公爵家再建:緊急対策会議とタスク整理
ヨハンに使用人たちを招集するように言いつけ、優雅な大広間のど真ん中に"ホワイトボード"を設置した。
「お嬢様……その、白い石板は一体……?」
「みんな、これは重要な石板なので、どかしたりしないように!」
「しかし、公爵家の威厳が……」
「黙らっしゃい!」
うんうん、やっぱりこれがなくっちゃね!ヨハンとお父様にはずっと止められていたけど、緊急事態なのだから仕方ないわ!
「みんな集まった?早速だけど緊急全体会議を始めるわよ!」
ホワイトボードの左上に小さめにアジェンダを書いて、線で四角く囲む。
◾️今日のアジェンダ
①お父様の体調について
②新規タスクの洗い出しと担当者再設定
屋敷の皆は慣れたもので、メモを取ったり確認事項をささやきあったりしている。この世界ではかなり異質な会議なのだけど、皆順応してくれて何よりだ。
「まずはお父様の現在の体調についてヨハンから詳しく説明してもらうわ。……包み隠さず、正確にね?」
「はっ、承知いたしました。」
ヨハンが言うには、お父様の病状は王宮から下がった後も少しずつ悪くなっている。王宮にいた時は宮仕えの医師に診てもらっていたが、屋敷に下がってからはヴァレンティーノ家お抱えの医師・マティアスに診てもらっていたとのこと。
マティアスはヴァレンティーノ家に三代に仕える専属医師だ。幼い頃から熱を出せば必ず彼が来た。そんな男を疑うなど、誰も考えていなかった。
「長患いで体力が落ちている、というのはもちろんそうなのですが、咳が一向に止まらないのです。時には夜中から明け方まで続くこともあります。ご幼少の頃から振り返ってもこんなことはございませんでした。」
いつもはとぼけたような平静を保っているヨハンの心細そうな声に、かなりの緊急事態だと思わざるを得ない。
「発症してから、良くなっていた時期はある?」
「……思えば、王宮の医師に診てもらっていた時の方がまだ症状が軽かったような。最初の方はただの風邪のようでしたし」
「風邪……だけど長引いたってこと?」
「風邪を拗らせた症状そのもの、というところでしょうか。咳、熱、全身の倦怠感、食欲不振など。」
確かに、血を吐いたり意識を失ったりという決定的な症状はまだ出ていない。そのため、王宮でも軽めの風邪薬を処方されて、安静にとの診断が下っただけだった。
「お父様の症状について、他に何か気づいた人はいる?なんでもいいわよ、直接関係無さそうなことでも報告してちょうだい。」
小さなさざめきの後に、おずおずと1人お父様付きのメイドのレイナが手を挙げた。
「あの、お嬢様にお伝えしたいことが……」
レイナによると、マティアス先生から看病にあたっていくつかの注意事項が伝えられたそうだ。
◎お父様の看病にあたっての注意事項
・寝室の換気は最小限にとどめること
・食事は普段と同じものを用意すること
・食事が取れなくても、薬は決まった時間に飲むこと
・薬の入った布袋は常に湿らせておくこと
そして、この注意事項は使用人として基本中の基本なのでヨハンへ確認すると無能だと思われるだろう、という嫌な脅し付きだった。
「ヨハン、これは的確な注意事項かしら?」
「うーむ……少々不自然ですな。ただ、先生のことですから反論は用意しているでしょう。」
状況証拠にはこれだけじゃ弱い、か……。緊急事態発生時、大事なのは素早いトラブルシューティングであり、犯人探しではない。
犯人は、お父様が元気になったあとでじっくりコトコト追い詰めればいいのだ。
ホワイトボードを背に皆の方へ向き直り、背筋を正した。
「みんなも察していると思うけど、ヴァレンティーノ公爵家は危機に瀕してるわ。でも、お父様の健康が戻ればきっと良い方向に行く!王宮からお医者様を招いているけど、みんなも何か思うところがあればレイナのように聞かせてちょうだい。」
みんな、同僚や上司たちを伺うように顔を見合わせている。このゲームの世界は妙なところが日本によく似てるから、ここで一番目に発言するのは抵抗があるでしょうね。
「本当になんだっていいの。お父様の病気の原因はハッキリしないのだから、何が回復への決定打となるか分からないわ。」
たっぷり10秒まって、おずおずと挙手した使用人がいた。調理場のコック見習い・ハンスだ。
「あの、お医者様から『栄養のつくものを』と言われていたので控えていたのですが……以前お嬢様がお風邪を召された時に教えてくださった、“おかゆ”という料理を公爵様にもお出ししてはどうでしょう?」
「ハンス!素晴らしいわ!そうしましょう。料理長と献立の見直しをしてみてくれる?」
ハンスの顔がぱっと輝き、料理長は満足げに頷いていた。病人が食べやすいものまで避けさせていたなんて、ますますマティアス先生を疑いたくなるわ……。
ハンスの意見が採用されたとみると、みんながぽつぽつ挙手しはじめた。
「旦那様のパジャマはすべてシルクですが、もっと汗を吸う素材にいたしましょう。」
「お庭のハーブに鼻の通りがよくなる作用のあるものが。新しいお医者様にお見せしてみても良いでしょうか?」
「退屈でしょうし、旦那様のお好きな歴史書を仕入れませんか?」
会議が盛り上がり、いつも寡黙な使用人たちも活発に意見を出し合っている。
私はこういう瞬間に一番希望を抱く。それがどんなに納期が差し迫った深夜だったとしても───だ。
ホワイトボードぎっしりに改善案とタスクが埋まり、そろそろお開きといったところで、私は深く息を吸った。
「みんな。これは“公爵家の危機”であると同時に、“ここにいる全員で乗り越える試練”よ」
顔を上げた使用人たちの目は、恐怖よりも決意に近かった。
「私は、必ずお父様を回復させる。だから――ついてきてちょうだい」
一拍の沈黙のあと、ヨハンが静かに、しかしはっきりと答えた。
「……お嬢様。ヴァレンティーノ家一同、全力でお仕えいたします」




