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ソラリア再建:キーパーソンへの接触

東の花壇は確かに見頃だった。とはいえ、先に確認した西側の花壇も遜色なく整えられている。

アデーレ夫人が私に花を見せたいとは思えない。


「レティ様~!こちらにいらしたんですね!」


ぱたぱたと軽い足音を立てて、アリアがやってきた。今日は畑に行くからか完全な作業着で、令嬢らしい美しい髪は編んで帽子にかくれているので見た感じはほぼ村人である。


「アリアさん、何か収穫はありまして?」

「ええ!こちらのメイドをされてた方がいらっしゃって、ミレーナ様のお部屋の場所を聞いてきました!ちょうどここだそうです!」


アリアが指を指したのは、東側の花壇の真上にある2階の部屋だった。この屋敷にミレーナがいるなら、まずは正面から面会を申し込むのが早い。

ただし、アリアの名前はもう村中に知れ渡っている。本人だと名乗れば私の仲間だと即座に弾かれるので、顔までは割れていないことに賭け、学園時代の知人を装ってもらった。――が、偽装もむなしく門前払い。


「うーん、手紙も厳しいかしら?」

「はい、フットマンに『ミレーナ様のご学友なら然るべき紹介者から面会依頼をしろ』って言われちゃったので……」


こんなに近くに自室の窓があるのに、本人と接触するのは難しい、か……。窓?そうだ、窓があるじゃない!

前世で見た少女漫画で、ヒーローが夜中にヒロインの部屋の窓に石をぶつけて呼び出していたことを思い出した。早速手近にあった小石を拾って、遠投を試みるが、窓のはるか手前で落下してしまう。


「くっ、やっぱりヒーローは運動神経良い男しかなれないってわけ……!」

「レティ様、何なさってるんですか?」

「ミレーナ様の部屋の窓をちょっと揺らして、出てきてもらおうと思ったんだけど……。だめね、護衛に頼もうかしら?」

「……窓ガラスが割れたら大変ですから、窓枠に小石をぶつければいいってことですよね?」


アリアは足元にあった小石を慣れた調子で選ぶと、私のはるか後ろから野球選手のように鮮やかな投球フォームで小石を投げた。小石は綺麗な弧を描くと、狙った窓枠に吸い込まれるように命中した。


「やった!アリア、あなたすごいのね!」

「兄たちと山を駆け回ってましたから!」


少し間を開けて、ミレーナが窓を開けてキョロキョロと辺りを見渡した。


「ミレーナ様!初めまして!私、レティシア・ヴァレンティーノですわ!」


窓際から妙な音がしたと思ったら突然見知らぬ女に話しかけられ、ぎょっとした様子のミレーナが窓を閉めようとするが、立て付けが悪くガタガタやっている。チャンスだわ。


「東地区担当のロイが出した直近三年分の麦収穫量、村ごとの数字を足しても総計と合わないわ!」


窓を閉めようとしていたミレーナがびくりとして私の方を見た。


「今年の麦収穫量、本当はロイの方が正しいんでしょう?」


こんなもので揺さぶりには上々かしら?母のアデーレ夫人とは違い、ミレーナは不正の発覚を恐れて固まっているようだった。

言葉を重ねようか迷ったところで、アリアが声を張り上げた。


「私たちはー!あなたに助けてもらいたいんですー!」


アリアの声を聞いて正気に戻ったのか、ミレーナははっとして窓を閉めた。少し待ってみたが、下に降りてきたりする様子はない。


「余計なこと言っちゃったかもしれません……ごめんなさい」

「いいのよ。あなたが言わなければ、私が収穫量をあと三年分読み上げていたわ」

「それも怖いです……」


数字でも善意でも、今は届かないらしい。

父親が怖いのか、それとも黙っている理由がほかにあるのか。いずれにせよ、窓に石を投げるだけで解決するほど簡単な担当者ではなかった。



*



一方その頃、幼い頃から神童と名高い宰相・クラウスは、人生で最も難しい問題に直面していた。


「あの……クラウス様、僕帰っていいですか?」


テーブルにはクラウス(の部下)が厳選した高級酒やそれに合う料理、サイコロやトランプ、所在なげに座っている美女と念の為の美男。

ちらりと部下に視線を送ると、もう手札が残ってないとばかりにぶんぶんと左右に頭を振った。仕方ない、自分が行くしかないか。


「お待ちください、……えーと、ローディン様をお呼びしたのは、ソラリアの農業についてお話したかったのです。」


流石に苦しいか、と思いながらちらりとローディンの様子を伺うと、きらきらとした目でこちらを見ていた。


「それならそうと仰って頂ければ!私も一度王都周辺の気候で行われている農業についてお話を聞いてみたかったのです!」


それからのローディンときたらもうしゃべることしゃべること。降水量やこの土地に向いた農作物、果ては肥料や今後試したい農法まで……。流石に不憫だったので美女と美男は帰したが、クラウスは一緒に帰る訳にもいかず、宰相職で必要に迫られて身につけた、浅く広い農業知識だけで話についていく羽目になった。


「……ということでして、父は麦を育てろと言うのですが、ソラリアに麦は向かないと思うのですよね。今日、一緒にいらっしゃったご令嬢から配って頂いた芋の苗は、栽培の価値があるかもしれません。しかし、少し最初に雨が欲しいのです。」

「そんなに農業知識が豊富なら、もっと農民を率いて農業改革に乗り出してみてはいかがですか……?」


お世辞ではなく心からそう言った。ここまで2時間ほどたっぷり農業の話をされ、いい加減うんざりしていたというのもあった。


本来、クラウスは実務家であり、社交はあまり得意な分野ではない。このような宴席で目的を持って相手から情報収集するのは特に苦手としている。

こういう場面に駆り出されると、クラウスはいつもレティの父であるヴァレンティーノ公爵の振る舞いを思い出していた。ヴァレンティーノ公爵は、クラウスも舌を巻くほどの実務家でありながら、老若男女誰からも好感を持たれる天性の社交家だ。彼ならば、ローディンの話を2分の1に収めつつ、ミレーナを引っ張り出す約束にまでこぎつけられるだろう。


「……そうですかね。宰相様に言われると、非常に励みになりますが……。」


これまでのマシンガントークはどこへやら、随分と歯切れが悪くなった。家は役人と言えど、王都から遠い辺境の地なのだから、農業に特化して村人を指導していくのは後継者として悪くない選択肢のはずだ。それが出来ないのは、恐らくガルドのプライドの問題だろう。息子を自分そっくりの政治家にし、ソラリアの実質的支配を受け継ぎたいのだ。

クラウスは一瞬目を閉じると、ヴァレンティーノ公爵が話を決めにかかる時の口調を真似ることにした。レティに言わせれば「お父様のクロージングは天下一品」とのことだ。


「……ローディン様、あなたも我々がなぜここへ来たのか、よく分かってらっしゃるでしょう。」

「……」

「お父様はソラリアで長年大きな影響力のある方です。しかし、少し派手にやりすぎた。ご家族はさぞ苦労なさったのでは?」

「……私は恥ずかしながら勉強中の身です。詳しいことはまだよく分からないのです。」

「お姉様は、よくご存知なのでは?」

「姉は人見知りでして、宰相様や公爵令嬢様のお相手は難しいかと。」


先程とは打って変わって、そつのない笑みを浮かべ、決まりきった台本を読むように喋った。恐らくはガルドの指示で、こう答えた場面がいくつもあったのだろう。まるでこちらが勘違いしているのかと思わせるような堂々たる態度だ。政治は苦手だと言っていたが、こういう時のローディンはガルドによく似ている。


「───それは残念です。」


ローディンは貼り付けた笑みを1ミリも動かすことなく、我々を見送った。



*



クラウスが談話室に入ってきた瞬間、ローディンを懐柔する作戦が上手くいかなかったことが手に取るようにわかった。失注した人間特有の負のオーラは、異世界に来ても変わらないらしい。

こちらも負のオーラがでているのか、クラウスは目が合った瞬間首を振って、ソファに沈んだ。こういう時は大体アリアが明るくしてくれるのだが、何か落ち込んでいるようでクラウスには反応せず窓の外を見ている。


「……私たちは散々よ、夫人と会ったけど鉄壁ガードでこちらがやられたわ。ミレーナ様の部屋にアリアが小石ぶん投げて説得を試みたけど完全拒否。」

「……こちらもほぼ同じです。美女だけだと趣味がわからないから美男まで用意したのに。」

「美男?あなた何考えてるの?」

「レティ様はガルドの破天荒に付き合わずに済んでいて本当に羨ましい……私はこの2日で人間の欲望は底なしなのだと悟りましたよ。」

「……何があったかは聞かないでおくわ。」


はあ、と一緒にため息をつくと、タイミングを完璧に見計らったかのように侍女が入ってきた。念の為、ガルドがつけてきた侍女は遠ざけ、私が連れてきた侍女だけ迎賓館に残している。


「レティシア様、その、大変申し上げにくいのですが……」

「どうしたの?ガルドがクレームでもつけてきたかしら?」


言いがかりをつけられそうなほど大きな隙を見せたつもりはないが、アデーレ夫人から危険因子だと断定された自覚はあった。


「そうではなく、その……セドリック殿下が、いらっしゃいました。」

「やあ、ちょっと遅くなったな。みんな元気かい?」


思わず耳を疑ったが、そこには間違いなくセドリック殿下本人がちょっとかっこつけて立っていた。2日の時間差で到着したのは心底驚きだ。外交予定なんてどうやっても巻けないはずなのに。


「首尾は上々かい?レティたちなら、3日で帰ってきちゃうんじゃないかと思って大急ぎで仕事を片付けて駆けつけてみたよ。」


殿下としては宰相もアサインしていることだし、とっとと仕事終えてくれってところなんだろうが、キーマンがこうもこう着状態だとどうにもならない。

クラウスと私がぽつぽつと白状し、おおむね状況を説明した。


「なるほど、不正をしている疑惑はガルドにあるが、キーマンのミレーナに会えない。家族から攻めてみても難しい、ということか。まるで囚われのお姫様だな。」

「ええ、囚われのお姫様なら王子様がなんとかしてくれると思うのですけど。」

「まったくです。セドリック様、どうせ少し仕事をサボって来たのでしょう?王都に帰ったら手伝ってあげますから、ミレーナ嬢をなんとかしてください。」

「クラウスにお願いすれば一瞬で終わりそうだな、魅力的なお誘いだ。」


殿下は少し考え込むと、不思議そうな顔で切り出した。


「あれ?それって、ガルド殿に直接お願いすればいいのではないか?」

「……はい?セドリック様、話聞いてました?」

「聞いてたが、ガルド殿には打診していないのだろう?」

「してないですけどっ!」

「なら、私から頼もう。王太子セドリック・アルヴィオンが、ミレーナ嬢を茶会に招きたい、とね」


いたずらっ子の顔でニヤッと笑うと、楽しげに懐から王家の紋章入りの便箋を取り出してガルド宛に手紙を書き出した。


「……王族の権力、そんな使い方していいんですか?」

「むしろこういう時に使わなくてどうするんだ?」


私とクラウスはしばらく黙って殿下を見つめた。


……王子様って、こういう時に使うものだったのね。


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