ソラリア再建:王太子権限による強制ヒアリング
翌日、朝食を食べ終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ガルドが殿下へ謁見を申し出てきた。
「王国の若き太陽にして、民草を導く希望の御星、セドリック殿下! このような辺境の地にまで尊き御姿をお見せくださるとは、ソラリア一同、末代まで語り継ぐ栄誉にございます!」
さすがにソラリアへ王族がお忍びで遊びに来るのは無理がありそうなものだが、ガルドは自分の接待に絶対の自信でもあるのか、余裕しゃくしゃくの顔だ。
「ありがとう、ガルド殿。着いたのは昨日の夜中だったが、暖かくてなかなか良い土地だな。」
「ええ!夜はもしよろしければ一席設けさせて頂きたく存じます!」
クラウスがぎょっとした顔をしたが、殿下は特に何も言わずニコッと笑った。承諾したわけでもなんでもないが、ガルドは殿下のロイヤルスマイルをポジティブに解釈したようだった。
「そうだ、ガルド殿。ここにいる令嬢たちは2人とも私の王太子妃候補なんだ。」
「ええ!令嬢……そ、そうなのでございますね。私め、存じ上げず……見ての通りの田舎者故、失礼が無かったら良いのですが。」
さっきまで私たちを視界にも入れていなかったくせに、途端にチラチラと様子を伺いだした。小物過ぎて鼻で笑う気にもなれない。いつ、私たちが殿下にガルドの失礼をチクるのかを気にしているのかしら?悪いわね、もう完了済みよ。
「ははは、お忍びだから、そんなに特別扱いしてもらう必要はないよ。ただ、2人の見識を広げたいと思って同行してもらってるんだ。」
「なるほど、セドリック殿下の深い深いご見識についていける王太子妃様になられるには、様々な体験が必要でしょうな!このガルド、微力ながらお力にならせていただきとうございます!」
「ありがとう、ガルド殿。なんでもご協力頂けると?」
「もちろんでございます!」
あーあ、こいつ、本当に接待の天才なのかしら?酔っ払ってあることないことペラペラ喋っちゃうお荷物ジジイ社員って感じじゃない?
「では、令嬢2人と我々の茶会にご息女のミレーナ嬢をご招待させて頂くよ。今、すぐにね。」
「すぐ……でございますか?」
「クラウス、ガルド殿に道を聞いて、ミレーナ嬢を迎えに行って貰えないか?」
「かしこまりました。」
ガルドの驚きを無視して、クラウスが素早く立ち上がって出口へ急かし始めた。なるほど、殿下はやっぱり天上人ね。身分差という最強カードを惜しげもなく切っているだけとも言えるけど、自分が出てきたからには絶対成功させるという根性は素晴らしいわ。
「いやはや、娘は非常に内気でして……」
「では、少人数のお茶会向きだね。」
「すぐ、というのは……」
「服装などは気にしないから、すぐ来て欲しいな。」
入ってきた時の浮かれた様子はどこへやら、ガルドはしおしおとなりつつクラウスに後ろからせっつかれながらおそらく久しぶりの自宅へと足を向けた。クラウスが同行している以上、いかなる口裏合わせもできないだろう。
「それにしても……ずいぶん力技で召喚するものですね。」
「ここまで雑にご招待することはそうそう無いけどね。」
「ガルド様、少し可哀想でしたけど、ちょっと笑ってしまいました。」
確かに、ガルドの事はちょっとスッキリしたが、同時に日本でのコンプレックスも少し思い出した。私が何日もかけて攻略しようとした壁を、殿下は生まれ持った一枚のカードであっさり飛び越えていく。もちろん、それを切る判断力も殿下自身の実力なのだろう。分かっている。分かっているけれど、こういう人を見ると、昔から少しだけ腹が立った。
「ガルドは確実に油断してたから、もっと穏便にしても良かったんだけどね。レティシアが……2人が、ぞんざいに扱われているってクラウスが教えてくれたから。」
「まあ、殿下……!そうだわ、ちょっとお化粧を直してこようかな、レティシア様失礼致しますお
ほほ」
「えっ?アリアどうしたの?さっき着替えたばかりじゃないの」
「うふふふふふ」
アリアが謎の挙動不審で席を立ち、使用人たちも最低限だけ残ってみんな一斉にお茶会のセッティングに出かけて行った。殿下の無茶振りだから急ぐのは分かるけど、気まずいから誰か残っててほしいわ……。
手持ち無沙汰に一口しか残っていない紅茶を飲み干すと、いよいよやることが無くなった。よし、帳簿でも見返すか。
「殿下、私もちょっと」
「レティシア、大丈夫だったかい?」
「何がですの?」
「いや、ガルドがあからさまに2人を無視してるって言ってたし……。その、やりにくかったんじゃないかと。」
その瞬間、普段は意識の底に沈んでいる現代日本の記憶が、カッとフラッシュバックした。狭くて窓のない一面灰色の会議室、半笑いの上司と同僚、強すぎるエアコンの不快な風。
『いやぁ、女の子には荷が重いんじゃないかなと思ってね』
『お前いい歳じゃん、そんなに仕事ばっかりしてると行き遅れちゃうよ?』
震えていることを悟られないように手をぐっと強く握る。だめだ、やめろ、殿下は関係ない。
「─────殿下、助けて頂いたのは本当にありがとうございます。しかし、ソラリアの件は私にお任せ頂いたはず。これ以上の手助けは不要です。」
やばい、言ってしまった。はっとして殿下を見ると、無防備に驚いた顔を晒している。
謝らなくちゃ、でも、今何か言ったら泣いてしまいそう。殿下の制止を振り切って、足早に割り当てられた部屋まで走った。
*
部屋に戻ったはいいものの、自責の念に浸る暇もなかった。ほどなくして、クラウスがミレーナを連れてきた。
正直今は勘弁して欲しい気持ちでいっぱいだが、ここが正念場なので切り替えていかなくてはいけない。万全に準備が整った場にだけチャンスが舞い降りるわけではないのだ。
侍女に呼ばれて部屋へ入ると、既に殿下とアリアは着席していた。私が腰掛けるやいなや、クラウスがミレーナをエスコートして入場する。
「……王国の若き太陽、セドリック殿下に拝謁致します。」
「ミレーナ嬢、突然の招待を受けてくれてありがとう。ぜひ席へかけてくれ。」
「ありがたき幸せ。失礼させていただきます。」
「こちらはレティシア・ヴァレンティーノ公爵令嬢と、アリア・ローレル男爵令嬢だ。」
「……初めまして、ミレーナ・ベネディクトでございます。」
全く初めましてではないが、ミレーナはあくまでそういうことにしたいらしい。ありきたりな挨拶を済ませ、全員ふっと一息ついたところでミレーナが伏せていた顔をあげて意を決したように切り出した。
「……私はここに呼ばれた理由を存じております。もう、我々一家は逃げるすべを失っているのでしょう。」
あのガルドから生まれたはずなのに聡明な女性だ。察しの良さは夫人譲りなのかもしれない。
「ご協力するにあたって、確認したいことがございます。父が退いたあと、ソラリアの行政はどなたが行いますか?」
「……あなたに腹芸は通用しないようね。新しい領主代行には王宮から行政官を派遣します。役所に勤める領民たちは、皆王宮からの行政官の指示に従って事実確認を手伝ってもらうけど、それ以上の追求はないわ。」
「父に従って帳簿を書き換えた者たちは、どうなりますか?」
「命令に従っただけの者まで全員犯罪者にするつもりはない。誰が何を決め、誰が何を実行したのかを分けて調べます。」
ミレーナはほんの短い時間、何かを考えていた。
「承知しました。……ならば、レティシア様にご協力いたします。私たちの数字のからくりに、概ね気づいていらっしゃるのでしょう。」
「ええ、でも、今の情報だけではガルド殿に言い逃れされてしまうわ。」
ミレーナはこくりと頷くと、書類の束をさしだした。1枚めくると、あの美しいマス目状の表が目に飛び込んできた。これ、エクセルじゃない!
右から順に、年度・国へ報告した収穫量・実際の収穫量・その差分が、きれいに並んでいる。次のページは、日付・店の名前・支払い額が表になっている。きっとガルドが落とした金を管理するためだ。内容はともかく、ミレーナはエクセルを発明している!
「……これ、誰に教わったの?」
「私が作りました、自分と父しか見ないので、妙な書式になっており申し訳ありません。」
「全然妙なんかじゃないわ!クラウス、これをご覧なさい!」
「レティ様以外にこんな資料を作る方がいらっしゃるのですか……?」
「差分が一覧で分かるのがいいわ、いつ・どこへ・いくら払ったのかがわかりやすい!」
「上にあの絵図を添えたらもっとわかりやすくないですか?」
クラウスと横領を記録した書類のまとめ方について盛り上がっていると、殿下が大きな咳払いで我々を遮った。
「ミレーナ嬢、お父上が不正に得た金の使い道はどうなっているんだ?」
危ない危ない、なんか盛り上がってしまったけど、これって横領の記録なわけよね。棒グラフでまとめている場合じゃなかったわ……。クラウスに目配せすると、まるで『レティ様が先に仕掛けてきたんじゃないですか』と言いたげな目で返してきた。生意気ね?
「……はい、クラウス様はご存知かとは思いますが、ソラリア領にはかなり多くの酒場が存在します。そのうちの半数以上は、父に賛同する地元の有力者が経営していることになっています。」
「確かに、食料が不足している領とは思えないほどの酒場がありましたね。」
「ええ、しかし、もちろん全ての店が開店しているわけではないのです。」
「どういうこと?」
「多くの店は、父が来店する時だけ店を開けて女性を集めます。父は店に、1回につき普通の酒場が1ヶ月以上運営していけるくらいの額を落とします。」
「儲けはその店を経営している有力者に入る───というわけだな。」
なんだかやたらに込み入ったキックバックをしているが、念には念を入れていたおかげで歴代の領主にもバレずに済んでいたのかしら。
さらに一枚めくると、王宮から送られた支援麦の受領量と、領民への配給量が並んでいた。どう考えても差分が多すぎる。
「この残りは?」
「父の指示で商人に売りました。代金の一部が先ほどの酒場へ流れています」
収穫量を少なく申告して支援を引き出し、その一部を売却。現金に換え、酒場を経由して地元有力者へ還流させる。よく考えられた、最悪のスキームね。
「これは、あなたが考えたの?」
「ええ、最初は本当に飢饉になりそうな年があったのです。しかし、王宮からの支援でなんとか乗り切りました。そのあと、父が『足りなくてももらえるのなら、毎回申請しよう』と言い出して……。」
「……私は、あなたをいたずらに責めることはできない。特産物もなく、土地も乾燥していて日照りの多い地域の民を全員食べさせていくのはかなりの努力が要るでしょう。私とアリアが初日に話した村の女性たちも、それぞれ生活の不満こそ口にしていたけど、麦が実らない、明日食べるものがないなんていう不満はなかったわ。それは本当にすごいことよ。あなたがずっと、この土地の数字と向き合ってきたからなのでしょう?」
ミレーナは泣き崩れた。顔を合わせたことのない役所勤めの領民にまで気を配り、自分は友達とお茶をすることも、自由に出歩くこともなく、ただソラリアと向き合い続けてきた人。本当にすごいことだ。人は普通、見えないものに心を寄せ続けることなんてできない。
泣き崩れたミレーナをアリアが支え、背をさすりながら別室へ消えていった。欲しかった情報は全て手に入ったし、お茶会はお開きだ。
ミレーナを見送った後、何気なく殿下の方を見ると、たまたま目があった。そうだ、謝らなくちゃ。
「……レティシア」
「殿下、先ほどは――」
「レティ様、失礼します。先程ミレーナ嬢から頂いた書類で、至急確認がございます。」
え、今じゃなきゃだめ?何というか、平成風に言うとKYじゃない?
「クラウス、それ絶対今じゃなきゃダメ?」
「はい、絶対に今です。」
ものすごく言い切ったが、絶対今じゃなくていいでしょ。
「行きましょう、レティ様。」
「ええ、えーっと」
助けを求めて殿下を見たが、あいにく窓の外の芋畑を見ていて今度は目が合わなかった。まあいいか、時間はまだあるはずだし。




