聖女認定:運用方針と政治的リスク
聖女とは、女神の寵愛を深く賜った女性。簡易的な治癒能力と、その者固有の効果を持つ術を得られる。
それはこの国に暮らす国民なら、平民から大貴族まで皆が知っている常識だ。詳しいことはそこまで深く習わないし、そもそも聖女の出現にはムラがある。生きてるうちに、聖女を目にできる人の方が珍しいかもしれない。
「……国家機密とは、聖女に関することですか?」
「ええ、これからのアリア嬢にも関わることよ。そして、政治に携わる者は誰も聖女を無視することはできない。治癒能力を持つ聖女の求心力は、気楽に医者へかかる貴族には理解できないほど強いのよ。」
「求心力がある、とは承知しております。特に、アリアはおそらく畑を豊かに実らせる術を持っているでしょう。」
王妃殿下は静かに頷いた。確かに、アリアと王妃殿下は相性が悪そうとはいえ、国に利益をもたらす存在であれば王妃殿下ももっと親切に振る舞うはず。先程見た感じは、むしろ上から押さえつけている様子だった。
「聖女は、女神の寵愛と引き換えに国を分かつ存在だとされています。例えば先代聖女を巡って、王太子とその弟が争い、内戦にまで発展した。最終的には弟が勝利し、聖女も王位も得ているわ。」
「……内戦?確かに王位を争って、という話は聞いたことがありますが……」
「もちろん隠蔽されているわ。その他に、未婚の高位貴族がみな聖女に夢中になり、いくつかの家が断絶の危機になったり。教会長を操って王妃を追い出し、自分が王妃の座についた聖女もいたそうよ。聖女が現れる前に結ばれていた王太子の婚約も、その多くが聖女を理由に破棄されている。」
なるほど、乙女ゲームって王族側から解釈するとこういう感じなのか……。確かに、ハーレムエンドには昔からやや疑問を抱いてた。大体王子様と結婚するけど、他の攻略対象に子孫は残らないってことだもんね。
「だから国家にとって聖女とは、祝福であると同時に非常に扱いの難しい存在なの。国は聖女を厳しく監視・監督していく方針よ。セドリックやクラウスだと正気を失うかもしれないから、レティシアも知っていてちょうだい。」
「ここまで母上に信頼されてないとは……」
「ええ、全くです。我々の献身はなんだったのか。」
殿下とクラウスは冗談めかして嘆いて見せた。今のところ正気を保ってはいるみたい。そもそも、聖女の術自体が魅了効果を持っているのか、それともまた別の要因で昔の王侯貴族を狂わせたのかも気になるところだ。
「もちろんでございます。しかし、アリア嬢の性格上国家転覆を狙うという可能性は……」
「本人が望む必要はないのよ。周囲が彼女を旗印にすればいいだけ。」
アリアの性格を考えれば、正直万が一にもないと思って本気にしていなかったが、確かに旗印として利用されることはありうる。全く自分に関係ない話なのに、遠路はるばるソラリアまで着いてきたアリアのことだ。大義名分さえ整えてあれば、相手を信じ込んでしまうだろう。
「……貴方も注意してね、レティシア。」
「肝に銘じます。」
思えば、聖女は全国各地に拠点を持つ教会本部を言いなりにできる存在。王妃殿下が警戒するのも仕方ないかもしれない。
「さて。聖女任命式の話でもしようかしらね。聖女と正式に任命されるには、聖女の術発動を確認した高位貴族の推薦が必要よ。今回の場合はレティシアね。」
「えっ……私ですか?殿下も、クラウスもすぐに確認したかと……」
「2人のどちらかを推薦者にしてもいいけど、アリア嬢はレティシアに一番心を許しているのでしょう?一番適任じゃなくて?」
「まあ、そうかもしれません……」
「ヴァレンティーノ公爵家が政治的影響力を失っていないというパフォーマンスにもなるでしょう。レティシア、引き受けてくれますね?」
旗印というならば、私も王妃殿下の旗印にされているような、気がしなくもないのですが……。
今後の予定や、準備などを王妃殿下がすらすらと決めていくのをぼんやり眺めていると、タイミングよくアリアとルーカスが王宮案内を終えて帰ってきた。
「レティ様!王宮って本当に広いんですね!中庭に騎士団の練習場があって、少し見学させて貰っちゃいました!」
「あら、そうなの。」
何だか随分打ち解けている。っていうか、練習場を見学ってちょっと好感度上がった後の日常イベントじゃなかった?
「いやー淑女をお連れする所ではないと思ったんですが、聖女様は騎士団の模擬戦がお好きなようで」
「すごい迫力でした!」
待って、模擬戦って中盤よ……!見学だけか!?
「明日は僕も出ますんで、楽しみにしてください!」
「はいっ!」
で、出たー!はい、これ中盤のデートイベント、模擬戦見学→ルーカス凡ミス→アリアの声援でなんとか勝利→その後抜け出した屋台で買い食いの「かっこ悪いとこ見せちゃったな」じゃない!
「……衛兵に見つからないようにしなさいよ。」
「えっ!なんで模擬戦の後……」
「しーっ!ルーカスさん!」
ふたりは顔を見合わせてうふふと笑い合う。いや、1日でどんだけ好感度上げれば気が済むのよ……。アリア恐るべしだわ。
*
そして、王宮では盛大な聖女任命式が開催された。下町はお祝いのため無礼講、貴族たちは任命式の後パーティの予定だ。皆がアリアに注目し、聖女の誕生を喜んでいた。
当のアリアはというと、式典の順序をブツブツ呟いては頭を抱えていた。
「……レティシアさまぁ、私、もう無理です!」
「何を言ってるの、しゃんとしなさい!任命式なんて手順少ない方じゃないのよ!」
ただ、今回アリアの一挙手一投足にケチをつけてやろうと集まる貴族たちを思えば、力をぬけとも言えない。
「お二人とも、今日も仲良しですな。微笑ましいことで。」
「あら、エルグラン聖務卿、ごきげんよう。」
「ひゃっ!エルグラン公爵……聖務卿……?にご挨拶申し上げます!」
「おっとアリア様、その挨拶も本日までですよ。今日の任命式が終われば貴方は聖女様ですから。」
「そう、なのですね……、最近レティ様に怒られずにご挨拶出来るようになったのに、また、ゼロから……」
「何言ってるの、一介の公爵令嬢が聖女様の作法に口を出せるわけないじゃない!ねえ、エルグランのおじ様。」
「そうだね、我々はただの公爵家だからねえ。アリア嬢は雲の上の存在になってしまうかも。」
「お二人ともやめてください~!!」
くすくすと顔を見合わせると、やっと冗談だと理解したのかアリアが大きなため息をついた。
エルグラン聖務卿は、ヴァレンティーノ公爵家と肩を並べるエルグラン公爵家の当主だ。ヴァレンティーノは政治を主軸として実利主義の一族だが、エルグランは教会の後ろ盾で、代々聖務卿として王宮に出仕している。
特に聖女任命式などは聖務卿の管轄なので、聖女アリアと推薦人になってしまった私は、エルグラン公爵にあれこれ手ほどきを受けていた。
「レティシア、アリア、準備はどうだい?」
「ええ!ばっちりでしてよ。」
「ゆっくり進む……前を見る……胸を張って……ううううう」
アリアは記憶力がいいのだが、不器用で1つ意識すると1つ落っこちるところがある。ぶつぶつとアリアが復習しているところに、正装に着替えた殿下が入ってきた。
「エルグラン聖務卿、急な依頼ですまないね。」
「いいえ、聖女様の誕生を信徒は皆待ち望んでおります。」
「エルグラン聖務卿、レティシア・ヴァレンティーノ様、お時間ですのでご移動お願いいたします。」
「じゃあアリア、壇上で待ってるからしっかり歩いてくるのよ!」
「ああ……レティ様……エルグラン公爵……行かないでください……!」
「殿下と落ち着いて入場し、我々目掛けて歩いてくださればそれで大丈夫ですよ、頑張って!」
涙目のアリアは不安だが、推薦人である私と任命を担うエルグラン公爵は先に入場し、祭壇の後ろで待つ方式らしい。
「それでは我々は参りましょうか。」
「ええ、おじ様。」
まあどれだけ私たちが入場を遅らせた所で、アリアがたちどころに自信を持つタイミングなど訪れないだろう。まあ殿下が付いているので、致命的なミスにはならないはずだ。
「それにしても、王太子殿下と聖女様は思ったより仲睦まじくていらっしゃいますなあ。」
「え?ええ……そうかもしれませんわね」
そうか、王太子殿下と"聖女様"になるのね。今までゲームの進行とか、イベント消化とかを気にしていたけど、この世界の常識のことを考えると───あの2人、お似合いってことかしら?




