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エレベータートーク:業務改善手法の共有

王城って、無駄に広い。前世では会議室AからKまでを飛び回っていたレティシアだったが、王城は意味不明な部屋が多く間取りもゆったりしすぎている。高いヒールを履いていることもあり、エレベータートークどころではない長時間王子とご歓談する羽目になってしまった。


「レティシア嬢、その、先程はすまなかった。」


この王子は杓子定規なところはあれど、純粋培養の王族の割に素直な性質ではある。前世の私としては庇護欲をそそられるキャラクターのひとりだったが、こうして転生してみると伴侶にするにはいまひとつ頼りがいに欠けるかもしれない。


「殿下、あなたはこの国の王となられるお方のはず。気楽に謝ったりするものではございません。」


私が転生したこのゲームは、昨今のスマホ乙女ゲームによくある、本編一本道型の恋愛ストーリーだ。レティシアのざまぁ展開は、共通ルートのスパイス程度。

このお茶会さえ乗り切れば、私は自由の身だ。金曜の夕方の気分ってやつ。


「ところで、もうヴァレンティーノ領へ帰るのか?」

「ええ、帰ると言っても王都の隣ですもの。父も心配ですし。」


珍しく素直に返答すると王子の表情も一瞬暗くなった。父のヴァレンティーノ公爵は現在病を得て臥せっている。咳が止まらないことから風邪をこじらせているのでは、という診断であったが、現代で医学を勉強していた訳でもない私に信憑性は分からなかった。


「長い病だな、公爵には大事にするよう伝えてくれ。あなたが領主代行として立ったことで使用人達の士気は高いと聞いたが……」

「まあ!殿下、私のプロジェクトマネジメントにご興味が!?」


そう、私はフラグ回避と並行して、使用人の評価制度を現代知識で改革している。


一般的に転生主人公とは不思議なほど万事に通じており、一人でチョコレートを生成したり石鹸を作って公衆衛生を改善したりと幅広い活躍を見せるものが多いが、いざ転生してみると"できそう"というのは分かってもレシピや製造方法など分からないことも多い。


── やっぱり現実はチート展開なんて起きない。


自分にあるのはPMスキルと、数学や政治の面でちょっとだけ現代知識があることくらいだ。


やはり餅は餅屋、ということで、使用人の評価制度改革から手をつけることにした。


我が家は公爵家のため使用人になりたい中級・下級貴族は掃いて捨てるほどいる。ただし、志望者が多いことと士気が高いことはイコールではない。

単に行儀見習いとして2、3年つつがなく過ごせればいいと思う者、我が家で力をつけたあと侯爵などの屋敷で家令やメイド長へのキャリアアップを図ろうとする者……執事が面接の時に一通りの事情はヒアリングしていたようだが、レティシアに言わせれば情報が足りなさすぎる。


「ぷ、プロジェクトマネジメント?」

「はい!使用人や領官のモチベーションを高め、目標達成に向けてチーム一丸となる手法ですわ!」

「もち……?」

「モチベーション、殿下。やる気です。」

「……やる気?」


「そう、やる気。お金と権威で動く貴族社会に足りない最後のピースですの。」


現世でのレティシアは手も動かしマネジメントもするいわゆるプレイングマネージャーとして忙しく働いていた。出世をしてより高い年俸と役職を貰うことが全てで、それ以外のモチベーションなど考えたこともない。

もちろん志を同じくする部下もいたが、正直なところ「ほどほどでいい」と言うメンバーの方が多かった気がする。


「殿下、恐れながら私は貴族として幼い頃から厳格な教育を受けております。この国と国王陛下へもとより全て捧げており、必要とあらば、この身一つで国益のため海外へ嫁ぐこともできましょう。しかしながら、新興貴族の中にはそのような考えにまだ至っていない者も少なくありません。」

「……なるほど。君の新興貴族への当たりの強さはそのような理由だったのか?」


私が記憶を取り戻す前、いわば"元祖"のレティシアがどう考えていたのかは分からない。ただ幼少期の記憶を辿る限り、元祖レティシアは王妃になる可能性も視野に入れて様々な教育を施されていた。確かに性格には難があるものの、甘やかされ放題で、わがままに育った貴族令嬢だと思われているのは心外な気もする。


「……否定はいたしません。しかし、そのような者たちを切り捨ててしまうのも、また貴族に反すると思ったのですわ。」

「ほう?君が自分の考えを覆すだなんて驚きだな。」


当たり前である。元祖レティシアの記憶があるから何とかやっていけているものの、まだ記憶を取り戻して1年余り、父親にはかなり違和感をもたれているようだ。


「それもこれも、私はプロジェクトマネジメントと出会ったからなのです!殿下、もしよろしければ我が領地へ……」


視察など、と言いそうになってしまった、危ない。現代日本と違ってプロジェクトマネジメントに興味を示してくれる人がおらず、語ることに飢えているからといって、破滅フラグを握っている王子と関わりを持ってどうする。


「領地へ?」

「え、えーと、我が領地から上がってくる来年度の税収や収穫量など、お楽しみになさってくださいませ……」


王子はぽかんとしたあと珍しく声を出して笑った。無防備に笑うと元祖レティシアの記憶の中にある、まだ幼かった頃の王子の面影が濃く滲む。


──いけない、私は速やかにゲームから退場しなくっちゃ。


頬が熱を持つのを感じつつも、レティシアは馬車へと急いだ。王宮を巻き込む特大プロジェクトのフラグが立ったことも知らずに。

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