一連を聞いて、バカだなぁ、とどうでも良さそうに呟いたエルヴィアは、校門にいた。

 苦笑して立っているのは、エアルだ。


「…というか、どうしてここにいるんだ?」


 さすがに、フローラ達五人は部屋でダウンしている。

 昨日はエルヴィアの惨状に驚いて、かなり気を張っていたから動けていただけで、実際は限界に近かった。

 平然と動けるエルヴィアがおかしい。


「バカの責任を全部被って不名誉を背負って去っていく先輩に、御挨拶を」


 かなりな言い様だが、バカにされたのは自分ではないし事実なので、エアルは何も言えない。

 昨日、自治会室で言った言葉をエアルは即座に実行に移した。

 今朝早く、学院長(実は魔導師団の団長が兼任している)に対して、退学届を叩きつけ、私物だけを持って早々に学院を出たのだ。

 寮からそれを見ていたエルヴィアが、呼び止めた。

 エアルの資質に気付きつつ、まともに言葉を交わしたことがないから。


「悪かったな」

「どうして、先輩が謝るんです?」

「一応、あいつは幼馴染だから…」


 その縁も、これで切るつもりでいる。

 言わずに置いた心の内を察したのか、エルヴィアは苦笑を浮かべる。


「謝罪は、当人からでないと意味がありません。だから、結構です」

「そうか」

「先輩は、どうして力を隠してます?」

「どういう意味だ?」

「属性と詠唱のことです。ごまかさないでください」

「ばれているかもとは思ってたけどな」


 昨日、あれだけの魔法と力を見せつけられれば、知られているかもしれないとはぼんやり思っていた。


「曾祖母様から、遺言なんだよ。仕えし者、認めし者が現れるまで隠し通せ、て」


 要約すればそんなところだ。

 それに、エルヴィアは瞳を大きく見開いて、数瞬後、小さく噴出した。


(後々を考えて、口伝で子孫を戒めるとは…)


 おそらく、魔力をこめて強く根付くように言い含めていたのだろう。

 女傑、と称されただけはあるとエルヴィアが感心していると、エアルが不思議そうに首を傾げる。


「見つかったんですか?」

「え?」

「仕えし者と認めし者」


 聞かれて、エアルは意味深に微笑んで見せた。

 目の前の少女がそれだと、今、エアルは強く確信した。ゆっくりと、視線をエルヴィアの後ろに向ける。

 認めし者。そして、仕えし者が…。


「三年代表補佐」


 走ってきたのか、息も荒くジャネットがエルヴィアに並ぶ。

 気配に気付いていたエルヴィアは、小さく微笑む。


 すぅ、と深く息を吸い込んだジャネットは勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」


 唐突な謝罪に、言われたエアルだけではなくエルヴィアもキョトンとしている。

 それに気付かず、頭を下げたままジャネットは続ける。


「わたくしがわがままを通し続けたために起きたことです。代表補佐が学院を辞める原因はわたくしにあるともいえます。本当に、申し訳ありません」


 確かに、理由はそこだが、それだけで起こすにはことが大きすぎる。

 ベルナートとカルメーラが、自身の盲目的な正義に酔った結果のやりすぎであって、ジャネットに全ての原因があるとは言えない。

 はっきり言えば、エルヴィアもエアルもジャネットに言われるまでそのことはすっかり忘れていた。

 それほど、ベルナート達が起こしたことは大きすぎ、やりすぎていた。

 言われてようやく思い至った二人は、互いに視線を宙に泳がせる。

 反応がないのをいぶかしんだジャネットが恐る恐る顔を上げれば、遠い目をしたエアルに首を傾げる。

 どういうことか、と思って隣を見れば、エルヴィアも遠い目をしていてジャネットはますます首を傾げた。


「あ、あの…」


 どういう反応だろう、と不安に思って声をかければ、現実に戻ったようにハッとして、エアルは軽く咳払いをする。

 不安そうにしているジャネットを見下ろして、思わず頭をなでる。

 やってしまってから皇女に対して不敬とは思ったが、問題はないだろうと結論付けてなで続ける。


「殿下、お気になさる必要はございません。元より、必要なことはすでに学び終わっております。それに、卒業すれば故郷に帰ることになっていたので、それが数カ月早まっただけのことですよ」

「ですが」

「殿下、どうしても気になると仰るのなら、名で呼んで下さい。あと、敬語もやめて下さい」

「エアルル? でいいのかしら」

「…できれば、エアルで呼んでいただけると」


 エアルルはれっきとした男性名で、優美な美貌のエアルにはよく似合っているが、本人的にはどうも不満らしい。確かに、可愛らしすぎる。

 渋面のエアルに、エルヴィアとジャネットは顔を見合わせて小さく噴出した。


「では、わたくしのこともジャネットと。殿下では、他の者と一緒のようで嫌だわ。敬語もなしで」

「私もエルヴィアで結構ですよ、先輩」

「では、ご好意に甘えて。エルヴィア、お前も名で呼べ。もう先輩じゃない」

「簡単に手放すとは思えませんけどね」

「出ていってしまえばこっちの物だ」


 ふんと笑うエアルに、エルヴィアは笑いジャネットは苦笑する。

 魔導騎士としても魔導師としてもかなり有能で、将来を期待されていたエアルを、学院長がそう簡単に手放すわけがない。エルヴィアもジャネットもそう思った。

 事実、退学届を叩きつけられた学院長は、大慌てでどうしようかと対策を練っている真っ最中だった。まさか、受理されていないのにその日のうちに故郷に帰ろうとしているとは知らず。


「これから、まだバカやるかもしれないが、適当にあしらってやってくれ」

「言われなくとも」

「まぁ、あれだけの目に会えばもうおいそれと手を出してこない気がするけれど…」


 ため息交じりのジャネットに、エルヴィアは顎に手を添えて唸る。


「経験あるけど、自分の正義を盲信するタイプって厄介なのよ。徹底的にたたきつぶしても、主張を変えずにまた突っ込んでくるから」


 ぽろり、と漏れた過去を示唆する言葉に、ジャネットが瞳を細める。


「その経験談、面白そうだから今度聞かせていただける?」

「えぁ~…」


 『イヴ』の時代のことだから、言えるわけがない。

 うっかりしたエルヴィアと詰め寄るジャネットに苦笑して、エアルは荷物を持ちなおして時計を見る。


「もう行かなくちゃならないな。見送り、ありがとな」

「もしや、乗合馬車ですか? 侯爵家の跡取りが」

「来る時もそれだったから、特に問題はない。金がかからないし、いろいろ見れるから楽しいんだよ、これ」


 毎年実家に帰る時に利用している、と笑うエアルに、なんて庶民的な、と二人は少し呆れる。

 呆れはしたが、領民には慕われているだろうな、とも思う。そして、それは事実だった。


「学院中退、色々言われそうだね」

「父上は特に気にしないだろうな。領民にどう言われるかだな」


 じゃ、と片手をあげて軽い足取りで去っていく背中を見送って、二人は肩をすくめる。

 名門であり最高学府である帝立学院退学、というのはかなりの不名誉で貴族社会ではおひれをつけて噂されることだろう。それを気にしなければ、問題ないのだろうが。

 エアルなら、気にしないだろう。

 大丈夫だろう、と結論付けて校内に戻ろうとした二人は、全速力で駆けてくる馬車の騒音に気付いて、立ち止まる。

 校門の目の前で停止した馬車は、かなり豪華で無駄な装飾で目にいたい。そこから、転がるようにして小太りの老人が出てきた。

 全力で走っているのだろうが、エルヴィア達が小走りしても余裕で追い越せそうなほどに遅い。


「あれ、誰?」

「魔導師団長、学院長よ。一応、入学式で見たでしょ?」

「眠かったからなぁ」


 欠伸をこらえるので精一杯と言い切ったエルヴィアに、ジャネットはああまぁとあいまいに頷いた。

 実際、ジャネットも皇族だから顔を知っているだけで、入学式は欠伸を噛み殺すのに忙しかった。


「多分、エアルを引きとめに来たのよね?」

「でしょうね。でも…」


 視線だけ合わせて、小太りの背中が校舎内に消えていくの見送ってから声をそろえた。


「「手遅れ」」


 その頃、エアルは乗合馬車の停車場についたところだった。



※※※



 帝立学院を出発して二十日後、エアルは故郷にたどり着いた。

 ルワ侯爵領ダルヴィギアは、東の国境の守りであり、オークラインと都市国家に接していた。カダレイドにも程近い。

 そのためか、軍事も商業もかなり発達しており、裕福で強力な貴族だった。

 ただ、当代の侯爵クリストバル=アール=リロイは、有能な魔導師でありながら畑仕事を趣味にしていた。家庭菜園とかのレベルでなく、家族分と使用人分が楽に収穫できる規模だ。趣味の域を超えている。

 さらに、侯爵夫人クラーラ=アーデルハイト=リロイは、夫の手伝いをする傍ら、自分で綿を育てて収穫、糸を紡いで家族分の服を作り、余裕があれば孤児院の子供達の為に服を縫う。その出来栄えは、宮廷が抱えている仕立て屋を超えている。こちらも趣味の域を超えていた。

 そんな領主夫妻に領民が好感をもたないわけがなく、のんびりと領内を散歩すると自然に人が集まる。さらに、自慢の品を見てもらおうと日用品から食糧からすぐさま山のように集まってしまう。

 国境付近で大変なはずなのに、ルワ侯爵領はいつも平和だった。

 相変わらずの様子に安堵するとともに、相変わらずすぎて脱力したエアルは、中庭でお茶をしている両親に帰宅の挨拶をする。


「ただいま帰りました。父上、母上」

「おお、お帰り、エアルル。ささ、そこにかけなさい」

「お帰りなさい。手紙より十日以上遅かったわね。いつものにしたの?」

「はい。その方が楽しいので」

「そうだなぁ。民の生活を肌で感じるのは楽しい」


 うんうんと笑っているクリストバルに、エアルは苦笑する。

 ちなみに、エアルルと本名で呼ばれるのを訂正する気はない。相手が親であることもそうだが、言っても聞いてくれないのは分かっているからだ。


「で、どうだった」


 穏やかな空気が一変して、厳格な気配をまとったクリストバルに背筋を伸ばしつつ、エアルは表情を曇らせた。


「決別を、してきました」

「そうか。ラジェのせがれは、ダメだったか」


 さして残念でもなさそうに呟いて、クリストバルは鋭い眼差しを一人息子に向ける。


「見つけたか」

「はい」

「そうか…」


 何を、どのような、と聞かない。

 通じ合っている夫と息子に、クラーラは微笑む。


「エアルルは、どう思ったの?」

「絶対者と異端者、ですね。もちろん、良い意味で」

「そう」


 クラーラも詳しくは聞こうとしない。

 夫妻は、自分達の子供が優秀であることを知っている。だが、天才であるとは思ったことはない。

 エアルが手にしたのは、全てエアル自身の努力によってだと知っていた。

 何よりも自分に厳しく努力し続けたエアルの目を、夫妻は信頼していた。疑おうとは思わない。

 認めたのなら、それが正解なのだろう、と。

 ただ、素直に受け止めた。



 領地が他国と接している貴族は、魔導師を独自に雇うことを許可され、また、領民が魔法の才があることが分かれば、その人数の二割を領内で育て、私兵として育てることを許されている。

 ただ、絶対数自体が少ない存在なので、私兵として育てることができるほどの人数が出るのは、十数年に一度あるかないかだ。特に、サヴェラスは国土が広大なため、難しい。

 そのため、領主の家から魔法の才を持つ子供が生まれた場合、望めば故郷に帰れることになっていた。国境警備の強化、という意味合いもあるからだろう。

 ルワ侯爵家では、外から雇った魔導師は三人、私兵として育てたのはたった五人だ。

 五人のうち、三人は先代からいる老齢なので、ほとんど指南役のようになっている。

 本来の魔法技術が受け継がれているため、外部から雇用する魔導師は吟味に吟味を重ね、数年の期間を置いてから見定める。認められれば、本来の魔法技術を教えて行く。

 それを外にばらまかれないように、誓約書に署名させて。

 かなり厳しいが、下手に知られて皇族に睨まれ、戦争になるのは避けたいのだ。

 この慣例のせいか、ルワ侯爵家の人間は自然と見る目が養われる。

 エアルもその例に洩れなかった。

 受け継がれた遺言通り、秘密を守って見定め続け、ようやく得ることができた。

 その存在が、いかに成長するか。

 成長の内容によって、ルワ侯爵家の取る行動は変わる。

 だが、親子三人、誰一人として嫌な予感はしていなかった。

 わずかな胸騒ぎは覚えても、きっと良い方向に向かう、と意味もなく確信していた。

 過去から受け継がれた徳。

 それにより、失望と落胆を受けることなく、希望を見出せた。

 見出せた希望に、どれほどの価値があるのか。

 エアルがそれを知るのは、まだ長い時間を必要とした。







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