ソラリア再建:不正発覚と責任者の更迭
ミレーナから不正の証拠を得、クラウスが連れてきていた家臣団が即座に検討した結果、ソラリア領代官府の長ガルド・ベネディクトの全ての権限を停止し、代官府の再編成を図ることになった。
「ミレーナ様の権限は?」
「……ミレーナ嬢は、公の権限をお持ちではありません。」
「……そう。」
娘には権限を与えずにこき使って、帳簿運び屋の息子にはちゃんと上等な地位を用意するなんて、ガルドはつくづく嫌な男だ。それによって今回ミレーナは救われているとしても。
クラウスの提案で、ガルドへの説明と処分の言い渡しは代官府の正面にある広場で行われることになった。表向きは「視察に来られた王太子殿下からのありがたいお言葉を拝聴する会」として集められたガルド以下地元の有力者、さっさと帰らせろとばかりに不貞腐れている役所の職員たち、たまたま通りかかった通行人などが集まって、かなりの規模の集まりになった。
代官府の控え室に入ると、正装に着替えた殿下が真剣な顔で座っている。できればわだかまりを解いてから断罪に移りたいが、殿下はさっきの話をすっかり忘れているかのように真剣に話しかけてきた。
「レティシア、冒頭は私が話す。その後、君に話を引き継ぐ。ガルドの罪状と処分は話したとおりだから、この話の責任者として君の口から発表してほしい。」
「構わないですが、私から……ですの?殿下でも、クラウス様でもなく?」
「……ソラリアでは女性が軽く扱われていると聞いた。正直、王都でも平等な訳ではない。女性である君が責任者として前に立つことで、ミレーナが置かれていた状況そのものを否定するんだ。」
ははーん、なるほど。それなら俄然得意分野だ。いっちょ派手にやったりますか。
「……おまかせください。私を誰だと思ってますの?」
「ようやくいつもの調子が戻ってきたな。頼んだ。」
何度も何度も、役員説明だクライアントのお呼び出しだ状況報告だ社内説明だとプレゼンを繰り返してきたものだが、案外青空の下でプレゼンをしたことはなかった気がする。
広場に出ると、急遽設けられた舞台に向かって、50人は下らない大人たちが整列していた。最前列はもちろんガルドだ。有力者たちは王太子殿下からのお言葉を心待ちにしているが、心当たりのあるガルドだけは気もそぞろに殿下の登場を待っている。まるで断罪直前の悪役令嬢みたい、って悪役令嬢は私なんだけど。
殿下が出ると、ガルドの合図でソラリア領ご一行様が顔を伏せた。なんだ、ちゃんとご挨拶できるんじゃない。
「突然の招集になってすまない。ソラリアの民のご厚意に感謝する。」
「王国の若き太陽、セドリック・アルヴィオン王太子殿下に、ソラリア領一同拝謁いたします……」
ハリのある殿下の声とは対照的に、しおしおしたまま消え去りそうな声でガルドが代表の挨拶をした。「視察に来られた王太子殿下からのありがたいお言葉を拝聴する会」の開始だ。
「ここソラリアに訪れたのは、この地の長きに渡る困窮に王妃殿下が胸を痛めておられるが故だ。支援物資・助成金以外で領を活性化させられる方法がないかを探るべく、王妃殿下の勅命によって調査団を派遣させていただいた。その調査団の責任者が、レティシア・ヴァレンティーノ公爵令嬢だ。ヴァレンティーノ公爵令嬢、前へ、調査結果を発表してくれ。」
殿下に手を取られて私が舞台へ立つと、前列のガルドと森の仲間に動揺が広がった。
「公爵令嬢だって……?しかも王妃様の命?ガルドさん、あんたまずいんじゃないか」
「えー……てっきり宰相様の連れだと……」
「だから俺が言っただろ!一応お招きしろって!」
「あんな宴に呼んでも仕方ないだろ……」
あーらおかわいいこと。私が責任者って言われただけでこのさえずり。これから私のプレゼンを聞いたら一体どうなってしまうか、見物ですわね?
「お引き立て頂き恐縮ですわ、今回王妃殿下から調査の命を受けて、こちらの宰相閣下、アリア嬢とソラリア領へ参りました、ヴァレンティーノ公爵が娘、レティシアと申します。」
最後列にいる村の女たちも、少し動揺している。そうよね、いつも通りガルドたちに放って置かれてる女性の客人をもてなしたと思ってたわよね。
「まず、この地に困窮する民が予想より少なかった事、非常に安心致しました。代官府にお勤めの皆様のおかげ……と言いたいところですけども。」
故意に間を作って、観客の反応を伺った。気まずそうに目を逸らすのはガルドと森の仲間たちだけね、代官府の面々も大半はなんのことか分かってないみたい。ただ、やや年嵩の男性に限って心当たりのあるお方がいらっしゃるよう。顔をよく覚えておきましょう。
「皆様、不思議に思ったことはございませんか?麦はそこそこ収穫できている。しかし、収穫直後は税として大量に持って行かれる。でも、少し待つとある程度の量は戻ってくる。」
「確かに……」「毎年冬の最中に戻ってくるわよね?」
なるほど、麦を収穫した後近くの拠点に納税し、そこから支援物資の申請が始まるんでしょうね。
「しかし、徴税官はもっとたくさん麦を作れ、品種を変えろ、新しい農具を買え、とか言ってくる。なんだか全く分かっていらっしゃらないように思えますよねぇ。」
「だからガルド様が交渉してくれているんだろ?」「王都とは気候が違うからねえ」
そうよね、ガルドはそう説明していたのでしょう。ガルドの顔がみるみる青くなり、肩を組まんばかりに男たちが群がっていたはずの周りは、いつの間にか壇上からも分かるほど遠巻きにされていた。お気の毒さま、篤い男の友情ですこと。
「ここで、こちらの絵図をご覧下さい。」
合図すると、壇上に大きな紙が掲げられる。私としては今回も棒グラフにしたかったのだけど、分かりやすさ優先で麦の入った袋のピクトグラムのような絵図を書いて、王宮への報告量と、実際の収穫量との差を表現することにした。
ミレーナ式エクセルによると、今年については実際に収穫された量のほぼ半分しか申請していない。ソラリア領の全人口に対してあれだけの麦しか取れていないとするのは、ちょっと無理があった。
「どういうこと?」「麦が少なくなってる……?」
「王宮に申請された麦の収穫量は、実際に皆さんが収穫された量の約半分。こんなに不作だったら、ソラリアの民はさぞ困窮しているだろうとお心を痛めた王妃様が、一先ず食料事情を改善してほしいと我々を遣わせたのです。」
ガルドがそっと広場を出ようとしたので、護衛兵に合図して先んじて屈強な男たちで四方八方を囲ってやった。やれやれ、全く逃げ足が早いったらないわ。
「……さて、皆様が収穫し、王宮に届かなかった麦は、誰がお持ちなのだと思いますか?」
「それは……収穫が終わると代官府の担当者が来て……」
「ミレーナ様が帳簿をつけて、ローディン様が運んで……」
「ガルド様が、直々に王都へ……」
途端に領民たち・代官府の役人たちの注目が全てガルドへ集まった。決まった!そうよ!全部そいつのせいなわけ!
「あらあ、どこへ行こうというのです?ソラリア代官府・政務長ガルド・ベネディクト様。」
真っ青な顔をしたガルドが、私を縋るように見つめている。あらあら、私はお母様でもアデーレ夫人でもなくってよ。助け舟なんて出すわけないじゃない。
「計算が間違ってますかしら?若輩者の私に是非ご教授くださいませ。」
「……ふざけるな」
「お声が遠いようで?」
「…………ふざけるなと言っている!お前たち貴族はいつもそうだ!まともにやっていたらこの地では小作で精一杯、一生働き詰めの平民だけが残る!お前の着ているドレスを1着買うその金で、何人の民が暮らせると思うのだ!」
「ガルド様……」
「だから、お前らの言う貴族の施しとやらをちょろまかしてやったまで!大体、ソラリアが申請した支援金が無かったところで何になる!?お前の耳飾りにでもなるっていうのか!?バカバカしい、俺を死罪にしたいなら死罪にするがいい!」
非常にまずいわ、ソラリアの民がガルドに傾いている。王宮対ガルドだった構図を、貴族対平民にすり替えようってわけね。ダメ押しした方がいいか、と口を開こうとしたところで、凛とした声が広場に響いた。
「お父様、もうおやめください。」
「ミレーナ!裏切ったのはお前だろう!学校に行かせてから小賢しくなりやがって!」
「確かに支援金を賜って民に一部還元することで、徴税負担を軽減していたのも事実です。ただ、お父様のお金の使い道は、ソラリア領に住まう人なら皆様ご存知なのでは?」
一同、今度は気まずそうに目を伏せた。ガルドの宴会は代官府周辺に住んでいたら嫌でも目につくものね。一旦ガルドに流されかけていた空気がミレーナのお陰で戻ったわ。
「お父様が着服していた麦の内訳は、レティシア様へお渡ししました。今更何を叫ぼうと言い逃れはできません。」
「俺は……ソラリアを、富んだ土地にしようと……」
言い分が通らないと見るや、今度はガックリとうなだれた。本当に劇場型の男ね!?こういう奴って全然仕事せずに出世するわよね、本当にムカつくわ!
「ガルド様、王太子殿下の御前で嘘を言ってはいけませんわ。」
「嘘などついておりませぬ!」
「……ソラリアを、富ませたいと仰りましたね?では、人口が少ない訳でもない東村だけ今年の配給量が少ないのは、何か合理的な理由がおありで?」
「……それは」
「東村のまとめ役の娘さん、非常に可愛らしいと評判ですわねえ。ガルド様に何度か下品なお誘いがあり、お父様が激怒され、以降ガルド様の個人的なお誘いを断っているとか。」
「……東村は、比較的豊作で」
「あなたは、ソラリアを富ませたいと言いながら、国から麦を奪って、自分に従順な人間に配っているだけだわ。」
ガルドは今度こそ広場に膝をついた。途中から、自分でも本当に『民の為になることをしている』と信じ込んでいたのかもしれないわね。
「ソラリア代官府政務長、ガルド・ベネディクト!租税横領及び王宮への虚偽申告の疑いで貴方を捕縛します!」
待ってましたとばかりに、兵たちが飛び出してガルドを捕縛した。残りは殿下にお任せしちゃおうかしら。
「ガルド殿、我が国の忠臣・ヴァレンティーノ公爵令嬢への暴言、しかとこの耳で聞き届けたぞ。夜に一席、と言ったな?ぜひ夜までたっぷり話し合おうじゃないか。」
宴会好きのガルドに今夜も付き合ってあげるなんて、殿下のお人好しにも困ったものだわ。
動揺する民たちをとりなして、迎賓館に戻ろうとアリアを探すと、代官府横に植えた小さな芋畑にうずくまっている。萎びた芋の苗が、アリアの足元に縋り付くように横たわっていた。




