第十六話:試験の後始末
不作とされていた今年度入学生。
なのに、その認識を覆され続けた教師達は、重傷を負ったエルヴィアのため、治癒魔法が使える教師を向かわせた。
いかに身分差別があるとはいえ、重症者に対するケアを怠るほど腐ってはいなかった。死者が出ては外聞が悪いと考えただけかもしれないが。
対処に追われる教師の一人が、エアルに声をかけられて振り返った。
相手が三年代表補佐であるため、忙しくともむげにできずにいらつきながらも体ごと意識を向ける。
「あの四人の一年生が使った物について、しっかりとした追及をしてください」
「…アレがなんであるかは我々も知っているが、彼らが用意したのでは?」
「いくら高位貴族であるフォーラヌ侯爵家の子息がいるとはいえ、簡単に用意できるものではありません。それに、たかが一年生に扱わせるには危険すぎます。魔法の知識が少しあれば分かります。貴族であればなおのこと。フォーラヌ侯爵は魔導師ではありませんが、それゆえに用意することは困難です」
「そ、そうか」
エアルの筋の通った言い分に、教師は頷いた。
その様子に、教師も一枚かんでいる可能性があると思ったエアルは、最後通牒を突きつけた。
「お忘れではないと思いますが、下手をすれば皇女殿下が大けがを負われたかもしれないのですよ?」
それに思い至った教師は、さぁと青ざめた。
ジャネットの立場は、学院の誰もが知っている。それでも、皇女であることに遠慮してわがままが通されていたのは、下手に扱ってそれが皇帝に知られ、反逆罪に問われたらたまらないからだ。気にしていない末端だとしても、気まぐれで行いかねない。
さらに、現在の皇族ではたった二人の魔導師(候補)だから、ジャネットはかつてとは違って重要な存在として見られている。それでも、立場は低いが。
生徒の画策によって、下手すればジャネットは大けがを負って再起不能になっていた可能性がある。
それに教師が一枚かんでいたとすれば、反逆罪で大量粛清されても文句は言えない。皇族を殺しかねない威力を発動しておきながら、その意志はないと言っても通じない。
「貴方方は、彼女に心から感謝すべきです」
彼女がエルヴィアをさしていることは、簡単にわかる。
エルヴィアが防ぎ、傷を請け負ってくれたからジャネットは無傷だった。
エアルの言い分は真っ当だ。
ひとまず、怪我の事実がない以上は反逆罪を否定できるのだから。
「それに、あそこには魔導騎士団長の令嬢とソギラ公爵家嫡男もいたんですから…」
令嬢の姉が画策したとしても、それを堂々と言って放免にするようなことはカルメーラもしないだろう。したらただのバカだ。
次期皇妃である皇太子后の甥。つまり、次期皇太子であり次の次の皇帝になる第一皇子の従兄弟ということだ。ロナ侯爵とともに皇族に最も近い公爵家の後継者でもある。
それに大けがを負わせていたら…。
ふらり、と倒れかけた教師は、何とか持ち直してエアルに頷いてから同僚達に駆け寄る。
同じことを伝えているのだろう。
伝えられた教師達も青ざめていた。
(これで、彼女達に対する風当たりはかなり和らぐだろうな)
教師達にとっては、命の恩人になった。
監督責任がある教師は、全責任を負って死罪になる可能性があるからだ。
その意図はなかっただろうが、副産物としては上々だろう。
上級生が何を言おうとも、教師達は取り合わなくなるに違いない。
「エアル…」
「おれに怒るのは筋違いだぞ、ベルナート」
背後に近づいていたベルナートの怒りを含んだ呼びかけに、エアルは困ったように笑って振り返る。
「さっき言った通りだ。お前達はやり過ぎたんだよ」
「あれは…」
「仕置き、なんて言い訳は通用しない。現に、一人、重症者が出ている」
「一人、かっこつけて出しゃばったからだろう」
「そうかもな。でも、彼女が出しゃばらなければ、彼女が一人で抑え込まなければ、きっと、彼女以上の大けがを負っていただろうな。あの場にいた全員が」
「っ!」
それが分かっていたのか、ベルナートは頬を引きつらせて怒りを募らせながらも、反論できない。
「アレを、用意したのはカルメーラだな。お前の父上は魔導師ではないから、用意はできない」
図星なのか、ベルナートの向こう側のカルメーラが息をのんだ。
「使用者の魔力を食わないのは利点だ。だが、扱いの難しさでは戦時魔法クラスだ。それを、一年に使わせるとは…」
「いくら一年とはいえ、あんなに…」
「知識は、実体験に劣る。分かり切っていることだろう。アレの危険性を実際に目の当たりにするのは三年の最初だ。それぐらい危険なんだよ。分かっていて使わせたんだ。言い訳は通用しない」
言い訳、という言い方が気に入らなかったのかもしれない。眉をよせて苦々しげにしている。
その様子に、エアルはため息をつく。
ある程度の魔法耐性を身につけ、それなりに高水準の防御魔法が使えるようになる三年にならないと、その危険性を教えることはしない。
それほどに、ベルナートがラユムンド達に渡したのは凶悪と言えるほどに危険なものだった。
簡易魔法作動装置。
通称・魔法具。
力の弱い魔導師が突発的事態に陥った時の自衛のため、高位攻撃魔法や捕縛魔法、防御魔法の魔法陣を発動寸前の状態で刻んだ法具を持ち歩いている。簡単なキーワードで、刻まれた魔法を発動できるもので、普通の法具と区別して『魔法具』と呼ばれる。
利点は、実力以上の魔法を使えること。
それ以上に、欠点が多い。
魔法具の製造自体、高位魔導師にしかできないため量産できないこと。その上、実力以上の魔法を使えるため、その規模が把握できずに使用者本人が負傷してしまうことが多かった。
最大の欠点は、間違えば使用者さえも傷つけてしまうこと。
本来、魔法は行使した魔導師に危害を加えることはない。離れた標的に向かう場合はともかく、広範囲魔法(『水豪殻漣』など)で自分も範囲内に入る場合、足もとの魔法陣が消えずに結界の役割になる。だが、魔法具にはそれがない。
使用者ではあっても、行使者ではないからだ。
至近で使用すれば、当然、その威力は使用者にも降りかかる。
魔法具は、大戦期にも存在した。
風の魔法を使用し、砲弾のように使用するか自爆で使用するかだった。
エルヴィア―――『イヴ』は魔法具が嫌いだった。
砲弾のようにして炸裂させるのは、味方が犠牲にならないからまだ良かった。本当は敵も犠牲になってほしくはなかったが。
自爆として使用するのが、何よりも腹立たしかった。
特に、カインとか言う『イヴ』の夫らしい男が、末端の部下に良くやらせていた。
だから、特に嫌いだった。カインという男が。
毎回留めるのは『イヴ』の役目で、そのたびに、『イヴ』が最前線に行くことになった。
誰かを犠牲にするくらいなら、自分が行く方がいい。だから、『イヴ』は自爆を止めさせるために、自分から前線に出るようになった。
そうして、救えた命があったのは事実だったから。
だから、終戦後は魔法具を秘匿しようと考えていた。
治癒魔法や防御魔法、拘束魔法などだけを流布しようとしていた。
それも叶わなかった。
あの時、どうして力づくで破壊しつくさなかったのか、今になって悔やむ。
過去への後悔をしていたエルヴィアは、ふっと意識を現実に戻した。
真っ白な天井を視界に収め、少し混乱する。
(ここ、はっ!?)
しばし、どこにいるのか分からなかったエルヴィアだが、一拍後に気付いて、跳ね起きる。それで横になっていたことに気付いたが、それより先に右肩から指差にかけて走った激痛にうめき声が漏れる。
右肩を抑えて、指先も動かせないことに気付くと、痛みで冴えた頭が怒りに支配される。
(あいつらっ)
魔法具を使用したのがラユムンド達の意志ではないことくらい、エルヴィアは分かっていた。
そして、使用させただろう存在にも思い当っていた。
「急に動くな! 傷が深くて、完全にはふさがっていないんだっ!」
最初からいたらしい教師が、慌てて駆け寄ってくる。
怒りに支配されて、視野が狭まっていたことに気付き、少しだけ冷静さを取り戻す。
だが、怒りは静まらない。
感情に突き動かされるままに、エルヴィアは教師の胸倉をつかんで引き寄せる。右腕は動かないので、左腕で。
「生徒自治会の人間は、どこにいる?」
「は? 何を…」
「どこにいるのか聞いている。さっさと答えろ」
「ひっ」
常の言葉遣いを忘れ、かつて、軍を指揮していた頃の威圧感を含んだ声と言葉遣いになっていた。
そこに含まれる殺意に似た怒気に気付いて、教師はひきつった悲鳴を上げる。
「じ、事務棟の最上階、突き当たりの角部屋、の、自治会室に、いる、はず…」
とぎれとぎれの声に、エルヴィアは欲しい情報を得ると、放り出すようにして教師を解放し立ち上がる。
今いるのが医務室だと理解して、窓の外を見ればすでに空は茜色になっていた。
丸一日は寝ていなかっただろうと思い、模擬戦後だと辺りをつける。
歩きだしたエルヴィアを、教師は止めない。
腰を抜かし、声を失ったようにへたりこんでいた。
数分後、色々と面倒な教師からの尋問やらを終え、制服姿のフローラ達がやってくるまで、教師は動けなかった。
※※※
事務棟最上階の角部屋、生徒自治会室でレグルとベルナート達は難しい顔をしていた。
自分は正しいと思い込んでいる両者に、エアルは正論を突きつけるだけ突きつけ、今は窓辺で外に視線を向けている。
その姿を、三年有志は睨み、二年有志は戸惑いをこめて見ていた。
身分主義的で身勝手な思考になりがちの自治会において、エアルはストッパー役だった。
ベルナートに近しく親しくしながらも完全に中立で、自治会を諌める立場にあった。そのため、ベルナート達は何かあれば必ずエアルにも話をしていた。適切な助言ができる存在だからこそ、諫め役ができるのだから。
だが、ベルナート達は無意識に、エアルが自分達にとって邪魔な存在だと思っていた。そうでなければ、下手すれば死者が出ていたような企みを、話していないわけがない。
反対すると分かっていたからこそ、言わなかった。そして、反対されても断行すると決めていたから、話さなかった。
つまり、エアルの存在を彼らは表面的にしか受け止めず、内面的には無意識にどうでもいいと思っていたということだ。
それを正確に理解したエアルは、態度で無関係と決別を示していた。
「エアルル君、どうして君は諌めなかったのです? いつも的確な指摘をする貴方が……」
「責任転嫁は見苦しいばかりですよ、教授。聞いてもいないことに、何を言えと?」
責めるようなとげとげしい口調を遮って、冷たく吐き捨てる。
冷水を浴びせるような言葉に、自分の発言があまりにも的外れだったと分かったのか、レグルは口を閉ざす。
視線さえ向けないエアルに、自分達に非があるとようやく(数時間かけたエアルの正論を聞いて)分かったベルナート達は、苦々しげな視線を向ける。
それに気付きながら、エアルは無視し続ける。
「ひとまず、自治会の君達にはなんらかの介入責任を取ってもらわなくては…」
「なら、おれが自治会を抜けます」
再び、レグルを遮るようにしてエアルが主張する。
それに、ベルナート達がいぶかしげな視線を向ける。
「君は、関わっていないと…」
「関わっていません。ですが、これだけの人数に何らかの処罰を与えるのは、学院内の規律維持に影響を与えるのでは?」
「それは、そうですが」
「なら、おれ一人が全責任を取ります。その方が、まだ良いでしょう」
「どう取るつもりです?」
「学院を出ます」
エアルのきっぱりとした言いように、レグルもベルナートも何を言われたのか瞬時に判断できなかった。判断できた頃、何か言うよりも先に扉が吹き飛んだ。
ゴガンッ!!
中心からへし折られ、蝶番を破壊して吹っ飛んだ扉は壁に当たってさらに小さく割れる。
誰もが唖然として扉を見つめる中、そこにいる人物を認めて、誰よりも先に我に返ったのはエアルだった。
カツッ。
静まり返る中、靴音だけが響く。
そして、室内に入ってきた人物に、レグル達は頬を引きつらせた。
自分達の企みの、最大の被害者であり功労者がそこに立っていたから。
エルヴィアは、半ば殺意に変わり始めた怒気をまとい、レグル達を睥睨した。
※※※
意識を失ったエルヴィアを医務室に運んだアレンとラウルは、着替えと治療をフローラ達に任せ、自分達は着替えて教師達への報告に向かった。
それが、手間取ってしまったのは予想外だったが。
的外れな叱責から始まりそうになって、正論を叩きつけて黙らせた頃、教師が治癒魔法をかけ始めたのを見た後に着替えてやって来たフローラ達もブチ切れた。
どう考えても、エルヴィアがいたからこそ、彼女以外の誰も怪我を負わなかったのだ。
それが分からないとは、よほどの無能か。それとも、まともに考えられないほど混乱しているのか。
どちらにしても、五人の教師達への評価は、バカども、の一言に尽きるが。
バカどもを黙らせて、エルヴィアの制服を持って医務室に戻った時には、腰を抜かしている教師しかおらず、五人は慌てた。
教師につかみかかる勢いで詰問し、エルヴィアの居場所を知ると、制服をベッドにおいて駆けだした。
見つけた時、エルヴィアは室内の声を聞いているかのように、額を扉につけてじっとしていた。それにほっとして、五人がエルヴィアに声をかけようとした時、エルヴィアが扉を蹴破った。
思わず、五人は声をかけようとした格好のまま、固まってしまった。
なぜなら、一つ一つに防御魔法の魔法陣を刻みこんだ建材を使用して学院は建てられているため、物理的にも魔法的にもかなりの強度を誇る。
つまり、生身では蹴破れるはずがないのだ。
身体強化の魔法を使用していたとしても、大量出血と貧血で倒れた直後の人間には本来不可能だ。
いい加減、普通から逸脱していることは重々承知していたが、まさか、蹴破るとは思っていなかった。
五人は、一斉に肩を落としてため息をついた。
脱力したのだ。
エルヴィアの怒気にのまれ、誰も動けなかった。
二年有志はそろって腰を抜かし、青ざめている。
「三年代表補佐エアルル=クリストフ=リロイ。さっきの言葉、本気か?」
「本気だ。知らなかったとはいえ、止められなかったのは事実だ。それに、混乱を招いて弱体化につなげたくはない。おれも、一応は帝国国民だからな」
「なるほど」
一瞥を向けられた瞬間、エアルは肩を強張らせたが、視線がすぐに柔らかいものになったのに息をつく。
会話を聞いていたエルヴィアは、バカバカしい発言しかしないレグルにいい加減キレた。
最初からだが、教授、と呼ばれる割には頭が悪いとエルヴィアは思った。
「お前らは、どうして彼のような英断ができない?」
突きつけられて、我に返ったのかレグルが立ち上がってエルヴィアを見下ろす。
その瞳には、侮蔑が宿っていた。
逆に、それを向けられるべき立場でありながら。
「関係者以外立ち入り禁止です。それに、扉を蹴破るなど野蛮極まりない」
「今回の模擬戦のことを話し合っていたんなら、私は関係者だ。あと、ノックして声をかけたところで素直に開けたのか? 鍵をかけていたくせに」
反論を封じるように的確に言われ、レグルは口端を引きつらせる。
その様子を無視して、エルヴィアはベルナート達に視線を向ける。
「お前らは、どこまでバカだ?」
率直に罵倒されて、瞬間的に頭に血が上ったが、向けられた視線が刃のように鋭く、何も言えなかった。
「自分の手を汚そうとせず、無知な一年を使って不条理を押し付けようとする。どこまで堕落しているんだ。しかも、責任逃れをしようと必死だな。バカバカしい。自分達でまいた種だろう、その報いぐらいきちんと受けろ」
まっとうな言葉に、反論を許さない迫力があった。
「人を呪わば穴二つ、という言葉を知らないのか。相手を潰そうとするなら、失敗した時は自分が潰される覚悟を持つべきだろう。その覚悟もないくせに、人の命を犠牲に自分は安全なところで満足しようとしているとは、腐っているな。魂が」
心底の侮蔑をこめた眼差しと言葉に、動いたのは二年代表補佐の少年だった。
「貴様っ!!」
完全な逆切れで、剣を抜いて斬りかかって来た少年を冷徹に見据え、エルヴィアは片足で床を叩いた。
向けられる剣の根元を無造作につかんで引けば、驚いた少年がつんのめったようにたたらを踏み、間合いを詰める。間合いが詰まった結果、エルヴィアの攻撃がたやすく入ることになった。
ドッ。
前のめりになった少年の腹部に、全力の蹴りが直撃し、同時に剣を離したことでそのまま少年は吹っ飛んで壁に激突した。
「三本、といったところかな」
包帯の巻かれた右手に新たに傷ができたことは気に留めず、エルヴィアは小さく呟く。
唐突に始まった戦闘(というにはあまりにもお粗末)に、ベルナート達は理解が追い付かず、エアルはわずかな同情をこめて、うずくまって呻いている少年を見やる。
(肋骨が三本、ということだろうな)
エルヴィアの言葉を正確に理解したエアルは、少年の怪我の具合を予測して視線を戻す。
一撃で少年は肋骨を三本折られ、予想だにしなかった衝撃に体が思うように動かないのだろう。
しばらくして、レグルもベルナート達もそれを理解し、強張る。
「正論に逆切れするのなら、別にかまわない。その代わり、こっちは正当防衛として全力で潰すぞ」
全力、と心で復唱して、全員の脳裏によみがえるのは模擬戦で見せた大技『水豪殻漣』。
あれでさえ全力でなかったのだから、それ以上となればこの部屋ぐらい消滅するかもしれない。それを理解して、青ざめる。
理解したはずなのに、どこがどうつながったのか、唐突にカルメーラは詠唱を始めた。
『 汝は誓約者。我が求めるは害敵を討ち滅ぼす業火。地の底にて轟く深淵の岩漿に願う。仇なす愚かしき劣者に戒めの鉄鎚を与えん 業炎破墜 』
中級上位魔法。仮初の詠唱でここまで使えるのは、よっぽど魔力が強いか魔法の扱いが巧みかだ。
エルヴィアにとっては心底からどうでもいい。
だから、一言で打ち消す。
『 水花 』
『水明』よりも下、単純に水を呼びだすだけの魔法。だが、『業炎破墜』の強大な炎を瞬時に消し去った。
呆然としているカルメーラに、一瞬で肉迫してその頬を平手ではたく。
傍目には、軽い一撃に見える。だが、打った位置と打ち方によって、威力と効果は異なる。
証拠に、カルメーラは一瞬で意識を刈り取られて部屋の端まで転がった。
ぴくりとも動かない。
三半規管を狂わせ、脳を揺らすように絶妙な位置を打ち、無駄な労力を払わなくて済むように適切に対処した結果だった。
ただ単に、面倒だっただけ、というのもあるが。
二年で代表とその補佐になるだけあって、カルメーラと少年は弱くない。三年でも勝てる者は十人いるかいないかといわれる程度には強い。
それを一撃でのしたエルヴィアに、ベルナートは警戒する。レグルはまだ呆然としたままだ。
有志達も警戒して距離を取っているのを見て、エルヴィアは小さく息をつく。
(こんなものか…)
大戦期を知り、その時代、最強の名をほしいままにしていたエルヴィアにとって、ベルナートやエアルですら赤子以下の存在だ。相手にするのすら、滑稽なほどに弱い。
だが、成長の余地と向上心がある者には、エルヴィアは心を砕くしいくらでも知識を与える。
それがフローラ達で、そして、今、もう一人。
(ここで失うのは、惜しいな…)
視界の端にエアルを認め、バカをやらかしたベルナート達に舌打ちをこぼす。
かつて、唯一の友人だった女性の曾孫だから、というのではない。その心を受け継ぎ、正常でまっとうな人格だからこそ、そして、覚悟と責任を知っているからこそ。
言葉の意味ではなく、実際の、実質の意味として。
『 蒸散鋼破 』
瞬間的に大気中の水分が蒸発する熱量を利用して、鋼さえ破壊する威力を発する水属性の魔法。
上級上位魔法の一つ。魔導師によって異なるが、高位魔導師が行使すれば小規模なクレーターを作ることも可能だ。
今回、エルヴィアは魔法を上に向けて放った。
結果、部屋の屋根と三方の壁が蒸発して消えた。
魔法のランクが高ければ高いほど、魔法陣は巨大になる。そのため、魔法陣の範囲に入ったレグルやベルナート達も加護を受けた。
そうなるようにエルヴィアが設定したのだが、わざわざ言うことではない。
風通しが良くなり過ぎた状況に、フローラ達も慌ててやって来た。
怒り冷めやらぬといった様子のエルヴィアに、残った一方の壁に身を隠しつつ盗み見る。
惨状のほぼ中心にいたエアルは、驚愕するよりも感心して夜空を見上げていた。
「私は、自分の怪我に怒っているわけじゃない」
静かな、恐ろしいほどに静かな声が、静寂の中に響いた。
「自分以外の誰か、不特定多数の人間が大怪我を負うことを知りながら、それを平然と行ったことに対して、私は怒っている」
声に、怒りが混じる。
同時に、残っていた魔法陣が雷を発した。
一度使用した魔法陣を再利用して、全く違う属性の魔法を使用するのは不可能だ。
だが、その不可能が目の前で起きていた。
そして、不可能を可能にする技術がエルヴィアにはあった。
言ってみれば簡単だ。
二つの魔法を同時に詠唱(実際は詠唱破棄)し、それぞれの魔法陣を重ねて構築しただけ。
それを維持するには膨大な魔力と尋常でない精神力が必要になるが、不可能ではない。
すでに失われ、エルヴィアにしか扱えない技術だが。
『 雷電光矢 』
上級中位魔法。
それだけでもかなりの威力だというのに、エルヴィアの膨大な魔力によって強化された雷撃魔法は、通常の威力の数倍で放たれた。
残っていた一方の壁も焦げて蒸発し、床も焦げて穴が開き、室内にいたエルヴィアとエアル以外の全員が軽い感電状態になった。
威力は上げたが、同時に加護も上げた。
エアル以外は加護の度合いをかなり下げたが。
部屋の外にいた五人は、加護がなくても魔法効果の範囲外なので、問題ない。
本来、極大の矢となって放たれる魔法だが、エルヴィアはわざと放電するように魔法陣を未完成にして行使した。そうすることで、形を持たずに力だけが放たれることになった。
これだけやらかして、被害が学院の一室だけに済んだのだからましというものだろう。
放たれた二つの魔法だけで、学院を消滅することはたやすい。それだけの威力はある。
それが分かったから、レグルもベルナート達もようやく理解した。
敵に回してはならない、得体のしれない存在の逆鱗に触れてしまったことを。
「人を指導し、人の上に立つならば、まず、自分の身を切ることで下に示せ。それができない卑劣な輩に、人の上に立つ資格はない」
吐き捨てるように言われても、感電している状態でなくとも誰も何も言えなかっただろう。
それほどまでに、力の差を見せつけられた。
反論すれば、命の危険すらありえると思うほどの眼差しと気配。
凍えそうなそれに、心臓をわしづかみにされたような錯覚を覚えた。
それを向けられていないはずの五人とエアルでさえも。
その後、怒りの収まらないエルヴィアは、模擬戦を行った森を壊滅させてようやく一息をついた。
広大な森の木々がなぎ倒され、地面が抉られ、ところどころ噴煙をあげて、見るも無残な惨状になった。
所要時間、わずか一分。
広範囲の威力甚大な魔法を連発した結果だった。
この時。
フローラ達五人とエアルの心には、同じことが刻まれた。
エルヴィアを怒らせてはならない。怒らせたら一国が滅びる。
比喩で済まない現実が目の前にあることが、涙を誘った。




