89 待ちに待った収穫祭
今日は、待ちに待った収穫祭。
昨日は楽しみで、なかなか眠れなかった。
そのせいで朝寝坊をしてしまい、ママに笑われてしまった。
朝ご飯の席へ行くと、リナちゃんも同じだったらしい。
二人揃って眠たい目をこすっていたけれど、
ご飯を食べているうちに、だんだん目が覚めてきた。
いつもなら、パパは騎士のお仕事があるから、
お祭りへ行くのはママと二人だけ。
でも、今年はパパもママも一緒。
リナちゃんも、ハル姉ちゃんも一緒だ。
とても楽しみ。
店長さんの怪我は大丈夫かな。
まだ治っていなくて、街へは出られないって言っていたけど。
大怪我をしている店長さんを見た時は、本当にびっくりした。
そのまま、どこか遠い所へ逝ってしまいそうで怖かった。
でも、女神様が現れて、店長さんの怪我を治してくれたの。
女神様、ありがとう。
ハンスお兄ちゃんやアンナお姉ちゃんも、
「今日は家族みんなで、収穫祭を楽しんできなさい」
って言ってくれた。
だから、みんなで収穫祭へ出かけた。
パパとママ。
リナちゃんとハル姉ちゃん。
スミズル爺ちゃんとトレース爺ちゃん。
それから、カルラおばちゃん。
みんなで一緒のお出かけだ。
街は、どこも大賑わいだった。
屋台もたくさん出ていて、目があっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてしまう。
あれも欲しい。
これも食べたい。
でも、まずは収穫祭の開幕の挨拶が、皇帝陛下からあるという。
そのため、みんなで帝宮前の広場へ向かった。
いつもはママと一緒に、ラジオ放送で皇帝陛下の挨拶を聞きながら、
街中を歩いて収穫祭を楽しんでいた。
でも、今年は違う。
春香ちゃんとリスティーナちゃん。
それからアレク君のお披露目があるんだって。
三人とも綺麗な服を着て、みんなの前で挨拶をするらしい。
「ぜひ帝宮へ来てください」
って誘われたけれど、アンリお姉ちゃんが、
「帝宮へ行けば、収穫祭など楽しめぬぞ。やめておけ」
と言って、行くのを止めたの。
「ご機嫌取りが見え見えじゃ」
とも、パパやママに言っていた。
どういう意味だろう。
パパもママも笑っていたし、お爺ちゃん達も納得したように頷いていた。
トール先生とハーケン先生も、扇をぱたぱたさせながら笑っていた。
みんな、変なの。
私達は、セバスおじちゃんが教えてくれた穴場の場所で、
式典が始まるのを待った。
本当は早く、お祭りの屋台やサーカスを見たかった。
吟遊詩人さんの歌も聞きたかった。
でも、春香ちゃんとリスティーナちゃんも我慢しているんだからと言われて、
私もリナちゃんと手を繋ぎながら我慢した。
ねぇ。
どうして、皇帝陛下のお話ってあんなに長いの。
まるで、小学部長先生の朝礼みたい。
途中で、眠たくなってしまったわ。
広場へ集まった人達の大きな歓声で、ようやく目が覚めた。
アレク君が、次の皇帝になる皇太子様だと紹介されていた。
それから、春香ちゃんが第一妃。
リスティーナちゃんが第二妃になるって言われていた。
二人とも、とても綺麗だったよ。
まるで物語に出てくるお姫様みたい。
そう言ったら、パパが笑いながら、
「二人とも、本物のお姫様だよ」
って教えてくれた。
すごいね。
二人とも、お姫様だったんだ。
スピーカーから、二人の挨拶が聞こえてきた。
集まった人達へ手を振る度に、大きな歓声が上がる。
ずっと手を振り続けていて、大変そうだった。
今日は無理だけれど、明日にはヘイムへ来るって言っていたから。
お姫様ってすごいねって、お話ししてみたいな。
その後は、騎士団総長という人が出てきた。
ミレディお姉ちゃんのパパさんなんだって。
何か話していたけれど、私達はもうお祭りへ向かった。
この後には、新しい筆頭魔術師様の紹介もあったそうだ。
この間、ヘイムへ来たお爺ちゃんだよね。
ハーケン先生のお子さんだって言っていた。
店長さんに会いたがっていたけれど、ハーケン先生に吹き飛ばされていたわ。
私も、ハーケン先生みたいになりたいな。
今年は大豊作だと言って、帝国の色々な場所から、
たくさんの物が帝都へ集まっていた。
屋台にも、見たことのない食べ物や、おもちゃ、置物がたくさん並んでいる。
サーカスも来ていた。
空中ブランコ。
自転車に乗ったまま火の輪を潜る人。
大きなボールの上に乗って、お手玉をするピエロさん。
全部すごかった。
来年は、店長さんも一緒に行けるといいね。
お昼は屋台で食べながら、ヘイムへ戻った。
お爺ちゃん達は、目に入った屋台で次々と買い物をする。
「ヘイムのみんなへの土産じゃ」
って。
今、社員食堂には、お菓子や料理が山盛りになっている。
途中で、グスタンさんの家族がやっているお菓子の屋台へ行った。
そこには、エマお姉ちゃんと、Go!プリンセスメイドの三人がいたの。
グスタンさんのお菓子は、エマお姉ちゃんのお気に入りなんだって。
エマお姉ちゃん達も、たくさん買っていた。
すごいよ。
エマお姉ちゃん達も、アイテムボックスを持っているんだって。
「薄給の中で、苦労して貯めた預金が火を噴きます」
って言っていた。
爆買いをするんだって。
お祭りの屋台を、全部制覇するって張り切っていた。
外へ出てもいいのかな。
でも、ずっとヘイムへ籠もっていたら大変だもんね。
たまには、外へ出ないと。
ヘイムの周りもすごかったよ。
並木通りには、たくさんの人が来ていた。
帝国学園の中等部以上の学生さん達が、
学園祭だと言って、屋台や出し物をしていたの。
エミリアお姉ちゃんや、
配管工ブラザーズのおじちゃん達が、忙しそうに走り回っていた。
せっかくのお祭りなのに、お仕事で大変そう。
明日は楽しめるといいね。
ヘイムの中へ入ると、いつもよりたくさんの人が来ていて、もう大変。
舞台では吟遊詩人さんが歌っていた。
みんな昼間からお酒を飲んでいて、すごく酒臭かったの。
どうして大人って、お酒を飲むんだろう。
ジュースの方が美味しいし、臭くないのにね。
ハンスお兄ちゃん達、料理人さんも大忙しだった。
「店長が一人いないだけで、これほど大変とは……」
って、ハンスお兄ちゃんが泣いていたよ。
店長さん。
早く元気になって、手伝ってあげてね。
それから、プリセスガードのお姉ちゃん達も、忙しそうに働いていた。
なのに、婚約者という人達がたくさん来ていて、
「うざい」
って怒っていたの。
本当に、仕事の邪魔ばかりして大変そう。
「客じゃないなら帰れ!」
って怒鳴っていた。
あっ。
この音楽。
『軍神』様だ。
また来たんだ。
ちょっと行ってくるね。
行こう、リナちゃん。
そうそう。
明日はここで、ローズ様の婚約発表があるんですって。
店長さんにも、少しだけでも顔を出してほしいって言っていたよ。
あっ。
待って、リナちゃん。
『軍神』様の音楽、とても楽しいもんね。
酒臭いけど。
◇
やれやれ。
昨日はリナ嬢ちゃんと二人で興奮して、夜遅くまで眠れなかったらしい。
今朝は、揃ってお寝坊さんだ。
マルタに起こされても、まだ眠そうな顔をしていた。
まあ、朝飯を食べているうちに、
余程収穫祭が楽しみなのか、目がきらきらと輝き始めたがな。
今までは騎士団に所属していた。
収穫祭の日も治安維持の任務があり、家族に付き合ってやることはできなかった。
だが、今年は一緒に出かけられそうだ。
考えてみれば、収穫祭に限らず、祭りへ仕事以外で参加するのはいつ以来だろう。
恐らく、騎士団へ入ってからは一度もない。
マルタにも、ソレイアにも、寂しい思いをさせたな。
今回はハンスやアンナ殿達の好意で、家族揃って祭りへ行けることになった。
すまんな。
この借りは、いずれ必ず返す。
家族サービスをさせてくれて、本当に助かる。
一緒に出かけるのは、リナ嬢ちゃんとハル嬢ちゃん。
スミズル親方。
トレース親方とカルラ殿。
もう家族のようなものだ。
スミズル親方も、トレース親方夫妻も、ヘイムへ住み込むつもりらしい。
配管工ブラザーズが仕事場を確保し、そのまま居着いた。
ムラマサ親方も店を構え、住み始めた。
それを見て、
「ワシらも、もう引退した身じゃ」
「工房は息子や弟子達に譲る」
と言いながら、ヘイムの空き部屋を物色している。
ヴァルナ殿は、まだ知らんだろうなぁ。
そうして祭りへ出たわけだが。
これはすごい。
例年より盛り上がっているとは聞いていたが、これほどとは。
今までは、この騒ぎに紛れて悪事を働く者がいないかと周囲を見張っていた。
祭りを楽しめるような状況ではなかった。
だが、今日は違う。
マルタやソレイア達の笑顔を、ゆっくり見ることができる。
ヴァルナ殿。
ヘイムへ誘ってくれて、感謝するぞ。
最初は、皇帝陛下による収穫祭の開幕の挨拶だ。
いつもはそんなものを気にしている暇などなかったが。
確かに、長い。
ソレイアもリナ嬢ちゃんも、途中で寝てしまった。
しかし、この場所。
セバス殿から穴場だと教えられて来てみたが。
どう見ても、諜報部――帝国の目が監視に使っていた場所だろう。
見た目は広場近くの店先で、一般人もたくさんいる。
だが、人の出入りも、広場全体も見渡せる。
「私はもう、帝国の目ではありません」
「今は姫様の、ヘイムの目です」
などと言っていたが。
それでいいのかねぇ。
もっとも、ここは来年には取り壊されるらしい。
異世界技術を使った、巨大テレビスクリーンというものを建てる予定だそうだ。
皇帝陛下達の姿を、大きく映し出す魔道具らしい。
あれか。
エマ殿に見せてもらった、テレビ画面という物の大きな奴か。
皇帝陛下の挨拶が終わると、次期皇帝としてアレク殿下が皇太子に指名された。
正式な立太子の儀は後日行うそうだが。
これで、帝宮の後継者争いによる混乱は、ひとまず終わったようだ。
アレク殿下が第一皇子のような馬鹿な真似をしない限り、
成人すれば帝国も落ち着くだろう。
後ろに控える皇后陛下。
第二皇子。
第二皇女も拍手している。
そこに、帝国政治から一線を引いた先帝がいないのは当然として。
アンリシア姫様がいないのは、少し寂しいな。
まあ、今頃はヘイムで大忙しだろうが。
あれでは、もう実質的なヘイムの家宰だ。
ヴァルナ殿が、政治や店の経営に疎すぎるのが原因ではあるが。
俺は、それでいいと思う。
ヴァルナ殿には、政治の駆け引きなど向かない。
それに、今や魔法使いだ。
軽々しく俗世へ関わるべきではない。
もはや、その影響力が大きすぎる。
幸い、ヴァルナ殿の顔を知り、
あの料理人が魔法使いだと結びつけている者は、まだそれほど多くない。
恐らく、アンリシア姫様も御使い様も、
以前からそうなるよう動いていたのだろう。
初期の常連客はともかく、ヘイムが流行り始めてからは、
ヴァルナ殿がただの料理人に見えるよう誘導していた。
ヴァルナ殿より上に、誰か本当の責任者がいるように。
それは正解だったと、俺も思う。
早く怪我を治し、ただの料理人として過ごすのが一番だ。
面倒なことは、長年政治の世界で戦ってきた者達へ任せておけばいい。
アンリシア姫様も、ヴァルナ殿をないがしろにしているわけではない。
むしろ、ヴァルナ殿に振り回されているのは姫様の方だ。
これほど複雑な状況を把握し、采配できる者はアンリシア姫様しかいない。
トール夫人もハーケン夫人も力を貸しているが、二人には自分の家や家族がある。
しがらみを捨てたアンリシア姫様でなければ、務まらないだろう。
何より、次期皇帝に相応しい能力を持つと言われた方だ。
任せておけば安心だろう。
続いて、西園寺公爵令嬢とカスパール侯爵令嬢が、
それぞれアレク殿下の第一妃、第二妃となることが発表された。
まあ、俺達はすでに知っていた。
ヘイムで、前西園寺公爵とカスパール侯爵。
アンリシア姫様。
トール夫人。
ハーケン夫人。
さらにブルボン公爵まで加えて、話し合っていたからな。
皇帝陛下も皇后陛下もいないのに、
そんな大事な話を進めてよいのかと思ったが。
それ以前に。
ヘイムでそんな話をするな、と言いたい。
まあ、帝宮より防諜に優れているからな。
本当に、魔法使いの工房様々という奴か。
喫茶コーナーの個室では、色々な者が密談をしている。
全部、こちらには筒抜けだが。
アンリシア姫様達が、揃って悪い顔をしながら喜んでいた姿は、
今でも忘れられない。
ソレイアは、西園寺公爵令嬢とカスパール侯爵令嬢を見て、
「物語に出てくる、お姫様みたい」
と言った。
だから、
「二人とも、本物のお姫様だよ」
と教えたら、目を輝かせていた。
「今度来たら、お姫様のお話を聞くの」
と、今から楽しみにしている。
やれやれ。
本来なら、それほど気安く話せる身分の方々ではないのだが。
ヘイムにいると、その辺りの常識がおかしくなってしまう。
その後は、騎士団総長による東方国境での戦勝報告。
さらに、新たに筆頭魔術師へ就任した
ガイアースブルク侯爵の挨拶が予定されていた。
だが、俺達は祭りを楽しむため、その場を後にした。
何しろ、お二方ともヘイムの常連だ。
すでに何度も顔を合わせている。
そういえば、ガイアースブルク侯爵が、
前筆頭魔術師である帝国学園長と共に、
ヴァルナ殿へ会いたいと押しかけてきたことがあった。
そして、ハーケン夫人に吹き飛ばされた。
その姿を見て、ソレイアが憧れの目でハーケン夫人を見ていたのだが。
まさか。
あんな風になりたいと思ってはいないよな。
父さんな。
将来、お前にあんな風に吹き飛ばされたくないぞ。
お父さん、立ち直れなくなるぞ。
その後は、みんなでサーカスを見に行った。
俺がサーカスを見るのは、孤児院にいた頃、招待された時以来だ。
見終わった後、マルタから、
「あなたもソレイア達と一緒に、子供みたいに喜んでいたわよ」
と言われた時は、少し恥ずかしかった。
言い訳をしたら、さらに笑われた。
だが。
とても幸せな時間だった。
サーカスの後は、屋台巡りをしながらヘイムへ戻った。
途中で、エマ殿と三人のメイドを見かけた。
もう何も言うまい。
周囲の人間は、あの四人が妖精だとは気づいていないようだ。
最初から知っていなければ、俺でも分からないだろう。
あの魔王騒ぎの後。
ヴァルナ殿が目を覚ましてから、彼女達も外へ出るようになった。
「魔法使いの身内に手を出す馬鹿がいますか」
とのことだったが。
馬鹿だからこそ、手を出すのだろう。
まあ、俺なら任務で命じられても、絶対に手を出さないがな。
身近にいて、気づいてしまった。
エマ殿を始めとするメイド達。
特に、執事のキューブ殿は駄目だ。
騎士として培った勘なのか。
魂そのものが、危険を訴えてくる。
敵に回してはいけない。
下手をすれば、魔王の方がまだましだ。
それにしても。
薄給だと言っていたが。
マルタの話では、それなりの給金をもらっているはずだ。
衣食住も、すべてヘイムが。
ヴァルナ殿が負担している。
止めておこう。
突っ込むと後が怖そうだ。
普段の掃除や洗濯。
生活そのものを握られているからな。
さて。
ヘイムも、随分と変わった。
ヴァルナ殿も身体を治して表へ出れば、驚くのではないか。
立派な塀や堀。
紅葉した並木通りに囲まれ。
建物の外見も、大きく変わった。
木の温もりを感じる、大きな食堂。
いや。
劇場なのか。
とにかく、立派な建物だ。
中には、本当に舞台までできたからな。
それにしても、すごい人出だ。
クリスタルの山が消え、その跡地に現れた世界樹。
夜になれば、虹色の光を放ち、とても美しい。
その巨大さだけでも圧倒されるが、見る者すべてが神秘的な力を感じる。
褒め始めれば、いくら言葉があっても足りない。
普段は魔法使いの伝説が先行し、人々は恐れてヘイムへ入ってこない。
だが、ヘイムを囲む並木通りは人気だ。
学生だけでなく、色々な人が訪れ、木々を眺めながら歩いている。
良い散歩道になった。
夜になれば、虹色に輝く世界樹を見に来る者も多い。
最近では、話題のデートスポットだ。
並木通りに設置されたベンチを見ると、どこもカップルで埋まっている。
しかし。
これを商売の種にしようと考えた者達が、許可なく屋台を出し始めた。
エルミナ殿が配管工ブラザーズを引き連れ、取り締まっている姿も、
もはや風物詩になりつつある。
だが、治安のことも考えれば、何とかしなければならない。
帝国政府へ丸投げするわけにもいかない。
魔法使いの自治区となった以上、こちらで対処しなければならないだろう。
収穫祭が終わった後の課題だな。
今は、転移勇者クラスの発案により、帝国学園の学園祭会場になっている。
学生達が屋台を出し、即席の舞台を作って、演劇や音楽を披露していた。
皆、楽しそうだ。
魔王騒動から僅かな間に、帝国学園で学園祭を企画し、
それをヘイムへ持ち込んで実行する。
本当に、すごいものだ。
エミリア殿は、
「人手が足りません!」
と悲鳴を上げていたが。
これも、ヘイムが抱える新たな問題だ。
魔法使いへ擦り寄ろうとする者が、後を絶たない。
マルタの実家もそうだ。
あの義兄。
一度断られたのに、また来た。
マルタの手伝いをするため、ヘイムへ住み込んで働いている義父母も呆れていた。
まあ、商売人とはああいうものなのだろう。
ルインド殿も喜んでいた。
ヘイムへ商品を卸している店だと知れ渡り、客が増えたそうだ。
ムラマサ親方は、迎えに来た息子を蹴飛ばしていた。
皆、逞しい。
だからといって。
素性の分からない者。
ヘイムやヴァルナ殿を利用しようと考えている者を、
簡単に雇うわけにはいかない。
やれやれ。
忙しくなりそうだ。
ヘイムの中へ入ると、ソレイアとリナ嬢ちゃんが揃って顔をしかめた。
酒の匂いが苦手らしい。
子供にはまだ早いか。
収穫祭のお陰で、皆いつも以上に昼間から飲んでいるからな。
「奥へ行くか、二階の喫茶スペースへ行きなさい」
俺がそう言うと、二人は怪我で外へ出られないヴァルナ殿へ、
祭りの様子を話しに行くと言った。
行っておいで。
ヴァルナ殿も、部屋で寝てばかりでは退屈しているだろう。
「ああ。土産は持っていっていいが、勝手に食べ物や飲み物を与えては駄目だぞ」
「食べたければ、社員食堂へ行きなさい」
親方達が、たくさん買い込んでいたからな。
ソレイアとリナ嬢ちゃんは、元気よく返事をした。
俺はマルタと一緒に、ヴァルナ殿の部屋へ向かう。
その背中を見送った。
ヘイムには、本当にたくさんの人が来ている。
相変わらず、空気を読めないプリセスガードの令嬢達の婚約者もいる。
令嬢達が忙しいことに、気づかないのか。
気の利く者は、仕事が終わるまで、ヘイムで食事をしながら静かに待っている。
それに引き換え。
これまで、
「プリセスガードなど、騎士ごっこではないか」
と馬鹿にしていた者達だろう。
令嬢達が魔王討伐の英雄となった途端、
忙しく働く彼女達を祭りへ誘おうと必死になっていた。
これは、婚約破棄祭りが起きそうだな。
困ったものだ。
ハンス達も大変そうだ。
客の数が、これまでとは桁違いだからな。
店がさらに広がり、客席の数もとんでもないことになっている。
今までは、ヴァルナ殿が料理の下ごしらえを、ほとんど一人で終わらせていた。
この間料理がなかなか出てこないため、心配になってキッチンを覗いた。
中は、とんでもない状況になっていた。
メニューが多すぎる。
下ごしらえが間に合っていない。
御使い様が来てくれなければ、暴動になっていたかもしれない。
普段、ヴァルナ殿がどれほどの仕事をしていたのか。
皆が思い知った瞬間だった。
そうして、ヘイムの喧騒を眺めていると。
舞台で歌っていた吟遊詩人が、別の者へ交代した。
この音楽は。
また、お越しになったようだ。
陽気で。
聞いているだけで楽しくなり、自然と身体を動かしたくなる音楽。
俺の仕事が交代になるまで、まだ少し時間がある。
俺は、何年ぶりになるのか分からないが。
マルタの前へ立った。
愛する妻へ手を差し出す。
そして。
ダンスを申し込んだ。
師匠のニューワールド講座 84
~収穫祭編~
師匠
『なんです。』
収穫祭が行われていますけど、
お祭りってどんな感じなんです。
『そうですねぇ。
そんなにヴァルナさんが想像しているものと変わりませんよ。』
『広場や大通りには屋台が立ち並び、
街中がいつもより華やかに飾り付けられます。』
『あちらこちらで大道芸や演奏、
歌や踊り、
様々なコンテストが開かれ、
イベント会場ではサーカス団や旅芸人、
個人芸人まで、
朝から晩まで催し物が続きます。』
『各地から人と物が集まり、
普段は見られない珍しい品や料理が並びます。』
『夜になれば酒場や食堂は遅くまで営業し、
花火が打ち上がり、
楽団によるパレードも行われます。』
『この世界は魔術がありますから、
演出だけなら地球のお祭りより派手かもしれませんね。』
楽しそうですね。
『ええ。
それに今回は収穫祭ですからね。』
『『大地母神』神殿を中心に、
一年の実りへの感謝を神々へ捧げ、
多くの人が祈りを捧げます。』
『この日に想いを伝えたり、
結婚式を挙げる人達も少なくありません。』
『ブラスなんて、
毎年「ぜひ結婚式の立会いを」と依頼が殺到するほど人気ですよ。』
ヘイムにいて大丈夫なんですか。
『ブラスなんて、
神官として有名ですからね。
本来なら、この時期は結婚式や祝福の祈りで引っ張りだこですよ。』
ヘイムにいて大丈夫なんですか。
『大丈夫じゃありませんね。』
『神殿では、
「ブラスはどこだ!」
と探し回っているでしょう。』
『本人はきっと、
「今年はヘイムが最優先です!」
なんて笑顔で言い切っていますよ。』
『祭り好きですし、
人の幸せを見るのも好きですからね。
忙しければ忙しいほど、
燃えるタイプなんですよ。』
『収穫祭は、
年末に行われる"銀星祭"に次ぐ大きなお祭りです。』
『銀星祭は皆それぞれ故郷で過ごしますが、
収穫祭だけは違います。』
『まず帝都で三日三晩にわたって盛大に催され、
その後、
人々は故郷や領地へ戻ります。』
『帝都で買い込んだ土産や珍しい品々を持ち帰り、
今度は各地で収穫への感謝を込めた祭りが開かれるのです。』
なるほど。
帝都が最初のお祭りなんですね。
『ええ。
ですが、
これだけ人と物が集まれば、
当然問題も起こります。』
『盗みや詐欺、
喧嘩に酔っぱらい。
毎年のように現れます。』
『騎士団も衛兵も、
楽しむ暇などありません。』
『今年はアンリやミレディが、
ヘイムの安全のために走り回っています。』
『エルミナや配管工ブラザーズも同じですね。』
『皆が安心して祭りを楽しめるのは、
裏で働く人達のおかげなのですよ。』
そうですね。
ちゃんと感謝しないと。
『はい。』
『そして来年は、
ヴァルナさんも店主として、
料理を作るだけではありません。』
『祭りが無事終わるよう、
店を守り、
街を支え、
皆が笑顔で帰れるよう頑張る番です。』
『今から覚悟しておきなさい。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




