↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
94/116

94 姫様、舞踏会を開きましょう

皆様、こうしてお話しするのはお久しぶりです。

プリセスガードを代表して、アンナです。

……と名乗りましたが、私の本名はアンナではありません。


カンナハ・マリアンヌ・デヴォン。


デヴォン伯爵家の長女でして、これでも次期伯爵ですのよ。

以前も申し上げましたが、アンナは愛称です。


私は帝国学園で、次期領主として必要な教育を受けてきました。

領地経営、帝国法、歴史、外交、社交。

将来、伯爵家を継ぐために必要となるものを一通り学び、

在学中に婚約者も見つかりました。

そして卒業後は、そのまま行儀見習いとして帝室へ上がりました。

その後のことは、以前お話しした通りですわ。


私がお仕えするアンリシア姫様。

あの御方は、まさしく私の理想とする君主であり、憧れそのものです。

民を思い、臣下を思い、己の立場を理解しながらも、

決して間違ったものへ屈しない。


その姫様が、帝室のいざこざによって帝宮を出ることになったのは、

本当に残念でなりません。

私は今でも、アンリシア姫様こそ次期皇帝にふさわしいと思っています。


しかし、姫様はハイ・エルフ。

帝国の法と古くからの慣習により、帝位へ就くことができません。

本当に、もったいないですわ。


二百年か三百年ほど帝位へ就いていただき、

その後はミレディ様の御実家であるサフィール伯爵家の者にでも、

帝位を継がせればよいではありませんか。


姫様にとって二百年や三百年など、人間より少し長く皇帝を務める程度でしょう。

それなのに。

本当に、超帝国から続くくだらない習慣など、今すぐ止めてほしいですわ。

何が、


『女は守られるべき存在である』


ですか。

超帝国の初代皇帝が、ことごとく女性騎士へ言い寄り、

断られ、そのたびにボコボコにされたという話は有名です。

あの禿ネズミ一族は、本当に下半身にだらしがありません。


初代皇帝だけではなく、その後の者達も、皆、

女性関係で問題を起こしているではありませんか。


そして初代皇帝は、女性騎士達に振られた腹いせに、

女性が騎士になれないよう法を定めた。

あの禿ネズミと、転生者、転移者の集団。

《ネットスーパー》のスキルによって、

未来兵器なる超兵器を持っていなければ、

ただの変質者集団ではありませんか。


しかし、どれほど悪い法であっても、長い年月が経てば、

いつの間にか伝統や文化と呼ばれるようになります。


まったく、やっていられませんわ。


騎士になれなかったのは、私だけではありません。

トール夫人も、ハーケン夫人も。

ちなみに、この場所ではそのようにお呼びするよう、

御本人達から命じられております。

お二人とも立派な御方です。

実績も、人格も、能力も、何一つ問題ありません。

それなのに、女性であるというだけで正式な騎士になることができなかった。

他にも、同じような女性は数多くいるでしょう。


それなのに。

どうして、私の婚約者などが騎士になれるのでしょう。


一応、騎士養成学校を卒業していますから、

最低限の基準は満たしているのでしょうけれど。

普段の振る舞いを見ていると、ただの貴族のぼんぼんです。

私の婚約者でなければ、ただの一騎士。

いえ、せいぜい下士官ではありませんか。

剣の腕も、私より弱い。


ハルヴィンダちゃんの方が、絶対に強いですわ。


あの子も礼儀作法や教養を身につければ、一流の騎士になれるでしょう。


本当に情けない。


確か、婚約者は第六騎士団に所属していましたわね。

そして、この間、ここへ攻めてきた。

考えてみれば、下手をすれば私を殺していたのではありませんか。

あの騒動の後、婚約者は情けない顔で私へ縋りついてきました。


「あれは仕方がなかったんだ」


私の腕へしがみつき、必死に弁明していました。


「軍人として、上官の命令は絶対なんだ」

「俺を捨てないでくれ」


仕方がなかった。

上官の命令だった。


それにしたって、限度というものがあるでしょう。

どう見ても、あれは戦闘ではなく虐殺です。

しかも、カール先帝の見栄のためだけに行われたもの。


少しは根性を見せなさい。


普段は散々、私達プリセスガードのことを、


「騎士ごっこ」


などと馬鹿にしていたくせに。

私達が魔王討伐の英雄として数えられてからは、態度を一変させました。


「帝国法さえなければ、君達は立派な騎士になっていた」

「以前から、君ならやれると思っていた」


などと、よくもまあ平然と言えたものです。

今まで疎遠だったくせに、最近では毎日のようにヘイムへやって来ます。


おかげで仕事の邪魔です。


何が、


「君のような英雄が、こんな場所で給仕をするなんて馬鹿げている」


ですか。

何が、


「さあ、結婚式を挙げて、次期伯爵夫人らしい生活をしよう」


ですか。


ふざけるな、ですわ。

私は好きで、ここにいるのです。


アンリシア姫様が、この場所に居を構え、お仕事をなされている。

ならばプリセスガードとして、

姫様をお助けするのが、帝国貴族としての矜持でしょうに。


それに、ここが一体どこなのか、本当に理解しているのでしょうか。

ただの食堂ではありませんのよ。


魔法使い様の工房です。


この場所で働くことが、どれほど凄いことなのか、

あの男はまるで分かっていないようです。

これだから、自分の家さえ継げなかったのですわ。


婚約者には、双子の妹がいます。

双子なのですから、彼にも次期伯爵となる機会はあったはずです。

それなのに、妹へ次期伯爵の座を取られた。

どうせ、周囲の家臣団に細かく言われるのが嫌で逃げたのでしょう。


自分の好き勝手にできないから、と。


おあいにく様。


私と結婚したとしても、伯爵位は私のものです。

貴方には、何の権限もありません。


帝国騎士として、騎士団で頑張ることですわね。

せめて帝国騎士団で真面目に働き、少しでも出世していれば、

将来、我が伯爵家の騎士団で副騎士団長くらいには

してあげられたかもしれません。


それすらも期待できそうにない。


はぁ。

いっそ、婚約を破棄しようかしら。


そもそも、貴方との婚約は、家にとって何の利点もないのです。

ただ、幼馴染だったというだけでしょう。

幼い頃は、それでよいと思っていました。

しかし、私も帝国学園へ入り、広い世間を知りました。


ほら。

同じプリセスガードである、貴方の妹も、

冷たい目で貴方を見ているではありませんか。


デヴォン伯爵家からも貴方の妹からも、

すでに婚約破棄の許可が出ています。


私も、このまま伯爵家を継げば、次期伯爵。

さらに魔王討伐の功績まであります。

相手など、いくらでも見つかります。

実際、さまざまな家から打診も届いているのです。


本当に、婚約破棄を考えようかしら。


私が大きくため息をつくと、なぜか周囲からも、

ほぼ同時にため息が聞こえてきました。


顔を上げて見回すと、

近くで仕事をしていたプリセスガードの同僚達と目が合いました。

一瞬、誰も何も言いませんでした。

ですが、すぐに誰からともなく苦笑が漏れ、

最後には全員で笑い出してしまいました。


どうやら、お互いに似たような状況らしいですわね。

皆、婚約者には苦労しているようです。



苦労といえば、最近、再びヘイムを訪れる貴族や商人が増えました。

帝国の者だけではありません。

中には、他国から来た者までいます。

その傾向が顕著になったのは、収穫祭が終わってからでした。


これまでも、遠くから世界樹の姿を見ることはできました。

そのため、ここが魔法使いの工房であることは、

ほぼ間違いないと思われていたようです。

しかし、肝心の魔法使い様御本人は、ほとんど姿を現さなかった。

本当に魔法使いがいるのか。

世界樹や、この建物だけが残されているのではないか。

そのような疑いの目を向ける者もいました。


ですが、収穫祭の最終日。

店主殿は多くの人々の前へ姿を現し、魔法使いとしての力を振るいました。

その結果、噂は事実であると証明されたのです。

そうなれば当然、何とかよしみを通じようと、大勢の者が押しかけてきます。


他の魔法使い様の工房も、同じような状態なのでしょうか。


魔法使い様方は、皆、工房へ引きこもり、ほとんど姿を見せないと聞きます。

工房がある場所も、辺鄙な土地であることが多い。

わざわざそのような場所まで、各国の帝室や王室から使者が訪れる。

時には皇族や王族が自ら赴くことさえある。

それでも、会うことができない場合があるそうです。


その点、ここは帝都の中。

訪れるには近く、道も整備されている。

それに少し前まで、店主殿は普通にキッチンへ立ち、

客の前にも姿を現していました。

そんな魔法使い様がいるとなれば、押しかけてくるのも当然でしょう。


おかげで、こちらは対応が大変です。


グラウハイム卿など、最近は給仕の仕事をやめ、

スミズル親方が作った鎧一式を身につけて、店内の目立つ場所へ立っています。

剣を腰へ下げ、腕を組み、無言で客達を見渡す。

それだけで、

無礼な態度を取ろうとしていた貴族や商人が、慌てて姿勢を正します。


完全に威嚇ですわね。


それにしても、この御仁も、本当にもったいない。

あのまま帝国騎士団にいれば、間違いなく一角の騎士となっていたでしょう。

帝国の歴史へ名を残したかもしれません。

政治力を身につけ、多少の野心さえ持っていれば、

騎士団長にまでなれたのではないでしょうか。


ああ。

マルタ殿やソレイアちゃんが、羨ましい。

収穫祭初日に見た、御夫婦のダンス。

本当に素敵でしたわ。

言葉を交わさなくとも、お互いを信頼していることが伝わってきました。

どこかに、グラウハイム卿のような殿方はいないかしら。


……いけません。


愚痴ってばかりいても仕方ありませんわね。

こちらは、かなり忙しいのです。


朝は、以前よりも早く起きます。

そして、プリセスガード全員で戦闘訓練です。


私達は《世界伝言》によって、魔王討伐の英雄であると世界中へ告げられました。

ですが、実際のところ、私達は側にいただけです。

私達が行ったことなど、せいぜい周囲へ湧き出した魔物を倒した程度。

魔王へ一太刀浴びせるどころか、その前へ立つことすらできませんでした。


それでは、プリセスガードの名折れです。


もし再び、あのような事態が起こったなら。

今度こそ、姫様や店主殿のお役に立たなくてはなりません。

そのためには、修行あるのみですわ。


さすがに、アンリシア姫様へ直接、修行をつけていただくわけにはいきません。

そこで、あの場で魔王と戦った三名に、順番で指導をお願いしています。


トール夫人。

ハーケン夫人。

そして、ノート殿。


私達と同じ思いなのか、ハルヴィンダちゃんも訓練へ参加しています。


ですが、三名とも本当にお強い。

私達が全員で挑んでも、誰一人として倒すことができません。

それどころか、

時折訓練へ参加するグラウハイム卿にさえ、かなり手を焼きます。

人数で押し続ければ、最後には、


「参った、参った」


と笑いながら降参してくださいます。

ですが、あれが実戦であれば、こちらにもかなりの被害が出ているでしょう。

ああ。

本当にグラウハイム卿が妻帯者でなければ。



朝の訓練を終える頃、私達はよく、リハビリ中の店主殿とすれ違います。


騎士養成学校で使われている重りを身体中へつけ、

ゆっくりと空き地を歩いているのです。


店主殿が魔法使いとして覚醒された時には、

これからは魔法使い様とお呼びすべきか。

それとも、ヴァルナ様とお呼びすべきか。

私達も真剣に考えました。

しかし。


「変なフラグを立てないでね」


と、ハルヴィンダちゃんへ情けない声で頼んでいたり。

椅子に乗って、凄まじい速度で空を飛び、途中で転げ落ちたり。

そのような姿を何度も目撃しました。

その結果。

もう今まで通り、店主殿でよいのではないか。

私達は、そう思うようになりました。



その後は朝食です。


ハンス殿達の料理は、もちろん見事です。

宮廷料理人として働いた者。

公爵家や侯爵家の厨房で腕を振るった者。

皆、素晴らしい腕前を持っています。


ですが、店主殿がキッチンへ立っていないためでしょうか。

以前と比べると、どこか物足りない。

味そのものが悪いわけではありません。

むしろ、十分以上においしい。


それでも、何かが足りないのです。


これは、一日も早く店主殿へ復帰していただかなくてはなりませんわね。

それに。

店主殿がキッチンにいなければ、御使い様の料理も食べることができません。


あの味は、まさしく至高です。


しかもまさか御使い様が、伝説の戦闘乙女、セレスティア様だったとは。


私達が騎士に憧れるきっかけとなった御方。

厳密には騎士ではありませんが、

私達にとって憧れの英雄であることに変わりはありません。

私は暇を見つけるたび、セレスティア様のお話を伺おうとしています。

ですが、お忙しいのか、なかなかゆっくりお話しする機会がありません。


アンリシア姫様だけではなく、セレスティア様のお側にまでいられる。

ここは、本当に素晴らしい場所です。

それなのに、この場所を離れろなどと。


あの婚約者。

本当に許せませんわ。


朝食を終えた後は、組まれた勤務表に従い、それぞれの仕事へ向かいます。


ヘイムの給仕として、訪れた貴族や商人の相手をする者。

あるいは、最近ヘイムで建築や給仕の仕事を始めた者達と小隊を組み、

周囲の見回りへ向かう者。

新しく働き始めた者達には、孤児院出身の者が多くいます。

これまで学ぶ機会があまりなかったのでしょう。

読み書きや礼儀作法が十分でない者もいます。

ですが、磨けば光る才能を持つ者も大勢います。


本当に、世の中は広いですわ。


これほど才能を持つ者が、世間へ知られず埋もれていたとは。

人は、生まれる家や立場を選ぶことができません。

私のように、貴族の家へ生まれ、十分な教育を受けられる者もいる。

親を失い、孤児院で育つ者もいる。

本人に何の罪もないのに、ダークの称号を背負わされる者もいる。


本当に、ままならないものです。


ですが、縁があって、こうして皆がこの場所へ集まりました。

ならば互いに教え合い、切磋琢磨していかなくてはなりません。


私達が主に見回るのは、ヘイムを囲む並木通りです。


季節は秋。

通りに植えられた木々は、赤や黄色へ美しく色づいています。

道はきれいに整えられ、ところどころに噴水があります。

噴水の近くでは、子供達が楽しそうに遊び、その様子を親達が見守っています。

通りへ置かれたベンチには、寄り添う男女。

散歩の途中で休憩している老夫婦。

友人同士で話し込んでいる者達。

さまざまな人が、思い思いに時間を過ごしています。

夕方になると、特に学生や恋人同士の姿が増えます。


……決して、羨ましいわけではありません。


いつか私も、素晴らしい殿方と一緒に歩いてみたい。

ただ、そう思っただけですわ。


その並木通りで、一日に何度かエミリア殿の姿を見かけます。

世界樹とヘイムを望むことができるこの場所は、今や帝都の新たな名所です。


人が集まれば、商売を始める者も現れる。

許可を得ずに屋台を出す者。

金を取って記念撮影を始める者。

商魂たくましい者達が、勝手に商売を始めてしまうのです。

エミリア殿は、その取り締まりを行っています。

最初の頃は、配管工ブラザーズと共に巡回していました。


ですが、最近、

彼らはヘイム内部の住宅地で行われている工事へ向かっているそうです。

そのため、エミリア殿は一人で見回っています。

中には、注意されて逆上し、力へ訴える者も出てくるでしょう。

私達へ声をかけてほしいものです。


一人では危険です。


それに、エミリア殿。

貴女に何かあったら、誰が書類仕事をするのですか。

先日婚約式を挙げ、今頃は領地で結婚式を挙げているブルボン公爵令嬢ローズ様。

あの御方が戻られるのは、“銀星祭”が終わり、年が明けてからです。

それまで、どうするつもりなのですか。

ミレディ様一人になってしまうではありませんか。

そうなれば、こちらへ書類仕事が回ってくるかもしれません。


まったく。


“銀星祭”。


ああ。

羨ましいですわ。


今年の“銀星祭”には、魔王討伐の英雄として。

そして次期領主として、領地へ戻るよう言われています。

しかし、婚約者もいないに等しい状態で、どうしろというのでしょう。

一人寂しく、“銀星祭”へ参加しろとでもいうのですか。


せっかくの収穫祭でも、素敵な殿方とは出会えませんでした。

こうなれば一度、アンリシア姫様へお願いして、


ヘイムで舞踏会を開いていただくのはどうでしょう。


トール夫人やハーケン夫人だけではなく。

この際ですから、ブルボン公爵家や西園寺公爵家。

そして、カスパール侯爵家にも参加していただきましょう。

さらに、各家へ頼み、将来有望な殿方にも集まっていただく。

ヘイムで働く私達にも、よい縁談を探す機会が必要ですわ。


私がそう話すと、共に見回りをしていた者達も、力強くうなずきました。


「そうですね」


一人が真剣な顔で口を開きます。


「皆でまとめて、婚約を破棄しましょう」

「そうしましょう」

「それがいいですわ」


皆、迷いなく賛同しました。

その後、この案をアンリシア姫様へ申し上げたところ、


「ばかもん」


と、一言で怒られてしまいました。

しかし、諦めてはいけません。

私達の中では、すでに婚約破棄は決定事項です。

特別な政治的意味があるわけでもない相手。

親同士が何となく決めた婚約。

そのようなものは、破棄です。


それにしても不思議です。


どうして、政治的な理由で結ばれた婚約ほど、まともな婚約者なのでしょう。

普通は逆ではありませんか。



そして仕事を終え、自由時間になると、皆、それぞれ好きなように行動します。

私のように、次期当主としての仕事をする者。

ヘイムで飲食を楽しむ者。

立ち入りを許されている庭園や、屋上で過ごす者。

武術の訓練を続ける者。

住宅地の建築を手伝う者。

街へ出かけ、婚約者と楽しい時間を過ごす者。


……婚約者と出かける者。

別に、羨ましくありませんわ。


自由時間の過ごし方で、一番人気があるのは、やはり高級スパでしょう。


広々とした浴場。

温度や効能の異なる、さまざまなお風呂。

シャンプー。

リンス。

ボディーソープ。


最初に使った時は、それぞれ何のためのものなのか分かりませんでした。

ですが、一度使えば、もう以前の石鹸だけの生活には戻れません。


風呂上がりには、よく冷えたフルーツ牛乳。

さらに、見たこともない化粧品まで揃っています。


運がよければ、エマ殿達がマッサージをしてくださいます。

あれは、とても人の手では味わえない施術です。

小さな手が、身体の疲れている場所を的確に押し、揉みほぐしていく。

施術を受けた後は、身体の疲れが消えます。


それだけではありません。


肌には張りと艶が戻り、鏡を見るたび、

見違えるほど美しくなった自分に驚きます。


ああ。

まだ見ぬ、新たな婚約者殿。

どうか待っていてください。

私は今、さらに美しくなっておりますわ。


そしてスパを楽しんだ後は、冨樫殿のスイーツをいただく。

それが、最近の私の楽しみです。

冨樫殿は、日を追うごとに腕を上げています。

以前から十分おいしかったのですが、

最近の菓子は、さらに洗練されてきました。


甘さ。

香り。

食感。

見た目の美しさ。


どれも見事です。


それを予約もせず、長い列へ並ぶこともなく食べられる。

これも、ここで働く者の役得ですわね。

ただ一つ残念なのは、店主殿が淹れた紅茶がないことです。

冨樫殿の菓子には、やはり店主殿の紅茶がよく合います。

早く復帰していただきたいものです。

私はテーブルへ並べられた菓子を一口食べ、温かい飲み物を口へ運びました。


ああ。

幸せですわ。


おいしい料理。

美しい庭園。

高級スパ。

尊敬する姫様。

憧れのセレスティア様。

そして、共に働く仲間達。


この場所には、私が望むものがほとんど揃っています。


後は。

素敵な殿方さえいれば。


私は菓子を口へ運びながら、

少し離れた場所で書類へ目を通しているアンリシア姫様を見つめました。


姫様。

本当に駄目ですか。

舞踏会。


師匠のニューワールド講座 89

~婚約破棄編~


師匠

『なんです。』

今回、

婚約破棄とか、

舞踏会で婚活とか言ってましたけど、

大丈夫なんですか。

ざまぁとか、

政治的な混乱とか起きないんですか。


『ですよねぇ。』

『ヴァルナさん。

よく思い出してください。』

『アンリの侍女である、

プリセスガードとは何者ですか?』


みんな伯爵家以上の令嬢ですね。


『その通りです。』

『アステリア帝国において、

伯爵家は永代貴族の最高位。』

『その家格の令嬢達が、

一斉に婚約破棄など起こしたら、

どうなると思いますか?』


『プリセスガードの中にも、

婚約を望んでいない者はいるでしょう。』

『正確な人数は分かりませんが、

少なくとも十名前後はいても不思議ではありません。』

『もし、

その全員が同時に婚約を解消したら……。』

『帝国中が大騒ぎになります。』


『伯爵家という事は、

婚約相手も伯爵家や侯爵家、

場合によっては公爵家です。』

『しかも、

彼女達は全員プリセスガード。』

『アンリの最側近とも言える存在です。』

『そんな者達が一斉に婚約を解消したら、

誰だって考えます。』

『――アンリが何か企んでいるのではないか、と。』


『ただでさえ、

東西南北の筆頭貴族が集まっています。』

『そこへ十家以上の有力貴族の婚約関係が一斉に動く。』

『まるで国盗りの布石を打っているようにしか見えません。』


『しかも、

その背後にはヴァルナさんまでいます。』

『これは一大事ですねぇ。』

『帝国中ひっくり返りますよ。』


師匠、

どこまで本気なんですか。


『これは血の流れない戦いです。』

『やりますね、アンリ。』


絶対楽しんでますよね。


『……まあ、

冗談はさておき。』

『やろうと思えば、

十分できてしまいます。』


『ですが、

アンナをはじめ、

政治的な理由ではない婚約で、

双方の家も解消を認めるのであれば、

時間の問題でしょう。』

『最近、

婚約者達が毎日のように訪ねて来るのも、

あるいは帝国政府に背中を押されているのかもしれませんね。』


『そんな状態で結婚しても、

上手くいくはずがありません。』

『だからこそ、

一人ずつ、

慎重に婚約解消が進められる可能性があります。』

『婚約者一人繋ぎ止められなかったとなれば、

貴族としての評価にも響きます。』

『今後の出世にも影響するでしょう。』


『そして本来であれば、

その後は帝国政府が新たな縁談を整えます。』

『恩を売り、

優秀な人材を帝国へ繋ぎ止める。』

『それが理想でしょうね。』


『ですが、

そう上手くいくでしょうか。』

『彼女達の忠誠は、

帝国政府や皇帝陛下より、

アンリへ向いています。』

『アンナのように、

次期当主となる者もいます。』

『帝国政府としては、

なかなか頭の痛い問題でしょう。』


『ひょっとすると、

ヴァルナさんの所へ既成事実を作りに来る者がいるかもしれません。』

『十分気を付けてくださいね。』


ヘイムで修羅場だけは勘弁してください……。




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。