90 異議あり
昨日の夜空に上がった花火は、実に豪勢じゃったのう。
本来、ああいった祭りの花火は、新人宮廷魔術師達の仕事じゃというのに。
花火職人達に混じって、
新たに筆頭魔術師へ就任したガイアースブルク侯爵まで参加しておった。
本人は、
「筆頭魔術師就任の記念です」
などと言っておったが。
一緒に混ざっておった熟練魔術師達の目的は、
間違いなく、帝都へ現れた魔法使いに対する示威行動じゃろうな。
魔術師達がどれほどの力を持っているか、
ヴァルナへ見せつけたかったのじゃろう。
その当人は、ヘイムのテラスから空へ打ち上がる花火や魔術花火を眺め、
子供達と一緒に楽しんでおった。
まったく通じておらんぞ。
どちらも、どちらじゃな。
それにしても。
ヴァルナも車椅子とはいえ、ようやく外へ出られるようになったのじゃな。
本当に良かった。
女神様のお力で回復したとはいえ、
あれは生きていること自体が不思議なほどの重体じゃった。
ほんに、女神様のお力とは凄まじいものよ。
あれを目の当たりにすれば、
奇跡に縋ろうと神殿へ足を運ぶ者達の気持ちも分かる。
まあ、それだけが理由ではないじゃろうが。
神々が地上へ降臨し、直接奇跡を行使するなど、
本来ならおとぎ話か、神殿で語られる説法の中だけの話じゃ。
それが最近は、少々ご降臨なされすぎではないか。
そりゃ、そのご降臨を利用して、あれこれ画策したのは我じゃが。
なんというかのう。
こうも頻繁にご降臨なされると、
ありがたみというものが薄れてしまうではないか。
昨日も『軍神』様がヘイムの舞台へ現れ、
楽器を奏で、そのまま宴会へ参加したそうではないか。
そのせいで、『軍神』様の信者だけでなく、
噂を聞きつけた様々な者達がヘイムへ押しかけてきて、大変な騒ぎになった。
信者である騎士や神官達が、参加したくても祭りの治安維持に当たっており、
遠くから羨ましそうに眺めておったのは、少し可哀想じゃったのう。
しかし、その件について我のところへ苦情を持ち込まれても困る。
どうせよと言うのじゃ。
我は『軍神』様の秘書でもなければ、信者でもないわ。
第一、ここは『大地母神』様のテリトリーじゃろう。
まったく。
次から次へと面倒事ばかり起こしおって。
確かに我は、転移勇者クラスの担任じゃ。
じゃが、なぜ我が帝国学園の“学園祭”実行委員長になっておるのじゃ。
本来なら、こんな企画は通るはずがない。
それを、魔王討伐の英雄となった鈴木や松平が中心となって動きおって。
断れるわけがなかろうが。
どうせ、あの学園長が、
ヴァルナとの面会をリオニー様に阻止されたことを根に持っておるのじゃろう。
その腹いせに、面倒な役目を我へ押しつけたに違いない。
ヴァルナは意識不明で寝ておったのじゃぞ。
会わせられるわけがなかろう。
本当に、あの一族の男どもは揃いも揃って魔術馬鹿じゃ。
リオニー様を始め、奥方達の苦労が目に浮かぶわ。
それにしても。
門限を過ぎても、まだライブを続けておったそうではないか。
あの馬鹿学生ども、祭りだからと浮かれおって。
苦情が入るのは、ここじゃぞ。
まったく。
帝国学園へ苦情を入れんか。
なぜ我のところへ来るのじゃ。
エミリアも、
「私だって佐々木君とお祭りへ行きたかったのに!」
と目を吊り上げ、学生達の取り締まりへ向かっておったが。
そんな顔ばかりしておると、佐々木に逃げられるぞ。
エミリアだけでなく、他の者達も交代で祭りへ行かせてやりたい。
じゃが、人手が足りんのう。
特に治安に関しては、早急に何とかせねばならぬ。
せっかく認めさせた自治区じゃ。
帝国政府の介入など、できる限り受けたくない。
とはいえ、ヘイムの経営と自治区の治安維持。
今の人員では、どう考えても無理じゃ。
自治区の範囲も、どこまでになるのか、これから帝国政府との交渉が始まる。
恐らくは、今より広がるじゃろうな。
ダークの称号を持つ者だけではない。
罪もなく、闇の中で生きることを強いられた者達も、
ヘイムへ集まってくるじゃろう。
他の魔法使いの工房も、似たような状況になると聞いておる。
他の大陸では、奴隷や農奴。
迫害された者。
希少性が高いというだけで狩られる種族などが、
魔法使いへ保護を求めて集まるそうじゃ。
ここは帝都の中じゃ。
保護を求める者達が帝都へ入ろうとして、
帝国政府や衛兵と揉める事態も起こりかねん。
後は、権力闘争に敗れた貴族なども来そうじゃのう。
保身のため、魔法使いの庇護を求める者は必ず現れる。
この塀の内側にある土地だけでは、到底足りんじゃろう。
一体、どうなることやら。
我は大きく息を吐き、机の上へ視線を落とした。
書類が減らんのう。
片づけても。
片づけても。
どこからともなく、新しい書類が増えていく。
我の執務室へ机を持ち込み、ミレディも向かい側で黙々と書類を処理しておる。
エミリアは現場へ出ておるし。
マルタは経理事務で忙しい。
佐々木は、まだ学生じゃから本格的に働かせるわけにはいかん。
事務仕事を任せられる人材も、圧倒的に足りんのう。
日和見を決め込んでいた貴族達からの、ご機嫌伺いも多い。
アルマ様やリオニー様がある程度は捌いてくれておるが。
二人にも、それぞれの家と家族がある。
いつまでも頼り続けるわけにはいかぬ。
いっそ、他の魔法使いの工房と同じように、門を閉ざしてしまうか。
いや。
駄目じゃ。
ヘイムという食堂を続ける以上、門を閉じることなどできぬ。
帝国政府から人材を引き抜こうにも、
プリセスガードが丸ごとこちらへ来てしまった。
商業ギルドとは、エルミナの件で揉めたままじゃ。
信用でき、なおかつ使える者を引き抜けば、
今度は商業ギルドそのものが機能不全を起こす。
帝国学園からも、すでに何人かこちらへ来ておる。
さて。
本当に、当てがないのう。
そんなことを考えながら書類を片づけていると、
執務室の扉が規則正しくノックされた。
「姫様。そろそろお時間です」
扉を開けて入ってきたのは、アンナじゃった。
そうか。
ブルボン公爵家の婚約発表。
ローズにとって、大切な日じゃ。
さすがに、庭園の神殿で行うのは無理じゃったが。
二階の喫茶スペースを使い、婚約発表を行うことになった。
『大地母神』様がご降臨なされ、ローズと護衛騎士の仲を認めた場所。
正式な婚約発表も、同じヘイムで行いたいという気持ちは分かる。
お陰で、警備の手配や祝賀パーティーの準備など、我の仕事は増えたが。
第一皇子の件。
内乱阻止の件。
それらを考えれば、何も言えんかった。
それにローズは、一時は我の義妹となるはずじゃった娘じゃ。
今でも我を義姉と慕ってくれておる。
ならば義姉として、義妹の門出を祝ってやらねばなるまい。
「ミレディ。ちと息抜きじゃ」
我はそう言いながら椅子を引き、立ち上がった。
簡単に身だしなみを整え、執務室を出る。
ドレスなど勘弁じゃ。
いつもの帝国学園教授用の礼服で十分。
ドレスなど着たら、満足に戦えんではないか。
また魔王が来たらどうする。
阿呆な貴族どもが、ヘイムを占拠しようとしたらどうする。
「姫様……」
横から、ミレディの深いため息が聞こえた。
なんじゃ。
ため息をつくでない。
そなたも帝国学園の礼服ではないか。
「ミレディ。そなたこそ、たまにはドレスを着て、
パーティーで良い相手でも探したらどうじゃ」
我が揶揄うように言うと、ミレディは足を止めることなく、真顔で答えた。
「我が家には兄夫婦がおりますので、問題ありません」
やれやれ。
人生は人それぞれとはいえ。
仕事一筋では、つまらんぞ。
だから。
なぜまた、ため息をつく。
まったく。
それにしても、ヘイムも随分と広くなったのう。
一体、どういう仕組みになっておるのか。
我の執務室も私室も、最初に比べて随分と奥へ移動してしまったぞ。
まあ。
窓の外から見える日本庭園は、相変わらず美しく、眺めていると心が落ち着くが。
二階の喫茶スペースも、舞踏会を開くほどの広さはないものの、
立食パーティー程度なら問題なく行える広さになった。
普段は可動式の間仕切りで区切り、小さな個室として使用しておる。
じゃが今日は、すべての間仕切りを取り払い、一つの大広間へ作り変えてあった。
広間へ到着すると、すでにブルボン公爵家とミョルニル公爵家の使用人達が、
会場を見事に整えてくれておった。
ここでも、人手不足が身に染みるのう。
広間には、両公爵家に招かれた派閥の貴族達が集まっている。
本来なら、皇族である我の入場は、もう少し後になる。
じゃが、今の我の立場は何とも微妙じゃ。
皇族ではあるが、今はヘイムの人間でもある。
それに今日は、身内だけの小さなパーティーじゃ。
我は集まった者達へ軽く挨拶を交わしながら、指定された位置へ向かった。
こういう時は、相手から勝手に話しかけてこられぬので楽じゃ。
皇族へ話しかける場合、基本的には我の方から声をかけねばならんからのう。
やがて、参加者が揃い始めた。
まず、ミョルニル公爵夫妻に伴われ、一人の青年が広間へ入ってくる。
ええと。
ミョルニル公爵家へ養子に入った――。
オスカー・フォン・ミョルニルじゃ。
礼服に身を包み、胸を張って堂々と歩いておる。
じゃが、顔が少々強張っておるのう。
緊張しておるのが、こちらまで伝わってくる。
まあ、無理もない。
騎士階級の出とはいえ、ブルボン公爵家は、
公爵本人を筆頭に領地で農作業へ励む家柄じゃ。
そこの騎士階級となれば、騎士としての教育は受けておっても、
暮らしぶりは農家と大きく変わらん。
そんな男が、突然ミョルニル公爵家へ養子として迎えられ。
さらに、ブルボン公爵家の娘と婚約するのじゃ。
ほんの少し前までとは、まさに天と地ほどの差じゃ。
慣れておらぬのも当然じゃろう。
もっとも、ブルボン公爵家にはすでに跡継ぎがおる。
結婚後、オスカーが表へ立って他家と関わる機会は、
それほど多くないはずじゃ。
今回の婚約発表。
そして結婚式。
それさえ乗り越えれば、後は領地の祭りや行事へ出る程度じゃろう。
その時は、ローズの隣で笑って立っておればよい。
今日は気張れ、オスカー。
続いて、ブルボン公爵に手を引かれ、ローズが広間へ入ってきた。
とても綺麗じゃぞ。
純白を基調とした礼装に身を包み、幸せそうな笑顔を浮かべておる。
あの馬鹿が騒動を起こした時。
周囲のほとんどが敵へ回った中で、ローズは気丈に振る舞っておった。
その姿を知っている我には、今の幸せそうな笑顔を見られただけで、
涙が込み上げてしまう。
あの婚約破棄の後。
ローズに罪がないと知れ渡ってからも、周囲の反応は決して温かくなかった。
「転生者にいいように騙された、愚かな貴族令嬢」
そう陰口を叩かれても、ローズは後ろを振り返らなかった。
俯かず、前を向き続けた。
そんなそなたが、こうしてようやく幸せになれるのじゃ。
中には、
「一度、皇子に捨てられた傷物だ」
「公爵令嬢が、配下の騎士へ下げ渡された」
などと、くだらぬことを言う者もおるじゃろう。
じゃが。
今後も、そんな者達の言葉に負けるでないぞ。
二人で、幸せになるのじゃ。
ローズとオスカーが互いの姿を見つける。
二人の顔に、自然と笑みが浮かんだ。
やがて二人は並び、同時に一歩を踏み出した。
二人が向かう先には、ブラスが立っておる。
女神様の代理人として、婚約書類への署名を見届け。
正式に婚約の成立を宣言する役目じゃ。
しかし。
本当に良いのか、ブラス。
そなたのところへ苦情が来ておるぞ。
最近、帝都の神殿へほとんど顔を出さぬせいで、
「ぜひブラス神官に婚約や結婚の立会人になってほしい」
と願う者達が、神殿へ詰めかけているそうではないか。
それなのに、そなたはここへ。
ヘイムへ居座りおって。
庭園の神殿は、逃げはせんじゃろう。
まったく。
その胡散臭い笑顔は、相変わらずじゃな。
魔王戦の時は、確かに頼りになった。
じゃが平時になると、何を企んでおるのか、さっぱり分からん。
これで『聖人』と呼ばれ。
ゴシップ誌が毎年行っている神官人気投票では、十年連続一位。
未だに信じられんわい。
それにしても。
公爵家同士の婚約発表など、普通なら帝宮で行うものじゃろう。
いくら女神様がご降臨なされた場所とはいえ、
よくヘイムでの開催許可が下りたものじゃ。
まあ。
婿殿の養子先であるミョルニル公爵家の身内として、宰相も来ておる。
アルマ様の夫が、帝国政府側の見届け人という立場で参加している以上、
形式上の問題はないのじゃろう。
それでも。
先帝が表舞台から姿を消し。
筆頭魔術師も代替わりした。
帝国政府は今、
皇帝陛下を中心とした新たな政治体制を固めるので忙しいはずじゃ。
地方からは、領地を持つ貴族達が帝都へ大勢集まり、
あちらこちらで宴やパーティーが開かれておる。
政治工作の絶好の機会じゃろうに。
宰相ともあろう者が、ここへ来ておって良いのかと思ってしまう。
まあ。
婚約宣誓を見届けるため、車椅子で広間へ来ているヴァルナの隣を、
しっかり確保して話しかけておるが。
変なことはしておらんじゃろうな。
アルマ様が隣におるから、大丈夫だとは思うが。
ブルボン公爵やローズ達たっての希望で、
「婚約の宣誓だけでも、立ち会ってほしい」
と頼まれ、ヴァルナは無理を押してここへ来ておる。
くれぐれも、身元が露見するでないぞ。
ブルボン公爵とミョルニル公爵には、
ヴァルナの正体が知られるような行動は控えるよう言ってある。
じゃが。
宰相夫妻がヴァルナの隣に立ち、親しげに話しかけておっては、
周囲の興味を引いてしまわぬか心配じゃ。
そうこうしているうちに、ローズとオスカーの署名が終わったようじゃ。
ブラスが、二人の署名を一つずつ確認する。
そして、婚約書類を両手に持ち、集まった者達へ向き直った。
広間の中から、自然と話し声が消えていく。
皆がブラスの言葉を待った。
「今、ここに若き二人の婚約が成ったことを宣言する」
ブラスのよく通る声が、静まり返った広間へ響く。
「異議のある者は、今この場で申し出よ」
そこで一度言葉を切り、ブラスは集まった者達を見回した。
「異議がなければ、以後、その口を閉じよ」
あるわけがなかろう。
北と東を代表する、筆頭貴族家同士の婚約じゃぞ。
この場へ乗り込み、婚約を妨害するなど、自殺行為に等しい。
まあ。
これも形式というものじゃな。
広間に集まった者達は、静かに婚約成立の宣言を受け入れた。
その時じゃった。
『異議あり』
なんじゃと。
演劇ではあるまいし。
なぜ、この瞬間に。
この場所で。
その台詞が聞こえるのじゃ。
広間中の者達が、一斉に声のした方角へ顔を向けた。
ブルボン公爵など、驚きのあまり口を開けたまま固まっておる。
ローズも目を見開いておるぞ。
一体、誰じゃ。
このような祝いの場で、無粋な真似をする奴は。
我も皆と共に、声の主を探した。
集まった貴族達の向こう。
人混みの中に立っていたのは――。
いつぞやの。
ただの通りすがりの、お節介焼きのお姉さんじゃった。
その姿を認めた瞬間、皆が黙り込んだ。
ざわめきが消え。
集まった貴族達が、左右へ分かれて道を空ける。
お節介焼きのお姉さんは、
何事もなかったかのように、その間をゆっくりと歩いてくる。
そのままブラスの前まで進むと、
ブラスは黙って深く一礼し、自らの場所を譲った。
お節介焼きのお姉さんは、満面の笑みを浮かべ。
『私のいないところで婚約発表をするなんて、許しませんわ』
頬を膨らませ、ぷりぷりと怒るような仕草を見せながら、
ブラスの手から婚約宣誓書を受け取った。
ブルボン公爵。
ローズ。
オスカー。
三人の顔に、ようやく笑顔が戻る。
そりゃ、そうじゃ。
婚約宣誓の最中に、
『異議あり』
などと言われれば、誰でも青ざめるわ。
しかも女神様本人に異議を唱えられたとなれば、
婚約どころの話ではなくなるからな。
お節介焼きのお姉さんは、宣誓書へ目を落とした後、
ローズとオスカーを優しく見つめた。
『ローズちゃん。オスカー君』
二人の名を呼ぶ声は、先ほどまでの茶目っ気のあるものとは違っていた。
温かく。
慈しむような声じゃった。
『今まで、大変だったわね』
『ずっと見ていたわよ』
その言葉を聞いたローズの瞳に、薄く涙が浮かぶ。
オスカーも唇を結び、深く頭を下げた。
『婚約、おめでとう』
女神様は二人へ向かい、柔らかな笑みを浮かべる。
そして、婚約宣誓書を高く掲げた。
『さあ。二人の未来に、幸あれ』
女神様。
『大地母神』様、直々の立ち会い。
そして祝福じゃ。
当事者である二人だけではない。
広間へ集まった貴族達からも、大きな歓声が上がった。
もう、その後はお祭り騒ぎじゃった。
貴族の礼儀も。
格式も。
序列も。
この場では、すべて吹き飛んでしまった。
まさしく、収穫祭。
身分など関係なく。
今年の豊作を。
ローズとオスカーの婚約を。
皆が心から祝い、騒ぎ始めた。
二人へ祝福の言葉をかける者。
女神様へ豊作のお礼を伝える者。
興奮したまま、周囲の者と杯を交わす者。
様々じゃ。
良かったのう、ローズ。
これで、もう陰で余計なことを言う者もおるまい。
あの馬鹿。
第一皇子に虐げられながらも。
周囲の悪意に屈せず、気丈に生き抜いた令嬢。
そして、幼い頃から思い合っていた幼馴染の騎士と結ばれ。
最後には、女神様から直々に祝福を受ける。
これだけで、一つの物語が出来上がるではないか。
前回のお茶会だけではない。
今回も、多くの者達がその光景を目にしておる。
婚約を破棄され。
政治的にも敗北した令嬢から。
数々の苦難を乗り越え、幸福な結末を迎えた物語のヒロインへ。
この話は、すぐに帝都中へ広まるじゃろう。
今、帝都で流行している、我らの魔王討伐の物語にも引けを取るまい。
男達はともかく、女達は、こちらの話の方へ興味を持つじゃろうな。
きっと第一皇子や、その取り巻きだった者達も。
様々な脚色を加えられ、物語の中で酷い悪役へ仕立て上げられるじゃろう。
自業自得じゃ。
とはいえ。
本当に、我が家には碌な者がおらんのう。
なぜ、これで帝国を立ち上げることができたのか。
不思議でならんわ。
その時。
この場の熱気に当てられたのじゃろう。
顔色を悪くしたヴァルナが、車椅子を押されながら広間を出ていった。
それを残念そうに見る宰相。
ふむ、余程周りの人間に恵まれていたのかのう。
いや。
今は、そんなことを考える場ではないか。
ローズが我を見つけ、オスカーと共にこちらへ向かってきた。
やめじゃ。
やめ。
せっかくの祝いの場じゃ。
しけた顔をしていては、ローズへ申し訳ない。
我は表情を整え、笑顔で二人を迎えた。
そして義姉として、ローズとオスカーへ心からの祝辞を述べた。
しかし。
昨日に続き。
今日もまた、神のご降臨か。
ふと見れば。
ただの通りすがりのお節介焼きのお姉さんの手には、
すでに酒が注がれた杯が握られておる。
いつの間に。
そして広間へ、陽気な音楽が流れ始めた。
あちらこちらから、笑い声が聞こえてくる。
ああ。
この音楽。
この笑い声。
また来られたな。
またしても、二柱の神々がご降臨なされた。
遠くから。
ヘイムで働く者達の悲鳴が聞こえたような気がした。
師匠のニューワールド講座 85
~貴族の結婚編~
師匠
『なんです。』
貴族の結婚って面倒くさそうですね。
現代日本だったら、
役所へ行って終わりですよ。
最近は結婚式をしない人もいますし。
『はぁ……。
これだから、お花畑なんですよ。』
『昔の日本でも、
媒酌人を立て、
結納品を交わし、
近所へ挨拶回りをして、
花嫁行列を行い、
家で挙式を済ませ、
最後に神前へ報告を兼ねて結婚式を挙げる。』
『これでも、かなり簡略化して話しています。』
『もっとも、
この世界でも庶民はそこまでしません。』
『役所へ婚姻届を提出し、
神殿で神々へ誓いを立て、
あとは家族や仲間と宴会を開く。
大体そんな流れですね。』
普通ですね。
『ですが、
貴族は面倒ですよ。』
『昔ながらのしきたりを重んじます。』
『そもそも恋愛結婚自体が珍しく、
ほとんどが政略結婚です。』
『愛は婚約してから育むもの。
そう考える家が大半ですね。』
『幼い頃に婚約相手が決まり、
家の事情や政治情勢で婚約が解消されることもあります。』
『もっとも、
大貴族ほど面子がありますから、
簡単に婚約破棄などしません。』
『一度でも醜聞になれば、
政敵にとって格好の攻撃材料になりますから。』
『だから普通は、
婚約者同士も、
双方の家も、
時間をかけて親交を深めていくのです。』
『もちろん、
中には愛人を作る者や、
冷え切った夫婦もいますけどね。』
『そういう話は、
新聞やゴシップ誌の格好の餌になります。』
でも、
王侯貴族のゴシップなんて、
この身分社会で問題ないんですか。
『それですね。』
『実は、
ああいう雑誌の読者には、
女神様達も多いんですよ。』
『六大神から、
邪神やトリックスターまで。』
『女性週刊誌は意外と人気があります。』
『読者投稿欄なんて、
「どう見ても女神様ですよね?」
という投稿が載っていたりしますし。』
『やれやれ。
何がそんなに楽しいのでしょうね。』
『本人達の問題でしょうに、
他人があれこれ言う事ではありません。』
師匠。
その手に持っている物は何です。
『えっ?
今日発売の女性週刊誌ですが、
何か?』
そうですか……。
貴族の結婚の話、
どこへ行ったんですか。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




