王宮召喚:ステークホルダーとの初回面談
ヴァレンティーノ公爵領は王都の東に隣接する領地だ。
城下町から東へ馬車を走らせると、1時間もせずに関所へと辿り着く。王都の東には豊かな穀倉地帯が広がり、南東には他国との貿易に使われる大きな港町まで抱えている。レティシアたちが住む公爵邸は、関所を出てすぐ、利便性を重視して王都のすぐ側にある。
馬車から降りると、珍しく執事のヨハンが出迎えに来ていた。
「今帰ったわヨハン、玄関前にいるなんて珍しいこと。王子様から求婚でも届いていて?」
「おおっ、さすがはお嬢様。ご名答でございます。王子殿下からお手紙届いておりますぞ、ささ、旦那様にご挨拶を!」
はい?最終プレゼンをキャンセルして華麗に帰社したっていうのに、受注できるわけないでしょうが!大方、封を開けずにクレームと求婚を早とちりしているのだろう。
「あのね、本当に申し訳ないんだけど、多分違うと思うわ……」
「なんの!確かに直球の求婚ではないようですが、内容からしてほぼ求婚ではないかと。」
ん?もしかして中身読んでる?そりゃおそらくヴァレンティーノ公爵宛に来た手紙だろうから、お父様がいらっしゃるならすぐ封を開けたわけよね。
「レティシア!すごいじゃないか!」
「お父様?どういうことでしょう?」
待ちかねたとばかりに玄関ホールまで出てきたお父様によると、私宛に「明日、王城へ来てほしい」という王子殿下からの召喚状が届いたらしい。
王子妃選抜お茶会の翌日に召喚状が来るだなんて、何も知らないお父様からしたら浮かれるでしょう。
──アジェンダ無しの往訪依頼なんて愚の骨頂だわ!
浮かれるお父様に今日のお茶会の結果と、エレベータートークの内容を簡単に共有した。
「ふーむ、今ヴァレンティーノ家から妃を娶るだなんて、不自然な話だとは思ったのだが……」
「そうでしょうとも!お兄様は次期宰相の座から追い落とされて隣国で修行中、私は王子から嫌われているわけですから、我がヴァレンティーノ家は風前の灯!」
「そんなにハキハキ言うんじゃないよ……せめて、私の病がもう少し回復したらいいのだが」
そう、ゲームプレイ時は全く分からなかったが、ヴァレンティーノ家は崖っぷちであった。
理由は簡単、現宰相がのし上がるために、公爵家嫡男であるレティシアの兄が非常に邪魔だったから。兄はゲーム未登場だが、優しげな顔のイケボなので今後実装される予定なんだろう。
元祖レティシアは、おそらく実家の状況もあり、なりふり構ってられずにヒロインへ嫌がらせしたのだ。
「大丈夫!お父様、ここは私のプロジェクトマネジメントの出番です!」
「あぁレティ、それを殿下にまで話してしまったのか……」
転生後、私のプロジェクトマネジメントを1番聞いてきたのは父とヨハンの2人だ。宝石とドレスにしか興味がなかったはずの娘が領地改革をやりたいと言い出したものだから、2人はびっくりするやら心配やらと色々とアドバイスをくれていた。
実際、2人がいなかったらこの領地の文化水準とマッチしない改革になっていたかもしれない。
「しかし旦那様、お嬢様の持論が非常に面白いのもまた確か。これがきっかけで王子妃となられるかもしれませんぞ。」
「面白いと言っても、王子妃にするにはちと斬新すぎるんじゃないか?」
なにそれ、おもしれー女ってやつ?私としては一般的なことを言ってるだけなんですけど!?
「ご心配なく、お父様!レティシアはこのチャンスを間違いなくものにしてまいりますわ!」
*
翌日、レティシアが朝食を終えると、待ちかねていたかのように王宮からの迎えが来ていた。馬車まで値踏みしそうな勢いだった昨日とは打って変わって賓客対応である。
──大体もてなしが豪華なほど理不尽な要求が来るのよね、わかりますとも。
前世で食べたクライアントから差し入れられた高級弁当や、キックオフ後の豪華会食を思い出しながら、レティシアはやたらにでかい馬車に乗り込んだ。
王宮に着くと一応はティールームに通され、お茶と軽食、ケーキが供されている。しかし、王妃様と王子、そして現宰相・クラウスがそろい踏みであった。
「王妃殿下、ヴァレンティーノ公爵家レティシアが参上いたしました。」
「レティシア嬢、昨日の今日で呼びつけてすまないわね。ぜひ、私たちにも聞かせてちょうだい。」
昨日の話を王妃殿下にするのも、王子にするのも問題ないが……あまり会いたくない人物にちらりと目をやる。
現宰相、クラウス・フォン・エーデルハルト。ゲーム中ではアラサーのオタクに大人気だった30代眼鏡クール系男子だ。
歴代宰相の中でもちろん最年少、加えていかに優秀でも伯爵家出身の宰相とは異例中の異例である。
──何を隠そう、先代宰相のお父様の病をきっかけにお兄様を蹴落としてのし上がったのがこの男な訳だが。普通、そんな男ここに呼びます?
「失礼、ヴァレンティーノ公爵令嬢。私の事は壁かなにかだと思ってもらえれば。」
「あら、王宮の壁は喋りますの?やかましくてかなわないわね。」
「ええ、最近の令嬢はあの手この手で王子殿下の気を引きますからね。それを防ごうとすると壁すら動員しなくてはならないのです。」
ちょっとこの男、私が王子の気を引こうとして領地の人事制度改革したとでも言いたいわけ!?誰がそんな面倒なことするもんですか!
「す、すまないレティシア。クラウスが着いてくると聞かなくて…」
「クラウス!レティシア嬢にちょっかいはかけないと約束したでしょう?」
「しかし王妃殿下、私が最後に会ったヴァレンティーノ公爵令嬢は口を開けば王子に会わせろ、好
きな食べ物は何だ宝石は何だと言っていたのですよ。今更領政に着手したというのはどう考えても怪しいでしょう。」
ギロリと眼鏡越しに私を睨む姿はまるで初期スチルのよう。現世の私が見たら「新規絵だ!」と喜びそうなものだが、生で見たらムカッとするのは意外だった。
「宰相殿、私が王子妃に選ばれるために我が領地をおもちゃにしているとでも?」
「実際その可能性が高いと申し上げているのですよ。ヴァレンティーノ公爵は聡明なお方、印象操作くらい考えておいでなのでは?」
「それはこの資料を読み解いてから仰ればいかが?」
侍女に合図すると手馴れた様子でまとめられた紙を持ってきた。この世界にはもちろんパソコンもない、パワーポイントもない……ということで自筆でプレゼン資料を書き起こしている。
昨夜手直しした資料を広げ、とりあえず場の全員ににっこりと微笑みかける。このプレゼンは気合いを入れねば、宰相をギッタンギッタンのボコボコにしてやる。




