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人事制度改革:離職率改善に向けたご提案

「さて、まずは我が家の退職希望者推移の絵図をご覧下さい。」


プロジェクター……はないので、大きめの紙に定規で清書した棒グラフを侍女に高々と掲げてもらった。ああ、なんという人海戦術、使い方間違ってるけど。


「ふむ?これは棒…?か?」


「この棒の高さは数を表しています。数が一つ増えるごとに決まった高さを積み上げていますので、棒が長いほど数が多いのですわ。」


「横に2本並んでいるのはどういう事?」


「王妃様から見て左側が昨年半年間の退職希望の数、右側が最新の半年間の数になっています。右側の方が棒が短いですね。」


「そうね、ということは…?」


「今年に入ってからの希望者が少ないということです。」


「なるほど!独特な資料だが、パッと見た時に分かりやすいな。」


「殿下にお褒めにあずかれるとは光栄ですわ。」



社会人みんな大好き棒グラフ。異世界の皆さんにはむしろ分かりにくいと思うのだけど、つい使ってしまう。この世界は棒グラフどころか、資料の中に文字以外を書くことすらない。

だから「昨年同期間比で退職者を85%減らした」という話を、A4の紙びっしりに文章書いて説明するのよね!最初は驚いたが、まあ色々と貴族的事情があるそうなので、正式な文書には使わないようにしている。



「宰相殿にはあまり馴染みのないフォーマット、いえ資料になってしまったと思いますので、従来型の文書もお持ちしています。……宰相殿?」


「クラウス、返事くらいしたらどうなの?」



配布資料を凝視しながら押し黙ったままの宰相は、王妃殿下に呼びかけられているにも関わらず、返事をしない。本来であれば不敬だが、なんだか異様な空気なので全員とりあえず宰相が話し出すのを待っている。が、話し出すどころか微動だにしない。

そばに控えているメイドすら戸惑って、お茶を注ぎかけていたティーポットを手に凍りついていた。全員でたっぷり5分は待ち、痺れを切らした王子がおそるおそる口を開いた。



「く、クラウス?どうかしたか?」



場の全員でおそるおそる宰相の顔を覗き込むと、なんとその頬に一筋の涙が伝っていた。



「美しい…………」



えっ!?なんだこいつ!?思わず王子を振り返ると、ふるふると首を左右に振っている。宰相の涙に心当たりはないらしい。

宰相は胸元から真っ白なハンカチを出して上品に目元を拭うと、嗚咽混じりに話し始めた。



「私は今まで、長い割には内容の薄い報告書を山ほど読んできました。しかしこの絵図は、一目で結論が分かる。字を読めぬ農民にすら伝わる……私にとって、どんな絵画より美しく思えます。」



棒グラフについては私が発明した訳じゃないのでちょっと心苦しいが、直感的で便利というのは同感だ。それにしても宰相って忙しいのね、レティシアの記憶によるとお父様はもう少し上手いことやってたみたいだけど。



「合理的な美しい絵だ、このような素晴らしい芸術を見せてもらってありがとう……」



いや芸術家に謝ってくれ!普通の人間から見たらジャンルが違うわけよ!



「お褒めに預かり光栄ですわ宰相殿、話を戻しても……」


「貴女様に宰相殿などと呼ばれるような身ではございません!よければぜひクラウスと!」



なんだこいつ、陥落したら陥落したで面倒くさい。クラウスって初実装のSSRサイドストーリーが塩過ぎてストアレビューが荒れて、根負けした運営が詫びにスチルとちょい甘展開追加実装してたはずだけど。運営さーん、こいつのツボ棒グラフらしいです!



「うふふ、私が宰相殿を呼び捨てだなど、とんでもない。」


「もう!クラウス!話が進まないから少し黙りなさい!わたくしの命令よ!」



王妃命令によって、宰相殿がやっと壁に戻った。水が吹き出るスプリンクラー付きの壁になっちゃったみたいだけど。



「えーと、話を戻しますね、この絵図に示した通り、我が領地で働く使用人と領官の退職希望者は激減しました。退職が少なくなっただけではなく、税収が増え、着手できる公共事業も増えるなど、我が領地は少しずつ上向いています。」


「半年間でそんなに成果が出ているのか、すごいな。」


「そもそも最近入れ替わりが激しく、引き継ぎや教育に時間を取られていた分を事業にまわせた結果ですわ。我が公爵家でこれですもの、王宮でも短期離職が起きているのでは?」



3人はそりゃあもう深く頷いた。公爵領より多くの人材を抱えているんだもの、そりゃそうよね。



「希望者がいないわけではないのだが、組織が肥大化し過ぎていてそもそも一人一人の把握すら難しいんだ。」


「後宮の侍女もあっという間に変わってしまうのよね。貴族令嬢の間では、行儀見習いより学園に通う方がステータスになるそうよ。」


「豪商の貴族化が進み、逆説的に貴族が商売を始めることへの忌避感も減った分、地位の望めない下級貴族が文官になることが減りました。優秀な者はある程度勤務した後、街へ降りて商売を始めるとか。」



そう、王宮勤めも希望者はいるが、それぞれの思惑を抱えており、求める人物像とマッチするとは限らない。それを埋めるための人事制度改革なのだ。



「そうです、元より王は民のためにある存在。血税を啜って生きるからには私利私欲を捨てなくてはならない……と、思っているのは今や一部の王族と貴族だけですわ。困窮している貴族や、元々平民であった者にとって、報酬のために働くのは当然です。」



今の陛下の暮らしぶりは、王妃殿下・王子殿下も含めて質素なものだが、歴史の中で積み重なった国の負債はもはや手に負えないレベルまできている。そこで、10年ほど前から貴族籍が金で買えるようになった。

買った貴族籍の使い道は、主に結婚と市井での商売。貴族籍を買った人間が王宮で滅私奉公をする例は稀である。



「今の貴族社会では、“爵位と報酬”が一体化しています。働き手たちは『どう頑張っても評価されない』と悟り、王宮を去るのです。」


「爵位と報酬……か、しかし爵位なくしてどう報酬を決定するのだ?」



やっぱり王子、生まれながらの貴き者である。現代日本には考えられない思想だが、この話を領地でした時、侍女長から下働きまで大体同じ反応だった。



「殿下、基本的には報酬とは労働の対価です。農民は労働の対価として麦を得ますし、商人も職人もそれは同じ。貴族だけ直接金が動かないから労働と報酬のあり方を見失ってしまうのです。」



壁、改め宰相殿が先程からベコベコと赤べこもびっくりな勢いで頷き倒している。伯爵から宰相までのし上がっただけあり、この話には大いに共感いただいているようだ。



「我が領地では、大きくわけて3つの制度を導入しました。使命書、三者合議の評定、報奨の表です。」



要するに目標設定と360度評価、グレード評価表なんだけど、そこは貴族的表現をお父様とヨハンに考えてもらった。



「第一に『使命書』。これは各個人に期待したいことを書いた書面を、指揮系統最上位のサイン付きで配布します。内容はあらかじめ本人と直属の上司でたたき台を作ってもらって、こちらで手直しするのが良いかと。」


「今も一応、任命書は作成しているが……」


「任命書では不足なのです。こちら、公爵家で働いているメイドの最初に発行した任命書と、改革後に発行した使命書ですわ。ぜひ見比べてみてください。」



使命書には、役割と職位とは別に『使命』が書いてある。本当は半期ごとに更新にしたかったのだけど、お父様にはやりすぎだと止められた。



「『使命』は『ヴァレンティーノ公爵家本邸の清潔を保ち、公爵家の品位保持及び公爵とその家族の心身の健康を助ける』……?」


「身も蓋もないことを言えば、彼女の業務は本邸の掃除ですわ。」

「ふむ?」



補足しようと口を開いたところで、お手本のように90度の角度で手が上がった。



「発言をお許しください、王妃殿下!」


「クラウス、手短にね。」


「レティシア様、私めは業務の方を具体化させることが目的かと思っていました。例えば『1階玄関ホールを毎日2回掃き掃除する』というような。しかし、レティシア様のお考えは海よりも深く、山よりも高かった……!」


「ど、どういう事だ?クラウス、また泣いてるじゃないか!」


「殿下!まだ分からないのですか!この使命書は業務を命令するのみならず、公爵家の使用人としての使命感を高めているのです!」



……なんかキモいけど正解だ。二次創作でもお見かけしないレベルでキャラ崩壊している。



「宰相殿が仰ってくださった通り、あえて抽象化することで帰属意識を持たせる表現にしているのですわ。単なる掃除人ではなく、公爵家の一員として行動できる使命を持たせるのです。」


「なるほど……よく出来ているな。」


「もちろん、数値で見える目標も大事なので、それは別で管理します。」



宰相殿は涙を撒き散らす赤べこになってしまい、王妃殿下はさりげなく扇でガードしている。扇、あんな使い方あるんだな……。



「そして、第二に三者合議。これは使命書に記された役割を果たせているかどうかを、上司・同僚・部下の三者で判定する仕組みですわ。」


「部下も……? 下の者の意見を聞くというのか?」



そうだよねえ、完璧な貴族社会で育った人々には受け入れ難い話だと思う。しかし、この評価は下から上への評価が出来ることが肝だ。



「ええ。上からの命令に怯えるばかりでは、誰も本当の意見を言えませんもの。」


「確かに……現場の声を拾う仕組みがあれば、問題が早く見つかるかもしれませんね。」



王妃殿下が感心して頷くと、クラウスが鼻をすすりながらメモを取っていた。



「……上司、同僚、部下。三つ巴の公正評価……見事な均衡だ。これなら派閥の介入も難しい……」


「クラウス、泣きながら筆記しないで。インクが滲むわよ。」


「そして、第三に“報奨の表”です。」


「報奨の表?」


「はい、これは働き手の努力を目に見える形で残す帳簿ですわ。金銭だけではなく、休暇・教育の機会・推薦状など、“誉れ”としての報いを記します。」


「誉れとしての報い……なるほど、ただの褒美帳ではないのですね。」


「その通りです、王妃殿下。名誉こそ最大の通貨ですから。人は、自らの名が“王家の記録”に残ると知れば、誰よりも誇り高く働きますわ。」


「……確かに。金より“王家に名を刻む”ことの方が、貴族には効きそうだな。」



クラウスがハンカチで目を押さえたまま、小声で呟く。



「……これは、王政を変えうる考えだ」


「王妃殿下、今ので三つの制度すべての説明を終えました。これらは我が領地では半年ほど運用され、退職希望者は八割減、税収は一割増を達成しております。」



王妃殿下は満足げな顔で頷いた。決まった!この瞬間は何にも変え難い爽快感がある。



「素晴らしいわ、レティシア嬢。あなたの言葉には理と誇りがある。」


「お褒めにあずかり光栄ですわ。」



さて、クロージングも済んだことだし、ここからは王族並びに宰相様のお仕事である。私は失礼して、自宅でゆっくりお茶でも飲み直そう。

退席のタイミングを見計らっていると、クラウスが重々しく話を切り出した。



「……それほどの仕組み、王宮に今すぐ取り入れたいところですが、まずは王家直轄領で試してみるというのはいかがでしょう。」



宰相の一言に、場の空気が変わった。まあ、このくらいの結論で着地するだろうなと予測していたのだけど、王妃と王子の表情は硬い。



「実に良い施策だが、王家直轄領というのはさすがに……」


「直轄領で試したところで効果が出るのか疑問が残るわね。」



──直轄領、そんなに炎上案件なの?


まあ私は知らないけど!フラグなんか、立ってないんだからねっ!

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