第十八話:最後の平穏
前話から半年ほど経過します。
【大陸暦八六年十二月十九日:試験休養日】
※・※・※
半年前の試験以降、教師達も生徒達もエルヴィア達を遠巻きにするようになった。
当人達は特に気にすることもなく、平然と魔法実技棟を占領している。
随分と図太い。
三度目の試験を終えて、いい加減配分に慣れたのか同級四人と違って六人はぴんぴんしている。
「まぁ、随分魔力も育ったけどね」
二度目の時には普通に鍛錬に励んでいたのだから、エルヴィアは少し呆れる。
本来、魔力の測定は魔法の才があるかないかを判別する法具でないとできない。
高位魔導師になれば、自身の目だけで大まかな測定は出来る。現在の高位魔導師ができるかどうかは知らないが、エルヴィアの知る高位魔導師なら可能だ。
当然、エルヴィアもそれくらいはできるので、壁にもたれてそれぞれ励んでいる友人達を見回す。
魔力を測りつつ、表に出さないで驚いていた。
(平均的に、全員入学時の四倍か五倍…)
魔法の才の判別が、十五歳で行われるのは理由がある。
魔力が十分に育ち、肉体的に魔法の反動に耐えられるように育つのがこの年だからだ。当然、人によって前後はするが。
そのため、十五歳以降、魔力の成長は人それぞれ大幅な差があり、平均的に二倍前後だ。
すでに育ち切った状態に近いため、大幅な成長はあまり期待できない。
それを考えれば、フローラ達がいくら通常の数倍以上の鍛錬をこなしているとはいえ、四倍から五倍の成長を遂げているのは異常だった。
要因としては、人類最高とも言われる魔力を保有しているエルヴィア(正確にはイヴ)がそばで魔法を使い続けたため、その魔力の波動にあおられたことだろう。
強大な魔力の波動、魔法の効果範囲に入った場合、その影響を受けて魔力が育つことがある。
確実に、エルヴィアの影響を受けているだろう。
そのことには思い至らないエルヴィアは、素直に感心していた。
教練書にすら乗っていない魔力の成長理由に、フローラ達は何となく気付いていたが。
「そういえば、みんなは年末はどうするの?」
帝立学院は、春と夏、冬に二週間ずつの休暇が設けられている。
夏は誰一人として帰郷することはなかった。エルヴィアも、残る友人達につきあってヴォダラに帰らなかった。往復で潰れる、もしくは、その分の資金がそれなりの金額になるというのも大きな理由だが。
普通は、よっぽど遠くない限りは休暇ごとに帰る。
帰らない理由はすでに知っているが、さすがに年末は、と思ってジャネットが手を止めて問いかける。
「「「帰らない」」」
「ということで、私も残るわ。お金もないし」
異口同音の三人と苦笑するエルヴィア。
にっこり笑顔の三人に、どれだけ家族が嫌いなんだろう、とジャネットとクラウジアはちょっと首を傾げた。
学院は、勉学に必要と思われるもの(寮内の食事や教科書などの備品)は無償提供される。
交通費などは個人的な物なので、完全自腹だ。
「そういうジャネット達は?」
「皇族だから」
「ジャネット様の乳姉妹なので」
ちょっと遠い目の二人の呟きから、大体を察した。
年末年始、皇族は行事てんこもりである。有力貴族も忙しい。
ルワ侯爵も、毎年参加していたが今回は遠慮する旨がすでに届いている。
理由としては、後継者が不祥事を起こしたためとされている。
エルヴィア達は、うまく逃げたな、としか思わなかったが。
ジャネット達は皇族の末席とその後ろに控えるだけだろうが、苦痛なのだろう。
嫌悪する家族と同列に扱われるのもそうだが、遠まわしな嫌味と侮辱を受け続けるのはいい加減面倒くさい。
皇族内では、魔法の才ゆえに待遇が改善された。だが、裕福で寵愛深い妃や側室を母に持つ兄弟姉妹達は気に入らないらしく、陰湿ないじめを繰り返してくる。
キレて魔法を使いそうになったのは一度や二度じゃない。ちなみに今年の話だ。
下手にキレられないのは、即座に殺されるか生涯幽閉されて子供を強制的に産ませる道具にされかねないからだ。
魔法の才が遺伝によって比較的現れやすい、というのがあるので。
意思を丸無視した行為の被害に会うのはお断りだ。
「宮廷社会、面倒そうね」
あと二年もすれば、その一角に入ることを思って、エルヴィアも遠い目になる。
「ジャネット達は、龍玉ってみたことあるの?」
ふと思いついたようにフローラが問いかける。
「いいえ、ないわ。あれは皇帝の即位にしか表に出されないから。あ、でも、魔法の才があるのが分かってから、ご覧になりますか、て聞かれたことがあるわね。見ることって出来るのかも」
「へぇ、すごいですね」
「…ねぇ、龍玉って、何?」
感心するラウルとは違って、眉をきつく寄せたエルヴィアが低い声で問いかける。
その声が、不思議そうではなく、わずかな怒りを含んでいるようで、ジャネットは小さく肩をはねる。
半年前に凄まじい怒りを目の当たりにしたため、それほど怖いとは感じなかったが、少々心臓に悪い。
「龍玉って言うのは、聖女帝『イヴ』様の戦友である銀龍イザベラ様が宿ると言われていて、常に神秘的な光と力を発していると…」
「宿る?」
「え、えぇ」
空気がピリッと痛みをはらんだように感じて、知らずジャネットは身を引いていた。
その様子に我に返ったエルヴィアは、こめかみを押さえる。
「ごめん。なんでもないの」
そんなことはない、と誰が見ても分かるのに、部屋から出て行くエルヴィアを誰も追いかけられなかった。
龍玉、というものを正確に理解している者はほとんどいない。
龍族自体が閉鎖的な種族である上に神に並ぶ存在である為、人類の前に姿を現すのは数百年に一度あれば良い方だからだ。
現したとしても、龍玉の正確な意味を知った上で目にしたことがある者は、歴史上、『イヴ』くらいなものだろう。
だから、エルヴィアはジャネットの説明が間違っていることが分かった。
龍玉とは、龍族の墓標だ。
龍の体は、肉も骨も万病に効く薬になるとされ、古代には狩られたりしていた。神に近い種族、というのがその事実無根な噂に真実味を与えていたことも要因だった。牙や爪、鱗も武具を作る最高の材料として扱われたため、龍族は人類を警戒した。
結果、自らの力を結晶化した玉を持ち、死期が近づけばその中で眠りに入るようになった。
その遺体を好きに扱われることは、誇り高い龍族にはけして許せないことだったから。
ある意味で、ジャネットの説明は間違ってはいなかった。
宿っているのは事実だ。ただ、そこに宿っているのは銀龍イザベラの遺体だ。
力を放っているというのは、その龍玉自体がイザベラの力の結晶だからそう感じただけのこと。
崇め、敬い、尊んで大切にしているのは良い。それ自体には、問題はない。
エルヴィアにとっては安心だ。懸念事項の一つでもあったから。
だが、皇族の威信を示すために利用されることに怒りがわいた。
威信を示すためにかつての偉人の墓を掲げる者がいるだろうか?
権威を保つためだけに英雄の遺骸をさらす者がいるだろうか?
即位時のみ表に出す、ということはちゃんとした知識もなく利用しているということだ。
誇り高い龍族の中でも、ひときわ美しい雌の銀龍だったイザベラ。
幼き日、たまたま一度だけ会った『イヴ』を認めて、友の契りを結んで共に戦った。
まだ年若く、あと千年近くは生きただろう。繁殖期すら迎えていなかった。
人間でいえば、二次性徴を迎えていない幼い子供のようなものだった。
死期が遠かったはずの彼女は、『イヴ』が死ぬ二年ほど前に龍玉を作って眠りについた。
八十数年。
眠り続けた彼女は、きっともう目覚めない。
深く長い眠りを続けた龍族は、寿命が来ていなくとも緩やかに息を引き取ることが多い。
その例にもれず、彼女はすでに帰らぬ存在となっているだろう。
(連れて行くんじゃなかった)
同胞の反対も押し切ってついてきてくれたイザベラを、『イヴ』は唯一の相棒と思っていた。
友人とは言えない。それ以上に近く、親しく、家族のような存在だった。
共に来るという彼女を、何が何でも置いて行くべきだった。
エルヴィアはそう思って悔やむ。
その死を汚されるくらいなら、かけがえのない家族を置き去りにするべきだった、と。
かつての、かけがえのない存在の死とそれを冒涜する『子孫』の行動。
怒りと悲しみを感じつつも、エルヴィアは耐えることができた。
それを抑えられないほどの衝撃が待っていることを、エルヴィアはまだ知らなかった。




