ソラリア再建:非公式ヒアリングの実施
ああ、懐かしい。思えば前は自由な身の上だった。プロジェクトが始まると言っては酒を飲み、プロジェクトが終わったと言っては酒を飲み。そんなに酒は強い方ではなかったが、それなりに好きだったのでよく飲んでいた。
今は一応ミッションがあるので、途中で酒と薄いお茶をすり替えたり、口を拭うふりをして布へ吐き出したり小技を駆使しながら大酒飲んだフリをしていたわけだけど───
「レティシアさまぁ、聞いてらっしゃいますかぁ!?のんでますぅ!?」
「あっ、もちろんよ!それで、ガルド殿の話だったかしら?」
「そうですよ!!あのジジイ毎日毎日毎日人の亭主引き連れて酒場に繰り出して、こっちは家庭崩壊寸前ですよぉ!!」
よしよし、夫婦で役所勤めの彼女も、酒が入ってガルドの悪口が止まらなくなってきた。
昼間のお茶会ではお行儀の良い話しか出なかったので、「もっと土地のお酒を楽しみたい」と私がわがままを言ったことにして、早々に酒席へ切り替えてもらったのだ。
ちなみに男たちは、クラウスが「土地の酒と、給仕の女性がいる店を見たい」と言い出してもらい、まとめて別の酒場へ連れ出してもらった。生活に困窮している平民もいるというのに、そういう店だけ妙に綺麗に整っているのも気持ち悪い。どんな統治をしているというのかしら。
「でもぉ、ガルド殿ってやっぱりソラリアでは偉いんでしょ?なんでかしら、家柄?」
「それもありますけどぉ……」
女たちは途端に静かになって、お互い顔を見合わせた。数秒何か躊躇ったあと、先程の彼女が口火を切った。
「正直、ご長女のミレーナ様がすごーく優秀なんですよねぇ、ここだけの話ですよ?」
「最近見ないわよねえ、何処にいらっしゃるのかしら?」
「来客中は館から外出禁止なんでしょ?」
長女が優秀だというなら、あの場にも伴って来ればいいのに。横にいたのは明らかにボンクラそうな長男だった。
「あら、ローディン様ではなく?」
「あいつは税の計算どころか子供のおつかいもギリギリなのよぉ」
「この前も市場で商人に釣り銭誤魔化されてたわ!あれで税の計算なんか出来るわけないでしょ!」
女たちがどっと笑い、次々と息子のおバカエピソードが披露される。
どうやら数字や帳簿仕事は壊滅的に苦手らしく、しょっちゅう簡単な計算を間違っては迷惑をかけ、ガルドにキレられてる様子。しかし、唯一の息子だからと表向きは領の会計を任されているらしい。
こういう話を聞くと非効率過ぎてイライラしてしまう、適材適所って言葉を知らないのかしら。
「じゃあ、領の会計はローディン様には出来ないわよね?」
「そうよぉ、ミレーナ様がやった帳簿をローディン様がまとめて翌朝役場に持っていくわけ」
「ガルド様はローディン様がやったことにしたいから、農夫より早起きして運ぶのよ!おかしいったらないわ」
「おかげでローディン様が会議で寝こけて怒られるまでがセットよね!」
「畑には詳しいんだけどねぇ、そっちにはガルド様があんまり口出しするなって言うし」
確かに、あの息子は我々が連れてきた護衛たち並にガタイが良く、身長は恐らく180cm以上。筋肉もしっかりあるせいか、貴族っぽい服があまり似合っていない。なんなら農業に向いてると思っていたところだ。
「ミレーナ様が優秀なら、政務官は長女のミレーナ様が継げばいいんじゃなくて?」
「それは……」
さっきまで嬉々として語っていた女たちの口が途端に重くなる。
「女だからよ」
やっぱりね、ガルドの出迎えを見て思った。優秀だから長女に家業を、なんて考えるような男じゃない。体裁しか考えない小物だ。
「ガルド様が、女を人前に出すのは家の恥だって」
「そのくせ、嫁にも行かせないんでしょ?ミレーナ様が結婚されて領政から離れたらソラリアは終わりよ」
ということは、ミレーナも不正に関わっている可能性が高い。しかし、自宅で仕事をしているので直接接触するのは難しい。
「なるほどねえ……」
翌朝、誰も起きてこないので、朝食を取りながら一人で資料をめくっていると、真っ青な顔のクラウスがよろよろと食堂に姿を現した。
「おはよう、昨日はお楽しみだったみたいね」
「散々ですよ……!もう一生酒は飲みたくない……」
男たちは夜の街に繰り出して飲めや歌えやの大盛り上がりだったようだ。クラウスにはまだ指摘していないが、ほっぺに真っ赤な口紅がついている。
「おはようございます……」
飲めないくせに生真面目に女たちに付き合っていたアリアも同じく顔色が最悪だ。ふらふらと着席すると、アリアがクラウスの口紅に気づいた。
「いやーっ!!不潔!なんなんですか!?レティシア様の前によくそんな格好で出られましたね……!」
え、あんま気にしてないけど……。どうせ自室に帰るなり倒れるように寝て、鏡も見ずに着替えて一旦食堂に来たんでしょう。
「アリアさん、落ち着いて。むしろ翌朝まで口紅がつきっぱなしというのは純潔の証なんじゃなくて?」
「えっ?口紅!?どこですか!?」
「近寄らないでください!香水臭い!!」
ある程度クラウスの顔が拭き終わったところで、まだ青い顔の2人には可哀想かもしれないが作戦会議となった。クラウスは昨晩ガルドから『明日はお疲れでしょう、昼過ぎに迎えに参ります!』と言われているらしい。役場と近隣の畑を視察予定とのこと。もちろん私とアリアの予定は気にかけていないそうだ。
「一応、歓楽街のある中心部は干ばつの被害が少ない、とも言っていましたね。」
「辻褄を合わせる気はあるみたいね。昨日クラウスに提出された資料はあらかた目を通したわ。大元の各地から上がっている収穫量を改ざんしてる可能性が高い。」
「単純な差し引きで尻尾を掴ませない気ですか、面倒だな」
「でも地元との話はついてないわ。だから、何度もそれぞれ別の担当者に提出を求めると話が食い違ってくる。」
「各担当者で参照する資料が違うから……」
「そう、ミレーナ嬢が噛んでない書類はたまに収穫量が違ってる。各地域から上がってきた元の収穫量を参照しちゃってるのね」
ソラリアの補助金・支援物資は過去にも疑った政務官がいたのか、添付資料や追加の報告書など、様々な方面から追加提出を求められていた。そして、ミスった担当者が差し戻しをくらっている実績もある。
「その度に、ガルドがキレたり接待したりしてどうにかしてたみたいね。商人でもやれば成功しそうなもんだけど。」
いくら使える接待スキルがあれど、不正受給は不正受給だ。逃がしてやる気もない。
「ここからは総力戦よ。とりあえずミレーナに接触したいわ。」
「そうですね、ガルドが出入りを禁じているなら、ローディンから情報を聞きましょう。部下に探らせます。」
「アリアは芋を植えたり苗を配る振りをして、農民に接触。畑の状況を聞き出して。」
「かしこまりました!」
「私はベネディクト邸を探るわ。クラウス、連れの女の1人が『この領で一番ゴージャスな家を見てみたい』って駄々を捏ねてるとガルドに伝えなさい。」
「はっ!」
「では、各自作戦開始!」
そんなこんなでここはベネディクト邸のサンルームだ。中には南国っぽい大きな葉っぱの植物がたくさん飾られている。ここの庭師は趣味がいいのか、極彩色の花々なのにどこか落ち着くサンルームだ。家主のガルドは入ったことも無いだろうなと、何となく思った。
ベネディクト邸には、現在長女ミレーナ、長男ローディンと、妻のアデーレが住んでいる。ガルドは役場近くに別邸を持っており、最近はほとんどそちらで寝起きしているらしい。
(毎日夜中までバカ騒ぎしてるなら、別邸に帰った方が気楽よね)
別邸には女性を複数囲っているとの噂だが、使用人たちには分からないそう。
「お待たせして……申し訳ありません。わたくし、ガルド・ベネディクトの妻で、アデーレと申します。」
おっと、そう来たか。正直、あのガルドの妻なのだから、もっと嫌な気位が高い感じを想像していた。実際の夫人は腰が低く、彼女は誰と対峙しているかきちんと理解しているらしい。
「こちらこそ、いきなりの訪問お許しください。私、ヴァレンティーノ公爵の娘、レティシア・ヴァレンティーノですわ。ご夫人にお目にかかれて光栄です。」
「申し訳ございません……夫が、貴方様とご友人に大変なご無礼をしたというのは、村の女たちから聞いています。私からもよく言って聞かせますので……。」
嘘ね。
この人は確かに常識のある人なのだろう。ただ、夫の蛮行を止める力はなく、娘の幽閉も解けず、息子の苦境もどうにもできない。ガルドが万が一帰ってきたとしても、何一つ意見せずにオロオロと後ろをついてまわるところが目に浮かぶよう。
「ご夫人、私たちのことはいいのです。しかし、クラウス様がなぜこの地に視察に来たのか、貴女ならお分かりになるのでは?」
「……」
「今ならまだ、子供たちは間に合いますわ。」
顔色を変えるかと思いきや、全く意に介さない様子で手元の紅茶に口をつけた。何それ、どういう感情?
「レティシア様、あなた、王都では一番の王太子妃候補とされているのだとか。」
「……いえ、あくまで噂ですわ。」
「そうですね、あくまで噂。本当のことなんて正式な発表があるまで分かりません。」
私の今一番痛いところをつこうとしたのだろう。アデーレ夫人に揺さぶられなくても、今王宮に呼ばれがちなのはソラリアのせいだ。あまり私が表情を変えなかったのが心外だったのか、紅茶越しにこちらを伺ってくる。
「何が仰りたいの?」
「私は、あの人に求婚されて30年以上前にこの地にやって来ました。この地に住んで長くなるけど、自分の故郷だと思ったことはないわ。私が住んでいるのはあくまで『夫の住んでいる地』なの。お分かりになる?」
たしか、クラウスの調査によるとアデーレ夫人の故郷は国内だがかなり遠かった。容易に里帰りができるような距離ではない。ソラリアと違い、秋になれば一面が黄金色に染まる大地で育った夫人は、ソラリアの太陽に焼かれて幾度も故郷に想いを馳せただろう。
「……夫が、遊び回って家に帰って来ないとしても?」
「私の良心の呵責に訴えて、証言を引き出そうと言うなら無駄足でしたわね。」
前言撤回。この人は全て分かった上で放置しているのだ。夫も、娘も、息子も。
「……貴方が喋らなくても、特に問題はありませんよ。我々は仕事をするだけです。」
「……ミレーナも、学校で学んでいる時はあなたとよく似た目をしていたわ。帰ってくださる?庭はいつでも散策して宜しくてよ。東側の花壇は、今が見頃ですから。」
どこから聞いていたのか、メイドが飛んできて、瞬く間に屋敷の外に出されてしまった。門の外には出されなかったので、夫人が言った通り、本当に庭を見て回るのは問題ないらしい。
まあ、庭からだったとしても、ミレーナの部屋が探せるかもしれない。
「東側の花壇が見頃……なんだっけ?」




