お茶会炎上案件:事実関係と初動対応
「レティシア・ヴァレンティーノ。君の行為は許されざるものだ!」
王子の声が中庭に響く。
——やっぱり起きてしまったか。重要フラグは不回避ってことね。
私は深く息を吸い、前世で染みついた“謝罪テンプレ”を思い出した。
前世の私は、日本で炎上案件を渡り歩いていたアラサーのプロジェクトマネージャー。
どういう因果か、今は乙女ゲームの悪役令嬢レティシア・ヴァレンティーノとして第二の人生を送っている。
——まず、落ち着いて事実関係を整理。
今日は王妃主催のお茶会兼、王子の婚約者選定会。
今まで神回避を重ねてきたというのに、これまで距離を取りきれずにいたレティシアの取り巻きが、ヒロインのアリアに紅茶をかけてくれたらしい。
当の本人は、王子が出てきた瞬間から声も出さずに震えている。
これはもう、本人に謝らせるのは無理ね。下手に喋らせれば、クライアント──失礼、王子の怒りに油を注ぐだけだ。
一方、直接の被害者であるアリアはそこまで怒っていない。問題なのは王子の方だ。
どうやら彼は、私が嫉妬してアリアに紅茶をかけさせたと思っているらしい。
まあ無理もない。正義感の強いこの幼なじみは、気位が高く典型的な貴族令嬢“だった”レティシアを、昔からあまり好いていなかった。
しかし、そもそも王子にレティシアを責める筋合いはない気もする。
事象:
11:30 ヒロイン着席
11:45 レティシア及びシモンズ伯爵令嬢着席、三人が隣り合わせになる
12:00 お茶会の開始
12:05 王妃様のご挨拶終了、歓談開始
12:10 シモンズ伯爵令嬢がヒロインのドレスを「田舎者」と揶揄
12:13 レティシア、さりげなくたしなめて別話題に切り替え
12:20 ヒロイン、持参した手作りクッキーを配る
12:20 シモンズ伯爵令嬢、マナー違反だとして紅茶をかける
12:21 王子の乱入
+ ※やっぱり報告書って、読みやすさが命よね。
経緯報告書をつくるならこんなもんかな。現場は怒ってないけど、上層部は怒ってるって話よくある。「現場で頑張っている我が社の社員のため」とか言って現場の仕事増やしてるだけなんだけど。
——次に、被害者への誠実な謝意。
「アリア・ローレル男爵令嬢、この度の非礼、誠に申し訳ございません。」
「あっあの、私は別に、レティシア様が紅茶かけたわけではないので……」
「ローレル嬢、君は普段からヴァレンティーノ嬢にかなり辛辣なことを言われていただろう。今回も同じではないのか?」
ふん、事実関係もわからないうちから謝罪要求なんていいご身分ですこと。まあ本当に王族なのだから仕方ないけど。
——ただし、事実と異なることを謝罪するのは絶対NG。
「恐れながら王子殿下、私がアリア様に紅茶をかけた訳ではございません。しかしながら、今回紅茶をかけたのは私の友人です。アリア様が手土産の手作りクッキーを取り出された際、このテーブルで一番身分の高い私がマナー違反を指摘しなかったために、ナディア・シモンズ伯爵令嬢が役目を担ってくれたのですわ。ただ、指摘の方法が誤っていたのです。このテーブルの責任者は私。シモンズ伯爵令嬢を制止できなかったこと、心よりアリア様にお詫び申し上げますわ。」
数え切れない謝罪で身につけた、『謝罪しつつ、こちらに非がないことを印象づける状況説明』。決まった。
王子と男爵令嬢は目を白黒させている。まったく、頭の回転がゆっくりされていらっしゃいますこと。
——最後に、再発防止策を簡潔に。
さて、現場の男爵令嬢への謝罪はこのくらいでいいだろう。中間管理職のようにぎゃんぎゃん吠えだした王子殿下は放っておくとして、一番大事なことは決裁権を持つキーパーソンを押さえておくことだ。
この場でのキーパーソン……それはもちろん、さっきから扇で口元を隠しつつもこちらを鋭く見ていた後宮の主たる王妃殿下である。
「王妃殿下、発言をお許しください」
「許しましょう。レティシア嬢、まだ何か?」
「先程申し上げました通り、このようなトラブルになってしまったのは私の責任です。責任をとってこのお茶会を中座し、領地にて謹慎させていただきたく存じます。」
「……この会を中座するということがどういうことなのか、分かった上での判断かしら?」
もちろん、これはいわば最終プレゼンを欠席するのにも等しい悪手だ。社交シーズンはもうおしまい、王子の婚約者の選定は今年中に済ませないと立太子までに間に合わない。このお茶会は最後のチャンスだ。
「存じております。ですので、シモンズ伯爵令嬢の参加は寛大な心でお許しください。」
お願い、ここはPMの首ひとつで収めてくれ。シモンズ伯爵令嬢はあれで気の強い面倒な女なので、道連れにしたらどれほどめんどくさいかわかったものではない。
王妃殿下は迷うように少し目線を下げて考えていたが、すぐに扇をぱちんと閉じ、裁判官のように判決を言い渡した。
「わかりました。今回はレティシア嬢に免じて、ナディア嬢への処分もこの場では不問としましょう。アリア嬢の着替えのドレスはこちらで用意します。費用はナディア嬢が負担すること。」
「はいっ」「寛大な御心に感謝申し上げます!」
「レティシア嬢、うちの愚息に馬車までエスコートさせてちょうだい。」
「母上!?」
王妃様、私だって思いっきり不満そうな王子とエレベータートークするの嫌なんですけど。そんなに有益な情報も得られなさそうだし。
「お黙りなさい、一番場を乱しているのはお前です。勝手にレティシア嬢だと決めつけ、声高に名指しで名誉を毀損したのですよ。為政者としてふさわしい振る舞いとは言えないでしょう。」
「で、ですが……」
「レティシア嬢はお前に代わってこの場を収めてくれたのよ。レティシア嬢の言い分にも耳を傾けること。この母の命令です。」
影の国王とも、女傑とも名高い王妃様に口ごたえを封じられた王子は、渋々といった態度でこちらへ腕を差し出した。
これがプレゼンだったとしたら、この帰り道こそが勝敗を決すると言っても過言ではない。ただ、残念だがこちらは受注するリソースもないので、やっつけ仕事で賑やかしにきただけである。
「それでは、お言葉に甘えて。」
私が足早に馬車まで急ぐと、王子は焦って歩幅を広げた。
「そんなに私と歩くのが嫌か」
「殿下の貴重なお時間を頂戴するのも悪いと思いまして。」
すみませんね王子様、すぐヒロインの元に返してあげますんで。




