ソラリア再建:現地責任者との初回面談
王家直轄領ソラリアは、国の南端に位置する気温の高い領だ。国境は隣国と接しており、海はない。低地には湿地が広がり、領の大半は鬱蒼とした森に覆われている。森を切り拓いて畑を作っているものの、この気候と土地は麦の栽培にはあまり適していないらしい。
飢饉と報告されてはいるが、今のところ餓死者が続出するほど深刻な状況ではない。ただ、農業を主産業とする領地にしては、届け出られている収穫量があまりにも少なかった。労働人口に対する収穫量は、同じ程度の耕地を持つ他領の半分にも満たない。
不作の土地なのは間違いない。けれど、それだけで説明するには数字が悪すぎた。
それにしても、気持ち悪い。
「うっ、もう無理、全然頭に入ってこない……」
暴走するクラウスをみんなで止めたが、結局お茶会の翌日5時に出発することになってしまった。準備も何もあったものではない、とにかく目についた生活用品を馬車へぎゅうぎゅうに詰め込み、悪路を走りながら資料に目を通す羽目になっている。
「レティシア様、大丈夫ですか?レモンの果汁を入れたお水をお持ちしましたよ!」
「ありがとうねえ……」
こんなに揺れる馬車の中だというのに、眩しいくらいの笑顔で水を渡してくれるのはヒロイン・アリアだ。本当に連れてきて良かった、もし現地で奇跡が起こせなかったとしても構わない。
「レティシア様、大丈夫ですか?次の資料はこちらです。」
「まだ何か読ませる気なわけ!?」
こんなに揺れる馬車の中だというのに、まだ山盛りの資料を渡してくるのは宰相・クラウスだ。本当になんでここにいるのよ、僻地の視察についてくるほど暇じゃないでしょうに。
「それでは、作戦会議といきましょうか。思ったより資料を読めたようで何よりです。」
私の恨みがましい視線も、アリアの責めるような視線も全く気に留めず、マイペースにつらつらとソラリアの裏話を始めた。
横領で捕まったバルク元準男爵の調書には、こんな供述が何度も出てくるらしい。
『それが貴族の慣例だと、先代からの役人たちに言われた』
『変だとは思ったが、そういうものなのだと思っていた』
「単なる言い訳のようにも聞こえるけど……」
「ええ、最初は我々もそのように捉えていました。しかし、バルクの失脚から時間が経っても一向に改善する気配は見られません。それに、毎年補助金と支援物資を要求してくるのは、あの領だけです。周辺が豊作でも、ソラリアだけはいつも不作、もしくは凶作。」
「あるわね。裏帳簿。」
「さすがレティシア様。今回は芋の作付けをしつつ、裏帳簿を探し回りましょう。」
話が早い、と二人で固く頷き合うと、全く事情の分かっていないアリアが目を白黒させていた。
ぽかぽかした初夏の太陽が、ジリジリと肌を焼くほど強くなると、ソラリア領に到着した。飢饉と聞いて覚悟してきたが、行き交う人々は豊かではないものの、それなりに生活できているようだった。見るからに貴族の馬車が走っていても、誰かが群がってきたり物乞いをしたりする様子はなく、皆それぞれ仕事に精を出している。
「……豊かすぎるわね。」
「ええ、おっしゃる通りです。」
「えっ?ダメなんですか?皆さん元気そうで、少し安心したというか……」
もちろんダメではない、ただ報告書を見た限り、こんなに穏やかな領ではないはず。
アリアにどう教えようかしら、と思ったが、領の有力者が大勢の村人を引き連れて待ち構えていた。
「これはこれは!ソラリアにようこそお越しくださいました!クラウス・フォン・エーデルハルト宰相閣下!」
「盛大な出迎えありがとうございます。もしやガルド様でしょうか?」
「いかにも!お目にかかれて光栄でございます。私はソラリア代官府で政務長を務めております。ガルド・ベネディクトと申します!これは息子のローディンです。以後お見知り置きを。」
ソラリアからの報告書の署名はいつもガルド・ベネディクトという男だった。領主がコロコロ変わる中でも変わらず十年にわたって不正を続けられる立場にいた者を疑うなら、まずこの男だ。
疑惑の目が向けられていることに気づいているのか、いないのか。芝居がかったその仕草は、裏帳簿を隠したいとも取れるし、突如押しかけた宰相に媚びを売りたいとも取れる。
「急な先触れで申し訳ない。こちらの令嬢は――」
「いやあ、宰相殿ともなると、お美しいお嬢様を二人も引き連れていらっしゃるのですなあ!」
こいつ、今宰相閣下のお言葉を遮った……?さすがに誰が聞いてもマナー違反と分かりそうなものだが、誰もガルドに諌めようとはしない。肉親の息子も意に介さず、ニコニコと我々に笑いかけている。
「我が領にも、お二人ほどの美貌とは参りませんが、若い未婚の女はおります。滞在中のお慰みには不自由させませんぞ!」
がっはっはと豪快に笑うと、何がおかしいのか取り巻きたちもわざとらしくどっと湧いた。
ガルドはイチオシらしい若い女性を呼びつけると、クラウスへアピールし始めた。ちょっと見てられないくらい露骨なやり口だ。恐らく、クラウスが女二人と馬車に乗ってきた時点で、視察を語って女遊びをしに来たと思っているのだろう。
加えて我々へ興味のなさ。名前も聞かず、家名も確認せず、ドレスを着ているだけで完全にクラウスにくっついて旅行に来た、愛人もどきだと思ってるわね。
でも、これは好都合かもしれない。
「ガルド殿、お待ちください、こちらの方々は――」
「クラウス、私疲れちゃったわ! 宿はどこなの~?」
クラウスとアリアは急なアドリブについてこれずに固まったが、ガルドは私が予想通りの人物だと解釈したようだ。
「お嬢様、お部屋の準備が整うまで村の女たちが茶の用意をしております。ぜひ、庭園の花たちと合わせてご賞味ください。」
それにしてももてなしの菓子があるだなんて、随分余力のある飢饉もあったものだ。
クラウスに目配せをして、言われるがままに茶会へ行くことにした。どうせガルドがクラウスに出してくる帳簿など嘘八百だ。
貴族令嬢の名前すら聞こうとしない男の裏側なんて、男たちより女たちの方がよほど詳しいに決まっている。




